■ 「俺」でなくとも「私」でもいい。
■ 下の句を、元の作者を明確にして、百人一首とか、古典に求めて、つけなさい。
■ 例えば、柿本人麻呂、他、・・・
めちゃやばい 私のきもち ここにある 長々しき夜を ひとりかもねん
めちゃやばい 私のきもち ここにある 恋に朽ちなん 名こそ惜しけれ
めちゃやばい 私のきもち ここにある 憂しと見し世ぞ 今は恋しき
■ まあ、適当にやってみる。
めちゃやばい 私のきもち ここにある ひとはこれをや 恋といふらむ
秋立つや千早古る世の杉ありて 漱石。香椎宮
千早振る、ではなく、千早古る、だ。
53-春歌上 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし294-秋歌下 ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは747-恋歌五 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ 業平
If Cleopatra had not existed in this world,the hearts of men would have been at peace.
かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(新古240)玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする(新古1034)忘れてはうちなげかるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(新古1035)わが恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕(新古1036)
日下江の入り江の蓮花蓮身の盛りびと 羨しきろかも
■ カワセミも ときには止まるか 蓮の花
せんねんの ながきつきひも はやすぎて
しょうわのうたも かこになりつつ 遊水
ながながし夜をひとりかもねん
めぐり逢ひて 見みしやそれとも わかぬ間に雲隠れにし 夜半の月つきかな
ふり行くものは我身なりけり
死の側より照明せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも 史
If a light is castfrom the death shore, believethe shore on this sidemust look especially bright,glowing resplendent crimson.
野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて
總身の花をゆるがす春の樹にこころ乱してわれは寄りゆく
Its entire bodyswaying with all its blossoms,the spring tree, throwingmy heart into confusion --I am approaching it now.
過ぎてゆく日々のゆくへのさびしさやむかしの夏に鳴く法師蝉
O, the loneliness --not knowing how all the daysgo drifting way --A cicada still chantingin summers of long ago.
冬蜂の死にどころなく歩きけり 村上鬼城朝顔や濁り初めたる市の空 杉田久女外にも出よ触るるばかりに春の月 中村汀女
あせたる を ひと は よし とふ びんばくわ の ほとけ の くち は もゆ べき もの を 八一四条橋 おしろい厚き 舞姫の 額ささやかに 打つ夕あられ 晶子
嘘をつくときのアーニャは、丸い目を見開いて真っ直ぐ相手を見つめることに気付いた。
「でも、ルーマニアは、あなたが育った国でしょう」「そういう狭い民族主義が、世界を不幸にするもとなのよ」丸い栗色の瞳をさらに大きく見開いて真っ直ぐ私の目を見つめるアーニャは、誠実そのものという風情だった。
天徳四年の内裏歌合 村上天皇によって宮中清涼殿で行われた歌合
判者: 左大臣(藤原実頼)
こひすてふ我がなはまだきたちにけり人しれずこそおもひそめしか 壬生忠見
しのぶれどいろに出でにけり我がこひはものやおもふと人のとふまで 平兼盛
With arrival ofthe white letter, tomorrowwill surely turn tospring -- so I wait, and meanwhilepolish my windows' frail glass.
