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2026年3月8日日曜日

別れぞ恋の 初めなりける

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■ 2026-03-08
■ 今朝のNIKKEIプラス・なんでもランキングに、旅立つ共・仲間に・・・
■ 世代別の歌が幾つかあった。

■ 若い人に、人気のある歌なのか、聞いてみた。「道」↑
■ そして、三つの歌が頭に浮かんだ。
■ どこかに書いたような気がしたが、どこに書いたか、・・・
■ 「君により 思ひならひぬ 世中の 人はこれをや 恋といふらん: 在原業平」
■ おそらく、この歌を探せばいいだろう、と思いブログ内検索した。
あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり  藤原敦忠
きみにより おもいならひぬ よのなかの ひとはこれをや こひといふらむ  在原業平
あふまでの おもいひはことの かずならで わかれぞこひの はじめなりける 寂蓮

■ 昔の人は、うまく作るものだ。

2023年6月8日木曜日

片道切符


■ 2023-06-08
■ 英語では、恋と愛の違い、はない、・・・?
■ 恋の片道切符、という歌があったな、と思い、聞いてみたが、・・・
■ ちょっと、違っていた。
■ この日本語の題から勘違いしたのだ。
  • 恋への片道切符、ではなく
  • 恋から逃避の片道切符、だった。
■  しかし、まあ、元々、状況としては、・・・
  • 恋から愛の段階へ進む
■ 恋は片思いで、愛への過程であり、愛は互いの気持ちが合った、状態だ。
■ そして、振られた、というか、愛に至らなかった場合が、この片道切符だった。
■ まあ、だいたい、うまくゆかない。
■ 勝手に思っているだけだからだ。
■ 肝心なのは、自分の気持ちではなく、相手の心だから。



2023年5月28日日曜日

恋、と、孤悲、どんな文字で表現するのか

■ 2023-05-28
■ 日本経済新聞・私の履歴書に、池辺晋一朗が、・・・
  • 万葉人にとって恋とは、一人悲しむことだった。
■ ・・・と。
■ なるほど。
■ 例えば、↓、これは書き分けている。
  • 玉葛 花耳開而 不成有者 誰尓有目 吾孤悲念乎  第2巻102番歌・巨勢郎女
  • たまかづら はなのみさきて ならずあるは たがこひにあらめ あはこひもふを
■ ・・・

たがこひにあらめ  誰の恋なのか
あはこひもふを   吾は、孤悲、念

■ 今では「思う」しかないが「念」という文字で表現すると一層きもちがはっきりする。

白川静・文字遊心・平凡社、P.486 
[万葉]には「おもふ」が七百三十数例あり、半分が仮名、あとは「念ふ」が五「思ふ」が四の割である。他に、意・憶・想が一、二例、[記][紀]には惟・懐・欲・以為などもあり、これは散文的語彙とされたのであろう。

■ ・・・

2023年2月5日日曜日

「恋の予感」KOI-NO-YOKAN、の話、と

■ たまたま昨日知ったので古いことかもしれないが、もう少し書いておこう。
■ ちょっと似ているかもしれないが、
  • 一目ぼれ
■ これは出会ってからのコトで、
■ 例えば、
■ これは文字通り、あらかじめ、会う前に感じることだ。
■ 例えば、天気がいいから、とか、女性だったら、気に入った服を見つけたから、とか、
■ 何かが作用して、感じることだ。
■ 要するに、
  • 晴れやかな気持ち
■ それは人によって違う。
■ もちろん感じない人もいる。
■ 感じないことも多い。
■ 日本語と英語の違いは、
■ これらの違いにあるのであり、「恋の予感」の問題以前のことだ。
■ 「恋」に関して和歌や短歌、あるいは恋愛歌、失恋歌、腐るほどある。
■ 百人一首など、うんざりするのだ。
■ 先にもにもあげたが、
  • あふまでの おもひはことの かずならで わかれぞこひの はじめなりける // 寂蓮
■ 現代語的に表現すると
  • 会うまでの 思いは 恋の うちでなく
  • 別れが 恋の 始めなんだよ
  • google 翻訳
  • Until we met, my thoughts weren't in love 
  • Separation is the beginning of love
  • 片思い、だった。
■ ホントの恋とは何かをほのめかしている。
■ 愛は、・・・
  • 喧嘩して 分かれた後に 気が付いた
  • ほんとは君を 愛していたと
  • google 翻訳
  • After quarreling and splitting up, 
  • I realized I really loved you
■ 日本語では恋と愛の違いを言葉として表している。
  • 恋人
  • 愛人
■ この違いを見ればよりはっきりする。
■ よお知らんが、ここの翻訳例では、英語ではどちらも「love」になっている。
■ でも、日本人から見れば、違うでしょ、と言いたいところだ。
■ だから、元々「恋の予感」を言葉に即して翻訳しようというのが間違っている。
■ 英語でも「KOI-NO-YOKAN」でいいのだ。
■ なぜ訳す必要があるのかと思う。
■ ことばとはそういうものだ。
■ で、
■ ついでだけれど、・・・
■ 当時、・・・
  • 恋人は
  • 恋人が
■ この違いをアレコレ、話題にもなったが、本質的にはほとんど同じなのだ。
■ 何かモノをくれるのがサンタクロースであって、
■ サンタクロースはその象徴としての架空の存在を
■ 付け髭をつけ、赤い衣服を着せることで、現実感をもたせているだけなのだから。
■ 彼女にとってモノをくれるサンタクロースが恋人だっただけのことだ。
・・・
・・・
  • いにしえの うたをまくらに うたたねの さめてうたよむ はるはきにけり  遊水



