2026年8月31日月曜日

めぐりくる きせつはいまも かわらねど みちゆくひとに しるかおもなく  遊水

■ 2026-08-31
■ 塚本邦雄は、定家の上げた歌を否定して、大江千里の歌として、新撰・小倉百人一首、と、王朝百首にそれぞれ次の歌を取り上げている。

照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし  大江千里
ほととぎす 五月待たずぞ 鳴きにける はかなく春を 過ぐし来ぬれば

■ 個々の歌の好みは、人それぞれだ。なので、否定されたからといって、それがどうした、ということだ。

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど  大江千里

■ 分かりやすくていいじゃないか。白楽天の「~ 秋来只為一人長」を元にしたからと言って、漢詩臭くはなく、万人の思いをよくとらえている。 
■ 私は、歌自体でなく、百人一首の歌の並びが気になる。この歌の次は、「菅家」すなわち菅原道真の歌だ。
■ なぜ道真の歌がここにあるのか。
■ おそらく「漢詩」にからめてだと思われるが、なにか不自然だ。
■ ここで「百人秀歌」の並びを見てみよう。漢詩関連の歌が並んでいる。

27 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらん
28 人はいさ 心も知らず 故郷は 花ぞ昔の 香ににほひける
29 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
30 月見れば 千々にものこそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど

■ 「人はいさ~」の歌は、島津忠夫の解説などに惑わされず、定家は、唐の詩人劉希夷の詩「代悲白頭翁」の詩の一部を連想したと考えてよい。

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

■ これを、私なりに歌にすれば、とりあえず、こんなところか。
  • 巡りくる 季節は今も 変わらねど 道行く人に 知る顔もなく  

かえりみて こころゆくまで ちるはなと あいみることの いくどありしか

■ 2026-08-31
■ ・・・

ねばならぬ ことなどおおく ありければ ことしのはなの さかりのがして
かえりみて こころゆくまで ちるはなと あいみることの いくどありしか

2026年8月30日日曜日

やわらかな しらべがそこに あればいい さみしいこころ うれしいこころ  遊水

■ 2026-08-30
■ 「なめらかな」もどうかな、と思ったけれど。

やわらかな しらべがそこに あればいい さみしいこころ うれしいこころ
やわらかな しらべがそこに あればいい かなしいこころ たのしいこころ


2026-08-30  吹田市・千里南公園

2026年8月29日土曜日

句題和歌 春翁酒易悲 ・・・ 老いたれば めぐる春こそ 悲しけれ 酒を飲みつつ 見る桜かな  遊水

■ 2026-08-29
■ 2026-08-27

春翁酒易悲  あはれとも わが身のみこそ 思ほゆれ 儚き春を 過ぐし来ぬれば
餘花葉裡稀  ちりまがふ 花は木の葉に かくされて まれににほへる 色ぞともしき
春盡啼鳥廻  限りとて 春の過ぎにし 時よりぞ 鳴く鳥の音の 痛く聞こゆる
蓮花水上紅  秋ならで はちす開くる 水の上は くれなゐ深き 色にぞありける
枝空花落稀  吹く風に 枝も空しく なりゆけば 落つる花こそ 稀に見えけれ
鳥思残花枝  鳴く鳥の 聲深くのみ 聞ゆるは 残れる花の 枝を詫ぶるか

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この現代語訳はないものか


『句題和歌』(大江千里集)を撰集・献上している。『古今和歌集』の10首を始めとして、以降の勅撰和歌集に25首が入集している

■ 「春翁酒易悲」これは大江千里自身の漢詩かもしれないと思ったが、白楽天の詩のようだ。


唐代 白居易
位逾三品日,年过六旬时。
不道官班下,其如筋力衰。
犹怜好风景,转重旧亲知。
少壮难重得,欢娱且强为。
兴来池上酌,醉出袖中诗。
静话开襟久,闲吟放醆迟。
落花无限雪,残鬓几多丝。
莫说伤心事,春翁易酒悲



老いたれば めぐる春こそ 悲しけれ 酒を飲みつつ 見る桜かな  遊水

2026年8月28日金曜日

飲みすぎた 歩きましょうか そこいらを 春宵一刻値千金  遊水

■ 2026-08-28
■ 先日、こんな頁を書いた。
■ 今回は、この続きだ。
■ 2番煎じだが、やはり自分の言葉で詠むのがいい。

飲みすぎた 歩きましょうか そこいらを 春宵一刻値千金  遊水
 
春夜  蘇軾
春宵一刻直千金  はるのさかりの つきあかり
花有清香月有陰  かおりのはなを てらしいて 
歌管樓臺聲細細  はなみのえんも おわるころ 
鞦韆院落夜沈沈  ぶらんこよるに しずむかな

帰りましょ 恋人たちの その後は 鞦韆院落夜沈沈  遊水

2026年8月24日月曜日

すきずきは それぞれならば ひとにより ちがいもあるは いちおしのうた  遊水

■ 2026-08-24
■ 定家の小倉百人一首ばかりでなく、いろいろ見れば、それぞれいいところもある。
  • 好き好きは それぞれならば ひとにより ちがいもあるは いち推の歌

春霞 晴れぬ心に 朧月  いつしかまぶた 重くなるまま  遊水

■ 2026-08-24



春霞 晴れぬ心に 朧月 
いつしかまぶた 重くなるまま

漢詩と和歌、大江千里

■ 2026-08-24
■ こんな頁があった。

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つづみのね きこゆるごとく そのひとの 
ほのかにあかき ゆびのさきかな  遊水

