2026年6月22日月曜日

ほんとうの ところはどうか 百人首 めくじら立てる こともないけど

■ 2026-06-22
■ 塚本邦雄は「所詮は総花を狙って真の花を逸し、人選の上でも、実に散漫な印象を与える結果となった」と書いている。そして、先に記した者たちを除くべきだった、としている。
■ どのような人選だったか、百人一首では多少分かりにくいが、百人秀歌をみると、人選も意味があるようにみえる。
■ 定家は、古今和歌集を参考にした。というか、目標にし、序文に上げられた人を、一人を除き全て入れた。かなり意識的に選択していることが分かる。散漫と感じるのは、塚本が、百人秀歌の存在を意識してなかったからだと思われる。
■ 新古今和歌集の編纂をした定家だが、古今和歌集に目を向けていることが分かる。新古今和歌集の編纂は後鳥羽院の下働きであった。自分の和歌集はそれとは違うとの宣言を暗にしている、と考えてよい。
■ どうでもいい、といえば、どうでもいい。しかし、
  • 「ほんとうのところは、どうなんだろう」
■ それが興味の対象だ。
■ 以前は、推理小説は楽しみだった。いまは、飽きている。
■ 例えば、和泉式部や、清少納言は紫式部より前の人だ。なのに清少納言は百人一首ではこんな位置に置かれているのか、と百人秀歌と見比べてみる。


2026年6月21日日曜日

なぜ定家は二つを並べたのか、なんで分かるん 言うてへんのに


■ 2026-06-21
■ 塚本邦雄はすべて凡作だとしてそれぞれ選び直している。
■ 個々の歌をみれぼ、こっちの方がいい、ということも勿論あるかもしれない。
■ それは、秀作を選ぶという基準だとすれば、だけれど、必ずしも秀作でなくても、全体として面白ければいい、ともいえる。物語性だ。
■ 元々、勅撰和歌ではなく個人の歌集だからだ。選者として、判定者として決めること、そして、定家自身の歌が最終的に一番であればよい。
 
天徳四年の内裏歌合 村上天皇によって宮中清涼殿で行われた歌合
判者: 左大臣(藤原実頼)
こひすてふ我がなはまだきたちにけり人しれずこそおもひそめしか   壬生忠見
しのぶれどいろに出でにけり我がこひはものやおもふと人のとふまで  平兼盛

■ しのぶれど、の勝とされていた。
■ しかし、定家は自分が判者であれば、天皇に忖度することなく、こひすてふ、の方を選んだ、というコトを暗に示しているように思われる。そうでなければ、既に決まっているものを、ことさらとりあげて、並べる必要はない。
■ 「我が恋」を本当に「忍」のであれば「しのぶれど」といかにも自分は「恋」をしている、とひけらかすようなことはしないだろう。
■ 塚本邦雄は「私には負けた忠見の歌の方が悲しみを湛えた調べもあり、格段と優れているやうに見える」としている。
■ 以前も書いた。




2026年6月20日土曜日

白い手紙、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。

「父を通じて親交があった青年将校の多くが刑死し、父も事件に連座して禁固5年となる」


■ 2026-06-20
■ 昨日、紀伊国屋に行ったのは、塚本邦雄の王朝百首、を読みたかったからだが、なかったので、注文した。ついでに、秀吟百趣、を買ってパラパラ読みしていると、斉藤史の歌も取り上げられていた。
■ 帰宅後、ジェイムズ・カーカップ「記憶の茂み」を開いて見ると、最初の歌が、これだった。

With arrival of
the white letter, tomorrow
will surely turn to
spring -- so I wait, and meanwhile
polish my windows' frail glass.
  • 白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう  史
■ 英文を書き留め、短歌は見ずに自分で短歌にできるか、というトキのひとつだった。
■ そのころ、なぜ、white letter なのか分からなかった。
■ 「白」は何を意味するのか
■ 今回読んで、「白」は「白旗」を意味していたのかな、と思う。
■ 宮中歌会始の召人、のコトを考え合わせると
■ 要するに、敵が折れてきた、と。
■ 思いつきだが、この歌は1940年31歳のときの歌集「魚歌」の歌で、時期が合わない。
■ というコトで、「白い手紙」は今もってわからない。


