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2023年2月27日月曜日

大伴家持、二十五日に作る歌一首、と・・・

■ まず万葉集・原文を見てみよう。
  • [歌番号]19/4292
  • [題詞]廿五日作歌一首

    [原文]宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比<登>里志於母倍婆

    [訓読]うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば

    [仮名]うらうらに てれるはるひに ひばりあがり こころかなしも ひとりしおもへば

    [左注]春日遅々鶬鶊正啼 悽惆之意非歌難撥耳 仍作此歌式展締緒 但此巻中不稱 作者名字徒録年月所處縁起者 皆大伴宿祢家持裁作歌詞也

    [校異]等 -> 登 [元][類][文][紀]

    [事項]天平勝宝5年2月25日 年紀 作者:大伴家持 悲嘆 春愁 動物 孤独

    [訓異]うらうらに[寛],

    てれるはるひに[寛],

    ひばりあがり,[寛]ひはりあかり,

    こころかなしも[寛],

    ひとりしおもへば,[寛]ひとりしおもへは,

■ 「に」が続いている。
  • うらうらに
  • てれるはるびに
■ 「に」が二度使われるのは煩わしい。現代語的に言えば
  • うらうらと
■ という感じだ。
  • うらうらに、照れる
■ このような言葉遣いから
  • うららかな
■ という表現がこの頃なかったのかもしれないと思う。
■ というのも
  • うららかな、であれば、てれる、につながらず、
  • うららかな 春
■ となるだろう。
■ さて、先に次の歌を作った。
■ 何を言おうとしているのか、というと、紀友則の歌
  • ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづごころなく はなのちるらむ
■ 並べてみると分かるが、「ひさかたの」は「ひかり」にかかる言葉ではない。
■ 春にかかる。
■ つまり「久方の春」である。
■ ひさかたという言葉が多く使われるようになり枕詞として分類されたようだ。
■ 誰が最初に使ったのか。
■ 元々は、枕詞であったとは考えられない。
■ ついでながら、以前こんな歌を作った。
  • うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば
■ 歌手・美空ひばりを織り込んでみたのだ。
■ ということで、・・・
■ 美空の唄を聞いてみよう。


2023年2月25日土曜日

「心静かに」から「静心なく」

■ 去年の春、として、
  • うらうらと ひかりのどけき はるのひに こころしずかに はなをめでたり
■ と。
■ これが、どう変化したか、だが、
  1. はなをめでたり
  2. はなをめでたし
■ 1から2に心境が変化した。
  • 「り」と「し」
■ この一文字で、「願望」になる。
■ それが満たされなかったということで、
■ 「心静かに」が「静心なく」と「人の心」から「花の心」にとらえ方がかわった。
■ 擬人法なのだ。
■ つまり、自分は「心静かに」花を楽しみたいのに、花の方が「静心なく」なのだ。
■ この辺が見せどころということだ。
■ 今年は、と期待しながら、日々の天気を気にしていた。
■ 春は案外天候に左右され、花見時を逃してしまうことも多い。
■ だから、久しぶりの天気を喜んだのだった。
■ 「光のどけき春」と状況が気持を浮き立たせている。
■ だが、現実的には、「しかるに」ということで、
■ 「うらうらと」から「ひさしぶりの」「久方ぶりの」として
■ 「ひさかたの」に置き換えられた。
■ これにより、「静心なく」が強調された。
■ この言葉遣いの巧みさというか、うまいものだ。
■ 「ひかりのどけき」だから「うらうら」は必要ない。
■ まあ、そういうこともあり、
  • しずごころなく
  • こころみだして
  • きもちもしらず
■ めでることもなく花は散ってしまった。
■ となるが、逆に
■ 「うららかな」とすれば「ひかりのどけき」は不要で、
■ 「うららかな」と5文字であれば1句目になり次は7文字となるので、1句と2句目が入れ替わり、
■ 「久方の」と気持ちを表現する言葉として「心待ちした」にすることになる。
■ で、
■ 「はるなのに」は「春の日に」とする方がいいかもしれない。

 

2023年2月20日月曜日

桜の花の咲くころ : うららかな こころまちした はるなのに きもちもしらず はなはちりゆく  遊水

■ この歌はいい歌だ。
■ 好きな歌でもある。
  • ひかりのどけき
  • しずごころなく
■ この言葉遣いがよい。
■ しかし、「久方の」が「光」にかかる枕詞などとして、
■ 本来の意味で解されないのならば、この歌にこだわることはない。
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく  遊水
  • ひさしぶり うららきぶんの はるなのに こころみだして はなはちりゆく
■ 「ひさしぶり」を捨てることもできる。
■ いったん、何もなくして、気持ちを自分なりに表現すればいいのだ。
  • うららかな こころまちした はるなのに きもちもしらず はなはちりゆく  遊水
■ これで、紀友則の歌の心は受け継ぎながら、言葉としては離れることが出来たかと思う。
■ ついでに、・・・
  • うきうきと こころまちした ときなのに きもちもしらず ひとはさりゆく
■ 応用というか、変化だ。
■ 言葉は昔から同じモノではないし、なかった言葉もある。
■ こころを託せる言葉がないとき、新しく言葉を作り出してきた。
■ 昔の人は、言葉を大切にし、なるべく通じるように、
■ いわば論理的に歌を作ってきたと思われる。
■ そうした人の心を歌のなかに読み取らなければならないと思う。
■ 桜についての歌はたくさんあり、それぞれの思いが表れている。
■ 俳句や短歌は、575、あるいは、57577で誰でも作ることができる。
■ 誰でも、自分の心を詠み言葉に託すことができる。
■ 小学生も俳句を作る。
■ 大人になれば、何というか、句や歌の良し悪しを気にするようになるのかもしれない。
■ だから難しい、などという。
■ 自分の言葉を575や57577にするだけなのに
■ 人の評価ではなく、自分の言葉かどうか、自分の心かどうかだ。
■ 歌を読み、歌を作ることで、人々は心を通わし、つながることができる。