2026年9月30日水曜日

清少納言と雲の話


■ 2026-09-30
■ 昨日は雨だったので、動画を見たり、枕草子などをパラパラ読みした。
■ 「雲」の話なのだが、以前はよく雲の写真を撮った」ような気がする。

2002-07-14    14:01:48

吹田市



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■ 消滅飛行機雲は一度だけでなく他にも撮ったことがあると振り返ってみた。
■ 最近、撮りで使用しているカメラ・レンズでは、雲や空、風景をを撮れないのはつまらないけれど、まあ、いいか、という感じだ。
■ さて、清少納言はどんな雲を見ていたのか、





2026年9月28日月曜日

おや ゆきか あしをとどめて くちづさむ はるはなのみの かぜのさむさよ  遊水

白氏文集 - Wikipedia
白氏文集卷十四 南秦雪: 雁の玉梓 ―やまとうたblog―

■ 2026-09-28
■ 池田亀鑑校訂・枕草子[ 106 ] 、これが本はいかでかつくべからん
■ 脚注に白氏文集、十四、南泰雪、の詩があげられている。

慣從駱口到南秦
三時雲冷多飛雪
二月山寒少有春
我思舊事猶惆悵

■ 一応、検索してみた。
■ 清少納言はこの詩を思い浮かべ「このもとの、上の句は、どのように、つけたらいいだろうか」と思ったわけだ。
■ 公任からの使いが来て「少し春ある ここちこそすれ」と懐紙に書いてあった。
■ なるほど、これは、あれ、だな、と気づき、清少納言は「空さむみ 花にまがへて ちる雪に」と返した。これでいいかと不安だったが、ほめられた、というような話だ。
  • 空さむみ 花にまがへて ちる雪に 少し春ある ここちこそすれ
■ 清少納言の歌は少ないが、こんな遊びは得意だったようで、前の段からの続きで、こんなこともあった、と回想している。
■ こんなことを書きながら、次の歌を思い浮かべた。
  • おや ゆきか あしをとどめて くちづさむ はるはなのみの かぜのさむさよ  遊水

さては古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを御学問にはさせ給へ

■ 2026-09-28
■ 昨日は雨がひどくなって帰ったが、野鳥撮影をした。


■ 今日は雨だ。
■ 知識としての古今和歌については、多くの人が書いていると思う。
■ ただ、作者名でなく何人かを知りたいのだが、便利な一覧がないようだ。
■ 以前、こんな句を作った。
■ 何の話かというと、枕草子の話だ。
■ 最初の方で、

「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一條の左の大臣殿の御女におはしけると、たれかは知り奉らざらん。まだ姫君ときこえける時、父大臣のをしへきこえ給ひけることは、
    1. ひとつは御手をならひ給へ。
    2. つぎにはきんの琴を、人よりことにひきまさらんとぼせ。
    3. さては古今の歌二十巻をみなうかべさせ給ふを御学問にはさせ給へ
となん聞こえ給ひける。

■ この見識は見習うべきものかもしれない。
■ 例えば、映画はもう一つの人生体験だ、などとも言われる。
■ 古今和歌集に、は1000以上の歌があり、それを暗記することは、歌の作者の人生を追体験することに他ならない。しかも自ら書き写すことで記憶も確実になることだろう。
■ 単に「読み書き」でなく、具体的に示していることに意味がある。
■ そして、音楽として感情を表現できるように、「人よりことにひきまさらん」とは他の人の演奏も聴くことになる。
■ 当時の、娘の教育方針としては立派で明確だ。
■ 後の世の正岡子規の発言など、いい加減なものだ。子規が万葉集を手本にするならすればいい。万葉集がすべて漢字で書かれていたことを考えれば、当時の女の子が、自分で簡単に学習できるはずもない。
■ 実際、全てを暗記していたことが確認されたというから、すごいことだと思う。
■ そうした現実社会のことが書かれているので、~物語などよりおもしろい。

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平安時代前期の歌集。全二十巻。1111首。
905年(延喜五)醍醐天皇の勅命、8年後完成
撰者4人の歌が2割以上
4割ほどが読人知らず
  1. 紀貫之
  2. 紀友則
  3. 在原業平
  4. 小野小町
  5. 大江千里
  6. 壬生忠岑
  7. 僧正遍昭
  8. 凡河内躬恒
  9. 藤原敏行朝臣
  10. 猿丸太夫
  11. 参議篁
  12. 源宗于朝臣
  13. 後京極摂政前太政大臣
  14. 中納言行平
  15. 光孝天皇
  16. 喜撰法師
  17. ・・・
  18. よみ人しらす