■ 何を書いていたか、適当に見ていると、こんなリンクもあった。

2026年8月23日日曜日

春霞 日は落ち空に 朧月 菜の花畑 懐かしきかな  遊水


■ 2026-08-23

照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし  大江千里
不明不暗朧朧月
不暖不寒慢慢風
獨臥空床好天氣
平明閒事到心中 白居易
春といへば なべてかすみや わたるらむ 雲なき空の 朧月夜は  小侍従


2026年8月22日土曜日

いとをしい あいをすてさり いとしいと おしどりみつつ こころさびしも  遊水 2026-08-22

■ 2026-08-22
■ 最初は、カルタ遊びで、解説本を見たのはずっと後だった。
■ 昔、ある時、百人一首も最後から読むのがいいと思った。
■ そして、「ひともをし」が分からなかったが、解説を読んで、一応、理解した。


2021年11月13日土曜日

■ 塚本邦雄は、次のような歌を選んでいる。

み吉野の高嶺の桜散りにけり嵐も白き春のあけぼの
見渡せば山もと霞む水無瀬川ゆうべは秋となに思ひけん

■ 小倉百人一首の歌は、これらを歌より明らかに精神状態が落ち込んでいて、もう少し明るい歌はなかったものかと思うので、なぜ定家はわざわざこんな歌を選んだのかと、好意が感じられず、逆に言えば、悪意が感じられる。

人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は  後鳥羽院

■ 端的にいえば、落伍者の歌だ。
  • 鎌倉と 戦し敗れ 流刑地の 隠岐の島なる 天の高さよ   遊水
■ 「ひともをし~」の歌自体が悪いわけではない。このような歌を歌いたくなることはある。私も、ある時期のことを思い、つぎの歌にした。
  • あのころの あいとねたみと うらぎりの よをおもうゆえ ものおもうみは  遊水
■ 後鳥羽院の歌を知らなければこんな歌は作らなかったかもしれない。
■ 昔の人の歌に、状況は違ったとはいえ同様の心を見出すことがよくある。
■ 歌い継いでゆきたい。それが文化というものだ。

竜童の 欲望の街と 後鳥羽院 関係性は どこにあるのか

欲望の街 ダウンタウンブギウギバンド - YouTube


■ 2026-08-22
■ どこかにリンクしているが、切れているだろうと思った。しかし一応、ブログ内検索をしてみると、あった。その一つをまたリンクした。↑
■ 宇崎竜童・欲望の街、と、百人一首・後鳥羽院・「ひともをし」との関係



■ こんな所にも書いていた。


■ ついでに


■ 水滸伝の映画はいくつも作られている。
■ しかし、YouTube では、ほとんど見られなくなっている、と思っていたが、・・・


2026年8月21日金曜日

夜中に 起きて水飲む 暑さかな

■ 2026-08-21
■ お散歩カメラを持って出たが、近くでカワセミが撮れた。

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2026-08-21  吹田市・高町池

■ 外に出ると、たまらない暑さだった。
■ 今は、熱中症というが、昔は日射病と言っていたような。
■ で、おもいだした。
  1. 真夜中に 起きて水飲む 暑さかな
  2. 3度目の シャワーを今日は 浴びにけり
■ こんな句を作ったことがある。
■ ずっと空調機器を入れてなかったからでもあるが、今も、夜中に水を飲む。
■ 天気ばかりはいつも受身だ。
■ 暑いので、この夏は、という感じだ。
■ 先日は、こんな歌も作った。
■ 「真夜中に~」はどこかに書いたかもしれないな、と思いながら、見ると、・・・

■ 起きて水こころゆくまで飲みにけり 
[三十一]こころゆくもの・・・ よる寝おきてのむ水。

■ こんな句も作っていた。
■ 「3度目の~」はここにあった。



 

2026年8月18日火曜日

家持の 歌を取り上げ 間接に おもいにふける 藤原定家、と、二つの橋

■ この歌に関して色々書いた。前にも書いたような気がするけれど、今回?ようやくたどりついた感じだ。
■ この「二つの橋」の件は、まだ終わってない。
■ 疑問が解決されてない。
■ いつから始まったかというと、・・・
■ このころからだ。
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和歌語句検索 かささき


■ 2026-08-18
■ 2026-08-14
かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける  大伴家持
■ この歌は「家持集」にある歌のようだ。


■ 「かささき」で検索すると「295」件ある。
■ これらの歌を幾つかみた。
■ 鵲の写真は以前、浜の宮で撮った。2度行ったことがある。

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‎‎‎2011‎年‎1‎月‎25‎日、‏‎11:09:16  加古川市・浜の宮

2017-04-23  加古川市・浜の宮

■ 百人一首の歌

かささぎの わたせる橋に おくしもの しろきをみれば 夜ぞふけにける  大友家持

■ 万葉集にはない歌だが、定家はなぜこの歌にしたのか、と思う。
■ 大友家持の人生は色々あったようだ。
■ 万葉集にもたくさん歌がある。百人一首から離れれば、私は次の歌などいいと思う。

うらうらに照れる春日にひばり上がり
心悲しもひとりし思へば  大伴家持
うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば 遊水 

