2026年6月21日日曜日

なぜ定家は二つを並べたのか、なんで分かるん 言うてへんのに


■ 2026-06-21
■ 塚本邦雄はすべて凡作だとしてそれぞれ選び直している。
■ 個々の歌をみれぼ、こっちの方がいい、ということも勿論あるかもしれない。
■ それは、秀作を選ぶという基準だとすれば、だけれど、必ずしも秀作でなくても、全体として面白ければいい、ともいえる。物語性だ。
■ 元々、勅撰和歌ではなく個人の歌集だからだ。選者として、判定者として決めること、そして、定家自身の歌が最終的に一番であればよい。
 
天徳四年の内裏歌合 村上天皇によって宮中清涼殿で行われた歌合
判者: 左大臣(藤原実頼)
こひすてふ我がなはまだきたちにけり人しれずこそおもひそめしか   壬生忠見
しのぶれどいろに出でにけり我がこひはものやおもふと人のとふまで  平兼盛

■ しのぶれど、の勝とされていた。
■ しかし、定家は自分が判者であれば、天皇に忖度することなく、こひすてふ、の方を選んだ、というコトを暗に示しているように思われる。そうでなければ、既に決まっているものを、ことさらとりあげて、並べる必要はない。
■ 「我が恋」を本当に「忍」のであれば「しのぶれど」といかにも自分は「恋」をしている、とひけらかすようなことはしないだろう。
■ 塚本邦雄は「私には負けた忠見の歌の方が悲しみを湛えた調べもあり、格段と優れているやうに見える」としている。
■ 以前も書いた。




2026年6月20日土曜日

白い手紙、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。

「父を通じて親交があった青年将校の多くが刑死し、父も事件に連座して禁固5年となる」


■ 2026-06-20
■ 昨日、紀伊国屋に行ったのは、塚本邦雄の王朝百首、を読みたかったからだが、なかったので、注文した。ついでに、秀吟百趣、を買ってパラパラ読みしていると、斉藤史の歌も取り上げられていた。
■ 帰宅後、ジェイムズ・カーカップ「記憶の茂み」を開いて見ると、最初の歌が、これだった。

With arrival of
the white letter, tomorrow
will surely turn to
spring -- so I wait, and meanwhile
polish my windows' frail glass.
  • 白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう  史
■ 英文を書き留め、短歌は見ずに自分で短歌にできるか、というトキのひとつだった。
■ そのころ、なぜ、white letter なのか分からなかった。
■ 「白」は何を意味するのか
■ 今回読んで、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。
■ 宮中歌会始の召人、のコトを考え合わせると
■ 要するに、敵が折れてきた、と。
■ 思いつきだが、この歌は1940年31歳のときの歌集「魚歌」の歌で、時期が合わない。
■ というコトで、「白い手紙」は今もってわからない。


2026年6月19日金曜日

これやこの 来るも 帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前

■ 2026-06-18
■ 塚本邦雄は、入れるべきではなかった者を並べたてている。
■ これらに替えて入れておくべきは、・・・15人だと。
  1. 猿丸大夫     奥山に
  2. 阿部仲麿     天の原
  3. 喜撰法師     我が庵は
  4. 蝉丸       これやこの
  5. 陽成院      筑波領の
  6. 文屋康秀     吹くからに
  7. 春道列樹     山川に
  8. 文屋朝康     白露を
  9. 源等       浅茅生の
  10. 小式部内待    大江山
  11. 三条院      心にも
  12. 源兼昌      淡路島
  13. 紫        めぐり逢いて
  14. 清        夜をこめて
  15. 入道前太政大臣  花誘う
■ 秀作という基準に照らせば、まあ、そうかもしれない。
■ 小式部内待の大江山は機転を利かした歌で、意味合いが深いわけではない。だから駄目だ秀歌ではない、と言えばそうかもしれないが、百首の中の一首、あってもいいではないか。色々な場面で、即答できることはなかなかできるモノではない。
■ 現代人が昔の歌を読む意味は、というか、私が読むのは自分にとって参考になるからで、例えば、蝉丸の、これやこの、は何度も考えて、結局、

これやこの
来るも 帰るも
日本語を 知るも知らぬも
ハチ公の前

■ こんな歌にした。
■ 英訳させてみた。

Whether you come or go, 
whether you know Japanese or not,
 in front of Hachiko


2026年6月17日水曜日

人もをし 人もうらめし 後鳥羽院 なほあまりある 昔なりけり  遊水

https://www.youtube.com/watch?v=_IMgnu_Slok&t=10s
中務   なかつかさ

■ 2026-06-17
■ 塚本邦雄は、全て凡作だとした。
■ それも、ひとつのとらえかただ。
■ 他の視点もある。
■ 先に、こんなことを書いた。

■ 百人秀歌の柿本人麻呂と入道前太政大臣の歌、要するに、実質的な最初と最後の歌は

  足引きの山鳥の尾のしだりおの
ながながし夜をひとりかもねん

  花さそふあらしの庭の雪ならで
ふり行くものは我身なりけり

■ 定家にとって、どちらも上の句は不要で、下の句を取り上げたかった。と考えればよいだろう。
■ それが彼の気持ちだった。
■ このような意味で「百人秀歌」を研究したらいいだろう。

■ 藤原定家は、自分の気持ちを代弁する歌を選んだ、とすれば、・・・

人もをし
人もうらめし
あぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は  後鳥羽院

■ この歌の「人」は後鳥羽院にほかならない、ということになる。
■ 百首目は、もしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり  順徳院
■ この下の句と組合すと、定家の気持ちになりそうだ。
  • 人もをし 人もうらめし 後鳥羽院 なほあまりある 昔なりけり  遊水
■ 定家は、百人秀歌で2人の歌を捨てた。
■ まあ、当然のことだ。



2026年6月16日火曜日

莫使空対月 満懐都是春、おぼろづき ひとりぽっちは いやですよ せいかのつぼの うたのこころを  遊水

■ 2026-06-16
■ 一応、「莫使空対月 満懐都是春」で検索してみた。
■ 漢詩の一部ではないようだ。
■ 当時の分厚い図録に、何か他の記述があるか見たが、ないようだ。
    解説、月を見るのにひとりにしないで欲しい、心の中は春一杯なのだから。という恋の歌である。