これやこの来るも 帰るも日本語を 知るも知らぬもハチ公の前
Whether you come or go,whether you know Japanese or not,in front of Hachiko
■ 百人秀歌の柿本人麻呂と入道前太政大臣の歌、要するに、実質的な最初と最後の歌は足引きの山鳥の尾のしだりおのながながし夜をひとりかもねん花さそふあらしの庭の雪ならでふり行くものは我身なりけり■ 定家にとって、どちらも上の句は不要で、下の句を取り上げたかった。と考えればよいだろう。■ それが彼の気持ちだった。■ このような意味で「百人秀歌」を研究したらいいだろう。
人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は 後鳥羽院
宮さまの弟君がどうしてもほしいと、初めのお手紙をとっておしまいになり、あとのお手紙は宮さまがとっておしまいになった。行成の君は、字がおじょうずで有名な方だったから。
和漢朗詠集 647 から 652ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島がけれゆく 舟をしぞおもふ 人丸わたのはら 八十島かけて 漕ぎいでぬと 人には告げよ 海女の釣り舟 野たよりあらば 都へいかで 告げやらむ 今日白河の 関は超えぬと・・・ 許渾・・・ 菅沖なかの えざるときなき 釣舟は 海女や先だつ 魚や先だつ
庚申643 贈王山人 年長毎労推甲子 夜寒初共守庚申 許渾644 庚申夜所懷 己酉年終冬日少 庚申夜半曉光遲 菅原道真菅丞相
銀燭秋光冷畫屏輕羅小扇撲流螢天階夜色涼如水臥看牽牛織女星
ながれとぶほたるほとりとうってみる
輕羅小扇撲流螢ながれとぶ ほたるほとりと うつおんな 遊水
■ 昔は、ふわふわと飛ぶ蛍を、こんな感じで採っていた。
第一段階
第二段階
第三段階
第四段階
第五段階
花の色は うつりにけりな いたずらに人の心は うつりにけりな いたずらに
第六段階
■ が、まず、小林秀雄・考えるヒント・言葉、の冒頭を引用しよう。
■ 以前も何度かこのことに触れた。■ そして、思う。■ 短歌など、それを理解するなら、自分の言葉にするしかない、と。
花吹雪 異国の人に 説明す 「まこと雪かと花舞しきる」さま
Cherry blossom blizzard—explaining to a foreigner, 'It really seems like snow as the flowers whirl about.'桜の吹雪—外国人に説明する時、「花が舞い散る様子は、本当に雪のように見えます。」
幼子の指さす窓を振り向けば まこと雪かと散る桜かな
Copilot
When I turn to the window my little child points at, the falling cherry blossoms look just like real snow.
Turning towards the window the little child is pointing at, I see cherry blossoms falling, truly like snow.
幼子の声に振り向く窓の外 まこと雪かと散る桜かなTurning around at the sound of a child's voice, I see cherry blossoms falling outside the window, truly like snow.花吹雪 孫の指さす 窓の外 遊水
ことごとにかなしかりけりむべしこそ秋の心をうれへといひけれ 藤原季通朝臣 千載和歌集
偶題 于謙
薫風何処来
吹我庭前樹
啼鳥愛繁陰
飛来不飛去
ひさしぶり うららのはるに なぜいそぐねころびさけを のもうじゃないか
月見に一杯花見に一杯
たつたがわ、を漢字で書くと川という文字があるだろうだからと言って、river のことではない関取が、昔いたんだkawa
gawa
