2026年10月4日日曜日

雲


■ 2026-10-04
■ リンクした歌が、切れていたので、↑、再度リンクした。


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■ そして、昨日はこんな写真を、たまたま、撮った。

夕刻

2023-10-03


2026年10月2日金曜日

はるのゆめ よあけとともに さりゆける いずこにきえし あさやけのくも



■ 2026-10-02
■ 短歌的に書くと
  • 春の夢 夜明けとともに 去りゆきて どこの人かも 知らないままに
  • 春の夢 夜明けとともに 去りゆきて どこにいったか 知るすべもなく
  • 春の夢 夜明けとともに 去りゆきて 知るすべもなき 朝焼けの雲
  • 春の夢 夜明けとともに 去りゆける いずこに消えし 朝焼けの雲
■ ・・・何とかならんか、もう少し。

花非花 霧非霧
夜半來 天明去
來如春夢幾多時?
去似朝雲無覓處

■ 清少納言は、本当に、この漢詩を知っていたのか。
■ というのも、・・・

明けはなるるほどの黒き雲のやうやう消えて、白ろうなり行くも、いとをかし。
「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。

■ 「黒き雲のやうやう消えて」という表現からは、「花非花」という色めいた感じがしない。
■ だが、「朝にさる色」とあるので、やはり見たのか。
■ いずれにせよ、自分の歌として詠む場合は、元の詩から離れるのがいいと思う。

2026年10月1日木曜日

清少納言と雲の話、「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。

覓 意味 - 検索 「探し求める」

■ 2026-09-30
■ 昨日は雨だったので、動画を見たり、枕草子などをパラパラ読みした。
■ 「雲」の話なのだが、以前はよく雲の写真を撮った」ような気がする。

2002-07-14    14:01:48

吹田市



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■ 消滅飛行機雲は一度だけでなく他にも撮ったことがあると振り返ってみた。

2008-12-13    10:06:05

琵琶湖・東



■ 最近、鳥撮りで使用しているカメラ・レンズでは、雲や空、風景をを撮れないのはつまらないけれど、まあ、いいか、という感じだ。
■ さて、清少納言はどんな雲を見ていたのか、

[ 二五五 ] 
雲は、白き。むらさき。黒きもをかし。
風ふくをりの雨雲。
明けはなるるほどの黒き雲のやうやう消えて、白ろうなり行くも、いとをかし。
「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。
月のいとあかきおもてにうすき雲あはれなり。

■ 脚注に、朝にさる色ーー出典不明、とあったので、他の本ではどうか見てみた。
■ 萩谷朴校註・枕草子・新潮日本古典集成、には、白楽天「花非花」を挙げていた。

花非花 霧非霧
夜半來 天明去
來如春夢幾多時?
去似朝雲無覓處

■ 訳文を見れば、ロマンチックな感じだ。
■ 「朝にさる色」とかや、ふみに作りたなる。・・・この文から漢詩、専門家は違うな、と思う。
■ 島内裕子は、230段訳、「中国の巫山という山の女神が、朝、人間の男のもとから去ってゆく時のことを詠んだ漢詩・・・」などとある。そして、評に、「雲のいろいろに関心を持つのは、近代文学を先取りしたようで、面白い。石川啄木が、不来方のお城の草に寝転んで見た空の雲、ボードレールが呼びかけた雲。清少納言が雲を眺めて、遥か遠くに思いを馳せたのだろうか。」と。
■ 啄木の歌は、

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心

■  ボードレールの方は、まったく興味はないが、これなのか、??、「スープと雲」LA SOUPE ET LES NUAGES | 笑い仮面のブログ
■ まあいい。
■ 私は、雲の形に面白さを感じる。清少納言と、ちょっと違いをかんじた。

文房具


■ 2026-10-01
■ 色鉛筆がうまく削れない、という。
■ いくつかあるのを試してみた。
■ ついでに、「DUX」の刃を入れ替えた。

丸形のモノは、昔、父が欧米旅行の際買ってきたもので、
父の死後、手元に4個ある。
後に、自分でも丸善で買った。その後、四角のモノも買った。


■ パソコンに入力する前に、メモ書きには鉛筆を使う。
■ 妻は、どちらかというと、ステッドラー派だ。


2026年9月28日月曜日

おや ゆきか あしをとどめて くちづさむ はるはなのみの かぜのさむさよ  遊水

白氏文集 - Wikipedia
白氏文集卷十四 南秦雪: 雁の玉梓 ―やまとうたblog―

■ 2026-09-28
■ 池田亀鑑校訂・枕草子[ 106 ] 、これが本はいかでかつくべからん
■ 脚注に白氏文集、十四、南泰雪、の詩があげられている。

慣從駱口到南秦
三時雲冷多飛雪
二月山寒少有春
我思舊事猶惆悵

■ 一応、検索してみた。
■ 清少納言はこの詩を思い浮かべ「このもとの、上の句は、どのように、つけたらいいだろうか」と思ったわけだ。
■ 公任からの使いが来て「少し春ある ここちこそすれ」と懐紙に書いてあった。
■ なるほど、これは、あれ、だな、と気づき、清少納言は「空さむみ 花にまがへて ちる雪に」と返した。これでいいかと不安だったが、ほめられた、というような話だ。
  • 空さむみ 花にまがへて ちる雪に 少し春ある ここちこそすれ
■ 清少納言の歌は少ないが、こんな遊びは得意だったようで、前の段からの続きで、こんなこともあった、と回想している。
■ こんなことを書きながら、次の歌を思い浮かべた。
  • おや ゆきか あしをとどめて くちづさむ はるはなのみの かぜのさむさよ  遊水

さては古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを御学問にはさせ給へ

■ 2026-09-28
■ 昨日は雨がひどくなって帰ったが、野鳥撮影をした。


■ 今日は雨だ。
■ 知識としての古今和歌については、多くの人が書いていると思う。
■ ただ、作者名でなく何人かを知りたいのだが、便利な一覧がないようだ。
■ 以前、こんな句を作った。
■ 何の話かというと、枕草子の話だ。
■ 最初の方で、

