■ 2026-07-15
■ 2026-07-14
■ 2026-07-01
■ 白川静「字通」を見ると、「呪」は「祝」の意味にも使われた例もあった、ようだ。
■ しかし、まあ、呪いとは、言葉や、意識で、念力で、あるいは、人ガタに針を刺すなどの行為で、怨み、憎しみのある相手を貶めたり死に追いやろうとするコトだが、特定の誰かを相手にするのでなく、客観的に見て、そのような状態に、あたかも、金縛りのように、硬直状態にあることも、一種の「呪い」がかかっていると理解していいかもしれない。
■ 「怖い」とみんなが言うから「怖い」。本当は「幽霊の招待見たり枯れ尾花」であったとしても、多くの人がそれに気づかず固定観念というか意識として存在しているものはある。多くの意識が仮想現実を作り出す。嘘がまことになると困ったものだ。
■ あんた、知らへんのォ、みんな知っとるでェ、常識やんかァ、などと常識の意味を理解せず、論理を無視し自分の都合よい意見を押し付けようとする、非常識な「常識」もあり、いわば、呪いに属することばに分類してもよいかもしれない。
■ 無意識に、特定のでなく、禍を与えようと意図するものでなくとも、安易に信じることが世に影響を及ぼすことはある。
■ 言葉は多くの人が使用するので変化してゆくが、いったん定着するとなかなか、変えられないものでもある。特に権威ある人、というか、よく知られた人が発言すると自分で考えることもなくなり、その言葉がそのまま、あたかも自分の意見であるかのように、口にされることもある。
■ 和歌に於いて「枕詞」という用語がある。これもそのひとつだ。
■ 共通概念を、簡単にするために用いる用語だが、意味不明の言葉を枕詞に分類すると困ったことになる。いわば無知なる「枕」の呪いだ。
■ そして「枕」を「暗号」だと認識するものも現れたようだ。
■ ガタンと何かの衝撃で、毒リンゴを吐き出す白雪姫は、己の美貌を自慢する女の呪いから逃れられたが、彼女一人だったからだ。広く普及した「枕」の呪いは解けることなく、常識的・論理的な見方が示されたとしても、数には敵わないことだろう。
■ ついでながら、誰が一番美しいかと鏡に訊くのだが、この鏡は魔法の鏡ではない普通の鏡だ。鏡に映った自分の顔に衰えを見出したからに過ぎない。認めたくなかっただけだろう。まあ、どうでもいいか。
■ なので、言い争いたくはない。無駄だ。
■ 前置きが長くなった。
■ 私にはよく分かるが、百人一首の歌で、難解とされる歌がある。
■ 古いカルタに「千早振る」と書かれた在原業平の歌だ。
■ 一時流行った、ブランド名がモノをいうルイビトンのバッグと同じで「ビニールなのにね」という人がいたが、「高かったのよ」という価値観の人には通じない。
■ また、恩師に逆らっても得はない、との人生を送る学者を相手にしても、一つや二つ、些細な事だ、と無視するだろう。
■ 困窮した、無知な公家の手内職であっても、金箔カルタは、価値あるものだった。
■ 多量生産のカルタになっても、書かれた文字がそのままであれば、文字の持つ力に変わることはない。
■ 推理小説はひところ知的遊びだとして読まれたこともあった。
■ しかし、しょせん作り物だ。飽きる。
■ 難解とされる歌を対象に考える方が楽しい。
■ 事実とは何か、本当のところはどうなのか、推理というより、論理だ。
■ さて、結論を先に書くと
■ 夏目漱石は、明治29年秋に香椎宮を訪れている。
秋立つや千早古る世の杉ありて 漱石。香椎宮
■ この歌を、明治29年9月25日に子規に送り、正岡子規・選句集「承露盤」にとられている。
■ そして、もちろん、藤原定家はこの言葉を知っていた。
■ 時代としては逆だけれど、私が確認したのはこの順番だった。
■ 要するに
■ これに誰も気が付かなかったかどうか知らないが、・・・
■ 私が初めてではない。調べれば、分かることだが、気が付いた人は、定家以外に、少なくとも一人はいた。
■ この歌については何度か書いた。
■ 人の作った推理小説などではなく、いにしえの歌を対象に遊んだ方が日本文化の継承にも役立つことだろう。
■ 百人一首もその一つだ。
■ 以下、紆余曲折はあるものの、遊びの過程を記録しておこう。
