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2022年6月25日土曜日

ツバメ、スズメ、カモメ、常識と非常識

■ 野鳥の写真を撮りだしてから、「ことば」への興味も広がったように思う。
■ 「ことば」は何かを現わすものだからだ。
■ モノ、感情、考え、現象、など、具象、抽象にかかわらず、認識の共通性だ。
■ 昨日、ツバメの句を作った。
■ で、次のように並べてみよう。
  • ツバメ
  • スズメ
  • カモメ
■ 「メ」は鳥のことだな。
■ では、
  • ツバ・メ
  • ツバ・サ
■ これはどうか。
■ 「サ」は羽根のことだな、と思う。
■ 鳥で「サ」がつく言葉はないか、・・・
  • ハヤブサ
  • サギ
  • ミソサザイ
  • ・・・
■ 関係があるかどうか、後日、暇なときに調べてみよう。
■ ところで、・・・
■ カモメは万葉の頃「カマメ」と言ったようだ。
■ ということで、以前、万葉集のどこにあるか調べてみた。
■ そこで、
  • 国原
  • 海原
■ に出会ったのだ。
  • 天皇登香具山望國之時御製歌
  • 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都
■ 文庫本の脚注に、
  • 池を海に、池辺の水鳥を鴎に見立てたもの
■ と書かれていた。
■ 野鳥撮影していたので、
■ もちろん、カモメが飛んでいたとすれば、そこは「海原」で、
■ 奈良盆地はに奈良湖が存在した、と思われた。
■ これは常識的推論で、舒明天皇は歌を作るとき「見立てる」必要性などない。
■ そして、地図を見ると、
■ 奈良盆地の南端の天香具山に立って
■ 北を見ると右手は陸地、左手は湖であったことが分かる。
■ ついでながら、
■ 日本書紀を見ると、天香具山には榊がたくさん生えていたようで、
■ 天照大神が岩戸に隠れたときこの木が使われた。
  • 忌部遠祖太玉命掘天香山之五百箇眞坂樹。
■ これが「香具山」の由来だったと思われる。
■ 古代の人は榊の香りを特別な香りとしてとらえていたようだ。

 

2022年6月19日日曜日

奈良湖が無くなったのはいつか

奈良湖が無くなったのはいつか


■ 奈良盆地の溜まっていた水が無くなったのはいつ頃なのか、と思う。
■ 例えば、万葉集の2番目の歌のころは奈良湖はあった。
  • 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都
  • 大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は
■ 水の上には住んでないはずだから、
■ 歴代の天皇がどこに住んでいたかは参考になると思う。
■ 平家物語・巻第五「都遷」には
  • 都遷りはこれ先蹤なきにあらず。神武天皇と申すは、・・・・
 とあるので、このあたりを見ればざっと分かりやすいかと思った。
■ しかし、この部分は、羅列的なので、
■ インターネットで探しても、どうやら、出てこない感じだ。
 まあ、いいか。
■ 以前、書籍自動ディジタル化、の話があったような気がするが、その後はどうなのか。
■ さて、平家物語に戻ると、
  • 神武天皇より景行天皇まで一二代は、大和の国郡々に都を建てて、他国には終に遷されず。
  • 然るを成務天皇元年に近江国に遷って志賀の郡に都を建つ。
  • 仲哀天皇二年に長門国に遷って、豊浦郡に都を建つ。
■ ここまでで、「大和」「近江」「長門」と天皇の住むところが変わっている。
■ 長門の国は今の山口県西あたり。
■ 宮内庁の、天皇系図を見ると、仲哀天皇は14代で、舒明天皇は34代なのでまだまだ後のことだ。
■ 仲哀天皇の后、神功皇后はまた大和の国に戻ってくる。
■ なので、頁を改める方がいいようだ。