分かるかな、この辺が日本語的なのだ・・・その関取がな、ちはや、という花魁を見初めたんだが、関取なんて嫌だと拒否されたならば、妹の、かみよ、でもいい、と交渉したんだがなおねさまがいやなものは、わちきもいやでありんす、とちはや、にふられかみよ、もいうことをきかないかみよも、きかず、だへええ、・・・、???それで、すっかり、世の中が嫌になってな、女断ちをして精進しても、こんなことなら相撲取りなんか、もうやめだ、と故郷に帰ったんだ父親の豆腐屋を引き継ぎ、暮らしていたところ店先に女乞食が来て、なにも食べてないので、せめて、おからでもください、というどこかで見た顔だが、じっとみると、ちはや、だお、お前は千早だな俺を振った、千早じゃないかお前なんかにおからだって、くれてやるものか・・・からくれないにというわけだ、分かるかなえ、?、なに、・・・、そういうことですかいと、話はつづき、拒否された、ちはや、は、とうとう店先の井戸に身を投げてしまうどぼーん、となへええ、そういうことだったんですかぁ、・・・そういうことだ、わかるかな井戸の水に身を投げた、つまりみずくぐるとは、だな漢字で書くと、水潜る、だ。と、ここまで話が進み、いい加減だなあ、と思う人もいるだろう。
しかし、「括り染め」ではないぞ、と、落語家は考えたのだ。エライ!。知ったかぶりをするご隠居さんの、訊かれて応えなければ、威厳が保てない立場に、ときどき、子供の宿題の答えが、分からないこともある身の人としては、親近感さえ感じるので、多少の同情を寄せながらも、いい加減さにあきれ、聞き入るのだろう。まあ、うちに子供はいないけど。
この落語が作られた当時は、手書きの文字の札が一般的で、「千早振る神代もきかす」と書かれたのも多かった。いくつかの文字で書かれているが、最初は、
千早振る
と書かれているのが多い。なので、こんな話を思いついたのだ。そのまま、花魁の名前に変えた話にしただけだが、誰でも思いつくわけではない。零落した公家の手内職のカルタを見て、ろくに解釈もできない貴族たちを、「振る」とはなんだ、それが、みやび、かと疑問をもって、明快に解釈できないにしても、何かがおかしい、という庶民心をネタに、ともに笑いとばそうというところは、噺家もたいしたものである。「いつも忙しいと言って、ちゃんと教えてくれない」と言う子供の言葉を耳に残して、ご隠居さんのところに教えを請いにきたのだから、ちょっとでも疑問に思うことは、ちゃんと確認しておかないといけないのだ。ということで、いよいよ最終段階の「オチ」にいたるのだ。
分かるかな。 ・・・、・・・だいたい、わかったんですがね、最後の、とは、とはなんですかいなに、それぐらいまけとけいやいや、そうはいきません、みそひともじの、ふたもじですから、まけられませんなに、ふうむ、おまえのいうことは、せいろんだ。「ふたもじ」でも、おろそかにはできない。してはならない。
でしょ、 で、なんですかい、とは、とはせかすではない、と、ここで、いっぷく。
とは、とは、だなあ、・・・なんですか、とは、とはとは、とは、千早の本名だ。
からぶり さんしん ばったー あうと
空振り三振
furuburu
ちはやもはや
(人の世にあってはもちろんのこと)不思議なことのあった神代にも聞いたことがない。竜田川にまっ赤な色に紅葉がちりばめ、その下を水がくぐって流れるということは。
歌の心は千早ふるは神といふ枕詞なり。神代には様々の怪しき事共ありしと聞くに、今この竜田川の絵を見れば一面に赤き色の中より青き水がくくると見ゆる、このように怪しき事は神代にもありしとは聞かずといふコトなり。
歌人
竜田川の秋、紅葉はからくれないの千入の色だ。川一面の散りもみじは、流れのままに広がり、時に細りもして絞りの染めの美しさ。川がもみじの絞り染めとは、神代の古事にさえ聞いてはおらぬ。
語注 「ちはやふる」・・・勢いが激しいの意で、「神」の枕詞。
詩人
聞いたこと ないぞちはやぶる 神々の時代にだってこの龍田川の川のみずが真っ赤な紅葉で唐の紅色に括り染めされるなんてことは
小説家
竜田川の水の面まるで紅のしぼり染め紅葉の錦の唐くれない神代にもこんな美しさがあったとは聞いたこともないなんとみごとな美しさ
① 枕詞② めずらしい事のあった神代でも聞いた事がない。③~⑤ 竜田川で美しい紅色に水をくくり染めにするとは。紅葉の流れるのを水をくくり染めに染めたものものと見立てた。
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
世の中にたえて桜のなかりせば人の心はのどけからまし
世の中に クレオパトラの なかりせば 男の心 のどけからまし 遊水
・・・なかりせばのどけからまし
「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら歴史は変わっていた」(パスカル)
