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2023年9月25日月曜日

「な」や「り」のこと、メモ

■ 2023-09-25
■ 昨日、ドイツ映画の「朝な夕な」に関連したことを書いた。
■ 同様の言葉遣いとしては、・・・

夜な夜な
朝な朝な

■ がある。
■ 他にもあるかどうか、・・・
■ 映画の題名も原題に即したとすると、「朝な朝な」、朝毎に、もありだったかもしれないが、
■ ミッドナイトブルースが使われているのだから「朝な夕な」の方がいい。
■ 「夜な夜な」はなにかおどろおどろしい感じもする。
■ ・・・
■ 「な」とは無関係だけれど、・・・

1人 hito-ri
2人 futa-ri
3人 san-nin
4人 yo-nin
5人 go-nin

■ こうした使い方、「り」とはどういうことからこうなったのか、と思う。

2023年8月23日水曜日

風と色の話


■ 2023-08-23
■ 風も色も同じだ、というと「んっ?」というコトだろうけれど、・・・

風景
景色

■ 同じことだ。

風 かぜ、ふう
色 いろ、しき、しょく

■ 私の場合、政治や、社会や、思想、などではなく、・・・
■ 興味の対象は、言葉、だ。
■ 以前、google がすべての本を自動読み取りするコトをやり始めていたが、・・・
■ 著作権の問題で、やめたのか、今でも密かにやっているのか、どうか、・・・
■ AI技術が進化したとき、過去の本がコンピュータ処理されれば、論理とか歴史とか社会構造などが俯瞰できると思われる。
■ 本ばかりでなく、新聞なども含み、文字ばかりでなく、写真、絵画、画像、映像、漫画、劇画なども対象にすることができる。
■ イラスト、設計図、色々あるだろう。
■ 法規、材質、規格、目的などの組み合わせで、建物、構造物の最適設計でき、・・・
■ 化学的物質の生成も対象になることだろうし、・・・
■ 自然条件、気候変動、なども含めると都市設計など、まあ、色々拡張・応用できる。
■ すでに部分的に実現している。
■ 作り出すことができるというコトは、可能性も考えれば、予測することでもある。
■ ・・・
■ すべての書籍でなくても、・・・
■ 少なくとも、総ての辞書、辞典をコンピュータ化すればよい。
■ ただ、総てでなければ、偏りがでるだろう。
■ ・・・
■ さて、例えば、

和風
洋風

■ こんな使い方で、風は吹く風ばかりではないということが分かる。
■ 言葉が、いつ、どのように使われたのか、あるいは、使われなくなったのか、興味あることだ。
■ 先に、・・・
■ こんな頁を書いた。
■ ・・・
■ ことば、というモノは面白い。


2023年5月28日日曜日

恋、と、孤悲、どんな文字で表現するのか

■ 2023-05-28
■ 日本経済新聞・私の履歴書に、池辺晋一朗が、・・・
  • 万葉人にとって恋とは、一人悲しむことだった。
■ ・・・と。
■ なるほど。
■ 例えば、↓、これは書き分けている。
  • 玉葛 花耳開而 不成有者 誰尓有目 吾孤悲念乎  第2巻102番歌・巨勢郎女
  • たまかづら はなのみさきて ならずあるは たがこひにあらめ あはこひもふを
■ ・・・

たがこひにあらめ  誰の恋なのか
あはこひもふを   吾は、孤悲、念

■ 今では「思う」しかないが「念」という文字で表現すると一層きもちがはっきりする。

白川静・文字遊心・平凡社、P.486 
[万葉]には「おもふ」が七百三十数例あり、半分が仮名、あとは「念ふ」が五「思ふ」が四の割である。他に、意・憶・想が一、二例、[記][紀]には惟・懐・欲・以為などもあり、これは散文的語彙とされたのであろう。

■ ・・・

2023年2月20日月曜日

桜の花の咲くころ : うららかな こころまちした はるなのに きもちもしらず はなはちりゆく  遊水

■ この歌はいい歌だ。
■ 好きな歌でもある。
  • ひかりのどけき
  • しずごころなく
■ この言葉遣いがよい。
■ しかし、「久方の」が「光」にかかる枕詞などとして、
■ 本来の意味で解されないのならば、この歌にこだわることはない。
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく  遊水
  • ひさしぶり うららきぶんの はるなのに こころみだして はなはちりゆく
■ 「ひさしぶり」を捨てることもできる。
■ いったん、何もなくして、気持ちを自分なりに表現すればいいのだ。
  • うららかな こころまちした はるなのに きもちもしらず はなはちりゆく  遊水
■ これで、紀友則の歌の心は受け継ぎながら、言葉としては離れることが出来たかと思う。
■ ついでに、・・・
  • うきうきと こころまちした ときなのに きもちもしらず ひとはさりゆく
■ 応用というか、変化だ。
■ 言葉は昔から同じモノではないし、なかった言葉もある。
■ こころを託せる言葉がないとき、新しく言葉を作り出してきた。
■ 昔の人は、言葉を大切にし、なるべく通じるように、
■ いわば論理的に歌を作ってきたと思われる。
■ そうした人の心を歌のなかに読み取らなければならないと思う。
■ 桜についての歌はたくさんあり、それぞれの思いが表れている。
■ 俳句や短歌は、575、あるいは、57577で誰でも作ることができる。
■ 誰でも、自分の心を詠み言葉に託すことができる。
■ 小学生も俳句を作る。
■ 大人になれば、何というか、句や歌の良し悪しを気にするようになるのかもしれない。
■ だから難しい、などという。
■ 自分の言葉を575や57577にするだけなのに
■ 人の評価ではなく、自分の言葉かどうか、自分の心かどうかだ。
■ 歌を読み、歌を作ることで、人々は心を通わし、つながることができる。
 
