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遊水俳句 3
七十一句
人形の首も正月淡路島
向う岸葦焼く人の動きかな
眠る猫春の日差しに耳動く
沈丁花、猫の死体を隠しけり
沈丁花、口笛吹いて来る男
奥山のその山奥の辛夷かな
こぶし咲く南に多く枝を張り
山火事のあとに萌え立つ蕨かな
立ち上がりたんぽぽ風を待っており
川の辺の土筆つんつんイヤリング
ふるさとのつくしどくだみとんぼとり
地層なる不思議なるものすみれ草
菜の花や左大阪右は京
どこなりとおいでなはれや桃の花
蝶々は美し悲し箱の中
花冷えに捨て犬ひろい帰りけり
春風や小便無用御所の塀
おや旦那ごめんあそばせ春の宵
笑い声聞こえて花の盛りかな
咲けば散る散れば安堵の桜かな
散る桜昭和は過去となりにけり
山笑う値千金甲斐の国
降る雨にくちなしの花枯れ錆びて
睡蓮の大山崎に遊ぶかな
新緑の木の葉隠れに鳥の声
あの人とキスするようにさくらんぼ
風渡るとうもろこしの畑かな
蛤の中に小さな蟹のいて
欄丸や一声高きほととぎす
露草や朝刊脇に土手の上
初夏の木々の揺らぎや陽の光
夏草や古い民家の梁太し
打ち上がる花火背中に別れけり
松の木にナイフ突き立て暑い夏
箕面山冬虫夏草仄白し
鼻唄で西瓜を下げて行く男
打ち水のひしゃくの様や石畳
天秤をにないてスックと金魚売り
関西の小さな旅の蝉時雨
夏山の流れに足を浸しけり
虹の如脚不確かな想いかな
台風の近付く雲の動きかな
赤とんぼ指定席なる棒の先
丸い豆はじけ飛び出す日となりぬ
今朝の風盛りの夏を懐かしむ
秋の蝶とまることなく飛びゆけり
月見草嫁ぎし後の姓知らず
一通の手紙が届く九月かな
白い風、貝の化石の遠い日々
ヴァイオリン憂い秘めたるニスの色
夕べには虫の音繁くなりにけり
秋草やヘルマン・ヘッセ庭仕事
墨ついで秋の愁いや句のにじみ
山遠く来し方思う秋の午後
湖の向こうの村の秋祭り
水切りの数を競いて紅葉かな
水彩の絵筆に赤く山の色
秋冷や遠くに山の見える駅
茶の花の遠い記憶の端にあり
山茶花や次の言葉に迷いけり
どの木々も次の花芽をつけており
風呂のふた開けて冬至と知りにけり
一枚も残さずいちょう並木かな
霜の夜や月落ち鴉鳴ける枝
詩を作る心が雪に目を覚ます
外は雪銀の細工の手を止めて
降る雪の隣の屋根に降る雪の
息白し淀川に浮く鳥の数
寒灯や琥珀の虫の動かざる
年は行く、白いキャンバスそのままに
夜の底で汽笛が吠えて年明ける
あとがき
遊水俳句2を選んだ頃から「緑の記録」が始まり、歌を多く作るようになった。今までの句の整理、区切りのつもりで遊水俳句3を選んだ。
夜の底で汽笛が吠えて年明ける
最後にあげたこの句を作ったのはいつだったか、随分前のことだ。父から句歌の手紙が来るきっかけとなった句で、「たんころりんの歌」の最初の句を読んだとき、ああ、覚えていてくれたんだ、と思ったことを懐かしく思い出す。