2026年7月4日土曜日

めちゃやばい 私のきもち ここにある 長々しき夜を ひとりかもねん・・・ひとつ追加

■ 2026-07-02
■ 「俺」でなくとも「私」でもいい。
■ 下の句を、元の作者を明確にして、百人一首とか、古典に求めて、つけなさい。
■ 例えば、柿本人麻呂、他、・・・

めちゃやばい 私のきもち ここにある 長々しき夜を ひとりかもねん
めちゃやばい 私のきもち ここにある 恋に朽ちなん 名こそ惜しけれ
めちゃやばい 私のきもち ここにある 憂しと見し世ぞ 今は恋しき

■ まあ、適当にやってみる。

めちゃやばい 私のきもち ここにある ひとはこれをや 恋といふらむ

2026年7月3日金曜日

「枕」の呪い、と、非常識な常識、と、幽霊の正体見たり枯れ尾花、の話

バカの壁 - Wikipedia 2003-04-10 出版。最初に「常識」の話がある。養老孟司 講演



■ 2026-07-01
■ 白川静「字通」を見ると、「呪」は「祝」の意味にも使われた例もあった、ようだ。
■ しかし、まあ、呪いとは、言葉や、意識で、念力で、あるいは、人ガタに針を刺すなどの行為で、怨み、憎しみのある相手を貶めたり死に追いやろうとするコトだが、特定の誰かを相手にするのでなく、客観的に見て、そのような状態に、あたかも、金縛りのように、硬直状態にあることも、一種の「呪い」がかかっていると理解していいかもしれない。
■ 「怖い」とみんなが言うから「怖い」。本当は「幽霊の招待見たり枯れ尾花」であったとしても、多くの人がそれに気づかず固定観念というか意識として存在しているものはある。多くの意識が仮想現実を作り出す。嘘がまことになると困ったものだ。
■ あんた、知らへんのォ、みんな知っとるでェ、常識やんかァ、などと常識の意味を理解せず、論理を無視し自分の都合よい意見を押し付けようとする、非常識な「常識」もあり、いわば、呪いに属することばに分類してもよいかもしれない。
■ 無意識に、特定のでなく、禍を与えようと意図するものでなくとも、安易に信じることが世に影響を及ぼすことはある。
■ 言葉は多くの人が使用するので変化してゆくが、いったん定着するとなかなか、変えられないものでもある。特に権威ある人、というか、よく知られた人が発言すると自分で考えることもなくなり、その言葉がそのまま、あたかも自分の意見であるかのように、口にされることもある。
■ 和歌に於いて「枕詞」という用語がある。これもそのひとつだ。
■ 共通概念を、簡単にするために用いる用語だが、意味不明の言葉を枕詞に分類すると困ったことになる。いわば無知なる「枕」の呪いだ。
■ そして「枕」を「暗号」だと認識するものも現れたようだ。
■ ガタンと何かの衝撃で、毒リンゴを吐き出す白雪姫は、己の美貌を自慢する女の呪いから逃れられたが、彼女一人だったからだ。広く普及した「枕」の呪いは解けることなく、常識的・論理的な見方が示されたとしても、数には敵わないことだろう。
■ なので、言い争いたくはない。無駄だ。
■ 前置きが長くなった。
■ 百人一首の歌で、難解とされるが、私にはよく分かる歌がある。
■ 在原業平の、古いカルタに「千早振る」と書かれた歌だ。
■ 一時流行ったブランド名がモノをいう、ルイビトンのバッグと同じで「ビニールなのにね」という人がいたが、「高かったのよ」という価値観の人には通じない。
■ また、恩師に逆らっても得はない、との人生を送る学者を相手にしてもしょうがない。一つや二つ、些細な事だ、と無視するだろう。
■ 無知な困窮した公家の手内職であっても、金箔カルタは、価値あるものだった。
■ 多量生産のカルタになっても、書かれた文字がそのままであれば、文字の持つ力に変わることはない。
■ 推理小説はひところ知的遊びだとして読まれたこともあった。
■ しかし、しょせん作り物だ。飽きる。
■ 難解とされる歌を対象に考える方が楽しい。
■ 事実とは何か、本当のところはどうなのか、推理というより、論理だ。
■ さて、結論を先に書くと
■ 夏目漱石は、明治29年秋に香椎宮を訪れている。

秋立つや千早古る世の杉ありて  漱石。香椎宮

■ この歌を、明治29年9月25日に子規に送り、正岡子規・選句集「承露盤」にある。
■ そして藤原定家はこの言葉を知っていた。
■ 時代としては逆だけれど、私が確認したのはこの順番だった。
■ 要するに

千早振る、ではなく、千早古る、だ。

■ これに誰も気が付かなかったのか。
■ 私が初めてではない。気が付いた人は、定家以外に、少なくとも一人はいたコトを、私は知っている。
■ 調べれば、分かることだ。
■ この歌については何度か書いた。
■ 人の作った推理小説などではなく、いにしえの歌を対象に遊ぼうと思う。
■ 百人一首もその一つだ。
■ 以下、紆余曲折はあるものの、遊びの過程を記録しておこう。
■ 他の歌についての参考になるかもしれない。

Q  古今和歌集に在原業平の歌はいくつあるか
A  在原業平の歌は古今和歌集に30首収録されています

53-春歌上  世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし 
294-秋歌下  ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは
747-恋歌五  月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして

Q  勅撰和歌集における巻頭歌として在原業平の歌はいくつあるか
A  9首。在原業平の歌は、『古今和歌集』に14首、
   『後撰和歌集』に8首、『拾遺和歌集』に2首が収録されています。
    また、他にも『新古今和歌集』以下の勅撰和歌集にも9首が採録されています

■ 丸谷才一は、新々百人一首に、こんな歌を上げている。

君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ  業平

■ 人により好き嫌いはあるものの。一般に、在原業平は歌が上手いと評価されている。
■ しかし、古今和歌集の序で、紀貫之は「その心あまりて言葉たらず」と辛口だ。
■ 「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」これも「その心あまりて言葉たらず」なのか。「心あまりて」というから、その心は分かっているが「言葉たらず」即ち、表現が「もひとつだ」ということのようだ。
■ 「ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは」これも「その心あまりて言葉たらず」なのか、な。この歌は、昔から解釈が「?」で難解な歌として知られている。
■ ところが、





■ この歌の前に、「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」について書いておこう。
■ 桜の花はよく好まれ、花見と言えば桜で、珍しいものではない。そのような観点から見れば「世の中に 絶えて桜の なかりせば」というのは大げさすぎないか、南北に長い日本列島故に、見損なったら、桜前線を追いかけ、次の名所に行けばいいだけじゃないかともいえる。
■ 見方によっては平凡な桜を、業平は、なぜ、こんな風に詠ったのか、「桜」が何かの比喩だとすればどうなのか。普通に考えれば、「桜」は美しい人を指すとみてよい。桜は美人の象徴だ。
  • 世の中に クレオパトラ なかりせば 男の心は のどけからまし
■ こういうコトだろう。仮に google 翻訳してみよう。

If Cleopatra had not existed in this world, 
the hearts of men would have been at peace.

■ これを世の人に問うてみたらいい。そして、クレオパトラでなく「桜」のコトです、と。
■ 和歌では、間接的に表現し、ここでは「あなたは桜のように美しい」とか、「私は桜が大好きです。そして、あなたは私の桜です」というように理解したらいいように思う。










2026年7月1日水曜日

おあいては どなたでしたか あのときの 柘植の枕に 謎かけられて

■ 2026-07-01

式子内親王、4首

かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(新古240)  
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする(新古1034)
忘れてはうちなげかるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(新古1035)
わが恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕(新古1036)

君が代にあわずは何を玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を  藤原定家 

いくたびも 愛の深さを 尋ねたと あなたのきもち めちゃわかります

いくたびも雪の深さを尋ねけり 子規


■ 2026-07-01
■ 俳句なら 季語をいうけど だいじょうぶ 短歌にすれば いいだけのこと 

2026年6月30日火曜日

入り江の蓮 花蓮、カワセミも ときには止まるか 花蓮、と、そのこはたち



■ 2026-06-30
■ 先日、上田三四二・短歌一生、に、次の歌について書かれていた。
■ 面白く読んだが、疑問があった。
■ 「江」というから海の入り江を連想していた。
■ 地図で確認して納得した。

日下江の 入り江の蓮 花蓮 身の盛りびと 羨しきろかも   引田部赤猪子
久佐迦延能 伊理延能波知須 波那婆知須 微能佐加理毘登 登母志岐呂加母
日下江の 
入り江の蓮 
花蓮 
身の盛りびと 羨しきろかも

■ 「身の盛りびと羨しきろかも」から与謝野晶子の歌を連想した。
  • その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな  与謝野晶子
■ ↓、こんなことを書いたが、

■ カワセミも ときには止まるか 蓮の花

■ 「蓮の花」より「花蓮」の方がおもしろかったかな、と思う。


めちゃやばい おれのきもちが ここにある 千早古世の ことのはのなか



■ 2026-06-30

せんねんの ながきつきひも はやすぎて
しょうわのうたも かこになりつつ   遊水

■ ・・・
  • あたらしい ものつくりだす ひとびとよ われおいゆきて ともしきろかも
  • 片翼で どこまでとんで ゆけるのか 簡体文字に 天の意をみる






2026年6月29日月曜日

百人一首遊び。すべて定家が詠んだと考えると、印象が変わる。

■ 2026-06-29
■ 定家の選は、全て凡作だからという姿勢の新撰・小倉百人一首よりも、積極的にいい歌を取り上げようという姿勢の、塚本邦雄・王朝百首の方が楽しく読めそうだ。パラパラ読みすると遊び心もあり、ま、ゆっくり読むことにしよう。
■ さて、全て、定家が詠んだと考えると、印象が変わる。例えば、紫式部の歌。