 

2022年9月17日土曜日

言葉の広がり、メモ。「色」「風」の他に、「味」「力」

■ 
  • しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く  藤原定家
  • 母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  橋本遊水
■ 「色」はこの場合、例えば「ような」としてよい。

 「色」「風」の他に、例えば

  • 味、味覚の味ではない使い方。切れ味、味がある、味なことやる、・・・

  • 力、腕力というような意味でなく、影響力、経済力、政治力、女子力

■ 「色」と同様に、「味」という言葉も日本語に限らず言葉としての広がりがあると思う。

  • 色 color

  • 味 taste

■ たまたま、朝刊の折り込み誌に時計の広告があった。

  • ミリタリー・テイスト

■ とある。

  • 調

■ 色や味、のようにごく基本的な言葉は、色々な意味合いに使われる。

  1. あじ・わい

  2. にぎ・わい

  3. なり・わい

■ 思いつくまま「XX・わい」という形の言葉を並べてみたが、これらをひとくくりに考えていいのかどうか。





2022年9月6日火曜日

日本経済新聞・夕刊・あすへの話題 2022-09-06 秋来ぬと


  • 秋来ぬと眼にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる  藤原敏行
  • ボケたりと目にはさやかに見えねども物忘れにぞ驚かれぬる  小島ゆかり
■ うまいものだ。
  • ゆかりさん どんなかたかは しらねども 
  • 機知あるうたに おどろかれぬる  遊水

2022年5月31日火曜日

例えば、在原業平の歌

例えば、在原業平の歌

■ 代表的歌はどれかについて、 次の4首を取り上げてみよう。
  1. 世の中にたえてさくらのなかりせば 春の心はのどけからまし(古今53)
  2. ちはやぶる神世もきかず たつた川から紅に水くくるとは(古今294)
  3. 月やあらぬ 春や昔の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして(古今747)
  4. きみにより思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ(続古今944)
■ 自選だとすれば、古今集の詞書からみて、3」の歌かと思う。
■ 私が選ぶとすれば、4」かな、・・・
■ 在原業平は56歳で880年に死んだ。
■ 今から、1142年前のことだ。
■ ざっと千年の昔だとしても、
■ 現在、我々は、彼あるいは彼と同時代の人々と同等の歌を詠むことができるのか、
■ 千年経って、どれほど言語空間が広がり、深まり、豊かになったと言えるのか。
■ 在原業平の言語感覚は優れていて評価できる。
■ 仮に、AとBがあり
  • AよりBが優れているとすれば
  • Bを生み出した世界が、Aの世界より優っているということになる。
  • それを、時間の長さで表現した場合、
  • Aの千年昔がBだとすれば、Bを生み出した世界が千年以上であったということになる。
■ こうした大雑把な論理展開は必ずしも正しいとは言えないが、感覚的にとらえられる。
■ 千年昔に在原業平がこのような歌が詠んだということは、
■ 彼がいた時点から更に千年昔、つまり、今から2千年前にもそれなりの言語空間は存在したと言える。
■ 言葉は、科学技術のような発明とは違い、人の間で使われていたのだから、
■ これらの歌が、何もないところから出てきたのではなく、当然、人間がいて、社会があった。
■ 日本語を話す日本人の文化があった、と考えられる。
■ そして、2千年という時間に限定されるものでもない。
■ 現代における情報媒体の高度化による伝搬の速さを考慮し比較すると、
■ 千年前の速度はかなり遅いと思われるから、
■ 千年、2千年という程度ではなく、
■ もっと古くから日本語の文化は存在し
■ 彼らの歌が生み出される基盤となる世界があったと考えて不思議ではない。
■  千年とか2千年というような数字で表すと問題ではあるが、
■ 論理的 でないとはいえない。
■ 紀元前にも日本語の世界が存在したとみてよい。
■ もうひとつ
■ 紫式部は1019年までは生きていたようだ。
■ それまでに源氏物語を書いている。
■ 世界的にみて、彼女の源氏物語と同等の文学作品がどこにあるのか。
■ と、まあ、そういうことだ。
■ 

