■ 2026-05-29
第一段階
■ 島津忠夫の解説に疑問を持った。
- 美しい桜の色は、もう空しく色あせてしまったことであるよ。
■ これ、何か違和感がある。桜は色あせることなく、散ってしまう。
第二段階
■ 桜でなく紫陽花ならばどうだろう。しっとりしていい感じだ。
■ 「ながめせしまに」という時間経過にも違和感はない。
第三段階
■ ここで、藤原公任が小町の代表作とした歌を見てみよう。
■ こっちの方が、私の好みだ。
■ 並べおいて、比較してみよう。
■ 「人の心の花」は植物の花ではない。
第四段階
■ ならば、この歌でも「花の色は」の花も比喩的に使われたのではないだろうか。
■「色」は「心」だった。
■ ということで、ここまできた。
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■ 2026-05-27
■ この時期になると、小野小町の歌を思い出す。
■ 長雨に咲く紫陽花の花を見ると、しみじみと、もの思いにふける時間がある。
■ 人が、なぜ、あわただしい桜など思い浮かべるのか、分からん。
■ 紫陽花は、花の色はなくなり枯れても、そのまま形が残っている。
■ 美人にとっては残酷、といえば、残酷だ。
■ まあ、人が花を桜と見たからといって、どうでもいい。
■ 小野小町の歌は、いい。
■ 歌は心だ。
■ 一般的に、桜は華やかで明るい印象で、豪華な木もあり「花の色」の花は、私の桜の印象とはかけ離れている。
花の色は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに 小野小町
■ この二つの歌に使われている言葉を上げると五つもある。
- 色
- うつろう、うつり
- 世
- 花
■ 同じ心を歌っているようだ。
■ あることの前後という感じがする。
■ 「人の心の花」はもちろん植物の花ではない。
■ 試みに、「花の色は」を「人の心は」と置き換えて見ると何が見えるだろうか。
人の心は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに 小野小町
■ 昔、お見合い写真、というものがあった。今もあるのかどうか知らない。
■ いつの間にか「わがみ世にふる」となり婚期を逃してしまった、という感じがしないわけでもない。
■ 相手の気持ちが分からない「心変わり」を感じる時もあった。
■ あるいは、気位が高く、高望みしたり、逆に、自信がなく弱気で、飛び込めなかったりして、眺めているだけで、決心がつかない。
■ 時は、あいまいな自分の心とは無関係に経ってゆく。
■ それが「世の中」というもの。
■ 青春は案外短い。