■ きのうは、7/6 というコトで
■ 筒井康隆の、時をかける少女、について見た。
■ 短歌にすると
ジャスミンの 香りにふっと 軽くなる 夢がうつつに 時を移りて 遊水
ラベンダー 香りにふっと 軽くなる 夢がうつつに 時を移りて 遊水
うたた寝に 恋しき人を 見てしより 夢てふものは 頼みそめてき 小町
■ 文字数で、ジャスミンにしてみたが、やはり、ラベンダーの方がいいか。
秋風はいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ 和泉式部
しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く 藤原定家
母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く 橋本遊水
母逝きて 今はかえらぬ 日々なれば 悲しみ色の 秋風ぞ吹く 遊水
色即是空
実作としてはっきり伝わるのは「古今和歌集」の18首のみ
島津忠夫訳注・新版百人一首には「古今集」「後選集」にとられた22首が確実な作と言える
ふたりを男女の仲ではなく、歌の朋友と描いた。「これは私の願望です」
作家だからと言って勝手気ままに書くわけではなく、対象に選んだからにはそれについての調査と研究が必要になる。・・・
小野小町之歌、古衣通姫之流也。然艶而無気力。如病婦之着花粉。
柿本人麿山部赤人かの御時よりこの方、年は百年あまり 、・・・
在原業平文屋康秀喜撰法師小野小町大友黒主
紀友則紀貫之凡河内躬恒壬生忠岑
09 小野小町12 僧正遍照17 在原業平22 文屋康秀・・・29 凡河内躬恒30 壬生忠岑33 紀友則35 紀貫之
現代だって女性が「男性にとっての女性」「社会にとっての女性」から離れるのは大変
思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましをうたたねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき ●いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣をかへしてぞ着る
だが、「人を見てしより」の扱い方が精妙なため、第二層がちらちらゆらめく仕掛けになっていて、その見え隠れの淫蕩さにこそこの歌たの魅力があるやうだ。
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| 日本語 | 英語、google 翻訳 |
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| 日本語 | 英語、google 翻訳 |
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| 日本語 | 英語、google 翻訳 |
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■ 英語の「 I 」が煩わしい。
心変わり
■ 和歌や短歌をそのまま翻訳するのは難しい
■ 英語圏で紫陽花の花の色の変化はどうとらえられているのか知らないので、色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の 花にぞありける // 小野小町色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の アジサイの花 // 遊水
| 日本語 | 英語、google 翻訳 |
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■ 小野小町はうまいなと感心するけれど、どうだろう。色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の 花にぞありける // 小野小町
花の色は うつりにけりな いたづらに わがみ世にふる ながめせしまに // 小野小町
■ と、ここまで書いて、歌を思い出した。小野小町の歌に添えて
ふるあめに いろうつりゆく あじさいを めでつつかなし ひとのこころは // 遊水
■ これで、小野小町のふたつの歌の心を表しているといえるだろうか。ふるあめに いろうつりゆくあじさいを
めでつつかなし ひとのこころは
小野小町の歌に添えて■ と詞書をつけてみた。
色見えで うつろふ物は 世の中の 人の心の アジサイの花 // 遊水■ としてくれていたら、おそらく、なんの問題もなかったはずなのだ。
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■ 小野小町は恋多き女だと言われているが、知性にあふれていた。
■ 2022-01-12、2022-01-15 追記
■ 「八重咲くごとく」とはアジサイは花がたくさん集まっている、という感じでもあるけれど
■ 「八つ代に」ということからすると時間的経過があるので、色の変化と見るのがよいように思う。
■ 小野小町の
花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに
■ この「花」を桜とするのは意味合いから無理のような気がする。
■ 万葉集にアジサイの歌が詠われていることからこの「花」は何かを見直してもいいように思う。
■ 絶対アジサイだと断定するつもりはないが、アジサイだとして読むとすっきりする。
■ 以前から気になっていたが、私としては、これで、まあ、解決したという感じだ。
■ 紫陽花の花の写真は何度か撮っている。
■ 例えば、ブログ「なんとなく そんなもんだよ はるのかぜ」で
■ 「紫陽花」と検索すると何頁もあり、その中に忘れていたけれど、
■ 万葉集の上記の歌についての記述をしていた。
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