「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一條の左の大臣殿の御女におはしけると、たれかは知り奉らざらん。まだ姫君ときこえける時、父大臣のをしへきこえ給ひけることは、
    1. ひとつは御手をならひ給へ。
    2. つぎにはきんの琴を、人よりことにひきまさらんとぼせ。
    3. さては古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを御学問にはさせ給へ
となん聞こえ給ひける。

■ この見識は見習うべきものかもしれない。
■ 例えば、映画はもう一つの人生体験だ、などとも言われる。
■ 古今和歌集に、は1000以上の歌があり、それを暗記することは、歌の作者の人生を追体験することに他ならない。しかも自ら書き写すことで記憶も確実になることだろう。
■ 単に「読み書き」でなく、具体的に示していることに意味がある。
■ そして、音楽として感情を表現できるように、「人よりことにひきまさらん」とは他の人の演奏も聴くことになる。
■ 当時の、娘の教育方針としては立派で明確だ。
■ 後の世の正岡子規の発言など、いい加減なものだ。子規が万葉集を手本にするならすればいい。万葉集がすべて漢字で書かれていたことを考えれば、当時の女の子が、自分で簡単に学習できるはずもない。
■ 実際、全てを暗記していたことが確認されたというから、すごいことだと思う。
■ そうした現実社会のことが書かれているので、~物語などよりおもしろい。

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平安時代前期の歌集。全二十巻。1111首。
905年(延喜五)醍醐天皇の勅命、8年後完成
撰者4人の歌が2割以上
4割ほどが読人知らず
  1. 紀貫之
  2. 紀友則
  3. 在原業平
  4. 小野小町
  5. 大江千里
  6. 壬生忠岑
  7. 僧正遍昭
  8. 凡河内躬恒
  9. 藤原敏行朝臣
  10. 猿丸太夫
  11. 参議篁
  12. 源宗于朝臣
  13. 後京極摂政前太政大臣
  14. 中納言行平
  15. 光孝天皇
  16. 喜撰法師
  17. ・・・
  18. よみ人しらす

2026年9月25日金曜日

へいあんの うたにせいしの きちのはな まことのすがた まくらのそうし

■ 関係なく、こんな名前に気が付いた。


■ 2026-09-25
■ 清少納言の和歌は少ない理由はどこにあるのか。
■ それに関する話が枕草子にあり面白く読んだ。
■ 昔、句会でのコトだけれど、その場にいた誰もが、奥の細道、を読んだことがないと聞き、そんなもんかとあきれたことがあった。だとすると、ただ芭蕉の句を参照しても意味が通じないのかもしれない。
■ 松尾芭蕉は「松島は笑うがごとく、象潟は恨むがごとし」と中国の二人の美人の楊貴妃と西施を連想し、何に美を感じるか、人による違いをうまく俳句に取り入れた。
■ 仮名で書いた方が耳から入るので連想しやすい。
■ この句から、私は枕草子を読み、次の句を書いた。
  • 象潟や雨に西施が合歓の花  芭蕉
  • きさかたや あめにせいしが ねむのはな
  • へいあんや うたにせいしの きちのはな
  • 平安や 歌に清紫の 機知の華
  • 平安の 歌に清紫の 機知の華 真の姿 枕草子
  • へいあんの うたにせいしの きちのはな まことのすがた まくらのそうし  遊水
■ さて、清少納言の興味の対象が描かれているには、行成とのやり取りの話だが、・・・
■ その前に、書いておこう。
■ 紫式部の源氏物語は、世界初の女性の小説として有名だが、その少し前に・・・
■ 清少納言の枕草子が書かれている。
■ 歴史的文学作品の価値は枕草子の方が上だ。
■ なぜなら、源氏物語は、題名が示す通り、小説であり作り物だ。しかし、・・・
■ 枕草子に出て来る人物はすべて、当時の現実社会に生きていた。
■ まさに、本当の人の心は枕草子に現れている。
■ 言葉が生きている。
■ なので、もう少し読んでゆきたい。


2026年9月24日木曜日

山吹の 黄色口無し 分かるでしょ いはでは思ふ くちなしの花

■ 2026-09-24
■ 和歌の基本は「やり取り」にある。しかしの時の状況が分からないと意味が分かりにくいのもある。
■ 千載和歌集に、清少納言の歌は3首ある。これは紫式部の歌の9首に比べて少ない。
■ しかし、「枕草子」にある歌なので、該当する部分を読めば、なるほどと分かる。
いかにして過ぎにしかたを過ごしけむ暮らしわづらふきのふけふかな  皇后宮 定子
雲のうへも暮らしかねける春の日をところがらともながめつるかな  清少納言

■ 次の歌は、[ 34 ] にあり、蓮の葉の裏に書いてやった、などとある。

もとめてもかかるはちすの露をおきて うき世にまたはかへるものかは  清少納言

■ もうひとつは、・・・

うはごおりあはにむすべる紐なればかざす日かげにゆるぶばかりぞ  清少納言

■ 千載和歌集の記載準は、2、3、1 、で
  1. 961
  2. 967
  3. 1206
■ なので、「枕草子」を読むことになり、前後の段も楽しめる。
■ ついでながら、[ 第一四六段 ]、または、[ 143 ] にこんなことが書かれている。
定子から、

・・・、紙にはものも書かせたまはず、やまぶきの花びらただ一重をつつませ給えり。それに「いはでぞ思ふ」と書かせ給えり。・・・この歌の本さらにわすれたり。

■ この歌「知らぬ人やはある」というほどに有名な歌なのに、ど忘れて思い出せないでいると、童に教えられた。

心には下ゆく水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる  詠人知らず

■ この歌だった。そして、「やまぶきの花びら」は、次の歌を踏まえていたのだった。
  • 山吹の花色衣ぬしや誰問へど答へずくちなしにして  素性法師 古今和歌集 1012 
■ 島内裕子訳の文章は分かりやすく書かれている。このあたりは面白いと思ったが、一応、google してみると、私がわざわざ書くこともなかった。
■ 梔子の果実にはクロシンが含まれ、これが黄色の染料として利用される。要するに、山吹色は、梔子で染めた黄色で、「クチナシ、口無し」を意味する。