ながながし夜をひとりかもねん
めぐり逢ひて 見みしやそれとも わかぬ間に
雲隠れにし 夜半の月つきかな
ふり行くものは我身なりけり

■ 詞書がなければ、相手は誰か、想像することになっていたかもしれない。
■ 消去方で考えてふさわしいのは、式子内親王だと仮定すると、彼女は、どんな歌を詠んでいるのか探してみたくなる。
■ 百人一首遊び

2026年6月28日日曜日

経緯メモ、と、斉藤史の歌。



■ 2026-06-28
■ 百人一首、百人秀歌、を参考に、昔の和歌に関心をもって、見てゆく中で、
■ 新撰・小倉百人一首も読むことになった。
■ 凡作ばかりで、人選もだめだ、としている。
■ 外すべきとする人の歌は分かるが、入れるべき人の歌は何なのか。
■ これは、塚本邦雄・王朝百首、に出てくるだろう、として注文した。
■ 入荷し取に行ったのは昨日だ。
■ 注文したとき、秀吟百趣、があったので、ついでに買った。
■ ここに斉藤史の歌も取り上げられていたので、「記憶の茂み」をパラパラめくった。
■ 何首かあったが、「記憶の茂み」にないものもある。


■ 私が記憶していた歌も、2首とりあげられていた。が、・・・
■ 塚本が取り上げたのは、「人が選んでいる歌以外」のようで、どうか。
■ 斉藤史自身が自作を語っているのはどこかにあるはずだ。
■ 深く追求したいわけではないが、一つは「「ひたくれない」の歌なのかもしれない。
■ 昨日、ついでに訊いたが、この言葉が含まれる題の本は出版元にも在庫はないようだ。
■ 「記憶の茂み」の p.206 にある。

死の側より照明せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも   史
If a light is cast
from the death shore, believe
the shore on this side
must look especially bright,
glowing resplendent crimson.

■ どのように輝くのか、一応  resplendent を画像検索すると野鳥のケツアールが出てきた。野鳥撮影しているので、面白いと思った。
■ グアテマラの国旗にもデザインされている
■ 2018-01-01 の日経新聞・春秋、には、もうひとつ、紹介されていた。

野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて

■ この歌も悪くはないが、次の歌の方が人間味があるかもしれない。

總身の花をゆるがす春の樹にこころ乱してわれは寄りゆく
Its entire body
swaying with all its blossoms,
the spring tree, throwing
my heart into confusion --
I am approaching it now.

■ 印象的だった歌は

過ぎてゆく日々のゆくへのさびしさやむかしの夏に鳴く法師蝉
O, the loneliness --
not knowing how all the days
go drifting way --
A cicada still chanting
in summers of long ago.

 

2026年6月26日金曜日

秀歌絶唱


■ 2026-06-26
■ 塚本邦雄・秀吟百趣をついでに買ったのは、2026-06-19のことで、読み込んではいない。
■ 発表されたのは昭和53年、1978年、昔のコトだ。
■ 「現代においてなほ朗々誦すべき秀歌絶唱ありや」ということに応えたものだったようだ。
■ 私の記憶にあるものは、目次を見ると、次の3句で、歌はなかった。
冬蜂の死にどころなく歩きけり  村上鬼城
朝顔や濁り初めたる市の空   杉田久女
外にも出よ触るるばかりに春の月  中村汀女
■ 作者を見れば、幾つか記憶にしている句歌もある。
■ 例えば、会津八一。全集など買い、一時期、親しんだ。いい歌はたくさんある。また、与謝野晶子

あせたる を ひと は よし とふ びんばくわ の ほとけ の くち は もゆ べき もの を 八一
四条橋 おしろい厚き 舞姫の 額ささやかに 打つ夕あられ  晶子

■ どちらも、今でも現実に体験できる。
■ 奈良に行ってもいいだろうし、京都に行ってもいいだろう
■ ただ、「びんばくわ」って何。これが困るだろう。


■ インターネットで探してもなかなか出てこないが、この頁にリンクした。
■ 「現代においてなほ朗々誦すべき秀歌絶唱ありや」この問いに、現代感覚でとらえ直しても良さそうだ。

2026年6月25日木曜日

日本とは 日本人とは 無意識に みそひともじを くちずさみ聞く  遊水

■ 2026-06-24
■ 「根っこのないものは弱いですよ」という評は、塚本邦雄については当てはまらないように思う。


■ 根っこがなければ、彼には「新撰・小倉百人一首」も「秀吟百趣」も書けなかっただろう。詩歌に対する思いが彼にこれらを書かせた。
■ 「秀吟百趣」を読んでいると、現代に近づくにつれ、生活環境が複雑になっているように感じられる。また風景写真のような対象がなくなっているのか、とも。掛詞などからも離れ、自分の歌を客観視しなくなっているのかもしれない。
■ 題詠や歌合せをしなくなったからだろう。いわば、勝手気ままというコトか。

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■ たまたま、「真っ赤な真実」を読んだものだから、言葉について「日本人とは」の歌が頭に浮かんだ。
■ 「真っ赤な真実」では、少女時代のアーニャについて、・・・

嘘をつくときのアーニャは、丸い目を見開いて
真っ直ぐ相手を見つめることに気付いた。

■ そして、次の文章で終わっている。

「でも、ルーマニアは、あなたが育った国でしょう」
「そういう狭い民族主義が、世界を不幸にするもとなのよ」
丸い栗色の瞳をさらに大きく見開いて真っ直ぐ私の目を見つめるアーニャは、誠実そのものという風情だった。

■ ・・・なるほど。
■ 米原真理にとって、「言葉」とは何だったのか。
■ まあ、いいか。


2026年6月22日月曜日

ほんとうの ところはどうか 百人首 めくじら立てる こともないけど

■ 2026-06-22
■ 塚本邦雄は「所詮は総花を狙って真の花を逸し、人選の上でも、実に散漫な印象を与える結果となった」と書いている。そして、先に記した者たちを除くべきだった、としている。
■ どのような人選だったか、百人一首では多少分かりにくいが、百人秀歌をみると、人選も意味があるようにみえる。
■ 定家は、古今和歌集を参考にした。というか、目標にし、序文に上げられた人を、一人を除き全て入れた。かなり意識的に選択していることが分かる。散漫と感じるのは、塚本が、百人秀歌の存在を意識してなかったからだと思われる。
■ 新古今和歌集の編纂をした定家だが、古今和歌集に目を向けていることが分かる。新古今和歌集の編纂は後鳥羽院の下働きであった。自分の和歌集はそれとは違うとの宣言を暗にしている、と考えてよい。
■ どうでもいい、といえば、どうでもいい。しかし、
  • 「ほんとうのところは、どうなんだろう」
■ それが興味の対象だ。
■ 以前は、推理小説は楽しみだった。いまは、飽きている。
■ 例えば、和泉式部や、清少納言は紫式部より前の人だ。なのに清少納言は百人一首ではこんな位置に置かれているのか、と百人秀歌と見比べてみる。


2026年6月21日日曜日

なぜ定家は二つを並べたのか、なんで分かるん 言うてへんのに


■ 2026-06-21
■ 塚本邦雄はすべて凡作だとしてそれぞれ選び直している。
■ 個々の歌をみれぼ、こっちの方がいい、ということも勿論あるかもしれない。
■ それは、秀作を選ぶという基準だとすれば、だけれど、必ずしも秀作でなくても、全体として面白ければいい、ともいえる。物語性だ。
■ 元々、勅撰和歌ではなく個人の歌集だからだ。選者として、判定者として決めること、そして、定家自身の歌が最終的に一番であればよい。
 
天徳四年の内裏歌合 村上天皇によって宮中清涼殿で行われた歌合
判者: 左大臣(藤原実頼)
こひすてふ我がなはまだきたちにけり人しれずこそおもひそめしか   壬生忠見
しのぶれどいろに出でにけり我がこひはものやおもふと人のとふまで  平兼盛

■ しのぶれど、の勝とされていた。
■ しかし、定家は自分が判者であれば、天皇に忖度することなく、こひすてふ、の方を選んだ、というコトを暗に示しているように思われる。そうでなければ、既に決まっているものを、ことさらとりあげて、並べる必要はない。
■ 「我が恋」を本当に「忍」のであれば「しのぶれど」といかにも自分は「恋」をしている、とひけらかすようなことはしないだろう。
■ 塚本邦雄は「私には負けた忠見の歌の方が悲しみを湛えた調べもあり、格段と優れているやうに見える」としている。
■ 以前も書いた。




2026年6月20日土曜日

白い手紙、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。2026-06-27 リンク追加。

「父を通じて親交があった青年将校の多くが刑死し、父も事件に連座して禁固5年となる」


■ 2026-06-20
■ 昨日、紀伊国屋に行ったのは、塚本邦雄の王朝百首、を読みたかったからだが、なかったので、注文した。ついでに、秀吟百趣、を買ってパラパラ読みしていると、斉藤史の歌も取り上げられていた。
■ 帰宅後、ジェイムズ・カーカップ「記憶の茂み」を開いて見ると、最初の歌が、これだった。

With arrival of
the white letter, tomorrow
will surely turn to
spring -- so I wait, and meanwhile
polish my windows' frail glass.
  • 白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう  史
■ 英文を書き留め、短歌は見ずに自分で短歌にできるか、というトキのひとつだった。
■ そのころ、なぜ、white letter なのか分からなかった。
■ 「白」は何を意味するのか
■ 今回読んで、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。
■ 宮中歌会始の召人、のコトを考え合わせると
■ 要するに、敵が折れてきた、と。
■ 思いつきだが、この歌は1940年31歳のときの歌集「魚歌」の歌で、時期が合わない。
■ というコトで、「白い手紙」は今もってわからない。
■ 2026-06-27
■ リンク追加。