■ 他の歌についての参考になるかもしれない。
Q 古今和歌集に在原業平の歌はいくつあるか
A 在原業平の歌は古今和歌集に30首収録されています
53-春歌上 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
294-秋歌下 ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは
747-恋歌五 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
Q 勅撰和歌集における巻頭歌として在原業平の歌はいくつあるか。
A 9首。在原業平の歌は、『古今和歌集』に14首、
『後撰和歌集』に8首、『拾遺和歌集』に2首が収録されています。
また、他にも『新古今和歌集』以下の勅撰和歌集にも9首が採録されています
■ 丸谷才一は、新々百人一首に、こんな歌を上げている。
君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ 業平
■ 人により好き嫌いはあるものの。一般に、在原業平は歌が上手いと評価されている。
■ しかし、古今和歌集の序で、紀貫之は「その心あまりて言葉たらず」と辛口だ。
■ 「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」これも「その心あまりて言葉たらず」なのか。「心あまりて」というのは、その心は、有り余るほどある。分かっているが「言葉たらず」即ち、表現が「もひとつだ」ということのようだ。
■ 「ちはやふる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは」これも「その心あまりて言葉たらず」なのだろうか。この歌は、昔から、解釈が「?」で難解な歌として知られている。
■ ところが、と話は進むのだが、
〇 〇 〇
■ この歌の前に、「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」について書いておこう。
■ 桜の花はよく好まれ、花見と言えば桜で、珍しいものではない。そのような観点から見れば「世の中に 絶えて桜の なかりせば」というのは大げさすぎないか、南北に長い日本列島故に、見損なったら、桜前線を追いかけ、次の名所に行けばいいだけじゃないかともいえる。
■ このように見方によっては平凡な桜を、業平は、なぜ、このように詠ったのか、と思うが、「桜」とは何か、などと堅苦しく考えることはない。素直に「桜」は美しい、桜は美人の象徴だと考えてよい。
- 「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら歴史は変わっていた」(パスカル)
- 世の中に クレオパトラが なかりせば 男の心は のどけからまし
■ パスカルは散文で書いた。和歌にすれば、こういうコトだろう。同じ構文だ。だが定型にすることで、言葉を一部「置き換える」という発想が出てくることが分かる。これが、みそひともじ、という定型の和歌・短歌のもつ特徴とみることができる。定型にすることで日本の文化に入ることができ、思考方法が理解できるということだ。
■ google 翻訳してみよう。
If Cleopatra had not existed in this world,
the hearts of men would have been at peace.
■ これを世の人に問うてみたらいい。そして、元々は、クレオパトラでなく「桜」のコトです、と。
■ 和歌では、間接的に表現し、ここでは「あなたは桜のように美しい」とか、「私は桜が大好きです。そして、あなたは私の桜です」というように理解したらいいように思う。
■ 唐突にクレオパトラが出てきたように思うかもしれない。流れとしては、逆だ。
- 春の心は のどけからまし、とあるが、
- 「春」そのものに「心」はないでしょ、と、世の中には屁理屈者がいる。
- もちろん、桜の咲くころ、春という季節に思う「こころ」ということだから
