2022年12月31日土曜日

百人一首、最初の歌

■ 「天」とか「智」という文字で彼を現わすのは、そう呼んだ時代の評価だ。
■ 百人一首の選者が「藤原」姓なので、天智天皇を最初に挙げたのかもしれない。
■ どこかに書いたような気がするが、
■ 個人的に私は、天智天皇は暗殺者であるので、好きになれない。
■ まあ、そんなことはおいといて、・・・
■ 当時は農業は基本的に国の支えだった。
■ 彼の歌が、「白洲正子・私の百人一首」に説明しているようなことだったとしても、
■ 天皇自ら、手で植え、刈り取りをしたという事実もあったととらえてもいいように思う。
■ まあ、ちょこちょこと、ゴム長はいて、儀式的に示したに過ぎないことであったとしても、当時としては、態度で示す効果はあったのではないだろうか。
■ この歌で、農業の大切さを表したという意味は十分ある。
■ 歌として、存在価値はあるように思う。

2022年12月21日水曜日

ふりさけみれば、

■ 今朝の新聞小説・ふりさけみれば、500回に李白の詩と阿倍仲麻呂の和歌があった。
■ 2022-12-02 にはこの和歌が記載されていたので、
■ そろそろ終わりになりそうだなと思っていたが、ようやく、かな、と思う。
■ 最後はどんな形で終わるのか、興味深い。
■ ついでに

2022年12月12日月曜日

天の香久山、の読み方について

 天の香久山
■ 何度も新幹線に乗り、雑事に追われて時間的精神的にゆとりがなかった。
■ まあ、今は一段落しているので、そっちの方は気にしなくていいような気持ちになっている。
■ で、感じとしては久しぶりに、何か書いてみようかなという気になった。
■ 私にとってはまだすっきりしてなかったことのひとつは、持統天皇の歌だ。
  • 春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山 // 持統天皇 万葉集
■ 日本語は漢字・かな交じり文なので表現が豊だが、・・・
■ 元々漢字はなかったので、最初は当て字だった。
■ 古事記を見れば分かる。
■ どこかに書いたが、日本武尊の歌に
  • 阿米能迦具夜麻
■ このように書かれている。
  • 「あまの」ではなく
  • 「あめの」だ。
■ 「天之香來山」は「あまのかぐやま」ではなく
■ 「あめのかぐやま」と振り仮名するべきものだった。
■ これもどこかに書いたが、リービ英雄「英語で読む万葉集」には「あめ」と振り仮名している。
■ まあ、
  • あめのかぐやま
■ と発音されていたのを「天香久山」としたものだから誤解が定着したものと思われる。
  • 天之香來山 ・・・ あめの香來山
  • 雨の香來山
■ 「雨のにおいがしてくる山」という風に考えれば、
■ あるいは、正解が得られるのではないか。
■ ここで、この歌の時代背景について考えてみよう。
■ 国を支えるものは「米」だった。
■ 稲作、水田、水、という連想が当然出てくる。
■ とすれば、
  • 雨乞い
■ だろう。
■ 古くから雨乞いをした丘だったと仮定して、調べてみるとよいと思われる。
■ この歌で、天香久山は地名として詠まれているが、
■ その地名はこの丘の重要性を示していた。
■ 納得である。

2022年12月8日木曜日

懐かしい、俳句とあそび、2022-12-09 追記

接続がプライベートではありません

攻撃者が、geolog.mydns.jp から個人情報 (パスワード、メッセージ、クレジットカードなど) を盗み取ろうとしている可能性があります


■ こんなメッセージが出たので、今のところ削除した。
■ そのうち、見られるようになるだろう。
■ こんな感じで。
■ 今、作業中のようだ。

2022年11月30日水曜日

枕草子、と無関係に「なみのりぶね」の言葉遊び

■ 先日、2022-11-10、「枕草子REMIX」について触れたが、↑
■ パラパラと見ただけで、読んでなかったのに気付いた。
■ というのも、女子校の「極私的回覧雑誌」的噂好き、の感じが、やはり馴染めなかったからだったのだろう。
■ しかし、昔
■ こんな「俳句・枕草子」を書いたこともあって、一応、最後まで少しずつ読んだ。
■ また、岩波文庫・枕草子を拾い読みしたあと、あとがきに、樋口一葉の言葉もとりあげられていたのに気付いた。
■ 酒井順子の本を一気に読むことにならず時間がかったのは、
■ 間に、
■ この本も積読本のひとつだったが、短編集だから交互に読んだのだ。
■ 各短編の、題の振り仮名がしゃれている。
■ 解説に、この小説の題は、回文歌
■ から取られたのだろう、と書かれていたが、そこまでは気付かなかった。

2022年10月12日水曜日

「静心なく」を逆に言えば

 「静心なく」を逆に言えば

■ 今は、秋の渡りの時期だ。
■ 昨日は、ノゴマを期待して行ったが、見られず
  • エゾビタキ
  • コサメビタキ、珍しく、トイレの前の舗装された道や広場に降りて餌を採っていた。
  • キビタキ・メス・タイプ
  • ツツドリ
  • モズ
■ を撮った。エナガが群れて飛んでいた。
■ ツツドリは以前ツツドリの丘でよく見られた。
■ 同じ頃ノゴマも見られる。
■ こうした野鳥撮影に出る前に、百人一首の話などを書いている。
■ 渡り鳥は飛んで行ってしまうけれど、昔の歌は、いつでも見られるので、
■ 秋に春の歌を見ることもある。
■ あるいは、季節が違う方が、より客観的にみることもできるかもしれない。
■ ということで昨日の続きだ。

*  *  *

■ 「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ  紀友則 」
■ 百人一首にこんな歌がある。
■ いい歌だと思う。
■ この歌の心を知るためには、違った視点で見ることも意味があるように思う。
  • しづ心なく
■ これは
  • あわただしく
■ ということであろうし、花が「静心」をもってない、と擬人化的表現だ。
■ 見ている方としては、「しずごころなく」でなく
■ 落ち着いて咲いていて欲しいのだから、
■ 「心が乱されている」と捉えることもできる。
■ だから、
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに 
  • こころみだして はなはちりゆく  遊水
■ こんな歌にしてみた。
■ 立場を逆にしてみたということだ。

