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- 遊水俳句2-2
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2026年10月4日日曜日
雲
2026年10月2日金曜日
はるのゆめ よあけとともに さりゆける いずこにきえし あさやけのくも
- 春の夢 夜明けとともに 去りゆきて どこの人かも 知らないままに
春の夢 夜明けとともに 去りゆきて どこにいったか 知るすべもなく春の夢 夜明けとともに 去りゆきて 知るすべもなき 朝焼けの雲- 春の夢 夜明けとともに 去りゆける いずこに消えし 朝焼けの雲
花非花 霧非霧夜半來 天明去來如春夢幾多時?去似朝雲無覓處
明けはなるるほどの黒き雲のやうやう消えて、白ろうなり行くも、いとをかし。「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。
2026年10月1日木曜日
清少納言と雲の話、「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。
2002-07-14 14:01:48
吹田市
2008-12-13 10:06:05
琵琶湖・東
[ 二五五 ]雲は、白き。むらさき。黒きもをかし。風ふくをりの雨雲。明けはなるるほどの黒き雲のやうやう消えて、白ろうなり行くも、いとをかし。「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。月のいとあかきおもてにうすき雲あはれなり。
花非花 霧非霧夜半來 天明去來如春夢幾多時?去似朝雲無覓處
不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心
文房具
2026年9月28日月曜日
おや ゆきか あしをとどめて くちづさむ はるはなのみの かぜのさむさよ 遊水
■ 2026-09-28
■ 池田亀鑑校訂・枕草子[ 106 ] 、これが本はいかでかつくべからん
■ 脚注に白氏文集、十四、南泰雪、の詩があげられている。
慣從駱口到南秦三時雲冷多飛雪二月山寒少有春我思舊事猶惆悵
■ 清少納言はこの詩を思い浮かべ「このもとの、上の句は、どのように、つけたらいいだろうか」と思ったわけだ。
- 空さむみ 花にまがへて ちる雪に 少し春ある ここちこそすれ
- おや ゆきか あしをとどめて くちづさむ はるはなのみの かぜのさむさよ 遊水
さては古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを御学問にはさせ給へ
- 人生は 読み書きソロバン 衣食住
- 橋本遊水・あれこれ A・RE・KO・RE: 人生は 読み書きそろばん 衣食住
「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一條の左の大臣殿の御女におはしけると、たれかは知り奉らざらん。まだ姫君ときこえける時、父大臣のをしへきこえ給ひけることは、
- ひとつは御手をならひ給へ。
- つぎにはきんの琴を、人よりことにひきまさらんとぼせ。
- さては古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを御学問にはさせ給へ
となん聞こえ給ひける。
平安時代前期の歌集。全二十巻。1111首。
905年(延喜五)醍醐天皇の勅命、8年後完成
撰者4人の歌が2割以上
4割ほどが読人知らず
- 紀貫之
- 紀友則
- 在原業平
- 小野小町
- 大江千里
- 壬生忠岑
- 僧正遍昭
- 凡河内躬恒
- 藤原敏行朝臣
- 猿丸太夫
- 参議篁
- 源宗于朝臣
- 後京極摂政前太政大臣
- 中納言行平
- 光孝天皇
- 喜撰法師
- ・・・
- よみ人しらす
2026年9月25日金曜日
へいあんの うたにせいしの きちのはな まことのすがた まくらのそうし
- 象潟や雨に西施が合歓の花 芭蕉
- きさかたや あめにせいしが ねむのはな
- へいあんや うたにせいしの きちのはな
- 平安や 歌に清紫の 機知の華
- 平安の 歌に清紫の 機知の華 真の姿 枕草子
- へいあんの うたにせいしの きちのはな まことのすがた まくらのそうし 遊水
2026年9月24日木曜日
山吹の 黄色口無し 分かるでしょ いはでは思ふ くちなしの花
いかにして過ぎにしかたを過ごしけむ暮らしわづらふきのふけふかな 皇后宮 定子雲のうへも暮らしかねける春の日をところがらともながめつるかな 清少納言
もとめてもかかるはちすの露をおきて うき世にまたはかへるものかは 清少納言