- 「春のこころ」でなく、「人のこころは、のどけからまし」としても、悪くはない。まあ、いいかもしれない。むしろ、そのように発想を変えることが重要だ。
- そして、「人」を「男」に限定すると、「美女」が無理なく連想される、のだ。
- さらに、「絶世の美女」と連想してもいい。
■ 次に、本歌取りだ。
月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして 在原業平
おもかげのかすめる月ぞやどりける春や昔の袖の涙に 藤原俊成女 新古今集 恋二
■ 桜、月、そして、紅葉、季節の移り変わり、月の満ち欠け、これら普通の、よくある状況をいかに表現するか。これが和歌における「心」と「言葉」ということで、本歌取りする人がいて、同じような気持ちだが、人により異なる表現があることが分かる。
■ 紀貫之は「その心あまりて言葉たらず」と評した。ところが、藤原満基は「是は心詞かけたる所なきゆへに入れらるる也」としている。即ち、完璧という評価だ。しかし、今も理解されていないようだ。なぜ難解なのだろう。それは、藤原満基のこの言葉を知らないからでもある。「是は心詞かけたる所なきゆへに入れらるる也」「かけたる」即ち「欠けた」所がない、と評価している。このことばが正しいはずだ、と思うと、自分がとらえきれてないことに気付くだろう。
〇 〇 〇
■ 話は変わるが、・・・
■ 「縄文杉は1966年に発見され、現在確認されている中では世界最古で最大級と言われているスギ」のようだ。
■ 縄文時代は、日本列島之における考古学上の時代区分のひとつを表す言葉だが、どこまで遡ってその時代とするかは、今なお定まってない。
■ 「縄文時代」という言葉は新しく、発掘など考古学による調査などなかった平安時代には当然なかった。古い時代をどのように表現するかは、その時代の認識による。
■ 古事記や日本書紀には、人の時代の前は「神の代」であった。神は「上」で、もちろん、「god」などではなく、親の親、そのまた上の親である人間だった。
■ 平安時代には、神代は千年前の時代という認識で、「千年」という言葉も、1000年、2000年というような数値ではなく、千年杉というように「古い」ことを指す言葉であるととらえていた。「千年杉」より古いから「縄文杉」という言葉が生まれたということだ。
■ 千早古神代、であり、千早古神、ではない。
■ 枕詞と分類される「ちはやふる」は「神代」にかかることばで「神」にかかる言葉ではないが、いわば流行りことばで、多くの人に使われ、その結果、厳密に研究したわけではないが、元の用法からも離れ、使われなくなったのではないだろうか。
■ というのも、古今和歌集にはいくつも用例があるが新古今和歌集にはひとつしかなく、しかも、その歌には「神代」も「神」という言葉もない。
■ 新古今和歌集は、藤原定家が編纂者のひとりだった。なので、定家も「千早古神代」であることを十分認識していた。これも言葉として「新・古今和歌集」であることの証明だといえようか。
■ それでも、今もって「なぜ難解なのだろう。」か?
■ 難解だということで落語にもなった。
たつたがわ、を漢字で書くと川という文字があるだろう
だからと言って、river のことではない
関取が、昔いたんだ
その関取がな、ちはや、という花魁を見初めたんだが、関取なんて嫌だと拒否された
ならば、妹の、かみよ、でもいい、と交渉したんだがな
おねさまがいやなものは、わちきもいやでありんす、と
ちはや、にふられ
かみよ、もいうことをきかない
かみよも、きかず、だ
へええ、・・・、???
分かるかな
えっ、・・・
それで、すっかり、世の中が嫌になってな、女断ちをして精進しても、こんなことなら相撲取りなんか、もうやめだ、と故郷に帰ったんだ
父親の豆腐屋を引き継ぎ、暮らしていたところ
店先に女乞食が来て、なにも食べてないので、せめて、おからでもください、という
どこかで見た顔だが、じっとみると、ちはや、だ
お、お前は千早だな
俺を振った、千早じゃないか
お前なんかに
おからだって、くれてやるものか
・・・
からくれないに
というわけだ、分かるかな
え、?、なに、・・・、そういうことですかい