2022年5月16日月曜日

夕浪千鳥

 夕浪千鳥

■  自分の言葉で詠んでみる。
  • さざなみや しがのみやこは あれにしを むかしながらの やまざくらかな  平忠度
  • あふみのうみ ゆふなみちどり ながなけば こころもしぬに いにしへおもほゆ  柿本人麻呂
  •  
  • いにしえの みやこのあとは いずこなる ただみずとりの なみにむれなく  遊水
  •  
  • [歌番号] 03/0266
  • [題詞] 柿本朝臣人麻呂歌一首
  • [原文] 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思<努>尓 古所念
  • [訓読] 近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ
  • [仮名] あふみのうみ ゆふなみちどり ながなけば こころもしのに いにしへおもほゆ
■ 「夕浪千鳥」
  • 時、夕方
  • 場所、琵琶湖・湖面
  • 千鳥、たくさんの鳥、シギ・チドリ類ではないだろう。
■ シギ、チドリ、は干潟・水辺に群れて生息する。
■ 例、ハマチドリ
■ 水に浮く鳥、浮寝鳥、ガン・カモ類、カモメ
■ 都、賑やか
■ 水鳥の鳴き声、賑やか、騒々しく、うるさくも聞こえるだろう。
■ ここまで書いて、以前も何か書いていたので、見てみた。
■ 琵琶湖は、鳰の海、とも言われるので、
■ 人麻呂の「千鳥」にこだわらなければ、カイツブリの声が聞こえたとしても抒情はある。
■ カイツブリやバンなどはカモ類と同じような水かきではない。
■ オオバンは群れている。
■ カイツブリは「千鳥」というよほど群れていない。
 

2022年4月26日火曜日

小野小町の歌に応えて

 小野小町の歌に応えて

 ■ 

  • 色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の 花にぞありける   小野小町
  • いにしえの やまとごころよ はるのひに 色は変わらず 散る桜かな   遊水
■ 
  • 花の色は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに   小野小町
  • 紫陽花の 色移りゆく 長雨に 小野小町の 昔も今も   遊水
■ 

2022年4月3日日曜日

「微笑み返し」と「Tennessee Waltz」

 「微笑み返し」と「Tennessee Waltz」

■  笑顔、え・がお
■ この「え」とは何?
■ この Tennessee って何?
■ それはさておき、
■ 微笑み返し、はシングル100万枚もヒットしたということだが、おかしなものだ。
■ ちょうど「あかとんぼ」を「童謡だから子供たちに歌わせたい」というのとよく似ている。
■ 歌詞の内容でなく、曲や、歌手とか振付とかに反応している。
■ 内容的にそれでいいのかね、という感じだ。
  • 微笑んで ペットを残し 卒業す
■ に書いた。
■ この歌は何度聞いても、おかしいところが、オモシロイ。
■ どのようにオモシロイかというと、この歌の意味を本当に理解して
■ 人々、特に、女の子たちがが歌っているのかと、ちょっと、疑問だからだ。
  • やさしい悪魔と 住みなれた部屋
■ 作詞者が、悪魔、と言うコト、それに疑問も感じてないかのように、あっけらかんに歌う。
  • 私、あの歌の踊りは完全に覚えたし歌えるよ
■ ということなのだろう。
■ 以前「アッシー君」という言葉もあった。
■ 時代的にはその頃だったのかどうか、まあ、いいけれど。
■ とにかく、当時の社会現象とか人々の意識についてのいわば実証だ。
■ この歌だけでなく、他にもあると思われる。
■ 次に、
■ Tennessee Waltz は歌手が女の場合は him でなく her にしている。
■ アメリカ人のその感覚、何なんだろう。
■ 友達に彼氏を stole されて、彼女たちが踊っているのを見ている。
■ それを思い出して、何が beautiful T.W. なのか、と思う。
■ 憎たらしいだけではないのか。
■ 女の人は、友達に彼氏をとられた夜の思い出が美しいモノなのか、
■ 理解できない。
■ 昔や今、そして、日本だけでなく、他の言語圏でのことばについて、比較して、
■ 共通点や論理性など考えると面白い。
■ 百人一首とは直接的に無関係なことを書いたが、
■ 言葉とは何か実に興味深い。
■ 今回、リンクした動画を聞いていて、
■ カーボーイ・ハットの男が歌う歌詞が自分が知っている歌詞と違うことに気づいた。
■ 彼は、
  • Only you know how much  I have lost
  • Yes I lost my little darlin'
■ と、歌う。女が歌う場合は、
  • introduced her
■ と、him をher に置き換えただけで、他はそのままにして歌うようだが
■ ここまで歌ってきて、
■ 女が相手の男のことを「my little darlin'」というのかね。
■ おかしいでしょう。
■ him のままで、男の心を歌う歌に共感して歌うことにした方がいいように思う。
■ 日本では、女ごころ、を男が歌う歌はたくさんあるし、
■ 男の心意気、を歌う女の歌手もいる。
■ 歌は歌手自身とは直節関係ない。
■ シンガーソングライターのように同じ場合もあるが、作詞者は別の場合の方が多い。
■ 歌手は映画俳優が役を演じるのと同じなのだ。
■ 私が「浅野準・編、1001 Popular Songs」で参考にしていたのは
  • ©1948
  • introduced him
  • ・・・
  • Now I know just how much I have lost
  • Yes, I lost my little darlin'
■ この方が意味的にはすっきりする。
■ カーボーイ君の歌詞では
■ Only とあるので間投詞の「you know 」ではないようだし、「 you 」って誰、という感じだ。
■ まあ、「only you 」で、あなただけが、知っている、と、
■ 彼が愛していた女である「 my little darlin'  」をさす文脈だ。
■ もし、その自分から離れた女だけが知っているということなら、何かおかしい。
■ 彼は歌を聞いている人に訴えているのでないだろう。
■ 知っているのは歌っている自分自身なのだ。
■ 女が彼の心の痛みを気にしているはずはないのだから。
■ まさに、
  • Now I know just how much I have lost
■ ということで、「 introduced him 」と、旧友だからといって、軽い気持ちで、
■ あるいは、自慢するつもりで、友達に彼女を紹介したのを後悔している。
■ そして、女がまさか、自分より彼を選ぶとは思ってみなかった。
■ 「  my little darlin'  」ではなかったと、
  • Now I know just
■ 今、思い知ったのだ。
■ 比較して、いい方を選ぶという現実的な女の選択が
■ 正しかったかどうかはこの時点では分からないけれど、ちょっと出会ってすぐのことだったから
■ 彼としては、彼の意志ではなかったとしても、女と別れられてよかったかもしれない。
■ 
 

