2026年6月26日金曜日

秀歌絶唱


■ 2026-06-26
■ 塚本邦雄・秀吟百趣をついでに買ったのは、2026-06-19のことで、読み込んではいない。
■ 発表されたのは昭和53年、1978年、昔のコトだ。
■ 「現代においてなほ朗々誦すべき秀歌絶唱ありや」ということに応えたものだったようだ。
■ 私の記憶にあるものは、目次を見ると、次の3句で、歌はなかった。
冬蜂の死にどころなく歩きけり  村上鬼城
朝顔や濁り初めたる市の空   杉田久女
外にも出よ触るるばかりに春の月  中村汀女
■ 作者を見れば、幾つか記憶にしている句歌もある。
■ 例えば、会津八一。全集など買い、一時期、親しんだ。いい歌はたくさんある。また、与謝野晶子

あせたる を ひと は よし とふ びんばくわ の ほとけ の くち は もゆ べき もの を 八一
四条橋 おしろい厚き 舞姫の 額ささやかに 打つ夕あられ  晶子

■ どちらも、今でも現実に体験できる。
■ 奈良に行ってもいいだろうし、京都に行ってもいいだろう
■ ただ、「びんばくわ」って何。これが困るだろう。


■ インターネットで探してもなかなか出てこないが、この頁にリンクした。
■ 「現代においてなほ朗々誦すべき秀歌絶唱ありや」この問いに、現代感覚でとらえ直しても良さそうだ。

2026年6月25日木曜日

日本とは 日本人とは 無意識に みそひともじを くちずさみ聞く  遊水

■ 2026-06-24
■ 「根っこのないものは弱いですよ」という評は、塚本邦雄については当てはまらないように思う。


■ 根っこがなければ、彼には「新撰・小倉百人一首」も「秀吟百趣」も書けなかっただろう。詩歌に対する思いが彼にこれらを書かせた。
■ 「秀吟百趣」を読んでいると、現代に近づくにつれ、生活環境が複雑になっているように感じられる。また風景写真のような対象がなくなっているのか、とも。掛詞などからも離れ、自分の歌を客観視しなくなっているのかもしれない。
■ 題詠や歌合せをしなくなったからだろう。いわば、勝手気ままというコトか。

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■ たまたま、「真っ赤な真実」を読んだものだから、言葉について「日本人とは」の歌が頭に浮かんだ。
■ 「真っ赤な真実」では、少女時代のアーニャについて、・・・

嘘をつくときのアーニャは、丸い目を見開いて
真っ直ぐ相手を見つめることに気付いた。

■ そして、次の文章で終わっている。

「でも、ルーマニアは、あなたが育った国でしょう」
「そういう狭い民族主義が、世界を不幸にするもとなのよ」
丸い栗色の瞳をさらに大きく見開いて真っ直ぐ私の目を見つめるアーニャは、誠実そのものという風情だった。

■ ・・・なるほど。
■ 米原真理にとって、「言葉」とは何だったのか。
■ まあ、いいか。


2026年6月22日月曜日

ほんとうの ところはどうか 百人首 めくじら立てる こともないけど

■ 2026-06-22
■ 塚本邦雄は「所詮は総花を狙って真の花を逸し、人選の上でも、実に散漫な印象を与える結果となった」と書いている。そして、先に記した者たちを除くべきだった、としている。
■ どのような人選だったか、百人一首では多少分かりにくいが、百人秀歌をみると、人選も意味があるようにみえる。
■ 定家は、古今和歌集を参考にした。というか、目標にし、序文に上げられた人を、一人を除き全て入れた。かなり意識的に選択していることが分かる。散漫と感じるのは、塚本が、百人秀歌の存在を意識してなかったからだと思われる。
■ 新古今和歌集の編纂をした定家だが、古今和歌集に目を向けていることが分かる。新古今和歌集の編纂は後鳥羽院の下働きであった。自分の和歌集はそれとは違うとの宣言を暗にしている、と考えてよい。
■ どうでもいい、といえば、どうでもいい。しかし、
  • 「ほんとうのところは、どうなんだろう」
■ それが興味の対象だ。
■ 以前は、推理小説は楽しみだった。いまは、飽きている。
■ 例えば、和泉式部や、清少納言は紫式部より前の人だ。なのに清少納言は百人一首ではこんな位置に置かれているのか、と百人秀歌と見比べてみる。


2026年6月21日日曜日

なぜ定家は二つを並べたのか、なんで分かるん 言うてへんのに


■ 2026-06-21
■ 塚本邦雄はすべて凡作だとしてそれぞれ選び直している。
■ 個々の歌をみれぼ、こっちの方がいい、ということも勿論あるかもしれない。
■ それは、秀作を選ぶという基準だとすれば、だけれど、必ずしも秀作でなくても、全体として面白ければいい、ともいえる。物語性だ。
■ 元々、勅撰和歌ではなく個人の歌集だからだ。選者として、判定者として決めること、そして、定家自身の歌が最終的に一番であればよい。
 
天徳四年の内裏歌合 村上天皇によって宮中清涼殿で行われた歌合
判者: 左大臣(藤原実頼)
こひすてふ我がなはまだきたちにけり人しれずこそおもひそめしか   壬生忠見
しのぶれどいろに出でにけり我がこひはものやおもふと人のとふまで  平兼盛

■ しのぶれど、の勝とされていた。
■ しかし、定家は自分が判者であれば、天皇に忖度することなく、こひすてふ、の方を選んだ、というコトを暗に示しているように思われる。そうでなければ、既に決まっているものを、ことさらとりあげて、並べる必要はない。
■ 「我が恋」を本当に「忍」のであれば「しのぶれど」といかにも自分は「恋」をしている、とひけらかすようなことはしないだろう。
■ 塚本邦雄は「私には負けた忠見の歌の方が悲しみを湛えた調べもあり、格段と優れているやうに見える」としている。
■ 以前も書いた。




2026年6月20日土曜日

白い手紙、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。

「父を通じて親交があった青年将校の多くが刑死し、父も事件に連座して禁固5年となる」


■ 2026-06-20
■ 昨日、紀伊国屋に行ったのは、塚本邦雄の王朝百首、を読みたかったからだが、なかったので、注文した。ついでに、秀吟百趣、を買ってパラパラ読みしていると、斉藤史の歌も取り上げられていた。
■ 帰宅後、ジェイムズ・カーカップ「記憶の茂み」を開いて見ると、最初の歌が、これだった。

With arrival of
the white letter, tomorrow
will surely turn to
spring -- so I wait, and meanwhile
polish my windows' frail glass.
  • 白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう  史
■ 英文を書き留め、短歌は見ずに自分で短歌にできるか、というトキのひとつだった。
■ そのころ、なぜ、white letter なのか分からなかった。
■ 「白」は何を意味するのか
■ 今回読んで、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。
■ 宮中歌会始の召人、のコトを考え合わせると
■ 要するに、敵が折れてきた、と。
■ 思いつきだが、この歌は1940年31歳のときの歌集「魚歌」の歌で、時期が合わない。
■ というコトで、「白い手紙」は今もってわからない。