2022年5月7日土曜日

紀貫之・その2、恋の相手は誰だったのか

 紀貫之・その2

■ 表歌、即ち、代表歌は作者と第三者では評価が違う。
■ 百人一首で定家は「人はいさ心もしらずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける(古今42)」を選んでいる。
■ この歌は貫之としては単なる、やりとりの歌、に過ぎなかったかもしれない。
■ 古今和歌集は貫之が選んだのだからそこに彼自身の代表かがあってもおかしくない。
■ 最後を飾っているのが、「道しらば」の歌だ。
  • 道しらば摘みにもゆかむ 住江のきしに生ふてふ恋忘れぐさ  つらゆき
  • その場所を 訪ねてみんか ひとり我 恋や忘るか ユウスゲの花   遊水
■ 彼の恋の相手は誰だったのか
  • 逢ふことは雲ゐはるかになる神の音に聞きつつ恋ひ渡るかな(古今482)
  • 色もなき心を人にそめしよりうつろはむとは思ほえなくに(古今729)
  • 玉の緒のたえてみじかき命もて年月ながき恋もするかな(後撰646)
 藤原定家や西行と同様で、皇族の人だろう。
■ 「逢ふことは雲ゐはるか」ということだから、片思いでしかなかったようだ。
■ だからだろうけれど、「道しらば」の歌には切実感が感じられない。
■ 「恋忘れ草」を摘んだところで、忘れるとも思えないし、それほどの問題でもない感じだ。
■ だいたい「恋」しか関心事はないのかと思うが、
■ それが当時としては歌の題材としての関心事、風潮だったのだろう。
■ ところで、相手探しは可能かどうか、彼の歌をすべて検討し、
■ 当時の可能性のありそうな女性を取り上げて、消去法で残ったひとであるかもしれない。
■ このようなことで、和歌の世界をよく知ることができるかもしれない。
■ 紀貫之の歌は
  • 勅撰和歌集に 435首
  • 古今和歌集のみでは 101首
■ のようだ。