2022年10月11日火曜日

ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく

静心なく花の散るらむ
  • 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ  紀友則
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに しずごころなく はなはちるのか  遊水
■ 桜の時期は、いつもいい天気とは限らず、雨であったり、強い風が吹くこともある。
■ 今年、2022年の春も、まだ見られるかなと思っていたが、強い風に桜の花は散ってしまった。
■ せっかくの ひかりのどかな はるだから きょうもさかりと さいていてくれ  遊水
■ そんな紀友則の心だ。
■ 馬場あき子著「百人一首」には次のようにある。
  • [歌の心]
  • 空から降るはるかな春のひかり、
  • うらうらとのどかに心をやわらげる明るい空間。
  • そんな日にさくらよ、静かにとどまる心もなく散りいそいでゆくのか。
■ そして、
  • 「古今和歌集」の「春歌下」の巻はほとんど桜が散る歌で埋まっている。
  • 人々は花が作のを待ち、ついで散るのを惜しむ思いに、さまざまな感慨を加えていった。
  • この友則の歌もそうした歌群の中にあるが、ひときわ沈静な気分をたたえて、
  • 友則の「いま」の心情を静かに伝えている。
■ こんなふうにあるが、こうした解説は何なんだろう。
■ なにが「ひときわ沈静な気分」なのだろうか。
■ よくわからん。
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく  遊水
■ とりあえず、文庫本の「古今和歌集」を開いてみた。
■ 番号がふってある。69~134だ。
■ 藤の歌が3つ、山吹の歌が5つある。
■ 友則の歌がやはり一番かと思うが、
  • 残りなく ちるぞめでたき 桜花 有りて世の中 はては憂ければ
  • うつせみの 世にも似たるか 桜花 さくとみしまに かつちりにけり
  • 春さめの ふるは涙か さくら花 ちるををしまぬ 人しなければ
■ 

2022年10月9日日曜日

日本経済新聞・朝刊小説・ふりさけみれば [430]

■ 今朝の「ふりさけみれば」の挿絵は火山のだった。
■ 著者の安部龍太郎は魏略に(神武)東征に関する記述があると。
■ 要するに、火山の噴火のために東に移動した、というような記述があると記している。
■ 魏略に寄らずとも、記紀の記述を見れば推測できる。
■ 以前に次の頁を書いた。
■ この頁は、「ことのは」アーカイブで探した。
■ 「ふりさけみれば」では、北九州と南九州との諍いにについても書かれているが、
■ これは日本書紀・神武天皇の項にも書かれている。
■ 神武天皇より先に近畿地方に移住していた長脛彦に関する記述だ。
■ 神武東征はなかったなどというモノもいるが、記紀を何度も読んでみたらいい。

2022年10月6日木曜日

寂しさは 誰でも同じ 秋の暮 知る人もなき 雑踏の中

 寂しさは誰でも同じ秋の暮

■ ストンと気温が下がり、急に秋になった感じだ。
■ で、また、取り上げてみよう。
■ 和歌、57577を、俳句形式に略すとすれば、
■ 例えば
  • 寂しさは いずこも同じ 秋の暮
  • 寂しさは 誰でも同じ 秋の暮
■ まあ、何か作れないこともない。
■ 良暹法師のように「眺め」なくてもよい。
■ ところで、
■ 次に、これらの俳句を短歌にするとしたら、下の句77をどうするのか。
■ 以前は
  • 寂しさは 誰でも同じ 秋の暮 
  • 知る人もなき 雑踏の中
■ こんなのもありかと思った。
■ 彼の歌のように「立ち出で」なくても意味的には通じる。
■ 作りようによっては「さびしさ」という言葉もなくてよい。
■ 彼の素朴さというか、無技巧とか彩のない表現が誤解を生んだのだろう。
■ しかし、彼は過去の人だから、彼の歌の言葉は変えようもない。
■ 今、私たちが接するとすれば、なるべく彼の心に沿って理解せざるをえない。
■ 言葉の中にどんな心があるのか、それが、いわば鑑賞というものだろう。
■ 買うのを止めようかと思ったが、買ってしまった本、・・・
  • 馬場あき子著「百人一首」に
  • [歌のこころ] 
  • 草も木も枯れ枯れになる秋。寂しさに草案を出て
  • 四方のけしきを眺めてみると、秋の夕べはどこも同じで、
  • すべてが枯れ衰え、身も心も細りゆくような思いである。
■ そして、
  • この歌は「秋」という季節のさびしさを平均的にしかうたっていなてようにみえるが、一首の中では「いづこもおなじ」に深みのある個性がみえる。単に「どこもおなじ」だといっているのではない。自然の移ろいの中に生きる人間が、万物が枯死する冬へと向かう自然の生気に感応しているのである。
■ と書いている。
■ へええっ、そうなん、そういうことなんですかね。
■ 京の都から3里北に住んでいた彼は、
■ 近隣の農家の人と今年の出来はどうですか、などと会話でもしていれば
■ そう寂しさを感じることもなかったかもしれないが、
■ 賑やかだろう京都の街に出てみようと思い立った。
■ まあ、行ってみれば分かる。
■ 京の街であれ、どこであれ、さびしさには変わりない。
■ 朝、うちを出て、帰ってきたのが夕方だ。
■ そんな距離なのだ。
■ 途中の風景も秋の色で、うちの周りとたいして違いもない。
■ ようやく帰り着いて、脚を投げ出した、そんな情景が目に浮かぶ。
■ それをただ、そのまま歌にしたのだろうが、歌としてろくに推敲することもなかった。
■ 別に、誰かと競うような歌ではないからだ。
■ その単純なところが、なるほど、
■ 分かるなあ、と思うのだ。
 

2022年9月27日火曜日

楊貴妃と3人の姉、補足、2022-10-01

■ 先に、
■ 要するに、楊貴妃の姉の「虢国夫人」に興味を持って、どんな絵か、
■ この絵から何が読み取れるか、それについて書いた。
■ いわば、推理小説ということだが、「小説」、つまり「作り物」ではない。
■ 読む人が、スマホ&パソコンを使用することで、同時に考えるコトができるようにしている。

つづく

■ 2022-10-01
■ 以前は、
■ 紙の本だと、例えば URL**を表示しても、そこから簡単にリンクできなかった。
■ **Uniform Resource Locatorとは、インターネット上のホームページ(Webサイト)やファイルの位置や情報を示すモノ
■ スマホ等、移動端末の機能が充実して、容易に読み取り・リンクが可能となった。
■ URLばかりでなく、QRコードも同様に読み取り可能となった。
■ 要するに、情報の媒体が「紙」であっても、
■ インターネットを介して外部情報との連携が取れるようになるので、表現の世界が広がったと言える。
■ 例えば、歌に関するリンクを最初に書いておくと、音楽を聴きながら本を読むこともできる。
■ また、例えば、名は知らないが、きれいな花が咲いていた。
■ こんな花だ、と画像で説明することもできる。
■ このようにすることで、作者と読者との関係がより深いものになると思われる。

2022年9月17日土曜日

言葉の広がり、メモ。「色」「風」の他に、「味」「力」

■ 
  • しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く  藤原定家
  • 母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水
■ 「色」はこの場合、例えば「ような」としてよい。