周知のとおり、二条の后が入内される前、業平との間には熱烈な恋愛関係があった。入内された後までも、業平は后のことを忘れることが出来なかったらしいから、題詠にことよせてて、自分の情熱を水くぐる紅葉の紅にたとえたのかもしれない。
・・・次の二首は、私が愛唱して止まぬ歌である。初めの歌は、高子と会った後、彼女はどこかに連れ去られ、一年ばかり経って、彼女が住んでいたところを訪ねた。折しも月が出て、梅の花が匂っていたので、懐旧の情たえがたく、板敷きに伏して一夜を明かした。そのときに詠んだ歌である。
月やあらぬ春はむかしの春ならぬわが身一つはもとの身にして世のなかにたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
おもかげのかすめる月ぞやどりける春や昔の袖の涙に 藤原俊成女 新古今集 恋二
おお なんと見事な紅葉神代の昔も 聞きませぬ竜田川の水は真紅からくれないの しぼり染め
在原業平が思っていた神代は、千早古だから、千年の昔で、今から、ざっと二千年まえになる。今と同じように紅葉が美しかったと考えて無理はない。紅葉は日本の自然現象であって、千年経とうが、二千年経とうが、気候は多少変動するにしても、 昔から今までの二千年で、基本的には変わらない。
このような観点から、「千早古」の歌を見直すのもいいんじゃないの、ということになる。
「水くくる」これを「くくり染め」だと解釈したのは、賀茂真淵?だそうだが、これはごく普通にみて疑問。賀茂真淵は、頭でっかちの、奇をてらう癖があったような人で、人と違うことをいい、他人の注意を引くかのようだ。真淵でなく、契沖であろうと、誰が言い出したか、誰でもいいが、本質的に、糸で括った部分は染まらず、白く残る。どんな形で残るのかは、絞り染めした布を見れば分かる。到底、紅葉の葉には見えない。又「から紅」に染めるということは、全体としては赤い布になる。赤い川に白い紅葉、ということになる。赤いのは紅葉でしょ。それが白なら、何、これ、ということだ。素朴に、考えればいい。考えなくても、見れば分かる、
裸の王様だ。
なので「括り初め」とか「絞り染め」ではない。
そして、一番重要なのは、作者の在原業平の気持ちはどうだったのか。歌は心だ。古今和歌集・巻第五・秋歌下の「そせい」の歌の前の詞書にある状況だった。
二条の后の東宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
このように屏風絵を見て二人が詠んだ。その屏風の持ち主は、「二条の后」、即ち、業平が恋した、というか、愛した女だった。その人に贈る歌に、自分の心を託さないはずはない。普通。恋をしたことのある、知性ある人ならその心境はよく分かるだろう。川が真っ赤に染まるほどに浮いた一面の紅葉は、当然、二条の后、即ち、藤原高子であり、
彼女への思いを、その真紅の紅葉の下を流れる川に託した、
と解するのが、ごく常識的のように思われる。出だしを、「千早古 神世も聞かず」、このように漢字で書けば、なんら問題はなかったのに、皆さんは困惑したようだ。
とにかく、業平は、いままで歴史上もないほどの美しい紅葉だ、と思ったのだ。業平の時代にはなかったが、今は、絶世の美女、という言葉がある。「絶世」を言い換えれば「神世も聞かず」となる。逆に「神世も聞かず」は「絶世の」だ。
その美しい紅葉のような「あなた」。
竜田川、即ち、私の上に浮かんでいる。言い換えれば川は紅葉の下を流れている。当然、「括る」ではない。「潜る」という表現になる。もみじ、は色々な木や草で見られる現象で、木の種類や場所によって、黄色や赤に変化する。例えば、蔵王のような場所では黄色だ。あるいは、銀杏の場合も黄色だ。紅葉というように「くれない」という文字を使っている、葉が赤くなる木が一般的な「もみじ」だ。色づきに一番影響するのは気象条件で、急激に冷えこんだり、谷川の霧の発生具合など、温度や湿度、あるいは日照条件が紅葉に影響する。植物学的、化学現象的な説明は専門家が解明していることだろう。どのような条件で赤くなるかはインターネットで検索すれば出てくるだろう。地形とか気象条件に基本的な変化がなければ、毎年同じ場所で発生する日本列島における、自然現象だととらえてよい。千年、二千年の昔、即ち、在原業平が言う、神代の昔から変わることはない、従って、「神代も聞かず」という珍しい現象ではない。しかし、業平は、「神代も聞かず」と思ったのだ。このこと自体を否定してもしようがない。業平は思ったのだ。そう表現したかった。