2022年3月31日木曜日

名こそ流れてなお聞こえけれ

名こそ流れてなお聞こえけれ

■ 「滝の音は」であろうと「滝の糸は」であろうと
■ 白洲正子は、
  • 「新古今集」の時代には、このように見え透いた技巧はもう古く、
  • 俊成や定家には認められなかった。
  • そうはいっても、当代一の歌詠みとされた公任を、
  • 百人一首からはずすわけには行かず、
  • 定家は無理して選んだに違いない。
  • いささかの余剰も情趣も感じられない歌で、・・・
■ と厳しい。
■ 正子に限らず、おおむね、そんな評だ。
■ まあ、取り上げるほどでなかったのかもしれないが、定家は取り上げた。
■ 正子の言うように、無理した、わけではないように思う。
■ 歌自体を評価して取り上げたわけではない、とも考えられる。
■ 選んだからには何らかの理由があったはずだ。
■ 次のように考えたらどうか。
  • たきのおとは たえてひさしく なりぬれど
  •        名こそ流れて なほ聞こえけれ
  • 後鳥羽院 流され久しく なりぬれど
■ 定家は後鳥羽院により認められて歌人としての地位を得た。
■ しかし、関係は絶えた。
■ 島流しになった後鳥羽院は定家を恨んでいたかもしれない。
■ ただ、定家はどうだろう。
■ 先にも書いたが、崇徳天皇の歌と併せ考えたい。
  • せをはやみ いわにせかるる たきがわの 
  •        われても末にあはんとぞ思ふ
  • ことのはに こころをのせる うたのみち
■ 定家は個々ばらばらに歌を選んだのではないだろう。
■ その歌そのものが必ずしもいい歌でなくとも
■ 自分の気持ちを代弁させることができる歌を選んでいるのではないか。
■ 百人一首には物語性がある。
■ 後鳥羽院御口伝、参考

源俊頼「山おろし」

 源俊頼「山おろし」

■ これらの頁で、嵐に関して、書いた。
■ そして、2」の「ことば、と、文字」の頁に
  • ■ また、そのうち機会があれば考えることとし、すっきりしていないが、次の歌をあげておこう。
  • 山おろし庭の草木も枯れ荒れる山風なればあらしなりけり  //  遊水
■ こんなふうに改作したが。
  • 山おろし庭の草木も枯れ荒れる山風なるはあらしなりけり  //  遊水
■ こんな風にした方がいいかもしれない。
■ といっても、いい改作ではない。
  • ■ 山下、山おろしは地方により
  • 六甲おろし
  • 比叡下ろし
  • ■ などと呼ぶこともあり、
■ などとも書いた。
■ 百人一首では「山おろし」は次の歌にも使われている。
  • 憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを(千載708)
■ 源俊頼はうまいと定家は評し、後鳥羽上皇もほめている。
■ その中で、定家についても書いている。
■ それで、思うのだが
■ 定家は後鳥羽上皇との関係についてどう思っていたのかを考えると、
  • われても末に逢わんとぞ思ふ
■ という気持ちがあったのかもしれない。
■ 要するに、定家は、百人一首の歌を彼の気持ちを代弁するように選んだ、と思うからだ。
  • おほけなく浮世の民におほう哉
■ この歌にしても歌の世界で頂点に立った定家もまた出家し「すみぞめのそで」だ。
  • ふり行くものは我が身なりけり
■ も定家自身のこととしてみてよい。
■ そして、この「憂かりける」の歌もまた、同様に見ることもできる。
■ 定家と後鳥羽院との関係は断絶し、歌に対する考え方の違いはあったが、
■ 歌に関する思いはどちらも強かった。
■ だから、
  • 憂かりける人、は、定家であり
  • 山おろし、が後鳥羽院だ
■ とみることもできそうだ。
■ そして、
  • 祈らぬもの、は定家だと考えることもできる。
■ 自分にまったく関係ないならば、無視すればいいだけで、
■ その人について何ら評論することはないだろう。
■ ところが後鳥羽院は定家について言及している。
■ 悪口を言われる覚えはない、と定家は心の中で思っていたのではないか。
■ なぜ定家は百人一首を選んだのか。百人一首とは何なのか、と色々書いてきた。
■ 源俊頼について、もう少し調べてみようかと思う。
 