2026年9月23日水曜日

選んだ人の気持ちに近ければいいように思う



■ 2026-09-23
■ 少し、離れて、自分ならどう詠むか考えるといいように思う、それが元の作者の気持ちと一致するかどうかは分からないけれど、選んだ人の気持ちに近ければいいように思うがどうか。





■ ついでだが、たまたま、小野小町を意識して作られたアニメだとか、・・・
その未来の物語を小野小町の和歌『思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを』
■ ・・・

2026年9月22日火曜日

さんごとは さんごじゅうごの おつきさん くくのけいさん じゅうごやのつき

計算を表にまとめて語呂よく暗記する方法

■ 2026-09-22
■ 「九九の計算」とした方がいい。


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三五夜中新月色
「三五」とは「さんご・じゅうご」のお月さん、頓智もあるか 十五夜の月
▼

さんごとは さんごじゅうごの おつきさん 
くくのけいさん じゅうごやのつき

2026年9月20日日曜日

枕草子に関してはどうか

■ 2026-09-20
■ 先日、千載和歌集に、源氏物語、という詞書がある歌について書いた。


■ 源氏物語に関してあるのならば、枕草子に関してはどうか。
■ 選者の藤原俊成は、読んでいるだろう。
■ こんな歌があった。

いかにして過ぎにしかたを過ごしけむ暮らしわづらふきのふけふかな  皇后宮 定子
雲のうへも暮らしかねける春の日をところがらともながめつるかな  清少納言

■ 定子の歌は読んだ記憶あるが、どこに書いてあるのか、大庭みな子の本を見たがないようだ。どこかにあったはずだけど・・・、ずっと後ろの方だった。

池田亀鑑校訂・枕草子・岩波文庫 [ 三〇一 ]
島内裕子校訂訳・枕草子・ちくま学芸文庫、[ 第二八四段 ]

■ ・・・に書かれている。
■ これの2つ前が「香炉峰の雪」で、これらは回想だ。
■ 千載和歌集は、平家物語でも有名な、平忠度に関しての話を知っていたくらいで、買ったのは、2024-05-29、のことだ。そのまま積読だった。今頃という感じではあるが、新古今和歌よりおもしろい。
■ ついでながら、「さざ波や志賀の都はあれにしをむかしながらの山ざくらかな」ほ春の歌だから初めの方で、66にある。

2026年9月18日金曜日

こうえんに オオルリ & コルリ ルリビタキ あえてうれしい るりいろののとり 2026-09-21

■ 2026-09-18
■ 和歌には詞書があるものとないのがある。
■ 短歌でも、2025年に買った。この歌集の歌にはすべて詞書がある。
  • 歌集 ゆふすげ 美智子
■ この人との場合、立場上詠まねばならぬときもあるので、いつ・どこで・どんなとき、の歌か、それは重要だ。記録でもある。
■ 千載和歌集の歌の詞書に「百首歌」とか「百首の歌」と書かれたものが多い。
■ 一般的に、題詠ということもあるので詞書はあった方がいい。
■ 歌は作りたいから作る、という人もいるが、会話、手紙、のやり取りと考え、そして、それを公開して、いわば、意見、考え方の表明だとするならば、あった方が分かりやすい。
■ 千載和歌集に、ある詞書をみて、こんな歌を作った。

▼


■ 詞書がなくても歌だけでいいものもある。例えば

公園に オオルリ コルリ ルリビタキ 撮ってうれしい 瑠璃色の鳥

訂正
▼
こうえんに オオルリ & コルリ ルリビタキ 
逢えてうれしい るりいろののとり

■ 昨日は鳥見に出かけた。


■ オオルリでも見られればいい、ということだったが、思いがけず、カメラをリュックから出してすぐ、サンコウチョウがいて。楽しかった。野鳥撮影は楽しいけれど、現地での時間もかかり、後の整理とかの作業もあるので、「ことのは」の方の時間が無くなり困る。

2026年9月16日水曜日

なかにし礼、と、浅丘ルリ子



この歌の「君」は誰のことかな・・・

■ 2026-09-16
■ ルリと言えば今でも使われる名前だけれど、そういえば、浅丘ルリ子はどうしているのかしらね、という。知らん、けど、ちょっと振り返ってみた。
『緑はるかに』のヒロインのルリコと、本人の本名から「浅」の1字をとり、『緑はるかに』のイメージから「丘」という字をつけて、「浅丘ルリ子」となった。


昔こんな頁」を作ったことがあった。



2026年9月15日火曜日

るりという そのなはしたし ものがたり なづけおやなる むらさきしきぶ  遊水




■ 2026-09-15
■ こんな頁を書いていて、こんな短歌を作った。


琉璃という その名は親し 物語 名付け親なる 紫式部


■ 昔はよく撮りに行った。
■ ルリと言えば今でも使われる名前だけれど、そういえば、浅丘ルリ子はどうしているのかしらね、という。知らん、・・・

龍之介 皆が知ってる 蜘蛛の糸 何とか歌に できないものか



■ 2026-09-15
■ 題詠の、題のひとつに小説が、それを短歌にできないものか

はなはちす ひとすじおとす くものいと 釈迦のすくいも むなしくきれて
蓮の花 一筋降ろす 蜘蛛の糸 プツンと切れて 釈迦は悲しむ
蓮の花 一筋降ろす 蜘蛛の糸 プツンと切れた なぜ切れたのか
蓮の花 プツンと切れし 蜘蛛の糸 虚しさ深い 血の池の様

