■ 2026-08-07 改題
■ 旧、・・・「歌」のみで勝負したらよかったろうに。2026-08-06 追記
■ 新、・・・百人首 定家は定家 それでいい なぜに物言う 塚本邦雄
■ 丸谷才一は、新々百人一首・新潮社、を書いている。
■ 塚本と比較すると「おとな」だ。
■ しかし、塚本が「凡作だ」と決めつけたコトにも理由があったはずだ。
■ その理由は、下記に書いたように、参照した文献に問題があった、と考えてよい。
■ 定家は定家で、考えて選んだ。
■ 邦雄は邦雄で、考えて選べばいいだけの話で、なにも定家を貶めることはなかった。
■ それに、定家の場合は、全体として意味があるように選ばれている。
■ ところが、邦雄の「新撰・小倉百人一首」の場合は個々の歌が「秀歌」であるかどうかの基準のようだ。それでいいのかね。
■ 塚本邦雄・王朝百首、がどのように邦雄なりのまとまりになっているのかが問題だ。
■ 2026-08-06
■ 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首、を見ると、2」は凡作だとして、1」を選んでいる。
- 北山に たなびく雲の 青雲の 星離かりゆき 月を離りて 持統天皇
- 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の ころもほすてふ 天の香具山
■ 雲は夫の天武天皇、月は本人、星は草壁皇子、を暗示している、との解説がなければ分かりにくい。
■ 塚本邦雄は、どの百人一首を見たのか、「跋」に島津忠夫訳注「百人一首」(角川文庫)を参考にした、とある。島津忠夫の解説はひどい。この解説を元に、凡作だ、とするのは下記の通り、見当違いだ。そして、「北山に」の歌はいわば夫を亡くした時の個人の気持ちだが、天皇の地位にある歌としては、「春過ぎて」の方が格段に優れているようにおもう。
■ 2026-08-03
- 藤原定家・小倉百人一首
- 塚本邦雄・新撰・小倉百人一首
- 塚本邦雄・王朝百首
■ 2」は、1」を全て凡作だとして書かれている。1」を否定することなく、ただいいと思った歌を上げればよかった。それが、一応、3」か。
■ 3」は、2」よりも塚本色があらわれていて、よいかもしれない。
■ 2」を書くとき、1」を凡作だとしたのは、あるいは、島津忠夫・百人一首を読んでのことかもしれない。島津忠夫の解説はひどい。
■ 例えば、持統天皇の歌だが、「衣ほすてふあまのかぐやま」と、人により改変されていて、本人の歌ではない。「てふ」と変えたのは現地に行ってないことを意味する。要するに、持統天皇自身の歌でない歌を凡作だと決めつけ、否定するのは見当違いだ。
■ しかし定家の浅い理解だとしてもこの歌を取り上げたのは、1」としての意味は大きい。政治家の歌として、堂々、しかも女性らしい細やかな視点があり、祖父からの受け継いだ歴史的な場所の意味合いや、若葉青葉の中の白い衣との季節感もあり、また、「春過ぎて夏きにけらし」とこれは改変後の表現だが、ゆったりと季節の移りを表現していて、簡潔で立派な歌だ。
■ 塚本邦雄は自己主張のために、1」は、全て凡作だ、とするのは軽々しく感じられる。
■ 3」は、まあ参考になる。しかし、定家は「歌」のみをあげている。塚本も「歌」のみで、果たして、定家の小倉百人一首のように評価を得られるだろうか、とも思う。本当に自信があるならば、解説などなしで、「歌」のみで勝負したらよかったろうに。