■ 2025-05-16
- ■ 「色々」を「いろいろ」とするのは日本語の文化が貧弱になるように思われる。
■ 「いろいろ」って何ですか、と訊かれたとき、どう応えるかだ。
■ 言葉は単なる「用具」ではない。長い時間と多くの人によって使われてきたモノだ。
■ そこで、ちょっと思い出した。
■ 自分が書いた短歌に、どのように書いたかを忘れていた。
■ それで、思い付きで、ひとつ書いたが、振り返ってみると、「身にしむ色」だった。
秋風はいかなる色の風なれば身にしむばかりあはれなるらむ 和泉式部
しろたへの袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く 藤原定家
母逝きて はや幾年か 忘れども 身にしむ色の 秋風ぞ吹く 橋本遊水
母逝きて 今はかえらぬ 日々なれば 悲しみ色の 秋風ぞ吹く 遊水
■ 並べてみると「悲しみ色」の方がいいかもしれないと思う。
■ 「色」の使い方で
いろみえで うつろふものは よのなかの ひとのこころの はなにぞありける 小町
■ 小野小町は人の心をよく読んで表現している。
■ 当時と現在では、ことば、の数が違うかもしれない。
■ 「悲しい」という言葉がなかったのかもしれない。
■ あるかないか、よく知らないが、研究対象にしてもいいかもしれない。
■ 現代に生きていたら、どんな歌になるのか、考えてみたが、難しい。
■ 「色」の歴史が古いからだろう。
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■ ついでながら、
色即是空
■ この場合の「色」はどんなイロでしょうね。
■ 三蔵法師の時代の文字だから、「色街」のイロだろう。
■ 色は色彩の色ばかりではない。
■ 色即是空 空即是色、と玄奘 は翻訳したが、当時は性的乱れがひどかったのだろう。
■ この経文は論理的には不完全だが、
■ 「色」を目に見えるものととらえると、視覚ばかりでなく聴覚、触覚、感覚など
■ いわゆる五感による捉え方もあるので、目で見えるものが全てではないことをブツダは教えていたのかもしれない。
■ 要するに、対象などをちゃんと正しくとらえなさい、と。
■ そうすると、モノみな「空」であることが分かる、と。