と、話はつづき、拒否された、ちはや、は、とうとう店先の井戸に身を投げてしまう
どぼーん、とな
へええ、そういうことだったんですかぁ、・・・
そういうことだ、わかるね
井戸の水に身を投げた、つまり
みずくぐるとは、だな
漢字で書くと、水潜る、だ。
そうなんですか
と、ここまで話が進み、いい加減だなあ、と思う人もいるだろう。
しかし、「括り染め」ではないぞ、と、落語家は考えたのだ。エライ!。エライというか、「水はすくえても、括ることなどできない」という現実的な体験から思っただけだ。しかし、頭で考える人も多い。まあ、知ったかぶりをするご隠居さんの、訊かれて応えなければ、威厳が保てない立場に、ときどき、子供の宿題の答えが、分からないこともある身の人としては、親近感さえ感じるので、多少の同情を寄せながらも、いい加減さにあきれ、聞き入るのだろう。まあ、うちに子供はいないけど。
この落語が作られた当時は、手書きの文字の札が一般的で、「千早振る神代もきかす」と書かれたのも多かった。いくつかの文字で書かれているが、最初は、
千早振る
と書かれているのが多い。なので、こんな話を思いついたのだ。そのまま、花魁の名前に変えた話にしただけだが、誰でも思いつくわけではない。零落した公家の手内職のカルタを見て、ろくに解釈もできない貴族たちを、「振る」とはなんだ、それが、みやび、かと疑問をもって、明快に解釈できないにしても、何かがおかしい、という庶民心をネタに、ともに笑いとばそうというところは、噺家もたいしたものである。「いつも忙しいと言って、ちゃんと教えてくれない」と言う子供の言葉を耳に残して、ご隠居さんのところに教えを請いにきたのだから、ちょっとでも疑問に思うことは、ちゃんと確認しておかないといけないのだ。ということで、いよいよ最終段階の「オチ」にいたるのだ。
分かるかな。 ・・・、・・・
だいたい、わかったんですがね、最後の、とは、とはなんですかい
えっ、なに、「とは」?、それぐらいまけとけ
いやいや、そうはいきません、みそひともじの、ふたもじですから、まけられません
なに、ふうむ、おまえのいうことは、せいろんだ。「ふたもじ」でも、おろそかにはできない。してはならない。
でしょ、 で、なんですかい、とは、とは
せかすではない、と、ここで、いっぷく。
とは、とは、だなあ、・・・
なんですか、とは、とは
とは、とは、千早の本名だ。
この落語の以前から難解だとされてきた。原因は幾つか重なっている。
私が百人一首の勉強のために買った本の一つに、島津忠夫訳注・新版百人一首・角川ソフィア文庫がある。この人の現代語訳は、次の通りだ。
(人の世にあってはもちろんのこと)不思議なことのあった神代にも聞いたことがない。竜田川にまっ赤な色に紅葉がちりばめ、その下を水がくぐって流れるということは。
賀茂真淵以下今日の通説の、下句を「こんなにまっ赤な色に水をくくり染めにするなどとは」といった 解釈が正しいんであろう。
この訳は、尾崎雅嘉・百人一首一夕話の解説を受け継いでいる。
歌の心は千早ふるは神といふ枕詞なり。神代には様々の怪しき事共ありしと聞くに、今この竜田川の絵を見れば一面に赤き色の中より青き水がくくると見ゆる、このように怪しき事は神代にもありしとは聞かずといふコトなり。
ホンマかいな・・・
「赤な色に水をくくり染めにする」という日本語は、括り染めの現物を見たことない人の言葉だろう。
他の人の解説も見てみよう。
竜田川の秋、紅葉はからくれないの千入の色だ。川一面の散りもみじは、流れのままに広がり、時に細りもして絞りの染めの美しさ。川がもみじの絞り染めとは、神代の古事にさえ聞いてはおらぬ。語注 「ちはやふる」・・・勢いが激しいの意で、「神」の枕詞。
聞いたこと ないぞ
ちはやぶる 神々の時代にだって
この龍田川の川のみずが
真っ赤な紅葉で
唐の紅色に
括り染めされる
なんてことは
竜田川の水の面
まるで紅のしぼり染め
紅葉の錦の唐くれない
神代にもこんな美しさがあったとは
聞いたこともない
なんとみごとな美しさ
どれも似たようなもんだ。
このへんで、短歌を自分でも作ってみたらどうか。日本人なら誰でもできる。
- 春は花 秋は紅葉の 美しさ 竜田の川の 錦なりけり