2026年6月19日金曜日

これやこの 来るも 帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前

■ 2026-06-18
■ 塚本邦雄は、入れるべきではなかった者を並べたてている。
■ これらに替えて入れておくべきは、・・・15人だと。
  1. 猿丸大夫     奥山に
  2. 阿部仲麿     天の原
  3. 喜撰法師     我が庵は
  4. 蝉丸       これやこの
  5. 陽成院      筑波領の
  6. 文屋康秀     吹くからに
  7. 春道列樹     山川に
  8. 文屋朝康     白露を
  9. 源等       浅茅生の
  10. 小式部内待    大江山
  11. 三条院      心にも
  12. 源兼昌      淡路島
  13. 紫        めぐり逢いて
  14. 清        夜をこめて
  15. 入道前太政大臣  花誘う
■ 秀作という基準に照らせば、まあ、そうかもしれない。
■ 小式部内待の大江山は機転を利かした歌で、意味合いが深いわけではない。だから駄目だ秀歌ではない、と言えばそうかもしれないが、百首の中の一首、あってもいいではないか。色々な場面で、即答できることはなかなかできるモノではない。
■ 現代人が昔の歌を読む意味は、というか、私が読むのは自分にとって参考になるからで、例えば、蝉丸の、これやこの、は何度も考えて、結局、

これやこの
来るも 帰るも
日本語を 知るも知らぬも
ハチ公の前

■ こんな歌にした。
■ 英訳させてみた。

Whether you come or go, 
whether you know Japanese or not,
 in front of Hachiko


2026年6月17日水曜日

人もをし 人もうらめし 後鳥羽院 なほあまりある 昔なりけり  遊水

https://www.youtube.com/watch?v=_IMgnu_Slok&t=10s
中務   なかつかさ

■ 2026-06-17
■ 塚本邦雄は、全て凡作だとした。
■ それも、ひとつのとらえかただ。
■ 他の視点もある。
■ 先に、こんなことを書いた。

■ 百人秀歌の柿本人麻呂と入道前太政大臣の歌、要するに、実質的な最初と最後の歌は

  足引きの山鳥の尾のしだりおの
ながながし夜をひとりかもねん

  花さそふあらしの庭の雪ならで
ふり行くものは我身なりけり

■ 定家にとって、どちらも上の句は不要で、下の句を取り上げたかった。と考えればよいだろう。
■ それが彼の気持ちだった。
■ このような意味で「百人秀歌」を研究したらいいだろう。

■ 藤原定家は、自分の気持ちを代弁する歌を選んだ、とすれば、・・・

人もをし
人もうらめし
あぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は  後鳥羽院

■ この歌の「人」は後鳥羽院にほかならない、ということになる。
■ 百首目は、もしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり  順徳院
■ この下の句と組合すと、定家の気持ちになりそうだ。
  • 人もをし 人もうらめし 後鳥羽院 なほあまりある 昔なりけり  遊水
■ 定家は、百人秀歌で2人の歌を捨てた。
■ まあ、当然のことだ。



2026年6月16日火曜日

莫使空対月 満懐都是春、おぼろづき ひとりぽっちは いやですよ せいかのつぼの うたのこころを  遊水

■ 2026-06-16
■ 一応、「莫使空対月 満懐都是春」で検索してみた。
■ 漢詩の一部ではないようだ。
■ 当時の分厚い図録に、何か他の記述があるか見たが、ないようだ。
    解説、月を見るのにひとりにしないで欲しい、心の中は春一杯なのだから。という恋の歌である。


2026年6月15日月曜日

「おぼろづき」の句は表装後に追記した。

■ 2026-06-15
■ こんな頁が閲覧れていた。
■ 次々リンクを開くと、ツボの頁に行き着く。





ずっと昔の軸だ。
「おぼろづき」の句は表装後に追記した。
問題点もある書だが嫌いではない。

こんな頁も作っていたことは忘れていた。



藤原行成、と、清少納言

■ 2026-06-15
■ 大庭みな子・現代語訳・枕草子・岩波現代文庫は各段に「題」をつけてくれているので分かりやすく親しめる。例えば、・・・
  • 字のじょうずな藤原行成さま
■ この段は、百人一首に採られた「夜をこめて」の歌に関する話だけれど、・・・
宮さまの弟君がどうしてもほしいと、初めのお手紙をとっておしまいになり、あとのお手紙は宮さまがとっておしまいになった。行成の君は、字がおじょうずで有名な方だったから。
■ ・・・と。
■ 広げて見ると、小野小町の歌もある。 古今集を見ると、残念ながら、この歌の少し前の
  • うたたねに 恋しき人を 見てしより ゆめてふものは たのみそめてき
■ これらがない。あればよかったのに、・・・





2026年6月14日日曜日

文字、と、ことば

◆漢詩和歌快説講座◆庚申夜、述所懐
贈王山人-丁卯集(許渾集)全文原文及譯文-識典古籍

■ 2026-06-14
■ 日本経済新聞・土曜日・詩歌教養・漢字そぞろ歩き・阿辻哲次、は面白く読んでいる。
■ 今回は、秘宝となった手紙だった。
■ 文字を宝とするのは、例えば、宝石を宝とするより素晴らしい。
■ 三希堂、について知ったのは、「墨スペシャル創刊号・台北・故宮博物館の書」だった。
■ 王義之の書は有名だが、必ずしも、私の好みではない。
■ 好み、ではないが、黄庭堅の書はおもしろい。
■ 中国の書より、日本の書の方がいい。
■ 「季刊・墨スペシャル・王朝かな書道史」に見られる、伝・藤原行成筆・粘葉本和漢朗詠集などいいと思う。人丸の歌など書かれている。
■ これだけでどんな書か想像できないかもしれない。
和漢朗詠集 647 から 652 
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島がけれゆく 舟をしぞおもふ  人丸
わたのはら 八十島かけて 漕ぎいでぬと 人には告げよ 海女の釣り舟  野
たよりあらば 都へいかで 告げやらむ 今日白河の 関は超えぬと
・・・ 許渾
・・・ 菅
沖なかの えざるときなき 釣舟は 海女や先だつ 魚や先だつ
■ 書は物がなければ分からない。書よりも歌そのものの方が宝だという感じがする。万人が自分のモノとして選び持つコトができる。
■ どの歌を宝とするかは、人それぞれだ。
■ 藤原公任がこれらを選んだ、その心は何か。
■ 二つの漢詩と、どのような関係か。
■ 「わたのはら」は百人一首にある。「ほのぼのと」は私からみれば、「あまざかる」の明石の方がいいと思う。
■ 漢詩は「庚申」に関する詩で、検索したら番号が多少違っていた。また、ひとつは菅原道真の詩だったことに気付いた。
庚申
643 贈王山人 年長毎労推甲子 夜寒初共守庚申  許渾
644 庚申夜所懷 己酉年終冬日少 庚申夜半曉光遲  菅原道真菅丞相


土曜日の水中花

■ 2026-06-14
■ 食卓の向こうで、新聞の「漢字クイズ」をやっている、草冠が見える。
■ これとこれを足せば「花」になる。
■ 「水」はすぐ分かったけど、などとつぶやく。
■ 何文字だ、と訊くと、3文字、という。
■ だったら、「水中花」だろうと、飯を食いながらいった。
■ 「みずによし」という漢字は何か、という塙保己一のことを思い出した。
■ ~クイズ、などという、人を馬鹿にしたモノは嫌いだ。
■ 左の絵と右の絵の違いを9つあげなさい、こんなのが一番嫌いだ。
■ 今回、すぐ分かったのは、こんな頁を書いていたからだ。

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2026年6月12日金曜日

流蛍、ながれとぶ ほたるほとりと うつおんな  遊水

https://tool.hankeidou.jp/santaishi_fulltext/ コピー禁止、で見るだけ。
なんとなく そんなもんだよ はるのかぜ: 流螢
カワセミ、拡大 | なんやかや はるすぎなつの ひかりかな
アオシギが遠く動きがほとんどなかったので、カワセミを撮った。

■ 2026-06-12
■ 昨日、ブログに書いた「流蛍」の俳句を探していたら、アオシギを撮った日だった。
■ その日の頁を見た。
■ アオシギは2度目だった。
■ その後、「流蛍」は三体詩にあったと思い、本を探したが、なかなか見つからない。
■ その途中で、小川洋子・「海」、があったので裏を返すと30円で買ったことが分かる。
■ 「思い出と題名」と私が書いた文字があった。
■ 思い出せないので読んだ。
■ まだ、三体詩は見つからない。そうこうしていると、今度は、上田三四二・物に至るこころ・短歌一生、があり、ぱらぱら読みしていると、古事記の歌が引用されていた。これについてはあとで書こう。
■ ようやく見つけた。村上哲見・三体詩一、これだ。
■ この文庫本の三体詩は1から5まであるが、手元には1しかない。7言絶句の部分だ。
銀燭秋光冷畫屏
輕羅小扇撲流螢
天階夜色涼如水
臥看牽牛織女星
■ 山口誓子の句、「流蛍の自力で水を離れ飛ぶ」はこの詩をもとに作られたと思う。
■ 訳は、「かろやかな羅のちいさなうちわで、すいすいと流れ飛ぶほたるをほとりとうってみる」とある。
■ これって、俳句そのものだ。
ながれとぶ
ほたるほとりと
うってみる
■ 一応、動画も検索してみた。