2026年9月25日金曜日

へいあんの うたにせいしの きちのはな まことのすがた まくらのそうし

■ 関係なく、こんな名前に気が付いた。


■ 2026-09-25
■ 清少納言の和歌は少ない理由はどこにあるのか。
■ それに関する話が枕草子にあり面白く読んだ。
■ 昔、句会でのコトだけれど、その場にいた誰もが、奥の細道、を読んだことがないと聞き、そんなもんかとあきれたことがあった。だとすると、ただ芭蕉の句を参照しても意味が通じないのかもしれない。
■ 松尾芭蕉は「松島は笑うがごとく、象潟は恨むがごとし」と中国の二人の美人の楊貴妃と西施を連想し、何に美を感じるか、人による違いをうまく俳句に取り入れた。
■ 仮名で書いた方が耳から入るので連想しやすい。
■ この句から、私は枕草子を読み、次の句を書いた。
  • 象潟や雨に西施が合歓の花  芭蕉
  • きさかたや あめにせいしが ねむのはな
  • へいあんや うたにせいしの きちのはな
  • 平安や 歌に清紫の 機知の華
  • 平安の 歌に清紫の 機知の華 真の姿 枕草子
  • へいあんの うたにせいしの きちのはな まことのすがた まくらのそうし  遊水
■ さて、清少納言の興味の対象が描かれているには、行成とのやり取りの話だが、・・・
■ その前に、書いておこう。
■ 紫式部の源氏物語は、世界初の女性の小説として有名だが、その少し前に・・・
■ 清少納言の枕草子が書かれている。
■ 歴史的文学作品の価値は枕草子の方が上だ。
■ なぜなら、源氏物語は、題名が示す通り、小説であり作り物だ。しかし、・・・
■ 枕草子に出て来る人物はすべて、当時の現実社会に生きていた。
■ まさに、本当の人の心は枕草子に現れている。
■ 言葉が生きている。
■ なので、もう少し読んでゆきたい。


2026年9月24日木曜日

山吹の 黄色口無し 分かるでしょ いはでは思ふ くちなしの花

■ 2026-09-24
■ 和歌の基本は「やり取り」にある。しかしの時の状況が分からないと意味が分かりにくいのもある。
■ 千載和歌集に、清少納言の歌は3首ある。これは紫式部の歌の9首に比べて少ない。
■ しかし、「枕草子」にある歌なので、該当する部分を読めば、なるほどと分かる。
いかにして過ぎにしかたを過ごしけむ暮らしわづらふきのふけふかな  皇后宮 定子
雲のうへも暮らしかねける春の日をところがらともながめつるかな  清少納言

■ 次の歌は、[ 34 ] にあり、蓮の葉の裏に書いてやった、などとある。

もとめてもかかるはちすの露をおきて うき世にまたはかへるものかは  清少納言

■ もうひとつは、・・・

うはごおりあはにむすべる紐なればかざす日かげにゆるぶばかりぞ  清少納言

■ 千載和歌集の記載準は、2、3、1 、で
  1. 961
  2. 967
  3. 1206
■ なので、「枕草子」を読むことになり、前後の段も楽しめる。
■ ついでながら、[ 第一四六段 ]、または、[ 143 ] にこんなことが書かれている。
定子から、

・・・、紙にはものも書かせたまはず、やまぶきの花びらただ一重をつつませ給えり。それに「いはでぞ思ふ」と書かせ給えり。・・・この歌の本さらにわすれたり。

■ この歌「知らぬ人やはある」というほどに有名な歌なのに、ど忘れて思い出せないでいると、童に教えられた。

心には下ゆく水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる  詠人知らず

■ この歌だった。そして、「やまぶきの花びら」は、次の歌を踏まえていたのだった。
  • 山吹の花色衣ぬしや誰問へど答へずくちなしにして  素性法師 古今和歌集 1012 
■ 島内裕子訳の文章は分かりやすく書かれている。このあたりは面白いと思ったが、一応、google してみると、私がわざわざ書くこともなかった。
■ 梔子の果実にはクロシンが含まれ、これが黄色の染料として利用される。要するに、山吹色は、梔子で染めた黄色で、「クチナシ、口無し」を意味する。