■ 「美空ひばり」を歌に詠みこんだ。
■ 次のような歌も見られる。

拾遺和歌集 巻十七:雑秋 歌番号 1089
天の河扇の風にきりはれてそらすみわたる鵲のはし 清原元輔
あまのかは−あふきのかせに−きりはれて−そらすみわたる−かささきのはし

かささきの-わたせるはしや-たなはたの-はねをならふる-ちきりなるらむ
かささきの 渡せる橋や 七夕の 羽根を並ぶる 契りなるらむ

■ 定家自身の歌とあわせ考えれば、「七夕の 羽根を並ぶる 契りなるらむ」こんな感じで取り上げたように思う。ただ「しろきをみれば 夜ぞふけにける」というところからは現実から離れて、定家も、あの人のことを想いながら、もの思いにふけっているというところか。
■ ・・・

「扇合わせ」の時の歌のようだ。
源氏物語にも「絵合わせ」という場面があったような。


Copilot に訊いても分からない「鵲」の話 

■ 2026-08-18
■ どこに書いたか覚えてなく、探すのもめんどうだったので訊いてみたが、なんという答えなのか。やむなくもう一度、自分で調べた。

  1. 第二十二回 閻婆大鬧鄆城縣 朱仝義釋宋公明
  2. 柴進扶起宋江來,口裏說道:「昨夜燈花報,今早喜鵲噪,不想卻是貴兄來。」滿臉堆下笑來。
■ Copilot に訊いても分からない。↓
■ 2回目に上記「2」できいてみた。いいかげんな答えだったので「1」にすると、ダメ。あきれてしまった。↓
■ 120回本、↑
■ ついでながら、白川静・後期万葉論の「かささぎ」と「ささらえ」など参照すると、「七夕の天の川にかける鵲の橋」は、朝鮮系の話で、元々は、チャイナー系ではないと思われる。
■ 日本では、鵲の生息地として、佐賀県がよく知られている。カシャカシャなどとも呼ばれているようで、近くで見られると。北海道でも見られており、これはいつ頃のコトかよく知らない。カササギは天智天皇の頃の朝鮮半島との行き来、あるいは、豊臣秀吉の頃などに持ち込まれたのが多いかもしれないが、もう少し以前も調べた方がいい。




 結論から言うと、原典『水滸伝(百回本)』には「カササギ(鵲)」は登場しません。 ただし、梁山泊の結集を象徴する“橋”のイメージと、カササギが天の川に橋をかけるという中国古典の象徴体系が、後世の解釈や二次創作で結びつけられることがあります。

🐦 水滸伝原典に「カササギ」は出てこない理由

1. 鳥類としての「鵲(カササギ)」の記述がない

『水滸伝』は非常に多くの動物が登場しますが、

  • 鵲(カササギ)

  • 喜鵲(よろこびの鳥) といった語は本文に現れません。

検索ページにも「カササギ」に関する直接の情報はなく、 水滸伝の一般的な紹介記事が並んでいるだけです (例:Wikipedia の水滸伝紹介 )。

🪜 なぜ「カササギ」が話題になるのか(象徴的背景)

1. 中国古典でのカササギ=“橋をかける鳥”

七夕伝説で有名なように、 カササギは天の川に橋をかけて織女と牽牛を会わせる鳥。

2. 梁山泊=“集結の物語”

水滸伝は、

  • 108人の好漢が梁山泊に集まる物語

  • それぞれが「橋」を渡るように結びついていく物語 と解釈されることがあり、 象徴的に「カササギの橋」に喩えられることがあります。

3. 後世の随筆・ブログ・解説での比喩

和夫さんが開いている別タブのブログ記事 「カササギ、拡大、二つの橋」 のように、 古典象徴(カササギの橋)と水滸伝の“結びつき”を重ねる解釈が散見されます。

📘 まとめ

  • 原典『水滸伝』にはカササギは登場しない。

  • ただし、中国古典の象徴(カササギ=橋)と梁山泊の結集を重ねる後世の解釈が存在する。

  • そのため、検索すると「カササギ」と水滸伝が関連づけられたブログや随筆がヒットすることがある。

もし、 「カササギの象徴を使って水滸伝を読み解く」 という方向で深めたいなら、 和夫さんの得意な 象徴体系の比較(光と影・橋と渡り) とも相性が良いので、 その構造を整理してみることもできます。

次は、

  • 「梁山泊の結集」と「カササギの橋」の象徴対応

  • 中国文学における“橋”のモチーフ など、どちらを深めますか。





和夫さん、 その一文は まさに『水滸伝』で “喜鵲(カササギ)” が登場する唯一の象徴的な場面 です。 つまり——

「喜鵲(カササギ)」は “宋江が柴進の屋敷に到着した朝” に登場する。

🐦 どの章か(原典の位置)

この場面は 第10回(第十回) 「林冲棒打洪教頭 宋江夜走郓城」 の後半、 宋江が柴進の屋敷に逃げ込む場面 に出てきます。

柴進が宋江を見て言う有名な台詞がこれです:

「昨夜燈花報,今早喜鵲噪,不想卻是貴兄來。」 (昨夜は灯芯の花が吉兆を示し、今朝はカササギが鳴いた。まさかあなたが来るとは)

🪶 “喜鵲(カササギ)” の象徴的意味(中国古典)