うはごおりあはにむすべる紐なればかざす日かげにゆるぶばかりぞ 清少納言
- 961
- 967
- 1206
・・・、紙にはものも書かせたまはず、やまぶきの花びらただ一重をつつませ給えり。それに「いはでぞ思ふ」と書かせ給えり。・・・この歌の本さらにわすれたり。
心には下ゆく水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる 詠人知らず
- 山吹の花色衣ぬしや誰問へど答へずくちなしにして 素性法師 古今和歌集 1012
2026年9月23日水曜日
選んだ人の気持ちに近ければいいように思う
その未来の物語を小野小町の和歌『思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを』
2026年9月22日火曜日
さんごとは さんごじゅうごの おつきさん くくのけいさん じゅうごやのつき
2026年9月20日日曜日
枕草子に関してはどうか
いかにして過ぎにしかたを過ごしけむ暮らしわづらふきのふけふかな 皇后宮 定子雲のうへも暮らしかねける春の日をところがらともながめつるかな 清少納言
池田亀鑑校訂・枕草子・岩波文庫 [ 三〇一 ]
島内裕子校訂訳・枕草子・ちくま学芸文庫、[ 第二八四段 ]
2026年9月18日金曜日
こうえんに オオルリ & コルリ ルリビタキ あえてうれしい るりいろののとり 2026-09-21
- 歌集 ゆふすげ 美智子
2026年9月16日水曜日
なかにし礼、と、浅丘ルリ子
『緑はるかに』のヒロインのルリコと、本人の本名から「浅」の1字をとり、『緑はるかに』のイメージから「丘」という字をつけて、「浅丘ルリ子」となった。
2026年9月15日火曜日
るりという そのなはしたし ものがたり なづけおやなる むらさきしきぶ 遊水
龍之介 皆が知ってる 蜘蛛の糸 何とか歌に できないものか
はなはちす ひとすじおとす くものいと 釈迦のすくいも むなしくきれて蓮の花 一筋降ろす 蜘蛛の糸 プツンと切れて 釈迦は悲しむ蓮の花 一筋降ろす 蜘蛛の糸 プツンと切れた なぜ切れたのか蓮の花 プツンと切れし 蜘蛛の糸 虚しさ深い 血の池の様
2026年9月14日月曜日
羊羹が もっとも好きだと 漱石が 食いたる品は 小城羊羹か
「御退屈だろうと思って、御茶を入れに来ました」「ありがとう」またありがとうが出た。菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹 が並んでいる。余はすべての菓子のうちでもっとも羊羹が好 だ。
しものよに ふりさけみれば あまのかわ いつまたあえる カササギのはし 遊水
- 霜の夜に ふりさけ見れば 天の川 いつまた逢える カササギの橋 遊水
2026年9月13日日曜日
世界が広がる大弐三位の歌、と、夢 寝 枕、と蜘蛛の糸
夢寝枕
- はなはちす ひとすじおとす くものいと 釈迦のすくいも むなしくきれて
2026年9月10日木曜日
はなのかに からだがふわり かるくなる ゆめをうつつに ときをうつりて 遊水 訂正 2026-09-14
- 花の香に 身体がふっと 軽くなる 夢を現に 時を移りて 遊水
- 花の香に 身体がふわり 軽くなる 夢を現に 時を移りて 遊水 2026-09-14
2026年9月9日水曜日
はるかなる いこくのちまで とびゆくは さえたねざめの おもいなるかな 遊水
ありまやま ゐなのささはら 風吹けば いでそよ人を わすれやはするはるかなる もろこしまでも 行くものは 秋の寝覚めの 心なりけり
もろともに ゐなの笹原 みち絶えて ただ吹く風の 音に聞けとや 藤原定家心のみ もろこしまでも うかれつつ 夢路に遠き 月の頃かな 藤原定家
月清み ねられぬ夜しも もろこしの 雲の夢まで みる心ちする 藤原定家
- 遥かなる 異国の地まで 飛び行くは 冴えた寝覚めの 想いなるかな 遊水
2026年9月8日火曜日
あこがれの フランスからも くるひとは いまではおおき ひのもとのくに 2026-09-09 追記
- 君恋し 小石ひろいて 朔太郎 冷たき石に 口づけにけり
- 遥かなる もろこしまでも ゆくものは 秋の寝ざめの 心なりける 大弐三位
枕上片時春夢中行盡江南数千里これを秋に転じた心であらうか。
秋の寝覚めといえば、・・・恋に哀傷に述懐に、尽きぬ思いを尽くすのはこの時であらう。それらをすべて消して、彼女は頭を上げ、目をみひらいて、清らかな音声で、「はるかなるもろこしまでも行くもの」と歌った。古人も評して「限りなき心」と讃えた。
「秋の寝ざめ」のアキには「飽き」が秘められてあって、それゆゑ女は男に飽きられたのではないかと不安に思ってゐる。・・・、秋歌と見せかけて実は恋歌なのである。冷え冷えとした秋の夜、夜半の寝ざめに悩みながら女はあれこれと思いつづける。その思いはどこまでもどこまでもはてしない。さながら遠くへだたる・・・