■ とりあえず、こんなところで、そのうちに、また。

2026年9月14日月曜日

羊羹が もっとも好きだと 漱石が 食いたる品は 小城羊羹か

夏目漱石 草枕
「御退屈だろうと思って、御茶を入れに来ました」
「ありがとう」またありがとうが出た。菓子皿のなかを見ると、立派な羊羹ようかんが並んでいる。余はすべての菓子のうちでもっとも羊羹が好すきだ。

■ 2026-09-14
「草枕」を読みながら、こう考えた。熊本が舞台ならば羊羹は、隣の佐賀の小城羊羹かもしれぬ。
■ 包紙に「羊の羹」などと書かれている。先日、日本経済新聞・阿辻哲次・にも話があった。



しものよに ふりさけみれば あまのかわ いつまたあえる カササギのはし  遊水

■ 2026-09-14
■ もう一度、「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける 大伴家持」について

あまのかわ ふりさけみれば かささぎの はしとわたして よはふけにける  遊水

■ 今回、次の歌が浮かんだ。この方が分かりやすい。
■ 定家は七夕の伝説が頭にあったと思う。
■ ただ、大伴家持の歌としてはこの歌しかなかった、ということだろう。
  • 霜の夜に ふりさけ見れば 天の川 いつまた逢える カササギの橋  遊水

2026年9月13日日曜日

世界が広がる大弐三位の歌、と、夢 寝 枕、と蜘蛛の糸


■ 2026-09-13
■ この頁を書いたとき思った。


はるかなる もろこしまでも 行くものは 秋の寝覚めの 心なりけり

■ ただ31文字の歌でいろいろ言おうとせず、一つのことを詠むのがいい。
■ 大弐三位の歌は、まさにそんな感じで、世界が広がる気がする。
■ これを本歌取りした定家の歌はいろいろ言葉がありすぎで、焦点が定まらない。
■ ・・・
夢
寝
枕
■ こんなことに関する歌をもう少し見るとよいかも。
■ 千載歌集をみていると、詞書が多く、百首歌などの言葉もみられる。
■ 組題百首
■ ここまで書いて、小説を題にして何か詠めるだろうか、たまたま、「花蓮」に関して歌を読んだので、そんなことを思った。
  • はなはちす ひとすじおとす くものいと 釈迦のすくいも むなしくきれて

2026年9月10日木曜日

はなのかに からだがふわり かるくなる ゆめをうつつに ときをうつりて  遊水 訂正 2026-09-14




■ 2026-09-10
■ ラベンダーだの、何だの、要するに「香り」だ。

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■ もう一度
  • 花の香に 身体がふっと 軽くなる 夢を現に 時を移りて  遊水
  • 花の香に 身体がふわり 軽くなる 夢を現に 時を移りて  遊水 2026-09-14

2026年9月9日水曜日

はるかなる いこくのちまで とびゆくは さえたねざめの おもいなるかな  遊水


■ 2026-09-09
■ 藤原定家が、百人一首の大弐三位として、なぜ「ありまやま」の歌を採ったのかは、例えば、なぜ、「もろこし」の歌を採らなかったのか、と考えてもいいかと思う。「もろこし」の歌の方がいいように思うからだ。

ありまやま ゐなのささはら 風吹けば いでそよ人を わすれやはする
はるかなる もろこしまでも 行くものは 秋の寝覚めの 心なりけり

もろともに ゐなの笹原 みち絶えて ただ吹く風の 音に聞けとや  藤原定家
心のみ もろこしまでも うかれつつ 夢路に遠き 月の頃かな  藤原定家
月清み ねられぬ夜しも もろこしの 雲の夢まで みる心ちする  藤原定家

■ もうすこし何とかならなかったものか。まあ、いいか。しかし、・・・
■ 冷静に判断すると、定家の詩的な感性はこの程度だったのか。なさけなくもあるけれど、どちらかと言えば、定家にとっては、「ありまやま」の方がよかったのかもしれない。

  • 遥かなる 異国の地まで 飛び行くは 冴えた寝覚めの 想いなるかな  遊水


2026年9月8日火曜日

あこがれの フランスからも くるひとは いまではおおき ひのもとのくに 2026-09-09 追記


■ 2026-09-08

おれは小石をひろって口にあてながら、

■ なぜ「小石」を拾ったのか。
■ なぜ「口にあて」たのか。
■ やはり「小石」は「恋し」のようだ。
  • 君恋し 小石ひろいて 朔太郎 冷たき石に 口づけにけり
■ こんなことかもしれない。
■ 話変わって、・・・
■ 萩原朔太郎は百人一首の「有馬山~いでそよ人を忘れやはする」を関連付けて読んでいた、と丸谷才一は考えたが、新々百人一首では、
  • 遥かなる もろこしまでも ゆくものは 秋の寝ざめの 心なりける  大弐三位
■ この歌をあげている。
■ 塚本邦雄も、新撰小倉百人一首で、同じ歌を取り上げている。そして、

枕上片時春夢中
行盡江南数千里
これを秋に転じた心であらうか。
秋の寝覚めといえば、・・・恋に哀傷に述懐に、尽きぬ思いを尽くすのはこの時であらう。それらをすべて消して、彼女は頭を上げ、目をみひらいて、清らかな音声で、「はるかなるもろこしまでも行くもの」と歌った。古人も評して「限りなき心」と讃えた。

■ と書いている。一方、丸谷は

「秋の寝ざめ」のアキには「飽き」が秘められてあって、それゆゑ女は男に飽きられたのではないかと不安に思ってゐる。・・・、秋歌と見せかけて実は恋歌なのである。冷え冷えとした秋の夜、夜半の寝ざめに悩みながら女はあれこれと思いつづける。その思いはどこまでもどこまでもはてしない。さながら遠くへだたる・・・