はい、よくできました。頭なでなで、30点。
えええっ、30点なの
30点が嫌なら、20点だ。
なんでぇ
なんでか分からなければ、考えなさい。それで何が言いたいのか。歌の心とは何か。
実は、私は行ったこともなく、どのように美しいのか知らないが「竜田の川」は紅葉の名所で、すばらしいと、よく知られていた。誰でも知っているを「うつくしい」と言っただけでは、どんな「うつくしさ」か分からない。その歌の「こころ」とはなになのか。それに、この歌の下の句は、百人一首にある次の歌と同じだ。
- あらし吹く三室の山のもみじばは 竜田の川の 錦なりけり 能因法師
ああ、あ、・・・
佐伯梅友、校注・古今和歌集・岩波文庫、巻第五 秋歌下 294 「ちはやふる・・・」は
秋の歌として分類されていて、脚注に、
① 枕詞
② めずらしい事のあった神代でも聞いた事がない。
③~⑤ 竜田川で美しい紅色に水をくくり染めにするとは。
紅葉の流れるのを水をくくり染めに染めたものものと見立てた。
こんな注を、そのまま疑いもせず、信じて、いいのだろうか。
どの程度の紅葉の量か、にもよるが、一面の浮かんでいたとすれば、水の流れというより紅葉の流れで、実際の川は紅だろう。しかし、絞り染めだとすれば、糸で括った白い部分だらけで、赤い川でなく白い川となる。逆に、水の部分が多ければ、「から紅」とはどこになるのか。
もともと「秋」の歌として分類されていたのが、誤解の元だったかもしれない。
「見立てた」???
何を馬鹿なことを、もっともらしく言うのか、と疑った方がいい。
この歌は、女性に向けた歌だった。こんな歌をもらって嬉しいのだろうか。
このように理解したのでは、嬉しくもなんともないだろう。そして、逆に、こんな風にしか理解されないのであれば、恋文など出さない。もちろん、在原業平には愛されない、と思う。業平だけでなく、誰も相手にしようとは思わないような気がする。恋文をもらったことなどないのかな、 恋文でしょ、これ。
〇 〇 〇
さて、この歌はどのような状況下で読まれたのか。歌が詠まれた、「時」と「場所」、を含む「状況」を理解することが重要だ。
ついでに、ちょっと、コンピューターに訊いてみよう。
TPOは「Time(時間)」「Place(場所)」「Occasion(場面)」の頭文字を取った略語で、状況に応じた適切な行動や服装を選ぶことを意味します。
服装ばかりではない。状況に応じた歌が詠まれた、はずだ。
古今和歌集・巻第五・秋歌下の「そせい」の歌の前の詞書にある状況だった。
二条の后の東宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
もみぢ葉のながれてとまるみなとには 紅深き浪やたつらん そせい
ちはやふる神世もきかず たつた川から紅にみずくくるとは なりひら朝臣
このように屏風絵を見て二人が詠んだ。その屏風の持ち主は、「二条の后」、即ち、業平が恋した、というか、愛した女だった。その人に贈る歌に、自分の心を託さないはずはない。普通。恋をしたことのある、知性ある人なら、その心境はよく分かるだろう。川が真っ赤に染まるほどに浮いた一面の紅葉は、当然、二条の后、即ち、藤原高子であり、彼女への思いを、その真紅の紅葉の下を流れる川に託した、と解するのが、ごく常識的のように思われる。出だしが、「千早古 神世も聞かず」、このように漢字で書かれていれば、なんら問題はなかったのに、皆さんは困惑したようだ。とにかく、業平は、いままでの歴史上にないほどの美しい紅葉だ、と思ったのだ。
ここで、藤原満基の評価を思い出そう。「是は心詞かけたる所なきゆへに入れらるる也」と。私はこの文を、島津忠夫の本で知った。なので島津忠夫の解釈に疑問を感じざるをえない。歌はこころ、でしょ。「こころ、と、ことば」でしょ。「心詞かけたる所なき」歌でしょ。
業平の時代にはなかったが、今は、絶世の美女、という言葉がある。「絶世」を言い換えれば「神世も聞かず」となる。逆に「神世も聞かず」は「絶世の」だ。
竜田川、即ち、私の上に浮かんでいる。言い換えれば川は紅葉の下を流れている。当然、「括る」ではない。「潜る」という表現になる。
つづく