 「色」「風」の他に、例えば

  • 味、味覚の味ではない使い方。切れ味、味がある、味なことやる、・・・

  • 力、腕力というような意味でなく、影響力、経済力、政治力、女子力

■ 「色」と同様に、「味」という言葉も日本語に限らず言葉としての広がりがあると思う。

  • 色 color

  • 味 taste

■ たまたま、朝刊の折り込み誌に時計の広告があった。

  • ミリタリー・テイスト

■ とある。

  • 調

■ 色や味、のようにごく基本的な言葉は、色々な意味合いに使われる。

  1. あじ・わい

  2. にぎ・わい

  3. なり・わい

■ 思いつくまま「XX・わい」という形の言葉を並べてみたが、これらをひとくくりに考えていいのかどうか。





2022年9月16日金曜日

音色、色、color、身にしむような秋風ぞ吹く

  • しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く  藤原定家
  • 母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水
■ 「色」や「color」というとらえ方は、いわば人間のごく基本的な認識のひとつだ。
■ と書いた。
■ 音色、と言う言葉で分かるように、色彩の色ではない。
■ 上に挙げた歌では、・・・
  • 身にしむような
■ としてよい。
■ 英語だけでなく、他の言語でも「色」と同様な使い方がなされるかどうなんだろう。
  • 色無き風
■ このような言葉が使われると混乱するだろう。
■ 元々、風に色があるわけではない。
■ ついでながら、「風」という言葉も古いと思われる。
  • 和風、洋風
■ というような場合、自然現象としての風ではない。

2022年9月14日水曜日

身にしむ色の秋風ぞ吹く、「色」という言葉について

■ 先に、小島かおりさんのコラムの歌について取り上げた。
■ 彼女は「色」という言葉を、絵の具の色のような「色」としてとらえていたようだ。
■ 色という言葉は古く、広く長く使われている間に、色々・様々な使い方がされてきた。
■ 単に、絵の具の色のような色ばかりではない。
■ 例えば、
  • 音色
■ この場合の色はどんな色ですか。
■ この「音色」の色について考えてみるといいでしょう。
  • 顔色、をうかがう
■ こういう使い方もする。
■ いちいち私がここに書かなくても辞書引けばすぐ分かることだ。
  • 百人一首 040 平兼盛 忍れど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで
■ この歌も同様だ。
■ これは英語の場合でも似たようなもので、
■ 表現としての言葉は違うが、使われ方はごく基本的には同じだ。
■ つまり、
■ 「色」や「color」というとらえ方は、いわば人間のごく基本的な認識のひとつだ。
■ 昔、こんなことも書いていた。


2022年9月13日火曜日

身にしむ色の秋風

■ 日本経済新聞・夕刊・あすへの話題、小島かおり、にこんな歌があった。
  • しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く  藤原定家
  • 若き日は見えざりしこの風のいろ身にしむ色の風の秋なる  小島かおり
■ さて、これらを読んで、私も一首
  • 母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水

2022年9月6日火曜日

日本経済新聞・夕刊・あすへの話題 2022-09-06 秋来ぬと


  • 秋来ぬと眼にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる  藤原敏行
  • ボケたりと目にはさやかに見えねども物忘れにぞ驚かれぬる  小島ゆかり
■ うまいものだ。
  • ゆかりさん どんなかたかは しらねども 
  • 機知あるうたに おどろかれぬる  遊水

2022年8月21日日曜日

この次は俺の番か、2022-09-01 追記

  • このつぎは おれのばんかと マジおもう あにがたおれた れんらくがあり
  • りんじんが これはいじょうと きがついた いくつかたまった しんぶんのかず
  • オンライン パソコンつうじ めんかいす すこしかいふく しているようだ
■ 遊水 作

2022年8月20日土曜日

伊勢大輔、そのひばかりは めぐりきて

伊勢大輔

■ 菅原道真が建議して、その後は遣唐使は中止になった。
■ そして、その後、日本独自の文化が花開いた、と言われるが、どうになのか。
■ あとで、もう少しみてみよう。
■ 百人一首には女性の歌が21首ある。
■ 道真(24番)より後の時代の人からひとつ拾ってみた。
■ こんな歌もある。
  • わかれにしその日ばかりはめぐりきていきもかへらぬ人ぞ恋しき(後拾遺585)
  •  
  • 原爆忌 そのひばかりは めぐりきて
  • いきてかえらぬ ひとぞかなしき  遊水
  •  

2022年8月17日水曜日

菅原道真

菅原道真

■ 尾崎雅嘉は「百人一首一夕」に色々書いている。
■ それを読むと興味深いが、
■ 今、学問の神として崇められ、というか、親しまれ、
■ 又、たたり、怨霊の神としても知られている。
■ そんな後世のことについてはどうでもいいかもしれない。
■ 問題は目の前にあるこの歌だ。
■ この歌は何か好きになれない。
  • このたびは ぬさもとりあへず たむけやま
  • もみじのにしき かみのまにまに
■ これでは紅葉の錦は、道真が所有していたのかのようだ。
■ 自分のものでもない「自然の美しさ」を神に手向けるというのはどういうことか。
■ 感覚としては、むしろ、神により、というか、
■ 天により与えられた「紅葉の錦」を感謝するべきものではないか、
■ それが論理というものだろう。
  • とりあへず紅葉をぬさと手向山神のこころを神やうけけむ (契沖)
■ こんな歌もあるようだ。
  • 神のこころを
  • 神やうけけむ
■ 1」の「神」は天神、即ち、道真のことだろうけれど、
■ 契沖は道真だとは言ってない。ただ「神」としている。
■ 表面的な表現としては、どちらも「神」だから同じ神だととらえることもできる。
■ そのように考えたとき、「紅葉の錦」を手向けたのだから
■ 「神のこころ」は即ち「紅葉の錦」となる。
  • ちょっと、おかしくないですか、道真くん
■ 契沖は、ちょっと皮肉を込めて、
  • 神のこころを 神やうけけむ
■ としたのだろうな、と思ったりする。
 

2022年8月15日月曜日

小野小町、応援隊2

小野小町、応援隊2

■ 平安時代前期9世紀頃の女流歌人
■ 3首取り上げてみた。
■ 孤独感があり、共感を覚える。
  • 木がらしの風にも散らで人知れず
  • 憂き言の葉のつもる頃かな〔新古1802〕
  •  
  • はかなしや我が身の果てよ浅みどり
  • 野辺にたなびく霞と思へば〔新古758〕
  •  
  • うたたねに恋しき人を見てしより
  • 夢てふものはたのみそめてき(古今553)
■ 今の世に、どれだけの人がいるか、知ろうとは思わない。
■ 自分と言葉を交わす人には限りがある。
■ ただ、千年以上の昔の人の歌に、心が生きている。

2022年8月13日土曜日

短歌、2首、星越町こそ 哀しけれ

■ 今朝の日本経済新聞・読書、欄に「ドナルド・キーンと俳句」の書評があった。
■ 石川啄木の歌をひとつ思い出した。
  • 函館の青柳町こそかなしけれ 友の恋歌 矢ぐるまの花
■ ここで、一首+
  • 新居浜の 星越町こそ 哀しけれ 更地になりて 衛星写真  遊水
  • われもまた はるなつあきと あゆみきて 霜天に満つ 時となり  遊水