中国文化では 喜鵲=吉兆・喜びの前触れ とされます。

  • 喜鵲が鳴く → 良い客が来る

  • 喜鵲が屋敷に現れる → 幸運の訪れ

  • 七夕伝説では「橋をかける鳥」

柴進は宋江を「吉兆の客」として迎えたわけです。

📘 水滸伝の中での機能

この一文は、 宋江が“天命を受けた人物”であることを暗示する象徴表現 になっています。

  • 灯花(燈花)=吉兆

  • 喜鵲(カササギ)=吉兆

  • 宋江の到来=梁山泊結集の始まり

つまり、 「宋江の登場は天意である」 という物語構造を、自然の兆しで示しているのです。

🔍 まとめ

  • カササギ(喜鵲)は『水滸伝』第10回に登場する。

  • 柴進が宋江を迎える場面で、 「今朝は喜鵲が鳴いた」=吉兆の象徴 として使われる。

  • 物語的には 宋江の“天命性”を示す伏線

和夫さん、もしよければ この「吉兆の二重構造(灯花+喜鵲)」が宋江の人物像にどう作用するか あるいは 中国文学における“鳥の兆し”の象徴体系 など、さらに深める方向もご提案できます。

どちらを進めたいですか。





和夫さん、 第二十二回「閻婆大鬧鄆城縣 朱仝義釋宋公明」には “喜鵲(カササギ)” は登場しません。 カササギが出てくるのは 第十回 の柴進の屋敷の場面だけです。

ただ、第二十二回は 宋江の「天命性」を補強する兆しの章 なので、 第十回の「灯花+喜鵲」の吉兆と構造的に呼応しています。 その対応を整理しておきます。

📘 第二十二回の内容(要点)

◆ 閻婆(閻婆惜の母)が鄆城県で大騒ぎする

  • 宋江が閻婆惜を殺したことで、母が役所に押しかけて大騒ぎする。

  • これが宋江の逃亡・転落の大きな転換点になる。

◆ 朱仝が宋江を義で救う

  • 朱仝は宋江の義を知っており、密かに逃がす。

  • ここで宋江は再び「義によって救われる人物」として描かれる。

🪶 第十回の「喜鵲」との構造的つながり

◆ 第十回

  • 灯花(吉兆)+喜鵲(吉兆)

  • 柴進が宋江を「天意の客」として迎える。

◆ 第二十二回

  • 宋江は殺人犯として追われるが、

  • 朱仝の義によって救われる → “天命の人物は必ず助けられる”

  • これは第十回の吉兆の伏線が、物語的に回収される章。

つまり、 第十回の「喜鵲」は、第二十二回で“義による救済”として機能的に再現される。 鳥は出てこないが、象徴構造は生きている。

🔍 なぜ第二十二回にカササギが出ないのか

水滸伝の兆し(予兆)は

  • 自然現象(灯花・鳥の鳴き声)

  • 人の行動(義による救済) の二系統で描かれます。

第二十二回は後者の「人の義」による兆しが中心で、 自然兆しは使われません。

🧩 まとめ

  • カササギ(喜鵲)が出るのは第十回のみ。

  • 第二十二回は「義による救済」で第十回の吉兆構造を補強する章。

  • 鳥は出ないが、物語構造上は強く呼応している。

和夫さん、もしよければ 「水滸伝における予兆体系(自然兆し/義の兆し)」を整理した構造図 あるいは 宋江の“天命性”がどの章でどのように積み重ねられるかの一覧 も作れます。

どちらを深めますか。



2026年8月17日月曜日

帰りましょ 恋人たちの その後は 鞦韆院落夜沈沈  遊水

■ 2026-08-17
■ 今日は月曜日。日本経済新聞の土曜日は、詩歌の日だ。こんな歌があった。
  • 腕を組み恋人たちが行きすぎる春宵一刻値千金   松山 園部淳
■ なるほど、うまいものだ。
■ 「漢詩に遊ぶ 2」の最後の方に次のように書いた。

元の詩が有名であると、なかなか頭から離れず訳しにくい。例えば、
    春宵一刻直千金 花有清香月有陰
これをどのように表現するか、ずいぶん迷った。「直千金」がどうにも難しいのである。結局、
    はるのさかりの つきあかり
    かおりのはなを てらしいて
としてみた。

■ 漢詩を俳句や、短歌に組み込むのは面白い。またやってみたくなった。

春宵一刻直千金 花有清香月有陰
歌管樓臺聲細細 鞦韆院落夜沈沈  春夜  蘇軾
うたげはて ぶらんこよるに しずむかな
帰りましょ 恋人たちの その後は 鞦韆院落夜沈沈  遊水


2026年8月16日日曜日

はちがつの むいかここのか じゅうごにち 歴史にのこる にほんの俳句  遊水



■ 2026-08-16
■ 昨日、初めて知ったが、すごい俳句だ。
  • 8月の6日9日15日
■ この句は、見るだけでは、ただの日付かと見られるかもしれない。
■ 声に出して読むことが重要だ。
■ なので、かな書きにした。