2022年4月7日木曜日

なぜかしら 2

なぜかしら 2

■ 「言葉の連想・連鎖、恋の歌・愛の歌」の頁で
■ 次の短歌をあげた。
  • なぜかしら
  • 結婚してゆく男たち
  • 私の次にできた彼女と
■ このように「なぜかしら」と疑問を持つことはいいことだ。
■ 私は、百人一首を読み、なぜ定家はこの歌を選んだのか、人はなぜこの歌を詠んだのか。
■ そんな問いかけをしてきた。
■ この歌も今一度とりあげてみよう。
■ 幾つかの見方があるだろうけれど、
■ 先ず、男が最初に選んだのはこの人だった。
■ しかし、結婚したのは、次の人だった。
■ 要するに、男と女の価値の基準が違っていた、ということだ。
■ そして「なぜかしら」と思ったのは、その価値観の違いに気づいてないからだ。
■ あるいは認めたくないからだ。
■ これはこの人だけでなく、一般的にもいえることだ。
■ 一般的にも言えることだから、この歌は評価できる。
■ 内面を打ち明けるような歌はなかなかない。
■ 個人的な日常の雑文的短歌が多い中で、この歌は取り上げる価値がある。
■ 結婚ばかりでなく、「なぜかしら」と色々なことについていえるだろう。
■ さて、比較して、次の人の方がよい、と男は思ったという事実がある。
■ なぜ最初にこの人を選んだのかというと、例えば美人だったからかもしれない。
■ 付き合う前に外見で判断するのはひとつの方法だ。
■ なぜかしら、と疑問を持つのは、
■ 男が選んだ、次の人より自分の方が上のはずなのに、と思うからだろう。
■ 男の方は、付き合ってみて、思った程ではなかったということなのだろう。
■ どのように思ったほどではなかったのか、ということは色々あるだろうけれど、
■ 肌が合わない、ということもあるだろうし、
■ 知的に出来すぎていて、息苦しい、といったこともあったかもしれない。
■ 好みが違っていた、とか、色々あるだろう。
■ 経済基盤が違ったかもしれない。
■ 男は身の丈に合った選択をしたのかもしれない。
■ 求めるものが違っていた。
■ 短歌を作る人だから、
■ あるいは、夢と現実という違いがあるかもしれないが、
■ 「男たち」とあるから、問題はこの人自身にありそうだけれど
  • 結婚してゆく男たち
  • 私の次にできた彼女と
■ この人は、何人の、男たち、と、できた、のかなどというのはゲスの勘ぐりというもので
■ 作者から離れ、ひとつの歌として読まないといけないだろう。 
■ その後、どんな歌を詠んだのか、そういう個人的なことは、まあ、どうでもいい。
■ なぜかしら、なぜだろう、と問いかけることは新しい見方ができることになるだろう。
■ 教訓的に言えば、
■ 社会が、また、人間が、そして、人生とは何かが分かろうというものなのだ。
■ 男たち、とあるが何人の男たちかは知らない。
■ 世の中には男も女もたくさんいるのだ。
  • 恋せよ乙女
  • 熱き唇あせぬまに
■ かな。
  • あふまでの おもひはことの かずならで わかれぞこひの はじめなりける  寂蓮
■ ということであれば、判断基準が向上するだろう。
■  さて、丸谷才一・新々百人一首で、藤原定家・小倉百人一首と同様に、
■ なぜ彼はこれら百首選んだのか 、と思った。
■ 勅撰和歌集等は、 一般的には、春、夏、秋、冬、恋、等
■ 部立てがある。
■ そして巻頭歌はそのうち優れた歌が選ばれる。
■ 恋の部では、
  • 君により思ひならひぬ世の中のひとはこれをや恋といふらむ  在原業平
■ この歌が、2度選ばれている、と彼は指摘している。
■ なるほどである。
■ 新々百人一首も、春夏秋冬、賀、哀傷、旅、離別、恋、雑、釈教、神祗、の部立だ。
■ それらの中でそれぞれ最初の歌は何かと思った。
■ これについては、また後でとりあげてみよう。
 

2022年2月28日月曜日

私バカよね、と、A Fool Such As I

 私バカよね、と、A Fool Such As I

■ ちょっと比較してみよう。
■ 「こころのこり」があるのかないのか、・・・
■ 妹が買っていたレコードの Doris  Day の love him などよく聞いた。
■ 自分で積極的に何かを、ということでなかった。
■ 百人一首には恋の歌が多い。
■ 恋の歌とか愛の歌があるのは
■ それが人間社会のごく基本的なあり方の単位だからだ。
■ 色々な社会・政治形態があるなかで、
■ 個々人が思うことは様々だろうけれど、
■ 恋や愛が共通のものだとすれば、恋や愛について
■ その心が言葉になり歌になり歌われる。
■ 詞と曲、これが歌になるのだけれど、曲は調べであり、
■ 和歌、短歌で言えば、5・7・5・7・7にあたる。
■ 曲がないのは、言葉の多様性があるからで、
■ 曲の必要性がないからだともいえる。
■ そこに言語の深さがある。
■ 逆に曲を必要とするのは、言葉に深みがないからだとも言える。
■ 言葉の歴史が浅いからだといえる。
■ このあたりについてはまた後で書くことにする。
■ さて、
■ 恋や愛が共通のものだとすれば
■ 言葉によってどのように表されるかを比較するのがいい。
■ 共通のものなのに、いくつも歌われ続けるのは、ひとつは
■ 障害となるものが存在するからだ。
■ それが社会だ。
■ 恋や愛の歌の中にその社会が存在する。
■ そして、個々人の意識がみられる。
■ これらについて色々な歌を歌ってみればいいのだが、まあ、いい。
■ 今回取り上げた
■ 英語の歌詞に、・・・
  • You taught me how to love
  • And now you say that we are through
■ こんな部分がある。
■ 和歌にみれば、
  • あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり // 藤原敦忠
  • きみにより おもいならひぬ よのなかの ひとはこれをや こひといふらむ   在原業平
  • あふまでの おもいひはことの かずならで わかれぞこひの はじめなりける  寂蓮
■ これらの歌については先にもどこかに書いた。
■ 音楽としての歌の場合、歌手や歌い方や演奏にも左右される。
■ 歌手によりヒットする場合もある。
■ 和歌や短歌の場合左右されない。
■ 調べが言葉そのものにあるからだ。
■ 5・7・5・7・7という形は同じでも音声として発するき調べがでてくる。
■ 共感し、自分の言葉として心の中に入ると、たとえ音痴であろうとも
■ 自分の心として言葉にすることができる。