2022年3月30日水曜日

boys と one boy

 boys と one boy

■ 「言葉の連想・連鎖、恋の歌・愛の歌」にリンクした
■ ここで歌詞を見ながら、ひとつ思い出した。
■ boys と複数形になっている。
■ 求める相手は一人でいいような気がした。

2022年3月24日木曜日

心なき爱でココロが知られけり

 心なき爱でココロが知られけり■ 百人一首の西行の歌は「嘆けとて」だが、
  • 心なき身にもあはれは知られけりたつ沢の秋の夕暮 [新古362]
■ この歌はよく知られている。
■ 小林秀雄・西行、でも最初にこの歌をとりあげている。
■ 心なき身、とはこの歌では「あはれ」を感じることのないような境遇の者になる。
■ 小林は、心なき、という言葉自体に関して何も言ってない。
■ ただ、
  • 俊成の眼には、下二句の姿が鮮やかに映ったのは当然であらうが
  • 歌の心臓の在りかは、上三句にあるのが感じられるのであり、其処に作者の疼きが隠れている
■ としているが、小林は歌の心を知らなかったような感じだ。
■ 西行が自分のことを、心なき身、ということは
■ 逆に言えば、いかにも俺は、あわれ、を知っていると強調する感じで嫌味だ。
■ 一般的に悩みは西行だけのものではなく、様々な悩みを他の人もそれぞれ持っていると思う。
■ ただ、歌にすることができないだけだ。
■ 歌は作者から離れて存在しなければ価値はない。
■ 読む人に共感できることでなければ、まあ、勝手に悩めばいいという感じになる。
■ 「其処に作者の疼きが隠れている」などと出鱈目をよくいったものだ。
■ 百人一首の彼の「嘆けとて」を何度でも読んでみるがいい。
■ ところで、
■ 鴫たつ沢、の鴫とは何シギなのか、ということだが、野鳥撮影をしている立場でみると
■ おそらく、ハマシギなど、群れている種ではなく、
■ 「沢」だからアオシギが一番あてはまりそうだが、数は少ない。
■ アオシギは人が近づきにくい所にいるように思う。
■ とにかく、タシギなど1羽とか少数で生息している、種だと思われる。
■ 鴫たつ沢、とは潜んでいた鴫がいきなり飛び立つ様だ。
■ それにより、自分の存在以外の存在に気づいた。季節を感じたということだ。
■ 秋でなく春にも似たような場面はある。
■ 河川敷を歩いていると、いきなり足元から雲雀が飛び出すことがある。
■ ぎりぎりまでじっと隠れているのだ。
■ ついでに、山本健吉め基本季語五〇〇選、も見た。
■ 彼は鳥類に関して詳しい。
■ さて、
■ 百人一首に
  • 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしと言ふらむ(古今249)
■ こんな歌がある。
■ 万葉集には
  • [歌番号] 13/3282
  • [原文] 衣袖丹 山下吹而 寒夜乎 君不来者 獨鴨寐
  • [訓読] 衣手にあらしの吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む
  • [仮名] ころもでに あらしのふきて さむきよを きみきまさずは ひとりかもねむ
■ このころは山から吹く強い風の「山おろし」を「あらし」としたのだけれど
  • 山風をあらしと言ふらむ
■ この「あらし」を「嵐」と書いてしまうと、ただの言葉遊びだとみられて、つまらない、ことになる。
■ 文字の「嵐」が「山」と「風」で構成されるからといって、「嵐」と書くと
■ 掛詞的に
  • 荒らし
■ という意味合いを持たせにくくなる。
■ 作者は「あらし」と書いていたのではないか。
■ 草木のしをる、つまり枯れてしまうのは山風が吹くからだ、とする歌なのだし、
■ 声に出してのことばの表記として「嵐」という文字は使わない方がよいと思う。
■ 山下、山おろしは地方により
  • 六甲おろし
  • 比叡下ろし
■ などと呼ぶこともあり、平野部では木枯らしや凩ということばもあるけれど、
  • 吹くからに 庭の草木も 荒れ果てる むべ山風を あらしといふらむ // 遊水
  • 山おろし 庭の草木も 荒れ果てる むべ山風を あらしといふらむ
■ こんな歌にしてもよかったかもしれない。
■ 言葉のごく本質的な意味は言葉自体にある。
■ 言葉を表す文字に内在している。
■ まあ、そういうことだが、
■ 気づくことは大切なことだ。
  • 明日という字は明るい日とかくのね
■ こんな歌がある。
■ 私の好みではないけれど、この人はそこに気づいた。
■ この歌を聞いて、
■ なぜか、「心なき」を思い出し、
■ google 翻訳で「愛」の簡体文字を一応確認した。
■ 心がない愛は愛といえるだろうか、ということ。
■ 文字を変えたのは、邪悪なココロ、邪悪な意図がある、とするYouTubがあった。
■ この文字を変えたばっかりに、この文字ばかりでなく、なぜ変えたか、と。
■ その意図について考えない人も多いだろうけれど、文字が存在する限り
■ また、心のある愛という文字が存在するかぎり、比較され、
■ 知られることになる。
■ 心ある愛から心を取り去ったのはなぜかその理由が考えられることになる。
■ ひとつの漢字だけでなく漢字という文字を捨てた民族もある。
■ 文字のもつ文化を捨ててしまう人の気持ちが分からない。
■ 自分たちの過去を忌まわしてものと自覚し、否定したということか。
■ まあ、いい。
■ 短歌調に31文字で表現すると、
  • 心なき 爱でココロが 知られけり 
  • かの大陸の  うすらわらいの
■ 西行の歌を素に作ってみただけだが、
 5・7・5・7・7、という形式に当てはめることはできそうだ。
  • 心なき身にもココロは知られけり
  • 心なき身にもあはれは知られけり
■ としても何か作れそうだ。

