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2022年9月14日水曜日

身にしむ色の秋風ぞ吹く、「色」という言葉について

■ 先に、小島かおりさんのコラムの歌について取り上げた。
■ 彼女は「色」という言葉を、絵の具の色のような「色」としてとらえていたようだ。
■ 色という言葉は古く、広く長く使われている間に、色々・様々な使い方がされてきた。
■ 単に、絵の具の色のような色ばかりではない。
■ 例えば、
  • 音色
■ この場合の色はどんな色ですか。
■ この「音色」の色について考えてみるといいでしょう。
  • 顔色、をうかがう
■ こういう使い方もする。
■ いちいち私がここに書かなくても辞書引けばすぐ分かることだ。
  • 百人一首 040 平兼盛 忍れど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで
■ この歌も同様だ。
■ これは英語の場合でも似たようなもので、
■ 表現としての言葉は違うが、使われ方はごく基本的には同じだ。
■ つまり、
■ 「色」や「color」というとらえ方は、いわば人間のごく基本的な認識のひとつだ。
■ 昔、こんなことも書いていた。


2022年9月13日火曜日

身にしむ色の秋風

■ 日本経済新聞・夕刊・あすへの話題、小島かおり、にこんな歌があった。
  • しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く  藤原定家
  • 若き日は見えざりしこの風のいろ身にしむ色の風の秋なる  小島かおり
■ さて、これらを読んで、私も一首
  • 母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水