輕羅小扇撲流螢
ながれとぶ ほたるほとりと うつおんな  遊水

■ 昔は、ふわふわと飛ぶ蛍を、こんな感じで採っていた。


2026年6月7日日曜日

衝撃的な出会いとは


■ 2026-06-07
■ 日本経済新聞・土曜日・短歌
■ 新聞を先に見た妻がザンビアの人の短歌が出てたよ、という。
■ でも、蜜蜂と衝撃的な出会いと何の関係があるのかしらね。
  • ザンビアがどこにあるのか知らないしそんな所に出会いはあるの
■ 短歌にすればこんな感じか。
■ そんなこと言ってないと抗議する妻。
■ 出会いは何との出会いか、人との出会いだけではないでしょ、と私。






2026年6月4日木曜日

前衛、と、題詠、2026-06-07,-08 追記。

■ 2026-06-04
■ 先日、日本経済新聞・夕刊に、馬場あき子の記事があった。
「短歌でいえば、今の歌人は塚本邦雄や葛原妙子のような前衛を自分たちの先祖だと思ってますよね。それもいいけど、・・・根っこのないものは弱いですよ」などとあった。
■ それで、高野公彦編「現代の短歌」を見たが、よく分からなかった。
■ たとえば、最近見た「歌集 ゆふすげ 美智子」では、すべての歌に「題」が付けられている。要するに、題詠だ。
■ 前衛と言われる歌人の歌は、何についての歌なのかが分かれば、あるいは、分かるのかもしれない。
■ なぜ、その歌があるのか、なぜ詠わねばならないのか、何を伝えよう、何を訴えようとしているのか、何が何やら分からん。言葉は伝えるためにある、と思うが、言葉自体を否定しているのか、分からん。
■ 塚本邦雄は、新選・小倉百人一首で、考え方は、まあ分かる。
■ 前衛など意識したことはないけど、馬場のいう「理屈でなく楽しいことを、面白がる者が世の中を前に進めるの」、これはこれでいいけど、彼女の歌に面白さを、あまり感じられないので、どんなもんかと思う。
■ 次の著作を比較すれば、塚本邦雄の方が優れているし、「根っこのないものは弱いですよ」という評は当たらない。根っこは、むしろありすぎだ。
  1. 塚本邦雄・新選・小倉百人一首
  2. 馬場あき子・馬場あき子の「百人一首」
■ ついでながら、塚本は百人一首は凡作ばかりだ、として、いいと思われる歌を上げているが、置き換えて、全体として、百人一首が成り立つのか、個々の歌が必ずしもその人の最高の作でなくても、定家はその歌を取り上げたかったと考えられる。
■ 百人秀歌の柿本人麻呂と入道前太政大臣の歌、要するに、実質的な最初と最後の歌は

  足引きの山鳥の尾のしだりおの
ながながし夜をひとりかもねん

  花さそふあらしの庭の雪ならで
ふり行くものは我身なりけり

■ 定家にとって、どちらも上の句は不要で、下の句を取り上げたかった。と考えればよいだろう。
■ それが彼の気持ちだった。
■ このような意味で「百人秀歌」を研究したらいいだろう。


2026年5月27日水曜日

この時期、紫陽花、と、小野小町

■ 2026-06-01
■ 百人一首の小野小町の歌は気になる歌のひとつだった。自分で考える前に人の解説を読んだのがよくなかった。
■ 桜は日本にとって象徴的な花で、一時期、軍国主義的に利用されることもあった。それは、「美しく潔よい」花、という印象付けがなされたからだが、花自体がもつ特徴でもある、多くの人が納得した「色褪せる前に散ってしまう」からだった。
■ 「花言葉」があるように、人は思いを花に託すようだけれど「花」を「桜」とするのは単純すぎる。
■ 令和の時代のいま、「花見」目的で来日する人も多いようだ。
■ 華やかな明るい印象があるからだろう。

■ 2026-05-30
■ 2026-05-29

第一段階
■ 島津忠夫の解説に疑問を持った。
  • 美しい桜の色は、もう空しく色あせてしまったことであるよ。
■ これ、何か違和感がある。桜は色あせることなく、散ってしまう。

第二段階
■ 桜でなく紫陽花ならば、どうだろう。しっとりしていい感じだ。
■ 「ながめせしまに」という時間経過にも違和感はない。

第三段階
■ ここで、藤原公任が小町の代表作とした歌を見てみよう。
■ こっちの方が、分かりやすい。
■ 並べおいて、比較してみよう。
■ 「人の心の花」は植物の花ではない。

第四段階
■ ならば、この歌でも「花の色は」の花も比喩的に使われたのではないだろうか。
■「色」は「心」だった。
■ ということで、ここまできた。

第五段階
■ 生きてゆくための生活基盤はどこにあったのか。
■ ただ歌を詠むだけで生活できたわけではない。
■ 男も女も、食わねばならぬことは、今でも同じだ。
  • あら、この頃、お肌の艶が、などと
■ 自分の容姿を気にしている心のゆとりがあった、というような時代とも思われない。
■ それに、姿見というような、大きな鏡もなかっただろうし。
  • 同じ心を歌っているようだ。
■ と思ったけれど、同じ心には違いないが、「続き」だととらえた方がいいように思う。
■ 自分自身ではなく、相手に関する言葉である方が納得できる。

花の色は うつりにけりな いたずらに
人の心は うつりにけりな いたずらに

■ 発想の順番からは、もちろん「人の心」の方が先になる。
■ 「ひとのこころは」では7文字だし、直接的表現を避けて「花の色は」になったものと考えられる。
■ 「歌」だけで生きていけないのは今でも同じ。
■ 歌を詠むことができる知性が、現実社会にたいする感覚を阻んだのではないか。
■ 恋に関して臆病だった感じもする。
■ そういう意味で、古今和歌集の紀貫之の評は納得できる。

第六段階
■ 百人一首で、小野小町の代表作として選ばれてしまって、既に存在している。藤原定家がどう考えたかは、今のところ必要はない。歌自体を問題としている。歌の意味は作者に聞くのが一番だろうが、作者はいない。他の作品を読んで間接的にとらえればいいのかもしれない。関連作品としてひとつとりあげただけだが、これで一応、解決したと考えていいだろう。
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■ 2026-05-27
■ この時期になると、小野小町の歌を思い出す。
■ 長雨に咲く紫陽花の花を見ると、しみじみと、もの思いにふける時間がある。
■ 「花色」から、人は、なぜ、あわただしい桜など思い浮かべるのか、分からん。
■ 紫陽花は、花の色はなくなり枯れても、そのまま形が残っている。
■ 美人にとっては残酷、といえば、残酷だ。
■ まあ、人が花を桜とみたからといって、そのとらえ方をどうすることもできない。
■ 小野小町の歌は、いい。
■ 歌は心だ。
■ 一般的に、桜は華やかで明るい印象で、「花の色」の花は、私の桜の印象とはかけ離れている。花見に繰り出す人の群れをみてもいい。

色みえで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける  こまち
花の色は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに  小野小町

■ この二つの歌に使われている言葉を上げると五つもある。
  • うつろう、うつり
■ 同じ心を歌っているようだ。
■ あることの前後という感じがする。
■ 「人の心の花」はもちろん植物の花ではない。
■ 試みに、「花の色は」を「人の心は」と置き換えて見ると何が見えるだろうか。

人の心は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに  小野小町

■ 昔、お見合い写真、というものがあった。今もあるのかどうか知らない。
■ いつの間にか「わがみ世にふる」となり婚期を逃してしまった、という感じがしないわけでもない。
■ 相手の気持ちが分からない「心変わり」を感じる時もあった。
■ あるいは、気位が高く、高望みしたり、逆に、自信がなく弱気で、飛び込めなかったりして、眺めているだけで、決心がつかない。
■ 時は、あいまいな自分の心とは無関係に経ってゆく。
■ それが「世の中」というもの。
■ 青春は案外短い。

2026年5月25日月曜日

ふたたび、花吹雪の歌、おさなごが ゆきとゆびさす まどのそと まことゆきかと さくらちりゆく  遊水、2026-05-26,追記

■ 2026-05-25
■ 先に、この歌を取り上げた。

   花吹雪
「雪」といふうまごの声に見し窓にまこと雪かと花舞ひしきる  美智子
幼子の声に振り向く窓の外 まこと雪かと散る桜かな   遊水

■ 「うまごの声に 見し窓に」このように孫と作者とのやり取りに家族間の愛が感じられ、いい歌だと思う。
■ 長男の子一人、次男の子三人のうちの誰かだろうが、平成二十九年の歌に「うまご卒業す」とある。「雪といふ」の歌は平成二十六年の作だ。同じ人のことかどうか、
■ 私には孫がいないので、幼子、としてみた。
■ 最初読んだとき、幼い子で、語彙がごく少ないときの作かと思ったけれど、孫は関係性を表す言葉で、必ずしも年齢とは関係はないので、そうではないのかもしれない。
■ よくわからない。ただ、孫の声は「ゆき」で、「雪」と聞いたのは作者だから、その辺が気になって最初とりあげた。
■ しばらくして、もう一度、と思ったとき「花舞ひしきる」が出てこなかった。私には詠めない言葉だったようだ。
■ 真似しようとしてもできない。
■ 人それぞれの感覚があり、言葉がある。
■ そして、状況を記述するだけでいいように思い、今回は次の歌になった。