2022年8月9日火曜日

安倍仲麻呂


安倍仲麻呂

■ 落ち着いたいい歌だと思う。
■ ついでに、玄宗、楊貴妃
■ 元正天皇・霊亀2年6月、716年、第8次遣唐使
  • 阿倍仲麻呂、吉備真備、僧玄昉ら留学
  • 16歳。
■ 17年後、聖武天皇・天平5年、遣唐使、天平7年、735年帰国。
■ 仲麻呂は留まる。
■ 朝衡と改名。
■ 15年後、
  • 遣唐使 - Wikipedia
  • 天平勝宝6年(754年)
  • 藤原清河と阿倍仲麻呂らの第1船は、暴風雨のため安南(現在のベトナム中部)に漂着
  • 鑑真は来朝。
  • 清河と仲麻呂らは755年に長安に帰還る。
  • 70歳で死亡
■ 阿倍仲麻呂は結局のところ唐で一生を終えたので、
■ ただ、百人一首にある歌を繰り返し口ずさむしかない。
  • ふりさけ みれば
■ この言葉遣いは、いい。
■ 李白、王維、包佶、趙驊、ら詩人の友がいたということは何よりで、
 彼の人生は豊かなものだったと思う。
  • 王維「送秘書晁監還日本国竝序」(『全唐詩』巻127より) (sakura.ne.jp)
  •   送秘書晁監還日本 王維
  • 積水不可極 安知滄海東
  • 九州何處遠  萬里若乘空
  • 向國惟看日  歸帆但信風
  • 鰲身映天黑  魚眼射波紅
  • 郷國扶桑外  主人孤島中
  • 別離方異域  音信若爲通
  •  
  • 包佶「送日本国聘賀使晁臣卿東帰」
  • 趙驊「送晁補闕帰日本国」

  • 仲麻呂「銜命将辞国」
    • 銜命将辞国、非才忝侍臣、
    • 天中恋明王、海外憶慈親、
    • 伏奏違金闕、騑驂去玉津、
    • 蓬莱郷路迷、若木故園隣、
    • 西望懐恩日、東帰感義辰、
    • 平生一宝剣、留贈結交人、
  •  

2022年8月6日土曜日

かささぎの橋

鵲の橋

■ 幾つか拾ってみた。
  • 振り放さけて三日月見れば一目見し人の眉引思ほゆるかも(6-994)
  • 世間は数なきものか春花の散りのまがひに死ぬべき思へば(17-3963)30歳
  • 春の苑紅にほふ桃の花したでる道に出で立つ乙女(19-4139)
  • 物部の八十乙女らが汲みまがふ寺井のうへの堅香子の花(19-4143)
  • 石瀬野に秋萩しのぎ馬並めて小鷹狩だにせずや別れむ(19-4249)
  • 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕影に鶯鳴くも(19-4290)
  • 我が屋戸のいささ群竹ふく風の音のかそけきこの夕へかも(19-4291)
  • うらうらに照れる春日にひばりあがり心悲しも独りし思へば(19-4292) 36歳 753-02-25
  • 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいや頻け吉事 (20-4546) 42歳、最終歌
■ 大友旅人
  • 験なき物を思はずは一坏の濁れる酒を飲むべくあるらし(3-338)
  • 生まるれば遂にも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくをあらな(3-349
■ 年齢にもよるだろうが、
■  大友家持は父旅人と比較し線が細い感じだ。
■ 優しさがある。
■ それゆえか、貶められ不遇だった、とするのは適当とは思えないけれど、
■ 大友一族は当時の政争に巻き込まれたという感じか。
■ 家持は、武人で桓武天皇の延暦元年に、東宮太夫兼、陸奥按察使鎮西将軍として赴いた。
■ 同3年に中納言になり、同4年に亡くなっている。68歳 785-08-xx
■ ついでながら、薨ずる、とか「みまかる」という語がパソコンでは変換されなかった。
■ 家持は鷹を飼っていて、万葉集にも幾つか歌がある。
■ 小鷹狩りの小鷹は大鷹の雄で、雌より小柄で鶉などを対象にした。
■ さて、
  • かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける(新古620)  
■ 「鵲のわたせる橋」を現実の「宮中の御橋」とするようだが、
■ 宮中のことなど知らないことだし、大伴家持の心を推測することではなく、
■ 鵲の橋は、仰ぎ見る天の川として捉えたい。
  • あまのかわ ふりさけみれば かささぎの はしとわたして よはふけにける  // 遊水
■ 霜ということばから、
  • 月落烏啼霜満天
■ こんな漢詩も思い浮かべた。
■ カササギはカラスの一種で、ユーラシア大陸+北アメリカに広く生息する。
■ 水滸伝にも出てくる。喜鵲と言われ、縁起がいいので
  • 月落鵲啼霜満天
■ この方がよさそうにも思うが、どうかな、
■ 関係はないけれど。
  •  

2022年8月2日火曜日

天智天皇、秋の田の

  1.  皇室の系図一覧 - Wikipedia
  2. 天皇の一覧 - Wikipedia

  3. 乙巳の変 - Wikipedia

  4. 百人一首 001 天智天皇 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ - YouTube

  5. 新嘗祭 - Wikipedia

■ 昔の天皇の名前にどんな文字が使われていたのか

■ 「神」ついては先に書いた。

■ リンクした天皇一覧を見ると、淡海三船が選んだとされる天皇の名についての記述がある。

■ 百人一首関連で、天皇に関して多少取り上げた。

  • 天智天皇

■  「天」の文字が使われてい天皇は、

  • 38代 天智天皇

  • 40代 天武天皇

■ この2人だ。

■ 「天」という文字の意味からすれば、、エライ人という当時の評価だろう。

■ ただ、大化の改新の時の乙巳の変(いっしのへん)は暗殺だ。

  • 今昔物語・巻二十二・大織冠、始めて藤原の姓を賜はれる語 第一

  • 水滸伝・第二、・・・蹴鞠の話しがある。

■ こんな話を読むと、蹴鞠に関する印象が良くない。

■ まあ、いいか。

  • 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 

  • わが衣手は 露にぬれつつ

■ 天智天皇がこの仮小屋で実際に袖を濡らしたかどうか、

■ また、この歌を自らが詠んだかどうかは別にして、

■ 率先して、

  • 田植え

  • 刈り取り

■ を神事として行う態度を示したのだろうと思う。

■ 農業は国の基本であるし、

■ 農業は自然に左右されるので、最高位の天皇が自ら神に祈ることになる。

■ このような意味で、この歌があっていいし、天皇が詠んだとしてよい。

■ 百人一首を選んだ藤原定家、即ち、藤原一族としても、

■ 天智天皇を先頭に置く考えは当然のこととしてあっただろう。

 