はちがつの むいかここのか じゅうごにち 
  歴史にのこる にほんの俳句
こえにだし よんでください なんどでも

■ 連句的に書いた。
■ このように、俳句を元に短歌にした。
■ 本歌取りということだが、この短歌は私が初めてのようだ。

2026年8月15日土曜日

この夏は 雨乞どころか、めちゃやばい いのりたくなる こころがわかる

■ 2026-08-15
■ はや夏も過ぎようとしている。
■ はや夏も すぎさり行けば 百人首 ときどき止まり 振り返りみる

民人が 衣洗いて 干したるか 木の間に 白く夏は来にけり  遊水
 
春過而
夏来良
 衣乾有 
天之香来山
 
雨乞の 雨之香来山 洗い干す 白いころもに はつなつのかぜ   遊水

■ この夏は 雨乞どころか、めちゃやばい 

2026年8月14日金曜日

菜の花や月は東に日は西に、と、柿本人麻呂の歌 2026-08-23

■ 2026-08-13
■ 昨日、「and」ではない「や」の話、で芭蕉の句と蕪村の句を上げた。
■ 特に選んだわけではないが、たまたま、先日、古本で買った、渡辺昇一・万葉集のここら日本語のこころ・WAC、を読んでいたら、この本は、渡辺昇一・日本語のこころ・講談社現代新書と内容が重なるようだが、蓮月尼と幸田露伴のことばを引用し、芭蕉は偉大だとし、蕪村を貶している。これにはもの申したいところだ。視野の広さとか世界観から見れば、蕪村も捨てたものではない。芭蕉は「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」こんな句があり、関心するが、人の心がよく分かったゆえの、驕り、あざとさ、品性というか、心の卑しさがある。その最たるものは、これだ。
  • 行く春や鳥啼き魚の目は泪  芭蕉

■ 次の二つは同様の景だ。蕪村が人麻呂の歌を意識していたかどうかは、知らない。どちらも挽歌のようでもあるが、蕪村は、ただそんな状況に出会っただけなのかもしれないけれど、読んで気持ちがいい。芭蕉の、これでどうだ、という押しつけがましさはない。
  1. 菜の花や 月は東に 日は西に  蕪村
  2. 東の 野にかぎろひの 立つ見へて かへり見すれば 月かたぶきぬ  柿本人麻呂
■ 柿本人麻呂の「あしびきの やまどりの ~」以外に、よさそうな歌があるか、をあったってみればいい。

2026年8月13日木曜日

何だったか、思い出せないので

■ 2026-08-13
■ 家庭内のカルタ取りの話だった、と思うが、
その札は取っちゃだめだといったでしょ、・・・
あの子が自分で取りたい歌なんだから、と
■ それはどの歌だったのか、思い出せない。
■ そこで、コンピュータに訊いてみたが、特定できなかった。
  • ゆくえもしらぬ こいのみちかな
■ とりあえず、これにしておこう。

「and」ではない「や」の話


■ 2026-08-13
■ 分類用語としての、切れ字、について詳しくは、書かない。
■ 実用上あまり意味がない。言葉は頭で理解するものでもない。
■ 「や」は俳句では、よく使われる。検索すれば沢山あることが分かるだろう。

ふるいけ・や  古池や 蛙飛び込む 水の音
あらうみ・や  荒海や 佐渡に横とう 天の川
しずけさ・や  閑さや 岩にしみ入る 蝉の声
なのはな・や  菜の花や 月は東に 日は西に
 
■ ごくおおざっぱに言うと「や」がなくても意味は変わらない。
■ この場合、4字+「や」となっている。
■ そして、俳句の5・7・5の、5文字にするための「1字」として何があるか、ということだと考えてもいい。例えば、

ふるいけ・に
ふるいけ・か

■ 疑問文にすることも、一応、なりたつ。
■ カエルが飛び込んだ水の音で、池の存在を意識した。
■ そのときの感覚をどのように伝えるかの問題だ。

あらうみ・だ
あらうみ・の

■ ・・・

しずけさ・に
しずけさ・よ

■ 「菜の花」の場合、「月」「日」との距離感がある。
■ 菜の花畑を、夕暮れ時に見た、「場」と「時」の状況なので、他の言葉は難しいかもしれない。「菜の花・や」とすることで、広さを感じさせている。一面の黄色が、夕暮れ時に変化してゆき、あるいは、帰宅を急ぐ気持ちを起こさせる。
■ ついでながら、
  1. 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声  芭蕉
  2. 山寺や 岩にしみ入る 蝉の声  遊水
■ 「しずけさや」の句はあまり好きではない。言いすぎだ。
■ 「山寺」も静かな環境にあることだろう。
■ さて、・・・

これやこの 来るも帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前

■ 以前もこの英訳は難しいな、と思たことを忘れていた。
「これ・や・この」「ハチ公の前」
■ 「これやこの」は訳さなくてもよい、とするか。
■ これが(いま話題にしている)「ハチ公」ですよ、という感じ。
■ どの言語も翻訳できるとは限らない。感覚的にしかとらえられないことはある。
■ 使い慣れるしかないこともある。
■ 例えば、「いいよ」の意味で「why not ?」などというのは初めは変だなと思った。

2026年8月12日水曜日

百人首 自分が作る 参考に するのもいいさ 楽しみながら

■ 2026-08-12
■ 白州正子・私の百人一首・新潮選書・平成11年7月10日、13刷にこんなことを書いている。
百人一首を書いてみて知ったのは、一つ一つの歌を切りはなして味わうわけには行かないということだった。和歌の季節やつながり方に、綿密な注意が行き届いているのはいうまでもないが、それぞれの人間関係と、その人々の逸話や歴史にも、深く心を用いており、一篇の物語を読むような心地がした。・・・
■ 多少ほめすぎのようだが、「一篇の物語」として読むことができれば、定家の心が分かったということだろう。
■ 一首だけでなく、関連の歌、自分の好きな歌など追加して、定家の歌から、自分の選集に拡張して楽しむのもいい。元々、定家の歌以外は他人の歌だから、「定家の歌」以外は他の歌にして、いわゆる本歌取り的選集だと考えればいい。
  1. みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそおもへ
  2. みかきもり 衛士のたく火の ひるはたえ よるはもえつつ 物をこそ思へ
■ 2」があるのに、1」を、本歌取り、としてヨシとするならば同様にヨシということだ。

