2026年5月4日月曜日

藤原定家の義理、と、人情

■ 2026-04-04
■ 定家は後鳥羽院に対して義理があった。
■ しかし、自分の歌集として「百人一首」の一番いい場所に、他人の作を置くほどであったとは考えにくい。百人一首は、いわば案の段階であったようにみえる。
■ 後鳥羽院は自分の歌集を作りたければ自分で作ればいいのだ。
■ 流人となった後でも新古今和歌に手を入れていたとか。
■ 定家は、後鳥羽院の縛りから離脱した「百人秀歌」で自分の歌選集とすることができた。
■ さらに、入道前太政大臣・藤原公経を番外に置くことで、もう一つの義理を果たせた。
■ それが人情というものだろう。

2026年4月24日金曜日

薫風啼鳥・・・かぜかおる にわのうえきに しげみあり いつもとびくる なかよしメジロ  遊水

■ 2026-04-24

  偶題  于謙
薫風何処来
吹我庭前樹
啼鳥愛繁陰
飛来不飛去

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2026年4月23日木曜日

いもうとが ははのしゃしんを ゆびさして こんなところに わたしがいると  遊水

■ 2026-04-23
■ 観覧車 回り続ける 想い出は あるときふいに 歌となりくる。
■ 昔、こんな歌を作っていた。
  • 若き日の 母の写真の アルバムを 開き見る手の しばし止まりて  遊水

2026年4月13日月曜日

ひさしぶり うららのはるに なぜいそぐ ねころびさけを のもうじゃないか  遊水

■ 2026-04-13









■ 近くでは、今年も桜は終わった。藤の花が咲き始めた。
■ 「友則君も 嘆いておった」では、説明的過ぎる。
■ なので、ちょっと、下の句を考えた。

ひさしぶり うららのはるに なぜいそぐ 
ねころびさけを のもうじゃないか

■ 私は、ほとんど酒を飲まない。
■ しかし、まあ、こんな歌も日本人なら、分かるのではないか。

月見に一杯
花見に一杯

■ 悲しみにつけ、喜びにつけ、酒を友とし、・・・