2022年7月31日日曜日

はつなつのかぜ

はつなつのかぜ

■ 昨日はカワセミ が5羽いて、
■ 写真を撮っていたとき、俄雨であやうくびしょ濡れになるところだった。
■ 激しい雨が、しばらく続いたので、木陰にいたが、どうしても濡れてしまった。
■ 今は夏、クマゼミの声が激しい。
■ 夏も春から突然変わるわけではない。
■ 春夏秋冬、季節は365日かけて、ゆっくり移ってゆく。
  • はつなつの かぜとなりぬと みほとけは
  • をゆびのうれに ほのしらすらし  会津八一
■ こうした歌ができればいいな、と思う。
  • 春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山 // 持統天皇 万葉集
■ 先日、2022-07-28、紀伊国屋で、馬場あき子の「百人一首」を買った。
  • 春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天の香久山
  • この歌を読みながらふと思うのは、「春過ぎて」と初句はなぜ必要だったのか、ということだ。「夏は来ぬ」ではじまっても一向におかしくはない。もし初句に比重をかけて読むなら、眼前にある鮮やかな光景を目にするにつけても作者の内面的な驚きは、むしろ知らないうちに「春は過ぎて」いたことにあったといえる。
■ こんなことが書かれていた。
■ 立ち読みして、買うの止めようかなと思ったが、他山の石にはなるだろう。
■ 初夏の短歌という意識で作ったことはないので、
■ 私はそのときどうなるか分からない。
■ 会津八一のように
  • はつなつの
■ という言葉を使えばよかったかもしれないが、
■ あるいは、持統天皇の時代には「はつなつ」という言葉はなかったのではないか、と思う。
■ 万葉集を調べてみたらいい。
■ とりあえず、古今集、新古今集。
■ 手元の、古今和歌集をみると「はつなつ」という言葉は、初句、4句には使われていないようだ。
  • 「夏は来ぬ」ではじまっても一向におかしくはない。
■ とするなら、どのようになるのか、作例をあげればいいだろう。
  • むしろ知らないうちに「春は過ぎて」いた
■ のではなくて、
  • 知らないうちに、夏が来ていた、ということだ。
  • 夏来るらし
■ 「らし」は「らしい」「ようだ」
■ いつの間にか夏になっていたようだから、
■ 「春過ぎて」と肯定せざるをえない気持ちだった、ということだろう。
  • [ 歌のこころ ]
■ を見て、馬場あき子は
■ 尾崎雅嘉著「百人一首一夕話」を読んでいないのかと思ったが、
■ 主な参考文献に記載されていた。
■ まあ、いいか。
■ 私が参考にした部分ではなく、別の所を参考にしたようだ。

*  *  *

■ 以前こんなことを書いていた。



2022年7月28日木曜日

小野小町、応援隊

小野小町、応援隊

  • 海人のすむ 浦こぐ舟の 
  • かぢをなみ 世をうみわたる 我ぞ悲しき // 小野小町
■ 人の歌を理解するためには、自分の言葉で詠んでみるのがいい、と思うが、
■ 人の歌の言葉そのものを伝えるには、本歌取りするしかないのかもしれない。
■ ここにあげた小野小町の歌は、やはり、上の句がよくない。
  • 伊勢の海 
■ とするのもひとつの方法だ。
  • 伊勢の海 浦漕ぐ舟の 梶を無み 世を倦み渡る 我ぞ悲しき // 小町・遊水
■ 応援隊、といってもひとりだけれど、とりあえず。
 
 

2022年7月27日水曜日

分かれ道、短歌と俳句、ドイツ語訳を追記、2022-07-28 +

分かれ道、短歌と俳句


■ 「瀬音」より、平成七年 、題「道」 

  • かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこ行きけむ // 美智子

■ この歌は google での翻訳はうまくゆかなかった。

■ 「分去れの」という言葉が翻訳できないようだ。

■ 次のような散文にしてみた。

 

日本語英語、google 翻訳
 
  • あの時に
    私が選ばなかった
    もうひとつの道は
    どんな人生だったろう

 
  • At that time
    I didn't choose
    Another way is
    What kind of life was it

     

 

■ 選択しなかったもうひとつの道、即ち、もうひとつの人生が気になるということは、

■ これでよかったのかという一抹の寂しさを感じたのではないだろうか。

■ この歌をみて、私の言葉で俳句にした。

  • わかれみち むこうのみちは どんなあき 

■ 俳句のままでもいい。

■ 春でもなく、夏でもない「秋」という季節が気持ちを表すことになる。

■ 短歌にするため下の句を加えた。

  • ふとたちどまる ときぞかなしき // 遊水

日本語英語、google 翻訳
 
  • 分かれ道 
    向こうの道は 
    どんな秋 
    ふと 立ち止まる時ぞ悲しき

 
  • Forked road
    The road over there is
    What kind of autumn
    Suddenly when I stop, I feel sad

     

 

■ 「向こうの道」が訳しにくいようだ。

■ 「ふと」という言葉は文字数を合わせるためにいれた。

■ なにかの時にそんなことを感じることがある、ということだ。

■ 英訳としては、気に入らないが、まあ、いいか、・・・

■ 他の歌にすることもできるかもしれない。
■ 日々何らかの選択をして生きている。

■ おそらく、違いはあれ、誰でも似たような気持ちになることがあるだろう。

---------------------------

2022-07-27 追記

ドイツ語英語、google 翻訳
  •  
  • Damals,
    als Ich mich
    an der Weggabelung befand
    und die eine Richtung wahlte,
    wohin hat wohl jener Weg gefuhrt,
    den ich nicht beschrichtten habe?
  •  
  • At that time,
    as I myself
    was at the fork in the road
    and chose one direction
    where did that path lead to
    which I have not written about?

 

 

■ これでいいのだろうか。

■ 例えば、

  • 多和田葉子

■ 彼女だったらどう訳すだろうか。

■ 2022-07-28 +

■ このサイト↑に訳詩があったので、もう一度

 

ドイツ語英語、google 翻訳
  •  
  • Damals, als ich mich
    an der Weggabelung befand
    und die eine Richtung wählte,
    wohin hat wohl jener Weg geführt,
    den ich nicht beschritten habe?

  •  

  • Back then when I
    was at the fork in the road
    and chose one direction
    where did that path lead to
    that I haven't walked?

 

■ 以前も見たような気がして調べてみた。

■ このあたりで、何か、ごちゃごちゃ書いていた。

 

日本語ドイツ語、google 翻訳
 
  • あの時に
    私が選ばなかった
    もうひとつの道は
    どんな人生だったろう

 
  • Zu dieser Zeit
    Ich habe nicht gewählt
    Ein anderer Weg ist
    Was war das für ein Leben

 

 

2022年7月25日月曜日

花さそう、について、もう一度

  1. 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは 我が身なりけり  // 百人一首 096 入道前太政大臣
  2. 花さそふ比良の山風ふきにけり漕ぎゆく舟のあと見ゆるまで  // 後鳥羽院宮内卿
■ どちらが先に詠まれたのか、と気になったが、・・・
  • 入道前太政大臣 藤原公経、西園寺公経  1171‐1244 年
  • 後鳥羽院宮内卿 生年没年不明
■ 入道前太政大臣の歌は最初読んだときから言葉の続きがおかしいと気になった。
■ 「花さそふ」という言葉にこだわりすぎている感じだ。
■ 「花さそふ」について、比較すると、後鳥羽院宮内卿の方がよい。
■ 入道前太政大臣の歌は次のようにすれば「花さそふ」という言葉はなくなるが、
■ 分かりやすくなる。
  • あらしふく にわのさくらの ゆきならで ふりゆくものは わがみなりけり // 遊水
■ 意味的には、
  • 桜の花が、花吹雪、雪となって降っている。
  • その雪ではないけれど、私も古り、年老いてしまった。
■ こんな感じだろう。