花吹雪 まこと雪かと 桜散る
おさなごが ゆきとゆびさす まどのそと まことゆきかと さくらちりゆく  遊水


2026年5月23日土曜日

水中花の歌

■ 2026-05-23
■ こっちのブログに書いているつもりだったが、↓、ここに書いてしまった。

2026年5月18日月曜日

本歌取り、短歌と俳句。花吹雪 異国の人に 説明す 「まこと雪かと花舞しきる」さま。花吹雪 孫の指さす 窓の外  遊水

Bing 動画 「枯葉 Les Feuilles Mortes」イヴ・モンタン Yves Montand

■ 2026-05-18
■ ・・・
■ が、まず、小林秀雄・考えるヒント・言葉、の冒頭を引用しよう。
    • 本居宣長に、「姿ハ似セガタク、意は似セ易シ」という言葉がある。
    • ここで姿というのは、言葉の姿の事で、
    • 言葉は真似し難いが、
    • 意味は真似し易いと言うのである。
    • 普通の意見とは逆のようで、普通なら、・・・
■ 以前も何度かこのことに触れた。
■ そして、思う。
■ 短歌など、それを理解するなら、自分の言葉にするしかない、と。
■  ・・・
■ 本歌取り、短歌と俳句、
  • 夏過ぎて 秋は来にけり 枯葉散る あきのこころは うれいなりけり  遊水
  • 枯葉散る 秋の心は 愁いかな
■ 話変って、・・・記憶に残る歌の言葉。
■ 感性が素晴らしい。

   花吹雪
「雪」といふうまごの声に見し窓にまこと雪かと花舞ひしきる  美智子

   花吹雪 まこと雪かと 桜散る
幼子の声に振り向く窓の外 まこと雪かと散る桜かな   遊水

■ 「花舞ひしきる」とはなかなか詠めない。

花吹雪 異国の人に 説明す 「まこと雪かと花舞しきる」さま
Cherry blossom blizzard—explaining to a foreigner, 'It really seems like snow as the flowers whirl about.'
桜の吹雪—外国人に説明する時、「花が舞い散る様子は、本当に雪のように見えます。」

幼子の指さす窓を振り向けば まこと雪かと散る桜かな
Copilot
When I turn to the window my little child points at, the falling cherry blossoms look just like real snow.
google 
Turning towards the window the little child is pointing at, I see cherry blossoms falling, truly like snow. 
幼子の声に振り向く窓の外 まこと雪かと散る桜かな
 Turning around at the sound of a child's voice, I see cherry blossoms falling outside the window, truly like snow.
花吹雪 孫の指さす 窓の外  遊水
 

2026年5月15日金曜日

百人一首で、一番馬鹿にされている歌、と、夏過ぎて 秋は来にけり 枯葉散る あきのこころは うれいなりけり  遊水

■ 今まで、何度か書いた。
■ 百人一首で一番馬鹿にされている歌は、「むべ山風を 嵐といふらむ」だ。
■ しかし、私は、そうは思わない。
■ むしろ、ほめてやりたい。
  1. 小野篁
  2. 文屋康秀
  3. 藤原公任
■ 3人、並べてみた。
■ 文屋康秀は、藤原公任を、知らなかったが、小野篁を知っていたのではないか。
■ 私は、和漢朗詠集で知ったけれど、文屋康秀は、野相公集で知ったのではないか。
  • 物色自堪傷客意 宜將愁字作秋心   和漢朗詠集 224
夏過ぎて 秋は来にけり 枯葉散る あきのこころは うれいなりけり  遊水
吹くからに 秋の草木の しほるれば むべ山風を 嵐といふらむ  文屋康秀

■ 発想は同じだ。
■ 文屋康秀は「むべ」「宜」を使っている。
■ 小野篁の漢詩を和歌にした人もいるので、知られていたと考えられる。
ことごとにかなしかりけりむべしこそ
秋の心をうれへといひけれ 藤原季通朝臣 千載和歌集
■ このような、言葉遊びとは別に、「嵐」と言う文字は、日本では「あらし」の意味として用いているが、宋之問の詩にあるように「煙嵐」は日本語的な嵐、荒々しい風ではない。
■ 靄のような状態だ。
■ 漢詩では翠嵐などと使い、緑の山の空気・雰囲気をいう。
■ 白川静の辞書で調べるとよい。
■ 要するに、文屋康秀が「嵐」と言う文字の意味を新しく定義した、ということだ、と考え、評価したい。


和歌と俳句 こんなサイトがあった。藤原定家 
千人万首 これを、よく参照している。

2026年5月12日火曜日

バルバドスからアクセスがあった


■  2026-05-12
■ バルバドスからアクセスがあった。

なぜかしら、を振り返る。



■ 2026-05-12
■ 「なぜかしら 2」こんな頁が閲覧されていたので、見てみた。
■ なるほど、で、次に、
■ この頁を見た。
■ ふうむ、・・・
■ リンクが切れているのが多い。
■ 再検索すればいいだろうが、めんどうだ。
■ 次に「なぜかしら 2」というコトは「1」もあるだろう。
■ 「なぜかしら」で更にブログ内検索した。
■ これだ。
■ この歌は、何度聞いても、変な感じがする。
■ なので、何度も書いた気がする。
■ Patti Pageが 歌う「Tennessee Waltz」はゆっくり歌っていたので意味が分かりやすかったからで、その後、歌詞に興味を持つことになった。
■ 追記





2026年5月4日月曜日

藤原定家の義理、と、人情

■ 2026-04-04
■ 定家は後鳥羽院に対して義理があった。
■ しかし、自分の歌集として「百人一首」の一番いい場所に、他人の作を置くほどであったとは考えにくい。百人一首は、いわば案の段階であったようにみえる。
■ 後鳥羽院は自分の歌集を作りたければ自分で作ればいいのだ。
■ 流人となった後でも新古今和歌に手を入れていたとか。
■ 定家は、後鳥羽院の縛りから離脱した「百人秀歌」で自分の歌選集とすることができた。
■ さらに、入道前太政大臣・藤原公経を番外に置くことで、もう一つの義理を果たせた。
■ それが人情というものだろう。

2026年4月24日金曜日

薫風啼鳥・・・かぜかおる にわのうえきに しげみあり いつもとびくる なかよしメジロ  遊水

■ 2026-04-24

  偶題  于謙
薫風何処来
吹我庭前樹
啼鳥愛繁陰
飛来不飛去

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2026年4月23日木曜日

いもうとが ははのしゃしんを ゆびさして こんなところに わたしがいると  遊水

■ 2026-04-23
■ 観覧車 回り続ける 想い出は あるときふいに 歌となりくる。
■ 昔、こんな歌を作っていた。
  • 若き日の 母の写真の アルバムを 開き見る手の しばし止まりて  遊水

2026年4月13日月曜日

ひさしぶり うららのはるに なぜいそぐ ねころびさけを のもうじゃないか  遊水

■ 2026-04-13









■ 近くでは、今年も桜は終わった。藤の花が咲き始めた。
■ 「友則君も 嘆いておった」では、説明的過ぎる。
■ なので、ちょっと、下の句を考えた。

ひさしぶり うららのはるに なぜいそぐ 
ねころびさけを のもうじゃないか

■ 私は、ほとんど酒を飲まない。
■ しかし、まあ、こんな歌も日本人なら、分かるのではないか。

月見に一杯
花見に一杯

■ 悲しみにつけ、喜びにつけ、酒を友とし、・・・




2026年4月10日金曜日

在原業平の「心」を、「桜」と「紅葉」の歌にみた。 2026-04-15



■ 2026-03-28
■ こんな頁を書いた。
■ 古今和歌集の仮名序では、「在原業平は、その心あまりて言葉たらず。しぼめる花の、色なくしてにほひ残れるがごとし。」と、辛い評価だ。
■ 古今和歌集には、「たえてさくらの なかりせば ・・・」などがいれられている。
■ この歌も「その心あまりて言葉たらず」ということなのかもしれない。
■ 紀貫之は「その心あまりて」と評していることからすると「心」は理解していたのだろう。ただ、その詠み方では、ひとが理解できるとも思えない、ということか。
■ そうした評価がある中で、在原業平の歌について、・・・
■ 伝藤原満基筆「百人一首抄(応永抄)」には「是は心詞かけたる所なきゆへに入らるる也。これを以此百首のおもむきをも見侍るべきにぞ」と書いている。
■ 好評だ。
■ もちろん藤原定家も、伊勢物語にあるから、ということでもあるが、「素晴らしい」ということでとりあげたはずだ。
■ 「是は心詞かけたる所なき」ということは、完璧な歌、というコトだが、この「是は」「百人一首抄(応永抄)」に書かれているのだから、「千早」という名の女の子が活躍する、涙と友情の、漫画・アニメ・映画にもなっていて、みんな知っている、この歌だ。
  • ちはやふる神世もきかすたつた川 からくれなゐに水くゝるとは   在原業平朝臣
■ この歌は、本当は「心詞かけたる所なき」完璧な歌なのに。ある時期以降、落語にもあるように、意味不明の、難解な歌だとされてきた。
たつたがわ、を漢字で書くと川という文字があるだろう
だからと言って、river のことではない
関取が、昔いたんだ
   kawa
   gawa  
分かるかな、この辺が日本語的なのだ
・・・
その関取がな、ちはや、という花魁を見初めたんだが、関取なんて嫌だと拒否された
ならば、妹の、かみよ、でもいい、と交渉したんだがな
おねさまがいやなものは、わちきもいやでありんす、と
ちはや、にふられ
かみよ、もいうことをきかない
かみよも、きかず、だ
へええ、・・・、???
それで、すっかり、世の中が嫌になってな、女断ちをして精進しても、こんなことなら相撲取りなんか、もうやめだ、と故郷に帰ったんだ
父親の豆腐屋を引き継ぎ、暮らしていたところ
店先に女乞食が来て、なにも食べてないので、せめて、おからでもください、という
どこかで見た顔だが、じっとみると、ちはや、だ
お、お前は千早だな
俺を振った、千早じゃないか
お前なんかに
おからだって、くれてやるものか
・・・
からくれないに
というわけだ、分かるかな
え、?、なに、・・・、そういうことですかい
と、話はつづき、拒否された、ちはや、は、とうとう店先の井戸に身を投げてしまう
どぼーん、とな
へええ、そういうことだったんですかぁ、・・・
そういうことだ、わかるかな
井戸の水に身を投げた、つまり
みずくぐるとは、だな
漢字で書くと、水潜る、だ。
と、ここまで話が進み、いい加減だなあ、と思う人もいるだろう。
しかし、「括り染め」ではないぞ、と、落語家は考えたのだ。エライ!。知ったかぶりをするご隠居さんの、訊かれて応えなければ、威厳が保てない立場に、ときどき、子供の宿題の答えが、分からないこともある身の人としては、親近感さえ感じるので、多少の同情を寄せながらも、いい加減さにあきれ、聞き入るのだろう。まあ、うちに子供はいないけど。
この落語が作られた当時は、手書きの文字の札が一般的で、「千早振る神代もきかす」と書かれたのも多かった。いくつかの文字で書かれているが、最初は、
千早振る
と書かれているのが多い。なので、こんな話を思いついたのだ。そのまま、花魁の名前に変えた話にしただけだが、誰でも思いつくわけではない。零落した公家の手内職のカルタを見て、ろくに解釈もできない貴族たちを、「振る」とはなんだ、それが、みやび、かと疑問をもって、明快に解釈できないにしても、何かがおかしい、という庶民心をネタに、ともに笑いとばそうというところは、噺家もたいしたものである。「いつも忙しいと言って、ちゃんと教えてくれない」と言う子供の言葉を耳に残して、ご隠居さんのところに教えを請いにきたのだから、ちょっとでも疑問に思うことは、ちゃんと確認しておかないといけないのだ。ということで、いよいよ最終段階の「オチ」にいたるのだ。
分かるかな。 ・・・、・・・
だいたい、わかったんですがね、最後の、とは、とはなんですかい
なに、それぐらいまけとけ
いやいや、そうはいきません、みそひともじの、ふたもじですから、まけられません
なに、ふうむ、おまえのいうことは、せいろんだ。「ふたもじ」でも、おろそかにはできない。してはならない。
でしょ、 で、なんですかい、とは、とは
せかすではない、と、ここで、いっぷく。
とは、とは、だなあ、・・・
なんですか、とは、とは
とは、とは、千早の本名だ。

