2026年7月1日水曜日

おあいては どなたでしたか あのときの 柘植の枕に 謎かけられて

■ 2026-07-01

式子内親王、4首

かへりこぬ昔を今と思ひ寝の夢の枕ににほふ橘(新古240)  
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする(新古1034)
忘れてはうちなげかるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(新古1035)
わが恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕(新古1036)

君が代にあわずは何を玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を  藤原定家 

いくたびも 愛の深さを 尋ねたと あなたのきもち めちゃわかります

いくたびも雪の深さを尋ねけり 子規


■ 2026-07-01
■ 俳句なら 季語をいうけど だいじょうぶ 短歌にすれば いいだけのこと 

2026年6月30日火曜日

入り江の蓮 花蓮、カワセミも ときには止まるか 花蓮、と、そのこはたち



■ 2026-06-30
■ 先日、上田三四二・短歌一生、に、次の歌について書かれていた。
■ 面白く読んだが、疑問があった。
■ 「江」というから海の入り江を連想していた。
■ 地図で確認して納得した。

日下江の 入り江の蓮 花蓮 身の盛りびと 羨しきろかも   引田部赤猪子
久佐迦延能 伊理延能波知須 波那婆知須 微能佐加理毘登 登母志岐呂加母
日下江の 
入り江の蓮 
花蓮 
身の盛りびと 羨しきろかも

■ 「身の盛りびと羨しきろかも」から与謝野晶子の歌を連想した。
  • その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな  与謝野晶子
■ ↓、こんなことを書いたが、

■ カワセミも ときには止まるか 蓮の花

■ 「蓮の花」より「花蓮」の方がおもしろかったかな、と思う。


めちゃやばい おれのきもちが ここにある 千早古世の ことのはのなか



■ 2026-06-30

せんねんの ながきつきひも はやすぎて
しょうわのうたも かこになりつつ   遊水

■ ・・・
  • あたらしい ものつくりだす ひとびとよ われおいゆきて ともしきろかも
  • 片翼で どこまでとんで ゆけるのか 簡体文字に 天の意をみる






2026年6月29日月曜日

百人一首遊び。すべて定家が詠んだと考えると、印象が変わる。

■ 2026-06-29
■ 定家の選は、全て凡作だからという姿勢の新撰・小倉百人一首よりも、積極的にいい歌を取り上げようという姿勢の、塚本邦雄・王朝百首の方が楽しく読めそうだ。パラパラ読みすると遊び心もあり、ま、ゆっくり読むことにしよう。
■ さて、全て、定家が詠んだと考えると、印象が変わる。例えば、紫式部の歌。

ながながし夜をひとりかもねん
めぐり逢ひて 見みしやそれとも わかぬ間に
雲隠れにし 夜半の月つきかな
ふり行くものは我身なりけり

■ 詞書がなければ、相手は誰か、想像することになっていたかもしれない。
■ 消去方で考えてふさわしいのは、式子内親王だと仮定すると、彼女は、どんな歌を詠んでいるのか探してみたくなる。
■ 百人一首遊び