■ 才一は、ねちこい。「はるかなるもろこしまでも行くもの」という調子にはそんなネチ濃さはない。たとえ悩みがあったとしても、しっかり寝たあと、吹っ切れ、冴えている。
■ 遠く異国への憧れは、まあ普通の感情だろうが、大正時代の萩原朔太郎はどうだったのか、確か「フランス」に行けずに背広を買う、といった詩があった。

ふらんすは あまりにとおし 朔太郎 背広を買うて 汽車の旅ゆく
はるかなる フランス・パリへ ゆくものは はるのれっしゃの まどのそとかな 
あこがれの フランスからも くるひとは いまではおおき ひのもとのくに

■ 2026-09-09
■ 朔太郎からはなれ、フランスで思い出す歌人といえば、与謝野晶子かな、・・・
■ たとえば
  • はるかなる フランス・パリへ ゆくものは 与謝野晶子の こころなるかな  遊水
■ 私自身はほとんど海外へ行きたいという気持ちがないので、 自分の歌にできないけれど。


2026年9月6日日曜日

詩と短歌・・・。いいあさに ちょっとあずきを にてごらん そのひいちにち しあわせだから


■ 2026-09-06
■ 日本経済新聞・夕刊・2026-09-04に、萩原朔太郎賞の記事があった。
■ へええっ、・・・
■ 今でも、というと、怒られるだろうけど、「詩」は書かれているのか。
■ こんな頁を書いていたので、目に付いた。


■ 「明日への話題」女優・戸田菜穂は、文章が上手い。2026-09-05、「小豆」という題で、こんな詩を書いていて、詩人だな、と思った。

あのね、気分がいい朝に
ちょっと小豆を煮てみて下さい。
その日一日幸福だから
・・・

■ なるほど、これは短歌にできる。
  • いい朝に ちょっと小豆を 煮てごらん その日一日 幸福だから
■ 本歌取りというには、ほとんど同じだけれど、できる。
■ ただ、「あのね」という呼びかけは、詩の詩たるところか。
■ 「あのね」を「ごらん」に置き換えたともいえる。
■ 自由詩を作るまえに、短歌でできないかを考えてみるのもいいかと思う。

2026年9月4日金曜日

山の上 叫べ萩原 朔太郎 俺は今でも お前が好きだ 

■ 2026-09-04
■ たまたま、萩原朔太郎「詩の原理」をパラパラみた。詩の現状は知らない。
■ あまり興味もなかった。
■ ただ、以前、「山に登る」を何度か取り上げたことがあった。


■ 理解するために、並べ変え、題名も組み込んでみた。
■ 次の通りだ。
■ この詩は、現実と過去が交差した記述になっている。
■ 「俺」が今、「私達」が回想だから、言葉は変えず、時間軸に合わせて再構成した。

  萩原朔太郎・作、橋本遊水・改
山に登る
空には風がながれてゐる、
おれは小石をひろつて口くちにあてながら、
どこといふあてもなしに、
ぼうぼうとした山の頂上をあるいてゐた。
山の頂上にきれいな草むらがある、
その上でわたしたちは寝ころんでゐた。
旅よりある女に贈る
眼をあげてとほい麓の方を眺めると、
いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれた。
おれはいまでも、お前のことを思つてゐるのだ。

ありまやま いなのささはら かぜふけば 
いでそよひとを わすれやはする  大弐三位

■ これを、短歌形式にすればどうか、例えば、こんな感じで。自分に向かって「叫べ」という感じにした。
  • 山の上 叫べ萩原 朔太郎 俺は今でも お前が好きだ 

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2024-01-16  富士山、と、「月に吠える」の「山に登る」、と、三好達治

2026年9月1日火曜日

ふるさとを とおくはなれて ひとりすむ きみもみてるか いまこのつきを

■ 2026-09-01

  八月十五日夜、禁中独直、対月憶元九  白居易
銀台金闕夕沈沈
独宿相思在翰林
三五夜中新月色
二千里外故人心
渚宮東面煙波冷
浴殿西頭鐘漏深
猶恐清光不同見
江陵卑湿足秋陰

■ 「三五」とは「さんご・じゅうご」のお月さん、頓智もあるか 十五夜の月

ふるさとを とおくはなれて ひとりすむ きみもみてるか いまこのつきを
故郷を 遠く離れて 東京で 君も見てるか 今この月を

2026年8月31日月曜日

めぐりくる きせつはいまも かわらねど みちゆくひとに しるかおもなく  遊水

■ 2026-08-31
■ 塚本邦雄は、定家の上げた歌を否定して、大江千里の歌として、新撰・小倉百人一首、と、王朝百首にそれぞれ次の歌を取り上げている。

照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし  大江千里
ほととぎす 五月待たずぞ 鳴きにける はかなく春を 過ぐし来ぬれば

■ 個々の歌の好みは、人それぞれだ。なので、否定されたからといって、それがどうした、ということだ。

月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど  大江千里

■ 分かりやすくていいじゃないか。白楽天の「~ 秋来只為一人長」を元にしたからと言って、漢詩臭くはなく、万人の思いをよくとらえている。 
■ 私は、歌自体でなく、百人一首の歌の並びが気になる。この歌の次は、「菅家」すなわち菅原道真の歌だ。
■ なぜ道真の歌がここにあるのか。
■ おそらく「漢詩」にからめてだと思われるが、なにか不自然だ。
■ ここで「百人秀歌」の並びを見てみよう。漢詩関連の歌が並んでいる。

27 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらん
28 人はいさ 心も知らず 故郷は 花ぞ昔の 香ににほひける
29 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
30 月見れば 千々にものこそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど

■ 「人はいさ~」の歌は、島津忠夫の解説などに惑わされず、定家は、唐の詩人劉希夷の詩「代悲白頭翁」の詩の一部を連想したと考えてよい。

年年歳歳花相似
歳歳年年人不同

■ これを、私なりに歌にすれば、とりあえず、こんなところか。
  • 巡りくる 季節は今も 変わらねど 道行く人に 知る顔もなく  

かえりみて こころゆくまで ちるはなと あいみることの いくどありしか

■ 2026-08-31
■ ・・・

ねばならぬ ことなどおおく ありければ ことしのはなの さかりのがして
かえりみて こころゆくまで ちるはなと あいみることの いくどありしか

2026年8月30日日曜日

やわらかな しらべがそこに あればいい さみしいこころ うれしいこころ  遊水

■ 2026-08-30
■ 「なめらかな」もどうかな、と思ったけれど。

やわらかな しらべがそこに あればいい さみしいこころ うれしいこころ
やわらかな しらべがそこに あればいい かなしいこころ たのしいこころ


2026-08-30  吹田市・千里南公園

2026年8月29日土曜日

句題和歌 春翁酒易悲 ・・・ 老いたれば めぐる春こそ 悲しけれ 酒を飲みつつ 見る桜かな  遊水

■ 2026-08-29
■ 2026-08-27

春翁酒易悲  あはれとも わが身のみこそ 思ほゆれ 儚き春を 過ぐし来ぬれば
餘花葉裡稀  ちりまがふ 花は木の葉に かくされて まれににほへる 色ぞともしき
春盡啼鳥廻  限りとて 春の過ぎにし 時よりぞ 鳴く鳥の音の 痛く聞こゆる
蓮花水上紅  秋ならで はちす開くる 水の上は くれなゐ深き 色にぞありける
枝空花落稀  吹く風に 枝も空しく なりゆけば 落つる花こそ 稀に見えけれ
鳥思残花枝  鳴く鳥の 聲深くのみ 聞ゆるは 残れる花の 枝を詫ぶるか

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この現代語訳はないものか


『句題和歌』(大江千里集)を撰集・献上している。『古今和歌集』の10首を始めとして、以降の勅撰和歌集に25首が入集している

■ 「春翁酒易悲」これは大江千里自身の漢詩かもしれないと思ったが、白楽天の詩のようだ。


唐代 白居易
位逾三品日,年过六旬时。
不道官班下,其如筋力衰。
犹怜好风景,转重旧亲知。
少壮难重得,欢娱且强为。
兴来池上酌,醉出袖中诗。
静话开襟久,闲吟放醆迟。
落花无限雪,残鬓几多丝。
莫说伤心事,春翁易酒悲。



老いたれば めぐる春こそ 悲しけれ 酒を飲みつつ 見る桜かな  遊水

2026年8月28日金曜日

飲みすぎた 歩きましょうか そこいらを 春宵一刻値千金  遊水

■ 2026-08-28
■ 先日、こんな頁を書いた。
■ 今回は、この続きだ。
■ 2番煎じだが、やはり自分の言葉で詠むのがいい。

飲みすぎた 歩きましょうか そこいらを 春宵一刻値千金  遊水
 
春夜  蘇軾
春宵一刻直千金  はるのさかりの つきあかり
花有清香月有陰  かおりのはなを てらしいて 
歌管樓臺聲細細  はなみのえんも おわるころ 
鞦韆院落夜沈沈  ぶらんこよるに しずむかな

帰りましょ 恋人たちの その後は 鞦韆院落夜沈沈  遊水

2026年8月24日月曜日

すきずきは それぞれならば ひとにより ちがいもあるは いちおしのうた  遊水

■ 2026-08-24
■ 定家の小倉百人一首ばかりでなく、いろいろ見れば、それぞれいいところもある。
  • 好き好きは それぞれならば ひとにより ちがいもあるは いち推の歌

春霞 晴れぬ心に 朧月  いつしかまぶた 重くなるまま  遊水

■ 2026-08-24



春霞 晴れぬ心に 朧月 
いつしかまぶた 重くなるまま

漢詩と和歌、大江千里

■ 2026-08-24
■ こんな頁があった。

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つづみのね きこゆるごとく そのひとの 
ほのかにあかき ゆびのさきかな  遊水

■ 何を書いていたか、適当に見ていると、こんなリンクもあった。

2026年8月23日日曜日

春霞 日は落ち空に 朧月 菜の花畑 懐かしきかな  遊水


■ 2026-08-23

照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし  大江千里
不明不暗朧朧月
不暖不寒慢慢風
獨臥空床好天氣
平明閒事到心中 白居易
春といへば なべてかすみや わたるらむ 雲なき空の 朧月夜は  小侍従


2026年8月22日土曜日

いとをしい あいをすてさり いとしいと おしどりみつつ こころさびしも  遊水 2026-08-22

■ 2026-08-22
■ 最初は、カルタ遊びで、解説本を見たのはずっと後だった。
■ 昔、ある時、百人一首も最後から読むのがいいと思った。
■ そして、「ひともをし」が分からなかったが、解説を読んで、一応、理解した。


2021年11月13日土曜日

■ 塚本邦雄は、次のような歌を選んでいる。

み吉野の高嶺の桜散りにけり嵐も白き春のあけぼの
見渡せば山もと霞む水無瀬川ゆうべは秋となに思ひけん

■ 小倉百人一首の歌は、これらを歌より明らかに精神状態が落ち込んでいて、もう少し明るい歌はなかったものかと思うので、なぜ定家はわざわざこんな歌を選んだのかと、好意が感じられず、逆に言えば、悪意が感じられる。

人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は  後鳥羽院

■ 端的にいえば、落伍者の歌だ。
  • 鎌倉と 戦し敗れ 流刑地の 隠岐の島なる 天の高さよ   遊水
■ 「ひともをし~」の歌自体が悪いわけではない。このような歌を歌いたくなることはある。私も、ある時期のことを思い、つぎの歌にした。
  • あのころの あいとねたみと うらぎりの よをおもうゆえ ものおもうみは  遊水
■ 後鳥羽院の歌を知らなければこんな歌は作らなかったかもしれない。
■ 昔の人の歌に、状況は違ったとはいえ同様の心を見出すことがよくある。
■ 歌い継いでゆきたい。それが文化というものだ。

