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2026年2月2日月曜日

中文>英文>日本文


■ 2026-02-22
■ 以前、・・・
■ こんな歌を作っていた。
■ 今回は、・・・
■ 嵐の音読みは「ラン」、訓読みは「あらし」
■ いつから、あらし、に「嵐」という文字を使うようになったのか。
■ やまおろし、やま・おろし。
やま・おろし
やま・あらし
■ ・・・
■ 漢詩の場合、直接でなく、中文>英文>日本文、このようにした方が意味的には正確になるかも。

煙嵐・・・、mist and haze、霧と靄 Misty haze、かすんだ霧

■ 2026-01-02

浩渺浸雲根,煙嵐出遠村。
鳥歸沙有跡,帆過浪無痕。

望水知柔性,看山欲斷魂。
縱情猶未已,回馬欲黃昏。

google 翻訳

Vast and boundless, it soaks the roots in clouds; 
mist and haze rise from the distant village. Birds return leaving traces on the sand; 
sails pass, leaving no mark on the waves.

Gazing at the water reveals its gentle nature; 
looking at the mountains nearly shatters the soul.
Even lost in pleasure, one cannot cease; 
turning the horse, dusk is about to fall.

広大で果てしなく、雲を通して根を浸し、遠くの村々から霧や靄が立ち上る。
鳥は砂に跡を残して戻り、帆は通り過ぎても波には痕跡を残さない。

水を見つめるとその穏やかな性質がわかり、山を見ると魂が震えそうになる。
楽しみに没頭していてもまだ終わらず、馬を回せば黄昏がもうすぐ訪れる。

Deepl 翻訳

Vast waters soak the cloud-kissed shore,
Misty haze rises from distant villages.
Birds return, leaving tracks in the sand,
Sails pass, leaving no trace upon the waves.

Gazing at the water, I know its gentle nature;
Looking at the mountains, my soul feels torn.
Though my heart still yearns to linger,
I turn my horse as dusk approaches.

広大な水は雲に抱かれた岸辺を濡らし
遠くの村々からはもやの霞が立ち上る
鳥は戻り砂に足跡を残し
帆は過ぎ去り波に痕跡を残さず

水を見つめればその穏やかな性質を知り
山を見上げれば魂が引き裂かれる
心はまだ留まりたいと切望するものの
夕暮れが迫る中、私は馬を返す

2026年2月1日日曜日

ことのはの 意味を確かめ ひらき見る 白川静 嵐の文字を  遊水 2026-02-01 追記

浩渺浸雲根,煙嵐出遠村。鳥歸沙有跡,帆過浪無痕。

望水知柔性,看山欲斷魂。縱情猶未已,回馬欲黃昏。


■ 2026-01-31
■ 藤原定家はその人の代表的な歌として選んだ。
■ その歌を正しく読み取ることは非常に意味あることだ。

2022年3月24日木曜日

ことば、と、文字

 ことば、と、文字
 
■ 百人一首というカルタ遊びは、
  • 読み上げられる歌を耳で聞いて
  • 下の句の札を探しとる
  • 速く取った方が勝ちになる
■ 声を耳で聞いて文字を目で探す。
■ 私は紙に書きつけながら歌を詠むこともあるけれど、
■ だいたい、頭の中で5・7・5・7・7の言葉を繰り返す。
■ 筆記用具を持ってないときは特に、覚えるまで何度も繰り返す。
■ そして、忘れないように、書きつける。
■ 歌は基本的には目で読むのではなく、聞くものだと思う。
■ だから、漢字交じりでなく、すべてかなで書いてみるのがいい。
  • ふくからに あきのくさきの しをるれば むべやまかぜを あらしといふらむ
■ まず、「しをるれば」にちょっとひっかかる。
■ 枯れるのではないか。
■ このようなことは、とりあえず置いておいて
■ この歌を漢字交じりに書くとしたら、どのように書くだろうか。
  • むべやまかぜを 
  • あらしといふらむ
■ この中で、名詞の部分を漢字にするとしよう。
■ やま・かぜ、を漢字にするか
■ あらし、を漢字にするか。
■ どちらもなのか。
■ 私だったら、あらし、は漢字にしないで想像させるようにするだろう。
■ 現代の我々はなんら疑問も感じないで「嵐」を「あらし」と読んでいる。
■ もともと、漢字は日本にはなかった。
■ だから逆なのだ。
■ 「あらし」を「嵐」と書くことにしたのだ。
■ ところが文屋秀康の時代はどうだったのか。
  • 山風を嵐
■ と書いて、この歌を単なる言葉遊びだとするのは短絡的だ。
■ 嵐という文字はいつ日本に入ってきて、いつから「あらし」と読まれるようになったのか。
■ まあ、そういうことだ。
■ 仮に、文屋秀康の時代に、あらし、が嵐ではなかったとするならば、
■ まさに彼こが、それをなしたということになり彼の功績と言えよう。
■ たとえ、彼が最初でなかったとしても、この歌で、あらし、に関する認識が広がったと考えてよい。
■ 音声としての、ことば、と表記としての文字、これが日本語では大切だ。
■ 繰り返すが、
  • この歌を単なる文字上の言葉遊びだとするのは短絡的だ
■ さて、この後だ。
  • ふくからに あきのくさきの しをるれば
■ この上の句、何とかならんかと思う。
■ しかし、この歌の場合、彼は彼で詠ったのだからそれでいいかもしれないと思う。
■ というのも、嵐という文字やことばについて言いたいことがあるわけではないからだ。
■ また、そのうち機会があれば考えることとし、すっきりしていないが、次の歌をあげておこう。
  • 山おろし庭の草木も枯れ荒れる山風なればあらしなりけり  //  遊水
 