■ この落語の以前から難解だとされてきた。
■ 原因は幾つか重なっている。
■ ちょっと横道に逸れるが、野球解説では、こんな言葉も聞かれる。
からぶり さんしん ばったー あうと
■ 耳で聞いているのを、文字にして、比べると分かる。
空振り
三振
■ どちらも「振る・ふる」が元になっている。
furu
buru
■ このように、いつも聞いて知っていても、必ずしも、十分理解しているとは限らない。
■ まして、一般的に「言葉」としてとらえているとは限らない。
■ 「kara-furi」と「kara-buri」を声に出して、みるといい。
■ 濁音化する言葉はいくつもある。
■ 「千早ぶる」ではないことは、この卑近な例でもわかり、更に、夏目漱石の俳句にあるように、「振る」でもないことがわかる。明治時代に、彼は、こんな句を作っている。

   秋立つや千早古る世の杉ありて  漱石。香椎宮

■ 「振る」ではなく「古」だった。即ち、「千早古」だ。
■ 後に気づいたが、夏目漱石は明治の人だが、新古今和歌の編者である藤原定家は、このことを知っていた。したがって、小倉百人一首の編者である定家は「千早古」として取り上げたのであり「chihayaburu」ではないのは論をまたない。
■ 「ちはやふる」が「千早振る」でなく「千早古」だということで、目が覚める思いの人もいるだろうが、定家が知っていたことに気付かないで、頭の切り替えができない人もいるだろう。
■ まあ、そういうもんだ。理解するということは、階段を上るようなもので、1段登るにしても、身が重い人もいる。
■ ついでながら
ちはや
もはや
■ 「ち」は千、「も」は「百」だが、この二つの言葉の使い方を考えてみるのもよいだろう、と思うが、かえって混乱するか、余計なことか。
■ さて、・・・
■ 島津忠夫訳注・新版百人一首・角川ソフィア文庫の現代語訳は、
(人の世にあってはもちろんのこと)不思議なことのあった神代にも聞いたことがない。竜田川にまっ赤な色に紅葉がちりばめ、その下を水がくぐって流れるということは。
■  この訳は、尾崎雅嘉・百人一首一夕話の解説を受け継いでいる。
歌の心は千早ふるは神といふ枕詞なり。神代には様々の怪しき事共ありしと聞くに、今この竜田川の絵を見れば一面に赤き色の中より青き水がくくると見ゆる、このように怪しき事は神代にもありしとは聞かずといふコトなり。
■  ホンマかいな・・・
■ まあいい。
■ 他の人の解説も見てみよう。

歌人
竜田川の秋、紅葉はからくれないの千入の色だ。川一面の散りもみじは、流れのままに広がり、時に細りもして絞りの染めの美しさ。川がもみじの絞り染めとは、神代の古事にさえ聞いてはおらぬ。
 語注 「ちはやふる」・・・勢いが激しいの意で、「神」の枕詞。

詩人
聞いたこと ないぞ
ちはやぶる 神々の時代にだって
この龍田川の川のみずが
真っ赤な紅葉で
唐の紅色に
括り染めされる
なんてことは

小説家
竜田川の水の面
まるで紅のしぼり染め
紅葉の錦の唐くれない
神代にもこんな美しさがあったとは
聞いたこともない
なんとみごとな美しさ

■ どれも似たようなもんだ。
■ 佐伯梅友、校注・古今和歌集・岩波文庫、巻第五 秋歌下 294 「ちはやふる・・・」
■ 秋の歌として分類されていて、脚注に、
① 枕詞
② めずらしい事のあった神代でも聞いた事がない。
③~⑤ 竜田川で美しい紅色に水をくくり染めにするとは。
紅葉の流れるのを水をくくり染めに染めたものものと見立てた。
■ こんな注を、そのまま疑いもせず、信じて、いいのだろうか。
■ どの程度の紅葉の量か、にもよるが、一面の浮かんでいたとすれば、水の流れというより紅葉の流れで、実際の川は紅だろう。しかし、絞り染めだとすれば、糸で括った白い部分だらけで、赤い川でなく白い川となる。逆に、水の部分が多ければ、「から紅」とはどこになるのか。
■ もともと「秋」の歌として分類されていたのが、誤解のもとだと思われる。
■ 「見立てた」???
■ 「紅葉」だから「秋」だ、とするのは紀貫之の評価の程度を疑ってしまう。
■ 話は変わるが、
■ 在原業平の、次の歌はよく知られている。古今和歌集、巻第一 春歌上、53の歌だ。

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

■ 「春の心」ってあるけれど、「春」という季節に「心」はあるの、という人もいたりする。
■ 一見、論理的発言ではあるが、言葉というものは、厄介なものだ。春という季節に感じる人の心だ、などと、わざわざ説明したくはない。
■ 「さくら」は春に咲くのだから、「春の心」といわず、「人の心」でもいい。「春」という季節自体に「心」はない、としても「人」に「心」はあるだろう。

世の中にたえて桜のなかりせば人の心はのどけからまし

■ 「春」を「人」に変えてみると、まあ、これでも特に問題もなさそうにも思える。ここまでくると、「桜」も「桜」でなく、「何か」であってもいいかもしれないと、「何か」を連想することも「アリ」なのだ。
■ たとえば、「クレオパトラ」
■ 「クレオパトラ」は「桜」と何の関係があるの、と思う人もいるだろう。
■ しかし、ちょっと考えてみよう。何か、共通するものがあるだろう。
■ 実際のクレオパトラは、もちろん、知らないけれど「クレオパトラ」とはどんな人だったのか。

世の中に クレオパトラの なかりせば 男の心 のどけからまし  遊水

■ このような歌にしてみると、なにか、おもしろい。

・・・なかりせば
のどけからまし

■ 5・7・5・7・7という形式なので、一部の言葉を置き換えても、論理構造は変わらない。

「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら歴史は変わっていた」(パスカル)

■ 和歌は日本の詩だが、このようにしてみれば、クレオパトラは誰でも知っているので、世界的にも通じるコトかもしれないない、と思う。同じ構文なのだ。言葉は違っても、「心」というか、人の考えることは似ている。これを例えば、英訳して、英語圏の人に訊いてみるのもいいかもしれない。そして、もともとは、「クレオパトラ」ではなくて「桜」なんですよ、と説明するといい。日本文化に興味をもち、理解も深まることだろう。
■ 藤原公任は「世の中にたえて桜のなかりせば」の歌を業平の最高作だとしていたそうな。
■ 女性を「桜」にたとえていたと理解していたからだろう。
■ これならば、「在原業平は、その心あまりて言葉たらず」という評価も理解していたことになる。
■ 日本人でも、現代人は、このへんのところ、というか、和歌は論理的表現である、ということが、分からくなっているようだ。
■ ここで、ちょっと書いておこう。
■ ホンマかどうかは知らんけど、「クレオパトラ」は絶世の美女と言われる。
■ 多少、脱線したが、「絶世の美女」という言葉が印象的に記憶されれば話は分かりやすいことだろうだ。
■ 「桜」と「紅葉」を並べ置き、どちらも業平の「心」が現れたものとすると、・・・
■ 白州正子は、こんなことを書いている。

周知のとおり、二条の后が入内される前、業平との間には熱烈な恋愛関係があった。入内された後までも、業平は后のことを忘れることが出来なかったらしいから、題詠にことよせてて、自分の情熱を水くぐる紅葉の紅にたとえたのかもしれない。
・・・
次の二首は、私が愛唱して止まぬ歌である。初めの歌は、高子と会った後、彼女はどこかに連れ去られ、一年ばかり経って、彼女が住んでいたところを訪ねた。折しも月が出て、梅の花が匂っていたので、懐旧の情たえがたく、板敷きに伏して一夜を明かした。そのときに詠んだ歌である。