春過ぎて 夏は来にけり 白妙の 衣干したり 雨之香来山
夏過ぎて 秋になりけり 枯葉散る 秋の心は 愁いなるらん  遊水
吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

■ このように自分の歌も追加すると、結構おもしろくなる。
■ 自分に引き寄せ、自分が歌を作るときの、一つの参考資料として、百人一首をとらえてもいい。
■ 例えば、
  1. これやこの ゆくもかえるも わかれては しるもしらぬも おうさかのせき
  2. これやこの 来るも帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前
■ 「ハチ公」は今や世界的に知られているのだから、英訳などして説明し、更に百人一首にはこんな歌もあるのだよ、と日本の和歌を教えてやるのもいいだろう。
■ とにかく、楽しめればいいのだ。
■ ひらがなは、読める人も増えているので、とにかく、口に出して暗記してもらうのがいい。何度も何度もくちづさんでいるうちに、いくつかは意味も分かってくるというものだ。
■ 以前、英訳させてみた。もう一度やってみると、多少違う、・・・どれがいいのか。
■ ただ、「や」は強めの助詞なので「and」の意味ではない。
■ 「This and that」は適当ではない。

Whether you come or go, 
whether you know Japanese or not,
 in front of Hachiko

This and that,  
coming or going,  
knowing Japanese or not,  
in front of Hachiko

This or that,  
coming or going,  
whether you know Japanese or not,  
right in front of Hachiko

Here they come,
and here they go—
those who know Japanese
and those who do not—
all meeting before Hachiko.


2026年8月10日月曜日

私より おそらく前に 同様の 結論を得た 人いるだろう 2026-08-15


■ 2026-08-15 追記。
■ 2026-08-10
■ 結論を急ごう、という言葉がある。急ぐことはない。
■ 2024-01-19 第一刷発行・田淵句美子著「百人一首 ---- 編纂がひらく小宇宙」を何度も読んで、確信した。
■ 何度も読んだのは、百人一首と「百人秀歌」があったからだ。
■ おそらく、私より前に、同様の結論を得た人もいるのではないだろうか。
■ これは、島津忠夫の本の「百人一首の注釈書」の数を見れば、「まさに汗牛充棟というべく、すこぶる多い」からで、これだけ多くの人が研究してるなら、誰かいるのではないか、と思う。このリストにある書物、どこかにまとまってあるのだろうか。これらの中で、「白眉」とか「新見」などとあるのは参考になるかもしれない。
■ 小倉百人一首は下書きで、「百人秀歌」がより後に作られた。
■ 論理的常識では、こうなる。
■ おそらく大半の人は同意しないと思われるので、議論はしない。ただ、自分自身のメモとして書く。
■ 一番の理由は、以前、何度も書いたが、・・・

自分の作品の最後に、他人の歌は置かない。

■ 後鳥羽院の歌は定家にとって邪魔だ。
■ 定家自身の歌は、単純と言えば単純な発想による選択だ。
■ 相手の心を見透かしたような恋愛に関する、自信たっぷりの歌だ。
■ 若いころの歌だろうが、それを最後まで残したのは、彼の実体験だったからだろう。
■ 相手は誰かを追求しても意味はないが、私の推測では、こんな歌の人かなと思う。

かへりこぬ むかしをいまと おもひねの 
ゆめのまくらに にほふたちばな 

 

もう一度「なぜ」と問うてみる。なぜ、定家は配列を変えたのか。

■ 2026-08-10
■ 塚本邦雄は、島津忠夫注釈の「百人一首」を参照していた。
■ 島津忠夫は、尾﨑雅嘉の「百人一首一夕話」を参照していた。
■ 従って、この「夕話」を見るのもよいかと思われる。
■ 清少納言や紫式部のころ、白氏文集はよく知られていた。
■ そして、清少納言は、少なくとも、和漢朗詠集を見ていた、と思われる。

蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草庵中  和漢朗詠集巻下「山家」

■ 枕草子に、この詩句に関する記述があるからだ。
■ 藤原定家は、彼女たちのように白氏文集に接してはいなかったと考えられる。
■ ところが、「百人一首一夕話」には、この詩について記述がある。
・・・と作れる詩の句とまた、
蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草庵中
といふ句などを吟じて歌を詠む時は、この歌もおのずから心深く調べも高く詠まるるなりと宣えり。これらの心用ひ、父俊成卿の桐火桶のことにも劣らざりしなり。
■ なるほど。
■ では、なぜ、定家は、この詩を上げたのか。
■ 定家は、和漢朗詠集の大納言公任についてはよく知っていた。
■ この白楽天の詩句を和漢朗詠集で知っていたともいえるが、・・・
■ 次の疑問と併せて考えるとよい。
■ なぜ、定家は配列を変えたのか。
■ 枕草子の、この詩句に関する記述があるところを読んだからだ。
■ これに替わる答えがなければ、これが答えだろう。