2022年7月19日火曜日

戦なき世

 戦なき 世は望まれど 今日もまた 武器が欲しいと 言いつのる人  

2022年7月13日水曜日

心なき身にも無念は知られけり

  • 心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ  西行 新古今362
  • 心なき身にも無念は知られけり 射殺されたる人を思えば  遊水

2022年7月4日月曜日

山辺赤人は馬に乗っていた。田子の浦にうち出でてみれば

山辺赤人は馬に乗っていた

■ 万葉集に様々な植物や動物が歌われている。
■ 馬も出てくる。
■ 日本書紀 巻第二十九、天武天皇、に
  • 婦女乗馬 如男夫 其起干是日也
■ とあり、いわゆる万葉の頃は
■ 馬はたくさんいて、移動手段として、馬がよく使われたと思われる。
■ これは、百人一首の歌を読むときにも知っておくべきことだ。
■ 以前に、何度も取り上げたが、
■ まとめの意味でもう一度、取り上げておこう。
  •  田兒之浦從 打出而見者 眞白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留
  • たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにぞ ふじのたかねに ゆきはふりける
  •  
  • 水際まで 駒打ち駆けて 見返れば 富士は真白に 立ちにけるかな   橋本遊水
  • みぎわまで こまうちかけて みかえれば ふじはましろに たちにけるかな
■ 複合動詞にこんなのがある。
  • たち・いでて
  • うち・いでて
  • こぎ・いでて
  • わき・いでて
■ 一番分かりやすいのは、舟を漕ぐだ。
■ うち・いでる、は馬に鞭を打ち走らせることだ。
■ 万葉集の原文を見れば
  • 打出
■ となっている。
■ 2022年の現代において、日本では、移動手段として馬は使われない。
■ 従って、馬に関する意識は低いか、ほとんど無いのが現状だろう。
■ たとえば、中西進のように
  • 田児の浦を通って出て見るとまっ白に富士の高嶺に雪が降っていたことだ
■ こんな、つまらん認識になる。
■ 馬に鞭打つイメージがあれば、
■ かなり動的に、駿河湾に向かって馬を走らせる様が映画のように目に浮かぶ。
■ 青い海に向かって、水際まで走らせ
■ 馬に乗ったまま、振り返ってみると、
■ 真っ青な空に、真っ白な富士山がドーンと立って見えるのだ。
■ まあ、そういうことでしょう。
■ だから、この歌は好きだ。
■ アニメにすれば山辺赤人の感動が伝わってくるように思う。

2022年7月2日土曜日

虢国夫人遊春図に描かれている楊貴妃

虢国夫人遊春図に描かれている楊貴妃

 
■ 虢国夫人遊春図の虢国夫人はどの人か
■ 多くの人が書いているようだが、
■ これは事実をひとつづつ見てゆけば簡単に分かる。
■ しかし、この図の主題について書かれていないような感じだ。
■ それは、題名が「虢国夫人遊春図」とあるからで、
■ 無理はないかもしれないが、
  • ■ 主題は彼女ではなく、楊貴妃だ。
■ これもすぐ分かる。
■ では、なぜ題名が「虢国夫人遊春図」かという疑問が出てくる。
■ 絵としては寸詰まりのような気がするからだ。
■ 右端にもう少し何かが書かれていたのではないかと思うが
■ これについては今のところ何とも言えない。
■ さて、
■ 楊貴妃の時代は日本で言えばどの時代になるのか。
■ 遣唐使は菅原道真の建議以降中断している。
■ 百人一首で
  • 阿倍仲麻呂の歌は、7番目
  • 菅原道真の歌は、24番
  • ■ 古事記は玄宗皇帝即位の年に作られている。↑
■ 虢国夫人遊春図を見ると髪型などが身分によって決められていたようだが、
■ 日本では天武天皇のころに決められていたようで、
  • 女の40歳以上のものは髪は結い上げてもいいし、結い上げなくてもいい
  • 巫女や神官は神は結い上げなくてもいい
■ などとある。
■ また、
  • 婦女が 男子のように馬に乗るようになったのはこの日からである
■ と日本書紀・巻第29、にある。
■ 要するに馬がたくさんいた、ということになる。
■ そして、
  • そもそも政治の要は軍事である。
  • それゆえ文武官の人々は、務めて武器を使い、乗馬を習え。
  • ・・・
  • もし違反し、馬・武器に不都合なところがあり
  • 装備にかけるところがあれば、親王以下諸臣に至るまで、みな処罰する。
■ とある。
■ いわば皆兵制だ。
■ 唐の時代に関心を寄せるのもいいが、
■ 日本の同時代にも興味深く感じる。

2022年6月29日水曜日

眞坂樹はどんな木

眞坂樹はどんな木

■ 先に、
■ 日本書紀を見ると、天香具山には榊がたくさん生えていたようで、
■ 天照大神が岩戸に隠れたときこの木が使われた。
  •  忌部遠祖太玉命掘天香山之五百箇眞坂樹
  • ■ これが「香具山」の由来だったと思われる。
  • ■ 古代の人は榊の香りを特別な香りとしてとらえていたようだ。
■ こんなことを書いた。
■ 以前も、樟とか「香」が関係するのではないかと書いたことがある。
■ 書きかけのまま放置していた。
■ 振り返ってみよう。
  • ■ 万葉集には「天之香來山」とあるがなぜ「天香具山」と表記するのだろうか。
  • ■ おそらく、香りを嗅ぐ、ということだろう。
  • ■ 「天の」香りが来る山、という意味から「天の香来山」だったものが
  • ■ 香だから嗅ぐということになったような気がする。
    • 天の・かくやま  kaku yama
    • 天の・かぐやま  kagu yama
  • ■ 地名とか物の名とかは古ければごく単純にというか純粋に具体的な特性を意味している。
  • ■ では「香」とは何か、
  • ■ 山だから植物も考えられ、
  • ■ 香りの高い植物であり長寿のものとしては「樟」がある。
  • ■ 神社には樟が植えられていることも多い。
  • ■ 候補として可能性は大きい
  • ■ 神の木だから榊の可能性もあるが、匂いからすればヒサカキか。
  • ■ 「天香久山」の自生植物について調べるのもいいかもしれない。
  • ■ 参考、ついでに見た。
■ なるほど、・・・
  • 地名とか物の名とかは、古ければごく単純にというか
  • 純粋に具体的な特性を意味している。
■ やはり、こういうこととだろう。
■ 眞坂樹と書かれた木は何に当たるのか、
 

