2026年8月13日木曜日

「and」ではない「や」の話


■ 2026-08-13
■ 分類用語としての、切れ字、について詳しくは、書かない。
■ 実用上あまり意味がない。言葉は頭で理解するものでもない。
■ 「や」は俳句では、よく使われる。検索すれば沢山あることが分かるだろう。

ふるいけ・や  古池や 蛙飛び込む 水の音
あらうみ・や  荒海や 佐渡に横とう 天の川
しずけさ・や  閑さや 岩にしみ入る 蝉の声
なのはな・や  菜の花や 月は東に 日は西に
 
■ ごくおおざっぱに言うと「や」がなくても意味は変わらない。
■ この場合、4字+「や」となっている。
■ そして、俳句の5・7・5の、5文字にするための「1字」として何があるか、ということだと考えてもいい。例えば、

ふるいけ・に
ふるいけ・か

■ 疑問文にすることも、一応、なりたつ。
■ カエルが飛び込んだ水の音で、池の存在を意識した。
■ そのときの感覚をどのように伝えるかの問題だ。

あらうみ・だ
あらうみ・の

■ ・・・

しずけさ・に
しずけさ・よ

■ 「菜の花」の場合、「月」「日」との距離感がある。
■ 菜の花畑を、夕暮れ時に見た、「場」と「時」の状況なので、他の言葉は難しいかもしれない。「菜の花・や」とすることで、広さを感じさせている。一面の黄色が、夕暮れ時に変化してゆき、あるいは、帰宅を急ぐ気持ちを起こさせる。
■ ついでながら、
  1. 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声  芭蕉
  2. 山寺や 岩にしみ入る 蝉の声  遊水
■ 「しずけさや」の句はあまり好きではない。言いすぎだ。
■ 「山寺」も静かな環境にあることだろう。
■ さて、・・・

これやこの 来るも帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前

■ 以前もこの英訳は難しいな、と思たことを忘れていた。
「これ・や・この」「ハチ公の前」
■ 「これやこの」は訳さなくてもよい、とするか。
■ これが(いま話題にしている)「ハチ公」ですよ、という感じ。
■ どの言語も翻訳できるとは限らない。感覚的にしかとらえられないことはある。
■ 使い慣れるしかないこともある。
■ 例えば、「いいよ」の意味で「why not ?」などというのは初めは変だなと思った。