繰り返すようだが、もう一度書いてみよう。この屏風の絵について歌を詠め、と言われて見ると、描かれているのは、紅葉と川だ。屏風絵の紅葉を美しい、と、即ち、画家を褒めたところで、何の意味も面白くもない。題詠は、それに関してどう思うかなので、画家の技量を褒めろというわけではない。この屏風絵を見てどう感じるかなのだ。
この頃の歌は、単に自然の景を読むのではなく、詠み人の心を詠み込んでいる。ただきれいだ、などと済ますようでは、恋愛などできない。神代は、業平からみて千年の昔のことだ、古い時代の遠い昔のこと。長い歴史の中でも、特に、この紅葉は美しい。こんなに美しい紅葉の話は聞いたこともないと、表現したかったわけだ。美しい紅葉は、美しい人、を表している。一面に美しい紅葉を浮かべる川は昔からずっと変わりなく流れ続けている。私の心もこの流れのように変わりない。あなたのことを思っている。と、まあ、意味的には、こんな感じで業平は歌に詠んだのだろう。
意味的にはこんな感じ。しかし、これではいかにも散文的だ。 業平は詩的言葉で表現した。
現代では、普通の人は、絶世、という言葉から、絶世の美女、を思い浮かべるだろう。から紅、即ち、真紅の紅葉は女性。もちろん、あなたのことです、と公の場では言葉には出せないものの、在原業平は藤原高子の顔を見ながら、ちはやふる・・・と詠んだのだった。歌は心だ。こころを歌に詠む、それが当時の歌を評価する基準になる。まあ、「絶世の」などと作り変えなくても、単に、表記をただすだけで済むことだ。
現代の人は、おそらく、こんな歌は詠めないだろう。それを定家は取り上げた。伊勢物語にある歌をそのまま取り上げただけだが、定家は評価した。なぜ評価したのか現代人には分からなくなった。学者が変な解釈をしたのが一因だろう。人は、素直にその解釈を信じたのだ。学者の言葉は、一応は聞いてみるのがいいが、自分でも考えなくてはならない。日本語なのだから。古い言葉であっても、人の「心」は変わらない。恋をしたことがありますか。なくてもいい。映画もあるし、小説もある。そして、在原業平がいるのだ。要するに、この「ちはやふる」の歌は、心も言葉も欠けた所がない。即ち、完璧で、この歌で百人一首の全体像が把握できる、としている人がいた。
千年、二千年昔、即ち、在原業平がいう神代の昔から紅葉は変わることはない。現代的にいうならば「絶世の」即ち、この世で一番ということを業平は表現している。「からくれない」の色の美しさをいい、間接的に、誰よりも、あなたは美しい、との誉め言葉として詠んだ。そして、いつまでも流れ続けている川のように、私はあなたのことを思っている、と。こうしたことを読み取っていたので、昔は評価され、選ばれ、伊勢物語に記録され、定家によって取り上げられた、と思われる。
(人の世にあってはもちろんのこと)不思議なことのあった神代にも聞いたことがない。竜田川にまっ赤な色に紅葉がちりばめ、その下を水がくぐって流れるということは。
世の中に クレオパトラの なかりせば 男の心 のどけからまし 遊水
世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
作詞家の松本隆は「ラブソング以外の歌って、何がある?」と言う。
If Cleopatra did not exist in the world, men's hearts would be at peace.If there were no Cleopatra in the world, men's hearts would be at peace.
「ちはやふる」は「神」にかかる枕詞ではない。「ちはやふる神代」と詠まれている。
佐佐木信綱校訂・新訂・新古今和歌集・岩波文庫、1886ちはやぶる香椎の宮の綾杉は神のみそぎに立てるなりけり よみ人知らず夏目漱石は、この歌を知っていた。明治29年秋に香椎宮を訪れている。
秋立つや千早古る世の杉ありて 漱石。香椎宮
明治29年9月25日に子規に送り、正岡子規・選句集「承露盤」にある。
ちはやぶるいつきの宮の有栖川 松とともにぞ影はすむべき (千載619)
「神」を、菅原道真のように、祟り、の神ととらえると、雷のような「激しい」ことにもなるが、例えば、「破る」と解すると、「ちは・やぶる」となり「ちは」とは何か、となり、意味不明だ。
「神」ではなく「神代」にかかる言葉として「千早古・神代」と用いれば、誤解することもなかった。
是は心詞かけたる所なきゆえ 追記 2026-03-29、03-30、-31、を
歌は、「心」と「言葉」が評価の基準、に。