2026年8月16日日曜日

はちがつの むいかここのか じゅうごにち 歴史にのこる にほんの俳句  遊水



■ 2026-08-16
■ 昨日、初めて知ったが、すごい俳句だ。
  • 8月の6日9日15日
■ この句は、見るだけでは、ただの日付かと見られるかもしれない。
■ 声に出して読むことが重要だ。
■ なので、かな書きにした。

はちがつの むいかここのか じゅうごにち 
  歴史にのこる にほんの俳句
こえにだし よんでください なんどでも

■ 連句的に書いた。
■ このように、俳句を元に短歌にした。
■ 本歌取りということだが、この短歌は私が初めてのようだ。

2026年8月15日土曜日

この夏は 雨乞どころか、めちゃやばい いのりたくなる こころがわかる

■ 2026-08-15
■ はや夏も過ぎようとしている。
■ はや夏も すぎさり行けば 百人首 ときどき止まり 振り返りみる

民人が 衣洗いて 干したるか 木の間に 白く夏は来にけり  遊水
 
春過而
夏来良
 衣乾有 
天之香来山
 
雨乞の 雨之香来山 洗い干す 白いころもに はつなつのかぜ   遊水

■ この夏は 雨乞どころか、めちゃやばい 

2026年8月14日金曜日

かささき

和歌語句検索 かささき

■ 2026-08-14
かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける  大伴家持
■ この歌は「家持集」にある歌のようだ。

菜の花や月は東に日は西に、と、柿本人麻呂の歌

■ 2026-08-13
■ 昨日、「and」ではない「や」の話、で芭蕉の句と蕪村の句を上げた。
■ 特に選んだわけではないが、たまたま、先日、古本で買った、渡辺昇一・万葉集のここら日本語のこころ・WAC、を読んでいたら、この本は、渡辺昇一・日本語のこころ・講談社現代新書と内容が重なるようだが、蓮月尼と幸田露伴のことばを引用し、芭蕉は偉大だとし、蕪村を貶している。これにはもの申したいところだ。視野の広さとか世界観から見れば、蕪村も捨てたものではない。芭蕉は「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」こんな句があり、関心するが、人の心がよく分かったゆえの、驕り、あざとさ、品性というか、心の卑しさがある。その最たるものは、これだ。
  • 行く春や鳥啼き魚の目は泪  芭蕉
■ 次の二つは同様の景だ。蕪村が人麻呂の歌を意識していたかどうかは、知らない。どちらも挽歌のようでもあるが、蕪村は、ただそんな状況に出会っただけなのかもしれないけれど、読んで気持ちがいい。芭蕉の、これでどうだ、という押しつけがましさはない。
  1. 菜の花や 月は東に 日は西に  蕪村
  2. 東の 野にかぎろひの 立つ見へて かへり見すれば 月かたぶきぬ  柿本人麻呂
■ 柿本人麻呂の「あしびきの やまどりの ~」以外に、よさそうな歌があるか、をあったってみればいい。

2026年8月13日木曜日

何だったか、思い出せないので

■ 2026-08-13
■ 家庭内のカルタ取りの話だった、と思うが、
その札は取っちゃだめだといったでしょ、・・・
あの子が自分で取りたい歌なんだから、と
■ それはどの歌だったのか、思い出せない。
■ そこで、コンピュータに訊いてみたが、特定できなかった。
  • ゆくえもしらぬ こいのみちかな
■ とりあえず、これにしておこう。