漢詩に遊ぶ

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ぼくはこうして古典と遊んでいる



 

 

漢詩に遊ぶ


  

「木の実のある文化史」に栗や椎の実を食用にしていたときの話がある。栗は甘くておいしいが毎日食べるとなるとその甘さがつらい、という。漢詩を読んでこの話を思い出した。漢詩と俳句は、まさにこの栗と椎の実である。あっさりしている方がそれだけ飽きない。それが極めて短い詩形をもつ俳句の特徴であろう。


 

宵闇に 香りをききし 梅の園


  梅花 王安石
牆角數枝梅 凌寒獨自開
遥知不是雪 爲有暗香來

 

君知るや まだ春ならぬ 我が心

 
  子夜春歌 郭振
陌頭楊柳枝 已被春風吹
妾心正断絶 君懷那得知

 


谷あいに 白く咲き散る こぶしかな

 

  辛夷■ 王維
木末芙蓉花 山中發紅萼
澗戸寂無人 粉粉開且落

 
 

春うらら にわとり垣を 飛び越えり
犬吠えて 行商来たる 日永かな

 

  四時田園雑興 范成大
蝴蝶雙雙入菜花 日長無客到田家
鶏飛越籬犬吠竇 知有行商来買茶

 
 

春誘う 岸辺を行きて 君の家

 

  尋故隠君 高啓
渡水復渡水 看花還看花
春風江上路 不覺到君家
 


鳥啼いて 耳より覚めし 春の朝
まどろみて 春の嵐の 去りし朝

 

  春暁 孟浩然
春眠不覚暁 処処聞啼鳥
夜来風雨声 花落知多少

 


山を背に 旅立つ春の 川の音

 
  別罔川別業 王維
依遅動車馬 惆悵出松蘿
忍別青山去 其如緑水何
 


りんご園 花に愁いの 淡き紅

 
  題花樹 揚衡
都無看花意 偶到樹邊來
可憐枝上色 一一爲愁開

 
 

緋牡丹は 惜しまず雨に 咲きにけり

 

  春寒 陳与義
二月巴陵日日風 春寒未了怯園公
海棠不惜臙脂色 獨立朦朦細雨中

 


ためらわず 手折れよ花の 咲き初めに

 

  金縷衣 杜秋娘
勧君莫惜金縷衣 勧君須惜少年時
花開堪折直須折 莫待無花空折枝

 


雲染めて 夏の日落ちる 彼方かな

 

  題慈恩塔 荊叔
漢国山河在 秦陵草樹深
暮雲千里色 無處不傷心
 



五月雨に 満ち来る潮の はやさかな

 

  ■州西澗 韋応物
獨憐幽草澗邊生 上有黄■深樹鳴
春潮帶雨晩來急 野渡無人舟自横

 


苗植えて 足跡残る 水田かな

 

  過百家渡 楊万理
一晴一雨路乾濕 半淡半濃山疊重
遠草平中見牛背 新秧疎處有人踪

 


潮引いて 岸に傾く 舟二艘

 

  江村晩眺 戴復古
江頭落日照平沙 潮退漁船閣岸傾
白鳥一雙臨水立 見入驚起入蘆花

 


釣り舟に 眠りたゆたい 葦の瀬に

 

  江村即事 司空曙
罷釣歸來不繋船 江村月落正堪眠
縦然一夜風吹去 只在蘆花淺水邊

 


麦畑、風さわやかに 波となる

 

  初夏即事 王安石
石梁茅屋有彎碕 流木濺濺度両陂
晴日暖風生麥氣 緑陰幽草勝花時
 


薬草を 山に求めて 霧深し


 
  尋隠者遇 賈島
松下問童子 言師採藥去
只在此山中 雲深不知處

 


姿なき 深山の声の 響きかな

 

  鹿柴 王維
空山不見人 但聞人語響
返景入深林 復照青苔上

 


静かなり 山に向かいて 今日もまた

 

  獨坐敬亭山 李白
衆鳥高飛盡 孤雲獨去閑
相看両不厭 只有敬亭山

 


玻璃の中 ただ氷片の 置かれおり

 

  芙蓉樓送辛漸 王昌齢
寒雨連江夜入呉 平明送客楚山孤
洛陽親友如相問 一片氷心在玉壷
 



夕陽追い 馬駆け登る 高みかな

 

  樂遊原 李商隠
向晩意不適 驅車登古原
夕陽無限好 只是近黄昏

 


人はなく 稲の穂揺れて 田舎道

 

  秋日 耿■
返照入閭巷 憂来誰共語
古道少人行 秋風動禾黍

 


友去りて 川面に揺れる 月の影

 

  夜送趙縱 楊炯
趙氏連城璧 由來天下傳
送君還舊府 名月満前川

 


ともに見し 月は去年に 似たるかな

 

  江樓舊感 趙■
獨上江樓思渺然 月光如水水如天
同來望月人何處 風景依希似去年

 


夕焼けの 光り吸い込む 秋の山
夕もやの とぎれとぎれに 秋の木々

 

  木蘭柴 王維
秋山斂余照 飛鳥逐前侶
彩翠時分明 夕嵐無處所

 


落ち葉踏み 登り下りの もの想い

 

  華子岡 王維
飛鳥去不窮 連山復秋色
上下華子岡 惆悵情何極

 


漁り火に もえる紅葉や 鐘の音
霜の夜や 月落ちからす 鳴ける夜

 

  楓橋夜泊 張継
月落烏啼霜満天 紅楓漁火対愁眠
姑蘇城外寒山寺 夜半鐘声到客船

 


照る紅葉 二月の梅に 勝りけり

 

  山行 杜牧
遠上寒山石徑斜 白雲生處有人家
停車坐愛楓林晩 霜葉紅於二月花

 


空澄みて 蜜柑たわわに 実る頃

 

  贈劉景文 蘇軾
荷盡已無■雨蓋 菊殘猶有傲霜枝
一年好景君須記 正是橙黄橘緑時

 


月明かり 雪にはあらぬ 蕎麦の花

 

  村夜 白居易
霜草蒼蒼虫切切 村南村北行人絶
独出門前望野田 月明蕎麦花如雪

 


紅葉する 山湯に聞くや 川の音

 

  山店 廬綸
登登山路何時尽 沢沢渓泉到処聞
風動葉声山犬吠 一家松火隔秋雲

 


秋霖に 十歳を想う 夜半かな

 

  旅懐 杜荀鶴
月華星彩坐来収 岳色江声暗結愁
半夜燈前十年事 一時和雨到心頭

 


松かさの 落ちて寝返る 夜長かな

 

  秋夜寄丘二十二員外 韋應物
懐君屬秋夜 散歩咏涼天
山空松子落 幽人應未眠

 


雪の中 小舟がひとつ 魚釣る

 

  江雪 柳宗元
千山鳥飛絶 萬徑人蹤滅
孤舟蓑笠翁 獨釣寒江雪

 


雪国に 訪ねて逢わず 帰りけり

 

  休日訪人不遇 韋応物
九日駆馳一日閑
 尋君不遇又空還
怪來詩思清人骨 門対寒流雪滿山
 


廃屋に 時はめぐりて 梅の花

 

  山房春事 岑参
梁園日暮乱飛鴉 極目蕭條三両家
庭樹不知人去盡 春來還發舊時花