2022年3月14日月曜日

「み」と「さ」の話

 「み」と「さ」の話
 
■ 「み」についてもう一度書き直していた時、ふと、「微笑み」という言葉が浮かんだ。
■ そろそろ「春一番」の頃だ。
■ これについては、また後で書こうかなと思うが、
  • え・み、がこぼれる
  • え・み、をたたえて
  • ほほ・え・み
  • ほほ・え・む
  • ほほ・え・ましい
■ 「ほほ」については逆に「頬」がこわばる、もある。
■ 笑みは、ほほの状態、笑いの状態の「み」で、笑いのひとつだ。
■ 先に
  • 笠金村 船梶雄名三
  • 小野小町 舟のかぢをなみ
  • しるべなき うみにわがふね かぢをなみ しおのながれに みをまかせつつ  //  遊水
■ 「み」という言葉を使った。
■ さて、百人一首の最初の歌は天智天皇の歌だ。
■ 以前「あらみ」が分からなかった。
■ 崇徳院の歌には「はやみ」とある
  • あら・み  粗い
  • はや・み  速い
■ 状態をさす言葉だ。
  • あら・さ
  • はや・さ
■ のように「さ」と「み」について考えるとよいだろう。
  • おもしろ・み
  • おもしろ・さ
  • たのし・み
  • たのし・さ
  • うま・み
  • うま・さ
  •  他
■ たくさんある。
■ どのように使い分けているのか、ということだ。
■ これについては、また、後で考えることにして、落語でも聞いてみよう。
■ 同じ演目でも、人により少しづつ違うけれど、
■ 

2022年3月7日月曜日

言葉の連想・連鎖、恋の歌・愛の歌

 言葉の連想・連鎖、恋の歌・愛の歌

■ Love is over から
■ 二人の恋は終わったのねぇ」を思い出した。
■ この歌に関しては、岩谷時子の訳詩の「サン・トワ・マミー」に多少問題もあるかもしれないが、
■ フランス語など全然知らないので、まったく気にしていなかった。
■ この人の歌い方を聞く前に、ちょっと、頭に浮かんだのは
■ この「捨てられたのね 私はあなたに 」を google 翻訳するのは難しいようだ。
■ 「てにをは」が問題なのか、受け身表現なのかもしれない。
■ 話しはそれるが、
■ 今日は 2022-03-05
■ 日本経済新聞の歌壇に次のような短歌があった。
  • なぜかしら結婚してゆく男たち私の次にできた彼女と 広里ふかさ
■ 「なぜか知らんが」思わず笑ってしまった。
■ 傑作である。
■ ケッサクと書くべきかもしれない。
■ この短歌の「私」は作者自身のことのようだが、他の人のことだとするともっと面白い。
■ きづいていないようで、嘆いているようにも見えないが、
  • 歎きつつ独りぬる夜のあくるまはいかに久しきものとかは知る(蜻蛉日記)藤原道綱母
■ もっと深く絶望しないといけないようだ。
■ そういう状況になったなら、いつ気づき、どのように気持ちを切り替えるか、だろうけれど。
■ ひとつは違う環境に身をおくことかもしれない。
■ 「旅にでる」という歌詞はよくある感じだ。
■ どうせ終わっているのだから。
■ 捨てられたでなく、逆に捨てる方がいい。
■ さて、話しは戻るが、
■ その歌を作ったとき彼は19歳だったそうな。
■ なるほど、・・・
■ 色々見てみると面白い。
■ フランス語など全然だし、英語もよく知らん。
■ これで終わりにはならないようだけど、とりあえず
  • over for now
  • あふまでの おもひはことの かずならで わかれぞこひの はじめなりける  寂蓮
 
日本語英語、google 翻訳
 
  • 逢うまでの 想いは
    恋の うちでなく 
    別れが
    恋の 始めなんだよ

 
  • The feelings until we meet
    Not in love
    Farewell
    It's the beginning of love