心なき爱でココロが知られけり

 心なき爱でココロが知られけり■ 百人一首の西行の歌は「嘆けとて」だが、
  • 心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮 [新古362]
■ この歌はよく知られている。
■ 小林秀雄・西行、でも最初にこの歌をとりあげている。
■ 心なき身、とはこの歌では「あはれ」を感じることのないような境遇の者になる。
■ 小林は、心なき、という言葉自体に関して何も言ってない。
■ ただ、
  • 俊成の眼には、下二句の姿が鮮やかに映ったのは当然であらうが
  • 歌の心臓の在りかは、上三句にあるのが感じられるのであり、其処に作者の疼きが隠れている
■ としているが、小林は歌の心を知らなかったような感じだ。
■ 西行が自分のことを、心なき身、ということは
■ 逆に言えば、いかにも俺は、あわれ、を知っていると強調する感じで嫌味だ。
■ 一般的に悩みは西行だけのものではなく、様々な悩みを他の人もそれぞれ持っていると思う。
■ ただ、歌にすることができないだけだ。
■ 歌は作者から離れて存在しなければ価値はない。
■ 読む人に共感できることでなければ、まあ、勝手に悩めばいいという感じになる。
■ 「其処に作者の疼きが隠れている」などと出鱈目をよくいったものだ。
■ 百人一首の彼の「嘆けとて」を何度でも読んでみるがいい。
■ ところで、
■ 鴫たつ沢、の鴫とは何シギなのか、ということだが、野鳥撮影をしている立場でみると
■ おそらく、ハマシギなど、群れている種ではなく、
■ 「沢」だからアオシギが一番あてはまりそうだが、数は少ない。
■ アオシギは人が近づきにくい所にいるように思う。
■ とにかく、タシギなど1羽とか少数で生息している、種だと思われる。
■ 鴫たつ沢、とは潜んでいた鴫がいきなり飛び立つ様だ。
■ それにより、自分の存在以外の存在に気づいた。季節を感じたということだ。
■ 秋でなく春にも似たような場面はある。
■ 河川敷を歩いていると、いきなり足元から雲雀が飛び出すことがある。
■ ぎりぎりまでじっと隠れているのだ。
■ ついでに、山本健吉め基本季語五〇〇選、も見た。
■ 彼は鳥類に関して詳しい。
■ さて、
■ 百人一首に
  • 吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしと言ふらむ(古今249)
■ こんな歌がある。
■ 万葉集には
  • [歌番号] 13/3282
  • [原文] 衣袖丹 山下吹而 寒夜乎 君不来者 獨鴨寐
  • [訓読] 衣手にあらしの吹きて寒き夜を君来まさずはひとりかも寝む
  • [仮名] ころもでに あらしのふきて さむきよを きみきまさずは ひとりかもねむ
■ このころは山から吹く強い風の「山おろし」を「あらし」としたのだけれど
  • 山風をあらしと言ふらむ
■ この「あらし」を「嵐」と書いてしまうと、ただの言葉遊びだとみられて、つまらない、ことになる。
■ 文字の「嵐」が「山」と「風」で構成されるからといって、「嵐」と書くと
■ 掛詞的に
  • 荒らし
  • 嵐
■ という意味合いを持たせにくくなる。
■ 作者は「あらし」と書いていたのではないか。
■ 草木のしをる、つまり枯れてしまうのは山風が吹くからだ、とする歌なのだし、
■ 声に出してのことばの表記として「嵐」という文字は使わない方がよいと思う。
■ 山下、山おろしは地方により
  • 六甲おろし
  • 比叡下ろし
■ などと呼ぶこともあり、平野部では木枯らしや凩ということばもあるけれど、
  • 吹くからに 庭の草木も 荒れ果てる むべ山風を あらしといふらむ // 遊水
  • 山おろし 庭の草木も 荒れ果てる むべ山風を あらしといふらむ
■ こんな歌にしてもよかったかもしれない。
■ 言葉のごく本質的な意味は言葉自体にある。
■ 言葉を表す文字に内在している。
■ まあ、そういうことだが、
■ 気づくことは大切なことだ。
  • 明日という字は明るい日とかくのね
■ こんな歌がある。
■ 私の好みではないけれど、この人はそこに気づいた。
■ この歌を聞いて、
■ なぜか、「心なき」を思い出し、
■ google 翻訳で「愛」の簡体文字を一応確認した。
■ 心がない愛は愛といえるだろうか、ということ。
■ 文字を変えたのは、邪悪なココロ、邪悪な意図がある、とするYouTubがあった。
■ この文字を変えたばっかりに、この文字ばかりでなく、なぜ変えたか、と。
■ その意図について考えない人も多いだろうけれど、文字が存在する限り
■ また、心のある愛という文字が存在するかぎり、比較され、
■ 知られることになる。
■ 心ある愛から心を取り去ったのはなぜかその理由が考えられることになる。
■ ひとつの漢字だけでなく漢字という文字を捨てた民族もある。
■ 文字のもつ文化を捨ててしまう人の気持ちが分からない。
■ 自分たちの過去を忌まわしてものと自覚し、否定したということか。
■ まあ、いい。
■ 短歌調に31文字で表現すると、
  • 心なき 爱でココロが 知られけり 
  • かの大陸の  うすらわらいの
■ 西行の歌を素に作ってみただけだが、
■ 5・7・5・7・7、という形式に当てはめることはできそうだ。
  • 心なき身にもココロは知られけり
  • 心なき身にもあはれは知られけり
■ としても何か作れそうだ。