百人一首に関する中間メモ

百人一首に関する中間メモ

■ 百人一首は歌のひとつの歴史だけれど、
■ 100番目は
  • ももしきや ・・・
  • なおあまりある むかしなりけり
■ と、100年余の昔を偲んでいる
■ 1番目の歌は天智天皇作故、100年どころか約500年昔のことだ。
■ 百人一首には、在原業平の
  • ちはやふる神代
■ の歌がある。
  • ちはやぶる
  • ちはやふる
  • 千早古
■ 業平は千年昔を神代としている。
■ ということで、古事記、日本書紀の世界を参照しようかとなる。
■ そして、初代天皇、
  • 彦火火出見
■ 後の世に神武天皇と呼ばれる人について取り上げた。
■ そこで横道
■ 万葉集2番目の歌では、
  • 国原
  • 海原
■ が歌われている。
■ この時は湖があった。
■ 天智天皇、天武天皇の父の、舒明天皇の歌だ。
■ 奈良湖があったとして、いつ頃、それが消滅したのか、・・・
■ 平家物語の都遷りを見ながら、どこに各天皇は住んでいたのかを見た。
■ 湖があった場所には住んでいないはずだからだ。
■ しかし、神武天皇から舒明天皇の間はかなりの時間がある。
■ なので、奈良湖は一度消滅し、また、水が溜まることになったのではないか、
■ ではそれはいつの頃か。
■ そこで、天皇の名が参考になるのではないか、と考えた。
■ 偉大な実績を残した人にはそれなりの評価があり、それは名前に現れると考えてよい。
■ という文字が使われている天皇は3+1人いて、消去法で
  • 崇神天皇
■ が浮かび上がる。
■ ついでに、他の天皇の名前から歴史が分かるのではないか、というところまで書いた。
■ 続きを書こうかな、と思うが、面倒だ。
■ 奈良湖に関連して話しを進めるとすれば、平城京につながるかと思う。
■ 万葉集巻第一 、50に
  • 藤原の宮の役民が作る歌
■ がある。
■ 大津市南部の山から木を伐り出し、現在の巨椋干拓地まで運び
■ そこで筏に組み、木津、即ち、木の港まで運び陸揚げし現在の樫原市付近まで運んだ。
■ ただ、木津からそこまでは距離があり、この時も、おそらく湖があったのではないかという感じだ。
■ その水は、東の山辺の道から、
■ 大和三道が示す位置に少しずつ引いていったのではないかという感じもする。
■ そして、藤原京から下つ道の北端に平城京が位置する。
■ この頃の時代から百人一首が始まる。
■ と、まあ、こういうことで、後は、そのうち気が向いたら書いてみよう。

2022年6月25日土曜日

ツバメ、スズメ、カモメ、常識と非常識

■ 野鳥の写真を撮りだしてから、「ことば」への興味も広がったように思う。
■ 「ことば」は何かを現わすものだからだ。
■ モノ、感情、考え、現象、など、具象、抽象にかかわらず、認識の共通性だ。
■ 昨日、ツバメの句を作った。
■ で、次のように並べてみよう。
  • ツバメ
  • スズメ
  • カモメ
■ 「メ」は鳥のことだな。
■ では、
  • ツバ・メ
  • ツバ・サ
■ これはどうか。
■ 「サ」は羽根のことだな、と思う。
■ 鳥で「サ」がつく言葉はないか、・・・
  • ハヤブサ
  • サギ
  • ミソサザイ
  • ・・・
■ 関係があるかどうか、後日、暇なときに調べてみよう。
■ ところで、・・・
■ カモメは万葉の頃「カマメ」と言ったようだ。
■ ということで、以前、万葉集のどこにあるか調べてみた。
■ そこで、
  • 国原
  • 海原
■ に出会ったのだ。
  • 天皇登香具山望國之時御製歌
  • 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都
■ 文庫本の脚注に、
  • 池を海に、池辺の水鳥を鴎に見立てたもの
■ と書かれていた。
■ 野鳥撮影していたので、
■ もちろん、カモメが飛んでいたとすれば、そこは「海原」で、
■ 奈良盆地はに奈良湖が存在した、と思われた。
■ これは常識的推論で、舒明天皇は歌を作るとき「見立てる」必要性などない。
■ そして、地図を見ると、
■ 奈良盆地の南端の天香具山に立って
■ 北を見ると右手は陸地、左手は湖であったことが分かる。
■ ついでながら、
■ 日本書紀を見ると、天香具山には榊がたくさん生えていたようで、
■ 天照大神が岩戸に隠れたときこの木が使われた。
  • 忌部遠祖太玉命掘天香山之五百箇眞坂樹。
■ これが「香具山」の由来だったと思われる。
■ 古代の人は榊の香りを特別な香りとしてとらえていたようだ。

 

2022年6月24日金曜日

ツバメ・ひな4羽

■ ふうむ
  • つばめのこ めはまだあかず あちらむき  遊水
■ これが俳句に分類されるかどうか、・・・
■ どうでもいいが、
■ 今年2度目のヒナたちだ。
■ そこいら散歩し、高町池でカワセミが楽に撮れると、
■ 帰宅してからのビールがうまい。

2022年6月23日木曜日

人の世は昔も今も変わらない

人の世は昔も今も変わらない

■ 万葉集はさまざまな身分の人が詠んでいる。
■ 日付が分かるものもある。
■ そうした記録が社会をあらわしていることになる。
■ 話しは飛ぶが、
■ 今、野鳥写真のブログなど見ると、撮影場所の記載がないのがほとんどで、
■ 記録にはなりえない。
■ さて、・・・
  • から衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてぞ来ぬや 母なしにして 万葉集-4425、4401
■ 1200年以上前の歌
■ 「裾に取りつき」だからまだ幼い。
■ 「泣く子ら」とあるから、一人だけではない。
■ シングルマザーという言葉はよく使われるが、父子家庭もタマランことだろう。
■ 例えば「万葉の恋歌」などの側面からの本が多いような気もするが、
■ こうした歌は、時代を超えた本質的な人の「こころ」で、
  • 人の世は 昔も今も 変わらない 歌を読みつつ 涙しにけり  遊水

三国志と日本

三国志と日本

■ 諸葛孔明と戦った司馬仲達、この人が、
  • その年12月、詔書して倭の女王に報じていわく
■ この文章を書いたものと思われる。
■ 239年のことだ。
■ 日本の状況は
  • 14代 仲哀天皇 192-200年
  • 15代 応神天皇 270-310年
■ この14代と15代の間が、神功皇后の時代ということになる。
■ 古事記、日本書紀に色々書かれていて、面白い。
■ 「倭の女王」卑弥呼と同時代であり、
■ 古事記にある
  • 西の方に国有り、金銀を本として、・・・
■ などとして、海外遠征するのは、
■ 卑弥呼が魏の国と交流し、色々もらったことを聞き知って
■ 敦賀から日本海を山口、福岡に行った。
■ ということであろうと思われる。