ふらんすは あまりにとおし 朔太郎 背広を買うて 汽車の旅ゆく
はるかなる フランス・パリへ ゆくものは はるのれっしゃの まどのそとかな
あこがれの フランスからも くるひとは いまではおおき ひのもとのくに
- はるかなる フランス・パリへ ゆくものは 与謝野晶子の こころなるかな 遊水
2026年9月7日月曜日
ドイツから アクセスのかず めをみはる よんでください わたしのほんも
2026年9月6日日曜日
詩と短歌・・・。いいあさに ちょっとあずきを にてごらん そのひいちにち しあわせだから
あのね、気分がいい朝にちょっと小豆を煮てみて下さい。その日一日幸福だから・・・
- いい朝に ちょっと小豆を 煮てごらん その日一日 幸福だから
2026年9月4日金曜日
山の上 叫べ萩原 朔太郎 俺は今でも お前が好きだ
■ 「俺」が今、「私達」が回想だから、言葉は変えず、時間軸に合わせて再構成した。
萩原朔太郎・作、橋本遊水・改
山に登る
空には風がながれてゐる、
おれは小石をひろつて口くちにあてながら、
どこといふあてもなしに、
ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた。
山の頂上にきれいな草むらがある、
その上でわたしたちは寝ころんでゐた。
旅よりある女に贈る
眼をあげてとほい麓の方を眺めると、
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのだ。
ありまやま いなのささはら かぜふけばいでそよひとを わすれやはする 大弐三位
- 山の上 叫べ萩原 朔太郎 俺は今でも お前が好きだ
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2024-01-16 富士山、と、「月に吠える」の「山に登る」、と、三好達治
2024-01-18 和歌と自由詩、本歌取り
2024-01-20 画像&動画の映画を想定し、詩を論理的に再構成する
2026年9月1日火曜日
ふるさとを とおくはなれて ひとりすむ きみもみてるか いまこのつきを
八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九 白居易
銀台金闕夕沈沈
独宿相思在翰林
三五夜中新月色
二千里外故人心
渚宮東面煙波冷
浴殿西頭鐘漏深
猶恐清光不同見
江陵卑湿足秋陰
ふるさとを とおくはなれて ひとりすむ きみもみてるか いまこのつきを故郷を 遠く離れて 東京で 君も見てるか 今この月を
2026年8月31日月曜日
めぐりくる きせつはいまも かわらねど みちゆくひとに しるかおもなく 遊水
照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし 大江千里
ほととぎす 五月待たずぞ 鳴きにける はかなく春を 過ぐし来ぬれば
月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 大江千里
27 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらん28 人はいさ 心も知らず 故郷は 花ぞ昔の 香ににほひける29 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪30 月見れば 千々にものこそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど
年年歳歳花相似歳歳年年人不同
- 巡りくる 季節は今も 変わらねど 道行く人に 知る顔もなく
かえりみて こころゆくまで ちるはなと あいみることの いくどありしか
ねばならぬ ことなどおおく ありければ ことしのはなの さかりのがしてかえりみて こころゆくまで ちるはなと あいみることの いくどありしか
2026年8月30日日曜日
やわらかな しらべがそこに あればいい さみしいこころ うれしいこころ 遊水
やわらかな しらべがそこに あればいい さみしいこころ うれしいこころ
やわらかな しらべがそこに あればいい かなしいこころ たのしいこころ
2026年8月29日土曜日
句題和歌 春翁酒易悲 ・・・ 老いたれば めぐる春こそ 悲しけれ 酒を飲みつつ 見る桜かな 遊水
不道官班下,其如筋力衰。
犹怜好风景,转重旧亲知。
少壮难重得,欢娱且强为。
兴来池上酌,醉出袖中诗。
静话开襟久,闲吟放醆迟。
落花无限雪,残鬓几多丝。
莫说伤心事,春翁易酒悲。
