ラベル 式子内親王 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 式子内親王 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年8月10日月曜日

私より おそらく前に 同様の 結論を得た 人いるだろう 2026-08-15


■ 2026-08-15 追記。
■ 2026-08-10
■ 結論を急ごう、という言葉がある。急ぐことはない。
■ 2024-01-19 第一刷発行・田淵句美子著「百人一首 ---- 編纂がひらく小宇宙」を何度も読んで、確信した。
■ 何度も読んだのは、百人一首と「百人秀歌」があったからだ。
■ おそらく、私より前に、同様の結論を得た人もいるのではないだろうか。
■ これは、島津忠夫の本の「百人一首の注釈書」の数を見れば、「まさに汗牛充棟というべく、すこぶる多い」からで、これだけ多くの人が研究してるなら、誰かいるのではないか、と思う。このリストにある書物、どこかにまとまってあるのだろうか。これらの中で、「白眉」とか「新見」などとあるのは参考になるかもしれない。
■ 小倉百人一首は下書きで、「百人秀歌」がより後に作られた。
■ 論理的常識では、こうなる。
■ おそらく大半の人は同意しないと思われるので、議論はしない。ただ、自分自身のメモとして書く。
■ 一番の理由は、以前、何度も書いたが、・・・

自分の作品の最後に、他人の歌は置かない。

■ 後鳥羽院の歌は定家にとって邪魔だ。
■ 定家自身の歌は、単純と言えば単純な発想による選択だ。
■ 相手の心を見透かしたような恋愛に関する、自信たっぷりの歌だ。
■ 若いころの歌だろうが、それを最後まで残したのは、彼の実体験だったからだろう。
■ 相手は誰かを追求しても意味はないが、私の推測では、こんな歌の人かなと思う。

かへりこぬ むかしをいまと おもひねの 
ゆめのまくらに にほふたちばな 

 

2026年7月1日水曜日

おあいては どなたでしたか あのときの 柘植の枕に 謎かけられて

■ 2026-07-01

式子内親王、4首

かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(新古240)  
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする(新古1034)
忘れてはうちなげかるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(新古1035)
わが恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕(新古1036)

君が代にあわずは何を玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を  藤原定家 

2021年12月25日土曜日

玉の緒

■ 流行歌は人がその歌に心を寄せるからはやる。
■ 歌は世につれ、世は歌につれ、などと言われたが、
■ 現代においてはそうとばかりも言えない。
■ はやっていたころは、
  • 聞く人
  • 歌う人
  • 作る人
■ レコードを売るための世の仕組みが決まっていたが、
■ シンガソングライターの出現やら、なんやらで構造が変化した。
■ しかし、男女の心情はごく根本的には変わらない。
  • 男がいて、女がいる。
  • 女がいて、男がいる。
■ 昔も今も変わらない。
■ 俗っぽい歌謡曲は分かりやすい。
  • あえば わかれが こんなにつらい
  • あわなきゃ よるが やるせない  作詞:吉川静夫
■ 百人一首から幾つか歌を拾っておこう。
  • 43番 権中納言敦忠  あひ見ての のちの心に くらぶれば 昔は物を おもはざりけり
  • 44番 中納言朝忠  逢ふことの 絶えてしなくば なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
  • 89番 式子内親王  玉の緒よ 絶えなば 絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする
  • 37番 文屋朝康  白露に 風の吹きしく 秋の野は 貫き止めぬ 玉ぞ散りける
■ 万葉集には真珠の歌がたくさんある。
■ 玉となってあなたの肌に触れていたい、などという歌もある。
■  逢うこと、と、別れること
■ この関係、ふたりの心と心をつなぐ糸、それが「玉の緒」と素朴に捉えると分かりやすい。
■ 44番の歌と89番の歌はよく似ている。
■ 関係を断ってしまえば悩むこともないし、人に知られないよう忍ぶこともない。
■ ということだが、未練なのだ。
■ 「あい見て」しまったのだから。
■ まあ、そういうことだろうが、
  • 貫き止めぬ玉
■ はなかなかうまい表現だ。
■ 白露の散る様を歌にしているのだが、・・・
■ なぜ、定家はこの歌を取り上げたのだろうかと思う