「神」と名のついた天皇だ誰だったのか

「神」と名のついた天皇だ誰だったのか

■ 漢風諡号、例えば、神武天皇という呼び名は
 奈良時代に淡海三船(722~785)に より付けられたとのことで
■ 神武天皇以降の風諡号は、この人が付けたことになる。
■ それはいつ頃のことか、
  • 桓武天皇 在位期間 781から806年
■ 桓武天皇も含めるのかどうかは、まあ、どちらでもいいが、
■ 要するに奈良時代の歴史認識は漢風諡号に現れているといってよい。
■ そこで、
 それまでの「神」と名のついた天皇だ誰だったのか、
  • 神武天皇 1代
  • 崇神天皇 10代
  • 神功皇后
  • 応神天皇 15代
 以上だ。
■ この中で、奈良湖の水を無くしたのは崇神天皇かもしれない。
 ただ、舒明天皇は34代で、この時奈良湖があったとすれば、
 再び湖ができたことになる。
■ 桓武天皇から平安京になり、
■ 平家物語に
  • 帝王は三十二代、星霜は三百八十余歳の春秋を送り迎ふ。
■ となる前は、天皇が住む場所が、あちこちと移動が激しい。
■ 飛鳥時代、奈良時代、
 平城京はいつごろだったか、など考えればよいのかもしれない。
■ 天皇の呼び名は社会的評価が現れているとみてよい。
■ 例えば、
  • 仲哀天皇 14代
■ この「哀」という文字の意味を考えれば、
■ いかにも哀れで、悲しむべき人のようだ。
■ 古事記には、神功皇后と武内宿禰により暗殺されたかのような記述がある。
■ とにかく、このころの天皇の名の字義について調べるとよいと思う。
■ 例えば、
  • 天智天皇 38代
  • 持統天皇 41代
■ この二人の場合は、持統天皇が天智天皇を受け継ぎ世を収めた意味にとれる。

2022年6月19日日曜日

それが今日だと思わざりけり

それが今日だと思わざりけり

■ 古今和歌集・861
  • ついにゆく道とはかねてききしかど 昨日今日とは思わざりしを  なりひら
  • その時が いつか来るとは 知りながら それが今日だと 思わざりけり  遊水
■ 私ならば、こう作る、ということだ。
■ ラジオ番組で「あとは寝るだけ」というのがあるようだが、
■ なんか、あとは死ぬだけ、という感じで、無駄話は聞きたくない。

天皇はどこに住んでいたか

天皇はどこに住んでいたか

■ 平家物語・巻第五「都遷」の後半は、
 インターネットでは見られないのかな、と思ったが仮名書きモノがあった。
■ 見にくい。
■ 手元の文庫本をざっと見てみよう。
  1. 神武天皇より景行天皇まで一二代は、大和の国郡々に都を建てて、他国には終に遷されず。
  2. 然るを成務天皇元年に近江国に遷って志賀の郡に都を建つ。
  3. 仲哀天皇二年に長門国に遷って、豊浦郡に都を建つ。
  4. 神功皇后、女帝として、異国の軍を鎮めさせたまいて、帰朝の後筑前国三笠郡にて皇子御誕生、やがてその所を産宮とぞ申しける。
  5. その後神功皇后は大和国に遷って、磐余稚桜宮におはします。
  6. 応神天皇は、同じ国軽島明宮に住ませ給ふ。
  7. 仁徳天皇元年に、摂津国難波に遷って、高津宮におはします。
  8. 理中天皇二年に、又、大和に遷って、十市郡丹都を建つ。
  9. 反正天皇元年に、河内国に遷って、柴籬宮に住ませ給ふ。
  10. 允恭天皇四十二年に、また大和国に遷って、飛鳥の飛鳥宮におはします。
  11. 雄略天皇二十二年に、同じ国泊瀬朝倉に宮居し給ふ。
  12. 継体天皇五年に、山城国綴喜に遷って12年、その後乙訓に宮居し給ふ。
  13. 宣化天皇元年に、また大和国に遷って、檜隈入野宮に住ませ給ふ。
  14. 孝徳天皇大化元年に、摂津国長柄に遷って、豊崎宮に住ませ給ふ。
  15. 斉明天皇二年に、また大和国に遷って、岡本宮に住ませ給ふ。
  16. 天智天皇六年に、近江国に遷って、大津宮におはします。
  17. 天武天皇元年に、猶大和国に帰って、岡本南宮に住ませ給ふ。これを浄見原御門と申しき。
  18. 持統文武二代の聖朝は、藤原宮におはします。
  19. 元明天皇より光仁天皇七代は、奈良の都に住ませ給ふ。
  20. 然るを桓武天皇の御宇、延暦三年十月三日の日に奈良の京春日の里より、山城国長岡に遷って、・・・、延暦十三年、長岡京よりこの京に遷されて、
  21. 帝王は三十二代、星霜は三百八十余歳の春秋を送り迎ふ。
■ 平家物語・都遷りは、当時の歴史観だ。
■ 桓武天皇は、宮内庁・天皇系図によれば、50代で、781-806年
■ 平清盛が福原遷都し、
  • 咲き出づる花の都を振り捨てて風ふく原の末ぞあやうき
■ と、歌がある。
■ 安徳天皇が八一代、1180-1185年だ。
■ ・・・
■ 古事記、33代の推古天皇まで記載されている。
■ 日本書紀は、41代の持統天皇まで記載されている。
■ さて、第34代舒明天皇の時は奈良湖があった、
■ 奈良湖が無くなったのはいつかはと思い、ざっと見たが
■ この平家物語の記述では、名前が出てこない天皇もいて、あまり役に立ちそうもない。
■ ただ、漢風諡号で「神」と名のついた天皇に注目するのもひとつの道かもしれないと思う。
 

奈良湖が無くなったのはいつか

奈良湖が無くなったのはいつか


■ 奈良盆地の溜まっていた水が無くなったのはいつ頃なのか、と思う。
■ 例えば、万葉集の2番目の歌のころは奈良湖はあった。
  • 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都
  • 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
■ 水の上には住んでないはずだから、
■ 歴代の天皇がどこに住んでいたかは参考になると思う。
■ 平家物語・巻第五「都遷」には
  • 都遷りはこれ先蹤なきにあらず。神武天皇と申すは、・・・・
 とあるので、このあたりを見ればざっと分かりやすいかと思った。
■ しかし、この部分は、羅列的なので、
■ インターネットで探しても、どうやら、出てこない感じだ。
 まあ、いいか。
■ 以前、書籍自動ディジタル化、の話があったような気がするが、その後はどうなのか。
■ さて、平家物語に戻ると、
  • 神武天皇より景行天皇まで一二代は、大和の国郡々に都を建てて、他国には終に遷されず。
  • 然るを成務天皇元年に近江国に遷って志賀の郡に都を建つ。
  • 仲哀天皇二年に長門国に遷って、豊浦郡に都を建つ。
■ ここまでで、「大和」「近江」「長門」と天皇の住むところが変わっている。
■ 長門の国は今の山口県西あたり。
■ 宮内庁の、天皇系図を見ると、仲哀天皇は14代で、舒明天皇は34代なのでまだまだ後のことだ。
■ 仲哀天皇の后、神功皇后はまた大和の国に戻ってくる。
■ なので、頁を改める方がいいようだ。