 
■ 

2022年2月17日木曜日

言葉遊び、替え歌

 言葉遊び、替え歌
 
■ 今回は、ちょっと 替え歌・言葉遊びだ。
  • 相坂の関に庵室をつくりて住み侍りけるに、ゆきかふ人を見て
  • これやこの行くも帰るも別れつつ知るも知らぬもあふさかの関  蝉丸(後撰1089)
  • これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあふさかの関  百人一首
■ 関所があるということは、違う国があり、くにざかい・国境があったということだ。
■ どこに関所があったかなどはこの和歌に直接関係のないことだが
■ 百人一首をきっかけに関心を広げることは悪くはない。
■ 百人一首が恋の歌ばかりでなく、
■ 31文字のなかに何があるのかを知ろうとする人には時代背景など様々なコトがある。
■ 和歌によく詠まれている、勿来関とか弁慶の勧進帳で有名な、北陸道・安宅関
■ 歴史的に、どのような関所があったのか、
■ いつか調べてみよう。
■ 当時どのように国境の入出国管理を行っていたか、
■ 江戸時代では、例えば、入り鉄砲出女、と、武器の搬入と情報の流出を監視していた。
■ 関所は、出て行く人と帰ってくる人が必ず通る場所だが
■ 帰ってくる人ばかりではなく、新しく来る人もいるだろう。
■ 逢坂の関では帰国者しか入国を認めず、新規の流入を抑えていたとするなら、
■ 「帰る」という言葉は自然に感じられただろう。
■ 「見送って帰る人」とする現代語訳があったが、なぜそう捉えるのかおかしなものだ。
■ 軍事上とか、国防意識というか、平和を維持する意識とかがないと、
■ 通関手形発行条件なども分からず「帰る」ということばの実感がつかめないのだろう。
■ ビザなし、と考えると
■ 「行く人、来る人」だ。
  • 行くも来たるも
■ とした方が今の世では分かりやすいかもしれない。
■ 商いなどでよく行き来する場合は知り合うことも少なくなかったかもしれないが、
■ 知るも知らぬも、で、むしろ知らない人の方が多かったという気もする。
■ 必ず通る場所で、しかも、調べられる所なので、時間の長短はあれ、
■ 少しは留まるので、必然的に出会ってしまう、逢坂の関だ。
■ その時の出会いがその後どうなるかは分からない。
■ 逢坂の関という名であったとしても、逢うところではなく、結局は、別れるところで、
■ ほとんどすれ違うだけかもしれないのでこうした歌が詠まれたと考えられる。
■ だから、例えば、
  • これやこの 行くも来たるも 別るとも 知るも知らぬも あふさかの関
■ と、そんな場所なのだ。
■ そんな場所は他にもある。
■ さて、
■ 私は「ことば」に関心がある。
■ その一因は、分かろうはずのない、東北弁の中に一人放り込まれたからだろう。
■ 小学生だった。
■ 義務教育故、当然学校にゆく。
■ 関所のようなものだ。
  • これやこの 行くも帰るも 同じ道 良くも悪くも 教室の席   遊水
■ と、いうわけだ。
■ 義務教育の場など他人ばかりで、中学校、高等学校、大学校、
■ そして、会社でもごく基本的には変わりない。
■ 趣味の集まりであれば、共通点も多いかもしれないけれど、
■ まあ、いい。
■ 人がいる限り、そして、社会が存在する限り
  • 逢うと別れ
■ は付きもので、
■ 国際空港、終着駅などを素材に新しい短歌もあるだろう。
■ 藤原定家がなぜこの歌を選んだかは、また、そのうち考えてみよう。
■ 

2022年2月2日水曜日

だけど見えない花の色まで

 だけど見えない花の色まで

  • 色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の 花にぞありける // 小野小町
■ この歌は日本語的には論理的だけれど、
■ 「人の心の花」は象徴的表現だから、翻訳しにくい。
■ 「世の中の」と一般的なことのようにみえるが、
■ その実、「人の心」は「あなたの心」をさしている。
■ 歌は誰かに読ませるために書き送る。
■ 「あなた」ではなく「人」と間接的に表現するのは、心を取り戻させるためで、
■ 「人の心」とあなたは言うけれど「私は違いますよ」という弁解の余地を残している。
■ しかし、小野小町は
  • 花の色はうつりにけりないたづらに
■ と詠っている。
■ 結局のところ相手の心変わりを変えさせることはできず、離れてしまった、ということになる。
■ 「色見えで」の歌が後に詠まれたのだとすると。
■ 非難しながらも、それが人の世とあきらめたということになる。
 
日本語英語、google 翻訳
 
  • 人の心の中に咲く花の色は
    他人には見えない

  • だから彼の心の中の花の色は

  • 変化する

 
  • The color of the flowers that bloom in people's hearts
    Invisible to others
  • So the color of the flower in his heart
  • Change

  •  お互いの 心に花を 咲かせたい だけど見えない 花の色まで // 遊水
■ この歌の下の句の英訳がうまくできない。
■ 相手の本当の心が分かりにくい、ということなのだけれど、
■ しょうがないので、とりあえず書き換えた。
 