竜童の 欲望の街と 後鳥羽院 関係性は どこにあるのか

欲望の街 ダウンタウンブギウギバンド - YouTube


■ 2026-08-22
■ どこかにリンクしているが、切れているだろうと思った。しかし一応、ブログ内検索をしてみると、あった。その一つをまたリンクした。↑
■ 宇崎竜童・欲望の街、と、百人一首・後鳥羽院・「ひともをし」との関係



■ こんな所にも書いていた。


■ ついでに


■ 水滸伝の映画はいくつも作られている。
■ しかし、YouTube では、ほとんど見られなくなっている、と思っていたが、・・・


2026年8月21日金曜日

夜中に 起きて水飲む 暑さかな

■ 2026-08-21
■ お散歩カメラを持って出たが、近くでカワセミが撮れた。

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2026-08-21  吹田市・高町池

■ 外に出ると、たまらない暑さだった。
■ 今は、熱中症というが、昔は日射病と言っていたような。
■ で、おもいだした。
  1. 真夜中に 起きて水飲む 暑さかな
  2. 3度目の シャワーを今日は 浴びにけり
■ こんな句を作ったことがある。
■ ずっと空調機器を入れてなかったからでもあるが、今も、夜中に水を飲む。
■ 天気ばかりはいつも受身だ。
■ 暑いので、この夏は、という感じだ。
■ 先日は、こんな歌も作った。
■ 「真夜中に~」はどこかに書いたかもしれないな、と思いながら、見ると、・・・

■ 起きて水こころゆくまで飲みにけり 
[三十一]こころゆくもの・・・ よる寝おきてのむ水。

■ こんな句も作っていた。
■ 「3度目の~」はここにあった。



 

2026年8月18日火曜日

家持の 歌を取り上げ 間接に おもいにふける 藤原定家、と、二つの橋

■ この歌に関して色々書いた。前にも書いたような気がするけれど、今回?ようやくたどりついた感じだ。
■ この「二つの橋」の件は、まだ終わってない。
■ 疑問が解決されてない。
■ いつから始まったかというと、・・・
■ このころからだ。
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和歌語句検索 かささき


■ 2026-08-18
■ 2026-08-14
かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける  大伴家持
■ この歌は「家持集」にある歌のようだ。


■ 「かささき」で検索すると「295」件ある。
■ これらの歌を幾つかみた。
■ 鵲の写真は以前、浜の宮で撮った。2度行ったことがある。

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‎‎‎2011‎年‎1‎月‎25‎日、‏‎11:09:16  加古川市・浜の宮

2017-04-23  加古川市・浜の宮

■ 百人一首の歌

かささぎの わたせる橋に おくしもの しろきをみれば 夜ぞふけにける  大友家持

■ 万葉集にはない歌だが、定家はなぜこの歌にしたのか、と思う。
■ 大友家持の人生は色々あったようだ。
■ 万葉集にもたくさん歌がある。百人一首から離れれば、私は次の歌などいいと思う。

うらうらに照れる春日にひばり上がり
心悲しもひとりし思へば  大伴家持
うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば 遊水 

■ 「美空ひばり」を歌に詠みこんだ。
■ 次のような歌も見られる。

拾遺和歌集 巻十七:雑秋 歌番号 1089
天の河扇の風にきりはれてそらすみわたる鵲のはし 清原元輔
あまのかは−あふきのかせに−きりはれて−そらすみわたる−かささきのはし

かささきの-わたせるはしや-たなはたの-はねをならふる-ちきりなるらむ
かささきの 渡せる橋や 七夕の 羽根を並ぶる 契りなるらむ

■ 定家自身の歌とあわせ考えれば、「七夕の 羽根を並ぶる 契りなるらむ」こんな感じで取り上げたように思う。ただ「しろきをみれば 夜ぞふけにける」というところからは現実から離れて、定家も、あの人のことを想いながら、もの思いにふけっているというところか。
■ ・・・

「扇合わせ」の時の歌のようだ。
源氏物語にも「絵合わせ」という場面があったような。


Copilot に訊いても分からない「鵲」の話 

■ 2026-08-18
■ どこに書いたか覚えてなく、探すのもめんどうだったので訊いてみたが、なんという答えなのか。やむなくもう一度、自分で調べた。

  1. 第二十二回 閻婆大鬧鄆城縣 朱仝義釋宋公明
  2. 柴進扶起宋江來,口裏說道:「昨夜燈花報,今早喜鵲噪,不想卻是貴兄來。」滿臉堆下笑來。
■ Copilot に訊いても分からない。↓
■ 2回目に上記「2」できいてみた。いいかげんな答えだったので「1」にすると、ダメ。あきれてしまった。↓
■ 120回本、↑
■ ついでながら、白川静・後期万葉論の「かささぎ」と「ささらえ」など参照すると、「七夕の天の川にかける鵲の橋」は、朝鮮系の話で、元々は、チャイナー系ではないと思われる。
■ 日本では、鵲の生息地として、佐賀県がよく知られている。カシャカシャなどとも呼ばれているようで、近くで見られると。北海道でも見られており、これはいつ頃のコトかよく知らない。カササギは天智天皇の頃の朝鮮半島との行き来、あるいは、豊臣秀吉の頃などに持ち込まれたのが多いかもしれないが、もう少し以前も調べた方がいい。




 結論から言うと、原典『水滸伝(百回本)』には「カササギ(鵲)」は登場しません。 ただし、梁山泊の結集を象徴する“橋”のイメージと、カササギが天の川に橋をかけるという中国古典の象徴体系が、後世の解釈や二次創作で結びつけられることがあります。

🐦 水滸伝原典に「カササギ」は出てこない理由

1. 鳥類としての「鵲(カササギ)」の記述がない

『水滸伝』は非常に多くの動物が登場しますが、

  • 鵲(カササギ)

