■ 家庭内のカルタ取りの話だった、と思うが、
その札は取っちゃだめだといったでしょ、・・・あの子が自分で取りたい歌なんだから、と
■ それはどの歌だったのか、思い出せない。
■ そこで、コンピュータに訊いてみたが、特定できなかった。
- ゆくえもしらぬ こいのみちかな
■ とりあえず、これにしておこう。
詩、俳句、短歌、他
その札は取っちゃだめだといったでしょ、・・・あの子が自分で取りたい歌なんだから、と
ふるいけ・や 古池や 蛙飛び込む 水の音あらうみ・や 荒海や 佐渡に横とう 天の川しずけさ・や 閑さや 岩にしみ入る 蝉の声なのはな・や 菜の花や 月は東に 日は西に
ふるいけ・に
ふるいけ・か
あらうみ・だあらうみ・の
しずけさ・に
しずけさ・よ
これやこの 来るも帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前
「これ・や・この」「ハチ公の前」
百人一首を書いてみて知ったのは、一つ一つの歌を切りはなして味わうわけには行かないということだった。和歌の季節やつながり方に、綿密な注意が行き届いているのはいうまでもないが、それぞれの人間関係と、その人々の逸話や歴史にも、深く心を用いており、一篇の物語を読むような心地がした。・・・
春過ぎて 夏は来にけり 白妙の 衣干したり 雨之香来山夏過ぎて 秋になりけり 枯葉散る 秋の心は 愁いなるらん 遊水吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ
自分の作品の最後に、他人の歌は置かない。
かへりこぬ むかしをいまと おもひねの
ゆめのまくらに にほふたちばな
蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草庵中 和漢朗詠集巻下「山家」
・・・と作れる詩の句とまた、蘭省花時錦帳下 廬山雨夜草庵中といふ句などを吟じて歌を詠む時は、この歌もおのずから心深く調べも高く詠まるるなりと宣えり。これらの心用ひ、父俊成卿の桐火桶のことにも劣らざりしなり。