2026年8月9日日曜日

そのひとの おもうこころを うたにした なぜにずかずか はいりこむのか

■ 2026-08-09
■ 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首で、「・・・式子と定家とあと二、三人をのぞけば、他は一切凡作と、・・・」としているが、これはそのまま信じられない。
■ 例えば、定家の歌を比べてみよう。
  1. 見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ
  2. 来ぬ人を まつほの浦の 夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ
■ 1」より、2」の方がいい。
■ 「浦」にはもともと「花も紅葉も」ないのは当たり前、だから定家の発見でもなんでもない。「浦」に桜が咲いたり、紅葉があったりしない。定家は、日常的には、「浦の苫屋」とはなんら関係ない生活をしていたのだろう。だから、たまたま、珍しく感じたに過ぎないようだ。そして、次の歌と比べれば、良暹法師の方が内容的には「寂しさ」のとらえ方としては現代的だ。

さひしさに やとをたちいてゝ なかむれは いつくもおなし 秋のゆふくれ 良暹法師

■  「来ぬ人を まつほの浦の 夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」は歌としては表現がいかにも強引すぎるが、それは定家の気持ちで、百人一首は定家のものだから、人にとやかく言われる筋合いのものではない。「小倉~」と題にするからには、少なくとも、定家の歌はそのままにしておくべきではなかったか。さらにいうなら、ある歌は、この方が定家の歌に会うのではないかと選んでみてもよかったかもしれない。

2026年8月8日土曜日

一応「なぜ」と問うてみる

■ 2026-08-08
■ 定家は、なぜ、 一条院皇后宮の歌を追加したのか? この問いは、
■ 定家は、なぜ、一条院皇后宮の歌を外したのか、という問いより、正しそうに見える。
■ というのも、足すのであれば、それだけですむが、外すのであれば、なぜ、他の歌でなくその歌を選んだのか、という問いを伴うからだ。
■ このことは、ごく普通の感覚だ。
■ もう一度、問いかけてみよう。
■ 定家は、なぜ、 一条院皇后宮の歌を追加したのか?
■ この答えは、定家に訊かなければ分からないかもしれないが、清少納言と合わせ考えると
■ 枕草子を読んだから、と言ってもいいかもしれない。
■ 一条院皇后宮とは藤原定子であり、枕草子は定子と清少納言の話だから。
■ 定家は、源氏物語の欠けた部分を自分で書き足すほど源氏物語を読んでいた。
■ そして、紫式部から、清少納言を知ることになったのではないか、と思われるからだ。

2026年8月7日金曜日

百人首 定家は定家 それでいい なぜに物言う 塚本邦雄

■ 2026-08-07 改題
■ 旧、・・・「歌」のみで勝負したらよかったろうに。2026-08-06 追記
■ 新、・・・百人首 定家は定家 それでいい なぜに物言う 塚本邦雄
■ 丸谷才一は、新々百人一首・新潮社、を書いている。
■ 塚本と比較すると「おとな」だ。
■ しかし、塚本が「凡作だ」と決めつけたコトにも理由があったはずだ。
■ その理由は、下記に書いたように、参照した文献に問題があった、と考えてよい。
■ 定家は定家で、考えて選んだ。
■ 邦雄は邦雄で、考えて選べばいいだけの話で、なにも定家を貶めることはなかった。
■ それに、定家の場合は、全体として意味があるように選ばれている。
■ ところが、邦雄の「新撰・小倉百人一首」の場合は個々の歌が「秀歌」であるかどうかの基準のようだ。それでいいのかね。
■ 塚本邦雄・王朝百首、がどのように邦雄なりのまとまりになっているのかが問題だ。


■ 2026-08-06
■ 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首、を見ると、2」は凡作だとして、1」を選んでいる。
  1. 北山に たなびく雲の 青雲の 星離かりゆき 月を離りて   持統天皇
  2. 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の ころもほすてふ 天の香具山
■ 雲は夫の天武天皇、月は本人、星は草壁皇子、を暗示している、との解説がなければ分かりにくい。
■ 塚本邦雄は、どの百人一首を見たのか、「跋」に島津忠夫訳注「百人一首」(角川文庫)を参考にした、とある。島津忠夫の解説はひどい。この解説を元に、凡作だ、とするのは下記の通り、見当違いだ。そして、「北山に」の歌はいわば夫を亡くした時の個人の気持ちだが、天皇の地位にある歌としては、「春過ぎて」の方が格段に優れているようにおもう。

■ 2026-08-03
  1. 藤原定家・小倉百人一首
  2. 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首
  3. 塚本邦雄・王朝百首
■ 2」は、1」を全て凡作だとして書かれている。1」を否定することなく、ただいいと思った歌を上げればよかった。それが、一応、3」か。
■ 3」は、2」よりも塚本色があらわれていて、よいかもしれない。
■ 2」を書くとき、1」を凡作だとしたのは、あるいは、島津忠夫・百人一首を読んでのことかもしれない。島津忠夫の解説はひどい。
■ 例えば、持統天皇の歌だが、「衣ほすてふあまのかぐやま」と、人により改変されていて、本人の歌ではない。「てふ」と変えたのは現地に行ってないことを意味する。要するに、持統天皇自身の歌でない歌を凡作だと決めつけ、否定するのは見当違いだ。
■ しかし定家の浅い理解だとしてもこの歌を取り上げたのは、1」としての意味は大きい。政治家の歌として、堂々、しかも女性らしい細やかな視点があり、祖父からの受け継いだ歴史的な場所の意味合いや、若葉青葉の中の白い衣との季節感もあり、また、「春過ぎて夏きにけらし」とこれは改変後の表現だが、ゆったりと季節の移りを表現していて、簡潔で立派な歌だ。
■ 塚本邦雄は自己主張のために、1」は、全て凡作だ、とするのは軽々しく感じられる。
■ 3」は、まあ参考になる。しかし、定家は「歌」のみをあげている。塚本も「歌」のみで、果たして、定家の小倉百人一首のように評価を得られるだろうか、とも思う。本当に自信があるならば、解説などなしで、「歌」のみで勝負したらよかったろうに。