  • 喜鵲(よろこびの鳥) といった語は本文に現れません。

検索ページにも「カササギ」に関する直接の情報はなく、 水滸伝の一般的な紹介記事が並んでいるだけです (例:Wikipedia の水滸伝紹介 )。

🪜 なぜ「カササギ」が話題になるのか(象徴的背景)

1. 中国古典でのカササギ=“橋をかける鳥”

七夕伝説で有名なように、 カササギは天の川に橋をかけて織女と牽牛を会わせる鳥。

2. 梁山泊=“集結の物語”

水滸伝は、

  • 108人の好漢が梁山泊に集まる物語

  • それぞれが「橋」を渡るように結びついていく物語 と解釈されることがあり、 象徴的に「カササギの橋」に喩えられることがあります。

3. 後世の随筆・ブログ・解説での比喩

和夫さんが開いている別タブのブログ記事 「カササギ、拡大、二つの橋」 のように、 古典象徴(カササギの橋)と水滸伝の“結びつき”を重ねる解釈が散見されます。

📘 まとめ

  • 原典『水滸伝』にはカササギは登場しない。

  • ただし、中国古典の象徴(カササギ=橋)と梁山泊の結集を重ねる後世の解釈が存在する。

  • そのため、検索すると「カササギ」と水滸伝が関連づけられたブログや随筆がヒットすることがある。

もし、 「カササギの象徴を使って水滸伝を読み解く」 という方向で深めたいなら、 和夫さんの得意な 象徴体系の比較(光と影・橋と渡り) とも相性が良いので、 その構造を整理してみることもできます。

次は、

  • 「梁山泊の結集」と「カササギの橋」の象徴対応

  • 中国文学における“橋”のモチーフ など、どちらを深めますか。





和夫さん、 その一文は まさに『水滸伝』で “喜鵲(カササギ)” が登場する唯一の象徴的な場面 です。 つまり——

「喜鵲(カササギ)」は “宋江が柴進の屋敷に到着した朝” に登場する。

🐦 どの章か(原典の位置)

この場面は 第10回(第十回) 「林冲棒打洪教頭 宋江夜走郓城」 の後半、 宋江が柴進の屋敷に逃げ込む場面 に出てきます。

柴進が宋江を見て言う有名な台詞がこれです:

「昨夜燈花報,今早喜鵲噪,不想卻是貴兄來。」 (昨夜は灯芯の花が吉兆を示し、今朝はカササギが鳴いた。まさかあなたが来るとは)

🪶 “喜鵲(カササギ)” の象徴的意味(中国古典)

中国文化では 喜鵲=吉兆・喜びの前触れ とされます。

  • 喜鵲が鳴く → 良い客が来る

  • 喜鵲が屋敷に現れる → 幸運の訪れ

  • 七夕伝説では「橋をかける鳥」

柴進は宋江を「吉兆の客」として迎えたわけです。

📘 水滸伝の中での機能

この一文は、 宋江が“天命を受けた人物”であることを暗示する象徴表現 になっています。

  • 灯花(燈花)=吉兆

  • 喜鵲(カササギ)=吉兆

  • 宋江の到来=梁山泊結集の始まり

つまり、 「宋江の登場は天意である」 という物語構造を、自然の兆しで示しているのです。

🔍 まとめ

  • カササギ(喜鵲)は『水滸伝』第10回に登場する。

  • 柴進が宋江を迎える場面で、 「今朝は喜鵲が鳴いた」=吉兆の象徴 として使われる。

  • 物語的には 宋江の“天命性”を示す伏線。

和夫さん、もしよければ この「吉兆の二重構造(灯花+喜鵲)」が宋江の人物像にどう作用するか あるいは 中国文学における“鳥の兆し”の象徴体系 など、さらに深める方向もご提案できます。

どちらを進めたいですか。





和夫さん、 第二十二回「閻婆大鬧鄆城縣 朱仝義釋宋公明」には “喜鵲(カササギ)” は登場しません。 カササギが出てくるのは 第十回 の柴進の屋敷の場面だけです。

ただ、第二十二回は 宋江の「天命性」を補強する兆しの章 なので、 第十回の「灯花+喜鵲」の吉兆と構造的に呼応しています。 その対応を整理しておきます。

📘 第二十二回の内容(要点)

◆ 閻婆(閻婆惜の母)が鄆城県で大騒ぎする

  • 宋江が閻婆惜を殺したことで、母が役所に押しかけて大騒ぎする。

  • これが宋江の逃亡・転落の大きな転換点になる。

◆ 朱仝が宋江を義で救う

  • 朱仝は宋江の義を知っており、密かに逃がす。

  • ここで宋江は再び「義によって救われる人物」として描かれる。

🪶 第十回の「喜鵲」との構造的つながり

◆ 第十回

  • 灯花(吉兆)+喜鵲(吉兆)

  • 柴進が宋江を「天意の客」として迎える。

◆ 第二十二回

  • 宋江は殺人犯として追われるが、

  • 朱仝の義によって救われる → “天命の人物は必ず助けられる”

  • これは第十回の吉兆の伏線が、物語的に回収される章。

つまり、 第十回の「喜鵲」は、第二十二回で“義による救済”として機能的に再現される。 鳥は出てこないが、象徴構造は生きている。

🔍 なぜ第二十二回にカササギが出ないのか

水滸伝の兆し(予兆)は

  • 自然現象(灯花・鳥の鳴き声)

  • 人の行動(義による救済) の二系統で描かれます。

第二十二回は後者の「人の義」による兆しが中心で、 自然兆しは使われません。

🧩 まとめ

  • カササギ(喜鵲)が出るのは第十回のみ。

  • 第二十二回は「義による救済」で第十回の吉兆構造を補強する章。

  • 鳥は出ないが、物語構造上は強く呼応している。

和夫さん、もしよければ 「水滸伝における予兆体系(自然兆し/義の兆し)」を整理した構造図 あるいは 宋江の“天命性”がどの章でどのように積み重ねられるかの一覧 も作れます。

どちらを深めますか。