2026年8月28日金曜日
飲みすぎた 歩きましょうか そこいらを 春宵一刻値千金 遊水
- 帰りましょ 恋人たちの その後は 鞦韆院落夜沈沈 遊水 2026-08-17
■ 2番煎じだが、やはり自分の言葉で詠むのがいい。
飲みすぎた 歩きましょうか そこいらを 春宵一刻値千金 遊水
春夜 蘇軾
春宵一刻直千金 はるのさかりの つきあかり
花有清香月有陰 かおりのはなを てらしいて
歌管樓臺聲細細 はなみのえんも おわるころ
鞦韆院落夜沈沈 ぶらんこよるに しずむかな
帰りましょ 恋人たちの その後は 鞦韆院落夜沈沈 遊水
2026年8月24日月曜日
すきずきは それぞれならば ひとにより ちがいもあるは いちおしのうた 遊水
- 好き好きは それぞれならば ひとにより ちがいもあるは いち推の歌
漢詩と和歌、大江千里
2026年8月23日日曜日
春霞 日は落ち空に 朧月 菜の花畑 懐かしきかな 遊水
照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし 大江千里不明不暗朧朧月不暖不寒慢慢風獨臥空床好天氣平明閒事到心中 白居易春といへば なべてかすみや わたるらむ 雲なき空の 朧月夜は 小侍従
2026年8月22日土曜日
いとをしい あいをすてさり いとしいと おしどりみつつ こころさびしも 遊水 2026-08-22
み吉野の高嶺の桜散りにけり嵐も白き春のあけぼの見渡せば山もと霞む水無瀬川ゆうべは秋となに思ひけん
人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は 後鳥羽院
- 鎌倉と 戦し敗れ 流刑地の 隠岐の島なる 天の高さよ 遊水
- あのころの あいとねたみと うらぎりの よをおもうゆえ ものおもうみは 遊水
竜童の 欲望の街と 後鳥羽院 関係性は どこにあるのか
2026年8月21日金曜日
夜中に 起きて水飲む 暑さかな
- 真夜中に 起きて水飲む 暑さかな
- 3度目の シャワーを今日は 浴びにけり
■ 起きて水こころゆくまで飲みにけり[三十一]こころゆくもの・・・ よる寝おきてのむ水。
2026年8月18日火曜日
家持の 歌を取り上げ 間接に おもいにふける 藤原定家、と、二つの橋
■ この「二つの橋」の件は、まだ終わってない。■ 疑問が解決されてない。■ いつから始まったかというと、・・・
- ■ 2011-09-21,12-20
- ボナ・セーラ、今晩は
- ■ 昔こんな頁、↑、を書いた。
■ このころからだ。
■ 橋本遊水・四季の空 山川静 鳥の声: 森サカエの検索結果 ← ここにリンクしていた。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------- |
■ 2026-08-18
かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける 大伴家持
うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しもひとりし思へば 大伴家持
うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば 遊水
拾遺和歌集 巻十七:雑秋 歌番号 1089
天の河扇の風にきりはれてそらすみわたる鵲のはし 清原元輔
あまのかは−あふきのかせに−きりはれて−そらすみわたる−かささきのはし
かささきの-わたせるはしや-たなはたの-はねをならふる-ちきりなるらむ
かささきの 渡せる橋や 七夕の 羽根を並ぶる 契りなるらむ
Copilot に訊いても分からない「鵲」の話
■ Copilot に訊いても分からない。↓
- 第二十二回 閻婆大鬧鄆城縣 朱仝義釋宋公明
- 柴進扶起宋江來,口裏說道:「昨夜燈花報,今早喜鵲噪,不想卻是貴兄來。」滿臉堆下笑來。
結論から言うと、原典『水滸伝(百回本)』には「カササギ(鵲)」は登場しません。 ただし、梁山泊の結集を象徴する“橋”のイメージと、カササギが天の川に橋をかけるという中国古典の象徴体系が、後世の解釈や二次創作で結びつけられることがあります。
🐦 水滸伝原典に「カササギ」は出てこない理由
1. 鳥類としての「鵲(カササギ)」の記述がない
『水滸伝』は非常に多くの動物が登場しますが、
鵲(カササギ)
喜鵲(よろこびの鳥) といった語は本文に現れません。
検索ページにも「カササギ」に関する直接の情報はなく、 水滸伝の一般的な紹介記事が並んでいるだけです (例:Wikipedia の水滸伝紹介 )。
🪜 なぜ「カササギ」が話題になるのか(象徴的背景)
1. 中国古典でのカササギ=“橋をかける鳥”