日本語英語、google 翻訳
 
  •  お互いの心に

    花を咲かせたい

    だけど咲いても
    色は見えない
     
 
  • In each other's hearts


  • I want to make flowers bloom


  • But even if it blooms
    I can't see the color

■ 英語の「 I 」が煩わしい。

2022年1月11日火曜日

万葉の遊び心・春尓成来鴨

 万葉の遊び心・春尓成来鴨

■ 2022-01-11、雨。晴野雨読、鳥見散歩もできないので、ちょっと和歌の話しでも書こう。
■ 「春になりにけるかも」
■ 万葉集 巻第八
  • 志貴皇子
  • 石激 垂見之上乃 左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨
  • 石走る垂水の上のさわらびの萌え出づる春になりにけるかも
  • いはばしる たるみのうへの さわらびの もえいづるはるに なりにけるかも
■ 「春尓成来鴨」このように当て字する遊び心がある。
■ ところで、この鴨の種類は何かと思う。
■ おそらくマガモではないかという気がする。
■ 鴨が飛んで来る、ということで「来鴨」としたのではないか。
■ その辺は面白い。
■ 遊び心だ。
■ しかし、野鳥撮影している者にとっては、ちょっと待ってくれと言いたい。
■ 渡り鳥として飛んでくるのは「春」ではなく「冬」なのだ。
■ だから、
  • 春尓 成来鴨
  • はるに なりにけるかも
■ これは現実に合わないのではないか、ということになる。
■ どうなんだ、
■ というのは野暮というものか。
■ もともと当て字なのだから。
■ この歌をなぜ取り上げたのかを一応説明しておこう。
■ 今は冬。
■ 吹田市・千里南公園では約10年ぶりにホオジロガモ・オスが見られている。
■ 甲子園浜などではよく見られるが内陸部では少ないように思われる。
■ うちでも、この鴨が話題になった。
  • 「かも」は万葉集では「鴨」が当て字として使われるんだよ
  • へええ、例えば、?
■ と言われたので、先ず、伊藤博・校注・万葉集を見た。
■ 「かも」は歌の最後に使われるので、
■ 各巻冒頭歌群(原文)を見るとすぐ見つけられる。
■ 万葉集ではどういう記述になっているのかが分かる。
■ この歌はよく知られているのでとりあげた。
■ しかし、ここで問題が発生した。
  • 石激
  • 垂見之上乃
  • 左和良妣乃
  • 毛要出春尓
  • 成来鴨
■ なぜこれが「いわばしる」なのかだ。
■ このように表記されるまえに、言葉として、即ち、音声としての言葉があったはずなのだ。
■ それが表記され、更に、訓読みされた。
■ 訓読みは誰によってなされたのか。
■ 他に読みようはないのか。
■ あるいは他に歌としてのことばはないのかと思う。
■ もともと「いわばしる」だったのかも疑問だ。
■ 「石激」を「いわばしる」と読みたくない。
  • 雪も解け
  • 水嵩が増し
  • 水飛沫も多くなった
  • 見ると
  • その横に蕨が生えている
  • ああ、春になったんだ
■ と、まあ、こんな感じだろう。
■ 蕨を見ているのだから、大きな滝ではない。
■ さて、わたしが作るとしたらどんな歌になるだろう。
■ 「上」という言葉も使いたくない。
■ 困ったな、
■ しばらく寝かせて置こう。
  • ここだもさわぐ とりのこえかも
■ こんな歌もある。
■ この原文の表記はどうか。
■ 初句を思い出せば、調べやすい。
  • みよしのの
■ だったと思い、下巻の最後にある初句一覧に当たると歌の番号がわかる。
■ そして、インターネットを使った。
  • [原文] 三吉野乃 象山際乃 木末尓波 幾許毛散和口 鳥之聲可聞
  • [訓読] み吉野の象山の際の木末にはここだも騒く鳥の声かも
  • [仮名] みよしのの きさやまのまの こぬれには ここだもさわく とりのこゑかも
■ ここでは
  • 鳥之聲可聞
  • とりのこゑかも
■ なるほど、なるほど、鳥の声を聞いているのだか、こうなるのだな。
■ 歌に応じて表記を替えているのが面白い。
■ このように自然を読んだ歌の方が、好みなんだけど。
■ 百人一首では、人間に関係する歌ばかりだ。
■ その辺は百人一首のつまらなさだ。
■ ところで、ここに出てくる鳥は何か。
■ 吉野の山の梢で群れ騒いでいる鳥だから
■ 例えば、マヒワかもしれない。

 

2022年1月4日火曜日

「春過ぎて」を google 翻訳してみた。

■ 「英語で読む・百人一首」を見ると、わけの分からん英訳が見られる。
■ 衣替え、衣更え、を知らず、・・・
■ 日本列島の季節感を実感していないようだ。
■ 日本語文化が誤って伝えられる感じがする。
■ 自動翻訳が進んでいる今日、活用しおおよその意味を捉えるのも意味があるだろう。
■ 百人一首と万葉集・訓読みとは異なる。

 

日本語中国語、google 翻訳
 
  • 春過ぎて 
    夏来たるらし 
    白たえの衣干したり 
    あまのかぐやま

 
  • 春後
    夏天快到了
    烘乾白色衣服
    天神宮山

 

日本語英語、google 翻訳
 
  • 春過ぎて 
    夏来たるらし 
    白たえの衣干したり 
    あまのかぐやま

 
  • After spring
    Summer is coming
    Drying white clothes
    Amanokaguyama

     

 

■ 女性天皇が庶民の洗濯物を見て夏になったのだと気づいた。