月やあらぬ春はむかしの春ならぬ
わが身一つはもとの身にして

世のなかにたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし

■ 後に、藤原俊成女は「月やあらぬ・・・」を本歌取りとして次の歌を詠んだ。

おもかげのかすめる月ぞやどりける春や昔の袖の涙に 藤原俊成女 新古今集 恋二

■ 「月」は相手方の愛していた女性を表している。
■ 同様に「桜」も美しい・あの人を表し、今は会えない。
■ いっそ、会えないならば、いない方がこころが乱れず、静かに暮らせることだろうに、と。
■ 悲しい恋の物語。
■ もう一度見直すと、「世のなかにたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」この歌は、仮に、「桜」は美しい花だから、と単に、植物の桜の美しさを詠んだということであれば、おおげさだ。その季節になれば、桜は一斉に咲き、あちこち、どこででもみられ、珍しくもなんともない、今日見られなければ明日でもいいし、どうしても見たければ、桜前線に沿って移動してもいい。単なる桜の歌だとしたら、大した歌ではない、桜より美しい花も色々ある、と思う。藤原公任は、業平の最高作だと、評価した。単にその辺で咲いている桜の歌だ、と思ったわけではない。業平の最高作だとして評価できる歌だと理解していた。
■ 白州正子は「紅葉」の歌で、「自分の情熱を水くぐる紅葉の紅にたとえたのかもしれない。」と、いいところをとらえながら、他の人と同様に「枕詞」という分類語の呪縛にあってしまったので、「自分の情熱」即ち、業平の気持ちとして「情熱」があるとしながらも、「紅葉の紅」としたところに問題があった。「水くぐる紅葉の紅」という文のおかしさに気付かなかったように思う。
■ 作家・田辺聖子は伊勢物語の現代語訳もしている。

おお なんと見事な紅葉
神代の昔も 聞きませぬ
竜田川の水は真紅
からくれないの しぼり染め

■ 上の句は、これでいい。下の句が論理的でない。
■ 「絞り染め」にこだわっている。
■ 「水は真紅」?、「真紅」は「紅葉」でしょう。
■ 歌は、「その心あまりて言葉たらず」とか「是は心詞かけたる所なき」のように、「心」と「言葉」が評価の基準であることが分かる。なので、作者の「心」は何だったのか、その時の状況はどうだったのか、そして、その歌は誰に宛て、誰に読ませたいのか、それが重要だ。
■ 以前、書いたものを、とりあえず、ここにあげておこう。

在原業平が思っていた神代は、千早古だから、千年の昔で、今から、ざっと二千年まえになる。今と同じように紅葉が美しかったと考えて無理はない。紅葉は日本の自然現象であって、千年経とうが、二千年経とうが、気候は多少変動するにしても、 昔から今までの二千年で、基本的には変わらない。

このような観点から、「千早古」の歌を見直すのもいいんじゃないの、ということになる。
「水くくる」これを「くくり染め」だと解釈したのは、賀茂真淵?だそうだが、これはごく普通にみて疑問。賀茂真淵は、頭でっかちの、奇をてらう癖があったような人で、人と違うことをいい、他人の注意を引くかのようだ。真淵でなく、契沖であろうと、誰が言い出したか、誰でもいいが、本質的に、糸で括った部分は染まらず、白く残る。どんな形で残るのかは、絞り染めした布を見れば分かる。到底、紅葉の葉には見えない。又「から紅」に染めるということは、全体としては赤い布になる。赤い川に白い紅葉、ということになる。赤いのは紅葉でしょ。それが白なら、何、これ、ということだ。素朴に、考えればいい。考えなくても、見れば分かる、
 
裸の王様だ。
 
なので「括り初め」とか「絞り染め」ではない。
そして、一番重要なのは、作者の在原業平の気持ちはどうだったのか。歌は心だ。古今和歌集・巻第五・秋歌下の「そせい」の歌の前の詞書にある状況だった。

二条の后の東宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
   もみぢ葉のながれてとまるみなとには 紅深き浪やたつらん  そせい
   ちはやふる神世もきかず たつた川から紅にみずくくるとは  なりひら朝臣

このように屏風絵を見て二人が詠んだ。
その屏風の持ち主は、「二条の后」、即ち、業平が恋した、というか、愛した女だった。その人に贈る歌に、自分の心を託さないはずはない。普通。恋をしたことのある、知性ある人ならその心境はよく分かるだろう。川が真っ赤に染まるほどに浮いた一面の紅葉は、当然、二条の后、即ち、藤原高子であり、
 
彼女への思いを、その真紅の紅葉の下を流れる川に託した、
 
と解するのが、ごく常識的のように思われる。出だしを、「千早古 神世も聞かず」、このように漢字で書けば、なんら問題はなかったのに、皆さんは困惑したようだ。
とにかく、業平は、いままで歴史上もないほどの美しい紅葉だ、と思ったのだ。
業平の時代にはなかったが、今は、絶世の美女、という言葉がある。「絶世」を言い換えれば「神世も聞かず」となる。逆に「神世も聞かず」は「絶世の」だ。
 
その美しい紅葉のような「あなた」。
 
竜田川、即ち、私の上に浮かんでいる。言い換えれば川は紅葉の下を流れている。
当然、「括る」ではない。「潜る」という表現になる。
もみじ、は色々な木や草で見られる現象で、木の種類や場所によって、黄色や赤に変化する。例えば、蔵王のような場所では黄色だ。あるいは、銀杏の場合も黄色だ。紅葉というように「くれない」という文字を使っている、葉が赤くなる木が一般的な「もみじ」だ。色づきに一番影響するのは気象条件で、急激に冷えこんだり、谷川の霧の発生具合など、温度や湿度、あるいは日照条件が紅葉に影響する。植物学的、化学現象的な説明は専門家が解明していることだろう。どのような条件で赤くなるかはインターネットで検索すれば出てくるだろう。地形とか気象条件に基本的な変化がなければ、毎年同じ場所で発生する日本列島における、自然現象だととらえてよい。
千年、二千年の昔、即ち、在原業平が言う、神代の昔から変わることはない、従って、「神代も聞かず」という珍しい現象ではない。しかし、業平は、「神代も聞かず」と思ったのだ。このこと自体を否定してもしようがない。業平は思ったのだ。そう表現したかった。

繰り返すようだが、もう一度書いてみよう。
この屏風の絵について歌を詠め、と言われて見ると、描かれているのは、紅葉と川だ。屏風絵の紅葉を美しい、と、即ち、画家を褒めたところで、何の意味も面白くもない。題詠は、それに関してどう思うかなので、画家の技量を褒めろというわけではない。この屏風絵を見てどう感じるかなのだ。
この頃の歌は、単に自然の景を読むのではなく、詠み人の心を詠み込んでいる。ただきれいだ、などと済ますようでは、恋愛などできない。神代は、業平からみて千年の昔のことだ、古い時代の遠い昔のこと。長い歴史の中でも、特に、この紅葉は美しい。こんなに美しい紅葉の話は聞いたこともないと、表現したかったわけだ。
美しい紅葉は、美しい人、を表している。
一面に美しい紅葉を浮かべる川は昔からずっと変わりなく流れ続けている。私の心もこの流れのように変わりない。あなたのことを思っている。と、まあ、意味的には、こんな感じで業平は歌に詠んだのだろう。

   絶世の 真紅の紅葉 竜田川 昔も今も 変わることなく  遊水

意味的にはこんな感じ。しかし、これではいかにも散文的だ。 業平は詩的言葉で表現した。
現代では、普通の人は、絶世、という言葉から、絶世の美女、を思い浮かべるだろう。から紅、即ち、真紅の紅葉は女性。もちろん、あなたのことです、と公の場では言葉には出せないものの、在原業平は藤原高子の顔を見ながら、ちはやふる・・・と詠んだのだった。
歌は心だ。こころを歌に詠む、それが当時の歌を評価する基準になる。
まあ、「絶世の」などと作り変えなくても、単に、表記をただすだけで済むことだ。

   千早古神世も聞かず竜田川韓紅に水潜るとは   業平・遊水書く

現代の人は、おそらく、こんな歌は詠めないだろう。それを定家は取り上げた。伊勢物語にある歌をそのまま取り上げただけだが、定家は評価した。なぜ評価したのか現代人には分からなくなった。学者が変な解釈をしたのが一因だろう。人は、素直にその解釈を信じたのだ。学者の言葉は、一応は聞いてみるのがいいが、自分でも考えなくてはならない。日本語なのだから。古い言葉であっても、人の「心」は変わらない。恋をしたことがありますか。なくてもいい。映画もあるし、小説もある。そして、在原業平がいるのだ。
 要するに、この「ちはやふる」の歌は、心も言葉も欠けた所がない。即ち、完璧で、この歌で百人一首の全体像が把握できる、としている人がいた。
千年、二千年昔、即ち、在原業平がいう神代の昔から紅葉は変わることはない。
現代的にいうならば「絶世の」即ち、この世で一番ということを業平は表現している。
「からくれない」の色の美しさをいい、間接的に、誰よりも、あなたは美しい、との誉め言葉として詠んだ。そして、いつまでも流れ続けている川のように、私はあなたのことを思っている、と。
こうしたことを読み取っていたので、昔は評価され、選ばれ、伊勢物語に記録され、定家によって取り上げられた、と思われる。