七夕伝説で有名なように、 カササギは天の川に橋をかけて織女と牽牛を会わせる鳥。
2. 梁山泊=“集結の物語”
水滸伝は、
108人の好漢が梁山泊に集まる物語
それぞれが「橋」を渡るように結びついていく物語 と解釈されることがあり、 象徴的に「カササギの橋」に喩えられることがあります。
3. 後世の随筆・ブログ・解説での比喩
和夫さんが開いている別タブのブログ記事 「カササギ、拡大、二つの橋」 のように、 古典象徴(カササギの橋)と水滸伝の“結びつき”を重ねる解釈が散見されます。
📘 まとめ
原典『水滸伝』にはカササギは登場しない。
ただし、中国古典の象徴(カササギ=橋)と梁山泊の結集を重ねる後世の解釈が存在する。
そのため、検索すると「カササギ」と水滸伝が関連づけられたブログや随筆がヒットすることがある。
もし、 「カササギの象徴を使って水滸伝を読み解く」 という方向で深めたいなら、 和夫さんの得意な 象徴体系の比較(光と影・橋と渡り) とも相性が良いので、 その構造を整理してみることもできます。
次は、
「梁山泊の結集」と「カササギの橋」の象徴対応
中国文学における“橋”のモチーフ など、どちらを深めますか。
和夫さん、 その一文は まさに『水滸伝』で “喜鵲(カササギ)” が登場する唯一の象徴的な場面 です。 つまり——
「喜鵲(カササギ)」は “宋江が柴進の屋敷に到着した朝” に登場する。
🐦 どの章か(原典の位置)
この場面は 第10回(第十回) 「林冲棒打洪教頭 宋江夜走郓城」 の後半、 宋江が柴進の屋敷に逃げ込む場面 に出てきます。
柴進が宋江を見て言う有名な台詞がこれです:
「昨夜燈花報,今早喜鵲噪,不想卻是貴兄來。」 (昨夜は灯芯の花が吉兆を示し、今朝はカササギが鳴いた。まさかあなたが来るとは)
🪶 “喜鵲(カササギ)” の象徴的意味(中国古典)
中国文化では 喜鵲=吉兆・喜びの前触れ とされます。
喜鵲が鳴く → 良い客が来る
喜鵲が屋敷に現れる → 幸運の訪れ
七夕伝説では「橋をかける鳥」
柴進は宋江を「吉兆の客」として迎えたわけです。
📘 水滸伝の中での機能
この一文は、 宋江が“天命を受けた人物”であることを暗示する象徴表現 になっています。
灯花(燈花)=吉兆
喜鵲(カササギ)=吉兆
宋江の到来=梁山泊結集の始まり
つまり、 「宋江の登場は天意である」 という物語構造を、自然の兆しで示しているのです。
🔍 まとめ
カササギ(喜鵲)は『水滸伝』第10回に登場する。
柴進が宋江を迎える場面で、 「今朝は喜鵲が鳴いた」=吉兆の象徴 として使われる。
物語的には 宋江の“天命性”を示す伏線。
和夫さん、もしよければ この「吉兆の二重構造(灯花+喜鵲)」が宋江の人物像にどう作用するか あるいは 中国文学における“鳥の兆し”の象徴体系 など、さらに深める方向もご提案できます。
どちらを進めたいですか。
和夫さん、 第二十二回「閻婆大鬧鄆城縣 朱仝義釋宋公明」には “喜鵲(カササギ)” は登場しません。 カササギが出てくるのは 第十回 の柴進の屋敷の場面だけです。
ただ、第二十二回は 宋江の「天命性」を補強する兆しの章 なので、 第十回の「灯花+喜鵲」の吉兆と構造的に呼応しています。 その対応を整理しておきます。
📘 第二十二回の内容(要点)
◆ 閻婆(閻婆惜の母)が鄆城県で大騒ぎする
宋江が閻婆惜を殺したことで、母が役所に押しかけて大騒ぎする。
これが宋江の逃亡・転落の大きな転換点になる。
◆ 朱仝が宋江を義で救う
朱仝は宋江の義を知っており、密かに逃がす。
ここで宋江は再び「義によって救われる人物」として描かれる。
🪶 第十回の「喜鵲」との構造的つながり
◆ 第十回
灯花(吉兆)+喜鵲(吉兆)
柴進が宋江を「天意の客」として迎える。
◆ 第二十二回
宋江は殺人犯として追われるが、
朱仝の義によって救われる → “天命の人物は必ず助けられる”
これは第十回の吉兆の伏線が、物語的に回収される章。
つまり、 第十回の「喜鵲」は、第二十二回で“義による救済”として機能的に再現される。 鳥は出てこないが、象徴構造は生きている。
🔍 なぜ第二十二回にカササギが出ないのか
水滸伝の兆し(予兆)は
自然現象(灯花・鳥の鳴き声)
人の行動(義による救済) の二系統で描かれます。
第二十二回は後者の「人の義」による兆しが中心で、 自然兆しは使われません。
🧩 まとめ
カササギ(喜鵲)が出るのは第十回のみ。
第二十二回は「義による救済」で第十回の吉兆構造を補強する章。
鳥は出ないが、物語構造上は強く呼応している。
和夫さん、もしよければ 「水滸伝における予兆体系(自然兆し/義の兆し)」を整理した構造図 あるいは 宋江の“天命性”がどの章でどのように積み重ねられるかの一覧 も作れます。
どちらを深めますか。