2026年8月6日木曜日

原爆忌、HIROSIMA、NAGASAKI

1945年(昭和20年)8月6日(月曜日)、日本時間午前8時15分、ひろしま
1945年(昭和20年)8月9日(木曜日)、11:02 ながさき

2026年8月4日火曜日

百人一首、でなく、百人首でいいじゃないか

■ 2026-08-04
■ 百人一首、でなくて、百人首でいいじゃないか、と、思う。
■ 自分の気に入った歌を選ぶ。例えば、

いにしえの ならのみやこの やえざくら けふここのえに においぬるかな
あをによし ならのみやこは さくはなの にほふがごとく いまさかりなり
The capital at Nara,
beautiful in blue earth,
flourishes now
like the luster
of the flowers in bloom. リービ英雄

■ 百人一首に付け加えながら整理してゆく。ブログを100頁用意しやってみる。
■ 1年、2年と経つうちに、見方も変わるかもしれないし、自分でも作ってみようと思うかもしれない。
■ 一首にこだわることはない。
■ 最初は下記の歌を並べて基礎にするのもいいかもしれない。
  1. 藤原定家・小倉百人一首
  2. 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首
  3. 塚本邦雄・王朝百首
■ また、2」では、「真に秀歌を取り集めたければ、紫、清の二閨秀作家は除外した方が賢明である」などとしているが、「秀歌」でなくても、自分がいいと思えばいい。それに紫式部は世界的に有名なのだから、彼女の歌として、源氏物語を読みながらとるのもいいのではないか。清少納言の枕草子も英訳されている。
■ まず、源氏物語の最初の歌、

限りとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり  紫

声はせで 身をのみ焦がす 蛍こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ  紫
物おもへば 沢の蛍も 我が身より あくがれ出づる 魂かとぞみる  和泉式部

たわむれに 若紫はと たずねども ただひややかに 紫のひと  遊水
あやめ咲く 草の庵と ひとよべど たまのうてなと かえしやりたり  遊水
 
蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草庵中  // 和漢朗詠集巻下「山家」
九重の 花の都を おきながら 草の庵を たれかたずねん    公任、挙直
きょう見れば 玉のうてなも なかりけり あやめの草の 庵のみして  拾遺集
 
一条院皇后宮 後拾遺和歌集・哀傷・536  藤原定子
夜もすがら 契りしことを 忘れずば 恋ひむ涙の 色ぞゆかしき  藤原定子
ゆきのひに 香炉峰の雪 いかならむ みすたかくあげ そとをみるかな  清
暁と つげの枕を そばだてて 聞くもかなしき 鐘の音かな   藤原俊成
 


雪のうちに 春は来にけり 鶯の こほれる涙 今やとくらむ 藤原高子・二條后
二条の后の東宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
ちはやふる 神世もきかず たつた川 から紅に みずくくるとは  なりひら朝臣
君により 思ひならひぬ 世の中の 人はこれをや 恋といふらむ  業平

いとおしい うらみはせぬが あじきなき よをおもいつつ うたをよむみは  遊水
人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は  後鳥羽院



秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる  藤原敏行
君待つと 吾が恋ひをれば 我が屋戸の すだれ動かし 秋の風吹く   額田王




あさぼらけ ありけのつきと みるまでに よしののさとに ふれる白雪  坂上是則
まよなかの ましろきしもか げっこうか おもいおこすは ふるさとのやま  遊水

みちのくの しのぶもじずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに
みちのくの おくのほそみち ひかりどう こころしずかに あすをいのりて  遊水



■ 馬・・・

ひなみしの みこのみことの うまなめて 
みかりたたしし ときはきむかふ
日並の 皇子の命の 馬並めて み狩り立たしし 時は来向ふ  柿本人麻呂
千鳥鳴く 佐保の 河門の 清き瀬を 馬うち渡し いつか通わん  大友家持
田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける
田兒之浦從 打出而見者 眞白衣 
不盡能高嶺尓 雪波零家留   山部赤人
みぎわまで こまうちかけて みかえれば ふじはましろに たちにけるかな  遊水

春過而 夏來良之 白妙能 
衣乾有 天之香來山   持統天皇 万葉集
春過ぎて 夏来るらし 白栲の 衣干したり 天の香具山
民人が 衣洗いて 干したるか 木の間に白く 夏は来にけり  遊水
はつなつの 風わたりゆく 国原に 天のめぐみよ 雨の香来山  遊水
雨乞の 雨之香来山 洗い干す 白いころもに はつなつのかぜ   遊水





2026年8月1日土曜日

上の句は 難しいけど 下の句は 思うがままに 付ければいいか、波打ち寄せる 九十九里浜


■ 2026-08-01

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駆けてゆく 君の向こうに 夏の海 九十九里浜 懐かしきかな