伝藤原満基筆「百人一首抄(応永抄)」に「是は心詞かけたる所なきゆへに入らるる也。これを以此百首のおもむきをも見侍るべきにぞ」とある、と、島津忠夫が引用している。私はそれを読んで、なるほど思った。しかし、島津忠夫は学者として、そんな説があると書いただけのようだ。藤原満基がいったからでなくても、基本的に、歌は、詠んだ人の「心」は何かをとらえなければならなかった。もう一度、彼の現代訳を振り返ってみよう。
 島津忠夫訳
(人の世にあってはもちろんのこと)不思議なことのあった神代にも聞いたことがない。竜田川にまっ赤な色に紅葉がちりばめ、その下を水がくぐって流れるということは。 
 これで、業平の「心」が理解できているとは思えない。
学者は色々調べるのは専門だろうが、歌は詠めない、のかもしれない。恋愛映画を見たことがありますか、と訊いてみたくなる。しかし、だいたい、学者だから、在原業平とはどんな男だったかよく知っているはずではないだろうか。
■ 歌の出来栄えは別にして、

世の中に クレオパトラの なかりせば 男の心 のどけからまし  遊水
世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

■ 業平は、クレオパトラでなく「桜」を詠んだ。
■ 紅葉も、桜と、同様で、人のこと、つまり、美しい彼女、を指している。
■ どちらも、一般的に詠んだのではなく、特定の人宛てに詠んでいる。その人は、「二条の后」即ち「藤原高子」だった。歌をもらった「藤原高子」は当然、彼の心を知っていた。
■ なので、桜も紅葉も、その言葉が何を指すか、もちろん自分のことを言っていると、分かっていた。
■ 在原業平の歌は恋文だという認識があれば、そして、現実の紅葉の浮いた竜田川を見ていれば、頭で考えた「絞り染め」などという発想になるはずがない。
■ 先に書いたように、昔「心詞かけたる所なき」と評した人がいた。
■ この
  1. ことば
■ 歌を詠んだ人、即ち、在原業平の「心」は何か、歌を詠むとは、どういうことか。
■ ごく基本的なところで「歌」を理解することが重要だ。

作詞家の松本隆は「ラブソング以外の歌って、何がある?」と言う。

■ これは昔から変わらない。おなじことだ。もちろん恋心だけでなく、色々な思いを歌にするのだが、「恋心」はごく普通に誰にでも、いわば共通のことだから、まず、「恋心」かな、と考えてみるのがよい。
■ 在原業平は、過去に、参照できる勅撰和歌集もない頃、こうした歌を詠んでいることを考えれば、在原業平は、「その心あまりて言葉たらず。しぼめる花の、色なくしてにほひ残れるがごとし。」などという紀貫之の評価は、藤原公任と比較すると、いかにもレベルが低いという感じがする。少なくとも、彼女にとっては、ぐっと来るような歌だ、と思える。他の人に分かってもらえる歌にしようなどとは、もちろん、思っていなかった。彼女にだけ分かってもらえればいい。
■ 紀貫之の小野小町に対するの評も辛いように思える。あるいは、小町や業平ほどの歌を詠めないことで、嫉妬したのかと、勘繰りたくもなる。
■ もう一度、紀貫之の歌を意識しながら、古今和歌集じっくり読んでみるのもいいかもしれない。
■ 蛇足ながら、コンピューターに英訳をさせてみた。

If Cleopatra did not exist in the world, men's hearts would be at peace.
If there were no Cleopatra in the world, men's hearts would be at peace.

■ この英語を Copilot に訊いてみた。ほんの少しあげておこう。
  • この英語の文は 直訳するとシンプルですが、含まれているニュアンスはかなり深い表現です。
  • 「桜」を象徴に据えて“伊勢物語風”に書き換えると、物語の気配が一段と柔らかく、そして儚くなります。桜は 「美しさ」「はかなさ」「心を乱すもの」 の象徴として、クレオパトラの役割を完全に引き受けることができます。
  • 桜の「はかなさ」が、紅葉では
    燃えるような美しさ/散りゆく定め/水に流れ落ちる運
    へと変わり、
    より深い“心の乱れ”が描けます。
  • 紅葉の章は、桜よりも少し深い陰影が出て、伊勢物語の世界にとてもよく馴染むんですよね。あなたの反応が「おもしろかった」という一言なのが、むしろ業平的で粋です。
■ ・・・なるほど。
■ 古今和歌集では、「桜」は春、「紅葉」は秋、に分類されているが、どちらも美しいもの、そして美しいもののたとえ、象徴として用いられることがある。それが詩だ。
■ とにかく、「恋文」ということに気付かず、解釈しようとすると、全体がみえなくなる。

○   ○   ○

■ 枕詞、について、ちょっと書いておこう。
■ 古今和歌集は、最初の勅撰和歌集であることは、意味がある。
■ そこにある、「心」や「言葉」は古今和歌集の前に万葉集があるものの、最初の意識化したとらえ方だと、一応、考えられる。このあたりの歌論について述べようとしているのではない。ただ、枕詞としてとらえるならば、それ以前に、その言葉が使われていることになる。用例を挙げる必要がある。仮に初めてならば、枕詞はそれ以降の分類用語になり、枕詞であるとするのでなく、意味を述べる必要があるだろう。初句・四句索引、に次がある。
枕詞は共通認識であり意味はほぼ同じはずだが、先に上げた「語注 「ちはやふる」・・・勢いが激しいの意で、「神」の枕詞」を以下の歌にあてはめられるのか。

ちはやぶる
 宇治の橋守
 神の斉垣に
 神の御代より
 神やきりけん
 神世もきかず
 加茂のやしろの
  姫小松
  ゆふだすき
 神な月とや
 神なび山の

ちはやぶる 宇治の橋守 汝をしぞ あはれとは思ふ 年のへぬれば  よみ人しらず
ちはやぶる 加茂のやしろの 姫小松 よろず代経とも 色はかはらじ  藤原敏行

これらの歌で「ちはやぶる」が「勢いが激しい」という意味で用いられているとは考えられない。「ちはやぶる」ではなく「ちはやふる」・「千早古」とすれば意味は通じる。

■ ことば、は長い時間をかけて人が作り、使ってきた。一つ一つに意味がある。
■ 「ちはやふる」は何の枕詞か明確にするべきだ。
「ちはやふる」は「神」にかかる枕詞ではない。
「ちはやふる神代」と詠まれている。
■ 夏目漱石は「千早古る世」と詠んでいる。「神」ではない。「千」年もの、遠い昔の時代の「世」をさす。生命力として、長寿は尊い、とする考え方だろう。

佐佐木信綱校訂・新訂・新古今和歌集・岩波文庫、1886
ちはやぶる香椎の宮の綾杉は神のみそぎに立てるなりけり  よみ人知らず
夏目漱石は、この歌を知っていた。明治29年秋に香椎宮を訪れている。
秋立つや千早古る世の杉ありて  漱石。香椎宮 
明治29年9月25日に子規に送り、正岡子規・選句集「承露盤」にある。

■ 新古今和歌集では、この歌しかないようだ。新古今和歌集以前では使われているが、「chihayaburu」と解したものだから、あるいは、「ちはやふる」の意味が分からず使われなくなった、廃れたのかもしれない。他の勅撰和歌集も調べてみたらよい。
■ 手元の、久保田淳校註・千歳和歌集・岩波文庫を開いてみた。「ちはやぶる」の歌はいくつもあった。

ちはやぶる
 いつきの宮の有栖川
 いつきの宮の旅寝には
 神田の里の
 神代のことも
 賀茂のやしろの

■ 私は学者ではないので、深く追及気はないが、「序文」に「大和御言の歌はちはやぶる神代より始まりて、・・・」とあり、脚注に「神代にかかる枕詞」とある。「神にかかる枕詞」ではない。まあ、そういうことだけれど、「ちはやふる」でなく「ちはやぶる」とする限り「千早古」にはなりえない。
■ 「校註」する必要があるのか。「枕詞」という分類用語を使うのはやめた方がいい。次の歌でも「神」や「神代」という言葉はない。なので、「かかって」いない。

ちはやぶるいつきの宮の有栖川 松とともにぞ影はすむべき (千載619)

■ この歌で、例えば、白州正子の解説にあるような、「ちはやぶる」は神の枕詞で、勢いのはげしいことの形容である。・・・だとは考えられない。

「神」を、菅原道真のように、祟り、の神ととらえると、雷のような「激しい」ことにもなるが、例えば、「破る」と解すると、「ちは・やぶる」となり「ちは」とは何か、となり、意味不明だ。 
「神」ではなく「神代」にかかる言葉として「千早古・神代」と用いれば、誤解することもなかった。

■ 古事記にあるように、「神」とされる、祖先の人々がいた。
■ 「神」ではなく「神代」であることを十分理解し、用いることだ。
■ ここで「神」とは何か、「神代」とは何かについて記さなければならないが、日本の神代には、キリスト教のような絶対「神」がいる世ではない。繰り返すが、古事記にあるように、あくまで「人」であり、遠い昔の時代の人のいる世の中で、遠い昔になると誰の祖先かは分からなくなる。個々人の特定できる先祖でなく、「かみ」なる祖先がいた「代」だ。
■ この認識は重要であり、「かみ」という言葉は、漢字という文字を用いるのでで分からなくなっているが、色々使われていて、それはすべて、上にあるもの、優れたものとしてとらえられている。



メモ
  • 紫式部、と、藤の花、桐の花。


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■ 評題を、「桜」と「紅葉」、在原業平の歌は恋文、「心」と「言葉」 、から変えた。
■ 2026-04-05、-07
■ また後で、全体的に読み直してみよう。

■ 2026-04-01
■ 表題を改めた。
是は心詞かけたる所なきゆえ 追記 2026-03-29、03-30、-31、を
 歌は、「心」と「言葉」が評価の基準、に。
■ 2026-03-29、03-31