2026年6月19日金曜日

これやこの 来るも 帰るも 日本語を 知るも知らぬも ハチ公の前

■ 2026-06-18
■ 塚本邦雄は、入れるべきではなかった者を並べたてている。
■ これらに替えて入れておくべきは、・・・15人だと。
  1. 猿丸大夫     奥山に
  2. 阿部仲麿     天の原
  3. 喜撰法師     我が庵は
  4. 蝉丸       これやこの
  5. 陽成院      筑波領の
  6. 文屋康秀     吹くからに
  7. 春道列樹     山川に
  8. 文屋朝康     白露を
  9. 源等       浅茅生の
  10. 小式部内待    大江山
  11. 三条院      心にも
  12. 源兼昌      淡路島
  13. 紫        めぐり逢いて
  14. 清        夜をこめて
  15. 入道前太政大臣  花誘う
■ 秀作という基準に照らせば、まあ、そうかもしれない。
■ 小式部内待の大江山は機転を利かした歌で、意味合いが深いわけではない。だから駄目だ秀歌ではない、と言えばそうかもしれないが、百首の中の一首、あってもいいではないか。色々な場面で、即答できることはなかなかできるモノではない。
■ 現代人が昔の歌を読む意味は、というか、私が読むのは自分にとって参考になるからで、例えば、蝉丸の、これやこの、は何度も考えて、結局、

これやこの
来るも 帰るも
日本語を 知るも知らぬも
ハチ公の前

■ こんな歌にした。
■ 英訳させてみた。

Whether you come or go, 
whether you know Japanese or not,
 in front of Hachiko


2026年6月17日水曜日

人もをし 人もうらめし 後鳥羽院 なほあまりある 昔なりけり  遊水

https://www.youtube.com/watch?v=_IMgnu_Slok&t=10s
中務   なかつかさ

■ 2026-06-17
■ 塚本邦雄は、全て凡作だとした。
■ それも、ひとつのとらえかただ。
■ 他の視点もある。
■ 先に、こんなことを書いた。

■ 百人秀歌の柿本人麻呂と入道前太政大臣の歌、要するに、実質的な最初と最後の歌は

  足引きの山鳥の尾のしだりおの
ながながし夜をひとりかもねん

  花さそふあらしの庭の雪ならで
ふり行くものは我身なりけり

■ 定家にとって、どちらも上の句は不要で、下の句を取り上げたかった。と考えればよいだろう。
■ それが彼の気持ちだった。
■ このような意味で「百人秀歌」を研究したらいいだろう。

■ 藤原定家は、自分の気持ちを代弁する歌を選んだ、とすれば、・・・

人もをし
人もうらめし
あぢきなく世を思ふゆゑに物思ふ身は  後鳥羽院

■ この歌の「人」は後鳥羽院にほかならない、ということになる。
■ 百首目は、もしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり  順徳院
■ この下の句と組合すと、定家の気持ちになりそうだ。
  • 人もをし 人もうらめし 後鳥羽院 なほあまりある 昔なりけり  遊水
■ 定家は、百人秀歌で2人の歌を捨てた。
■ まあ、当然のことだ。



2026年6月16日火曜日

莫使空対月 満懐都是春、おぼろづき ひとりぽっちは いやですよ せいかのつぼの うたのこころを  遊水

■ 2026-06-16
■ 一応、「莫使空対月 満懐都是春」で検索してみた。
■ 漢詩の一部ではないようだ。
■ 当時の分厚い図録に、何か他の記述があるか見たが、ないようだ。
    解説、月を見るのにひとりにしないで欲しい、心の中は春一杯なのだから。という恋の歌である。


2026年6月15日月曜日

「おぼろづき」の句は表装後に追記した。

■ 2026-06-15
■ こんな頁が閲覧れていた。
■ 次々リンクを開くと、ツボの頁に行き着く。





ずっと昔の軸だ。
「おぼろづき」の句は表装後に追記した。
問題点もある書だが嫌いではない。

こんな頁も作っていたことは忘れていた。



藤原行成、と、清少納言

■ 2026-06-15
■ 大庭みな子・現代語訳・枕草子・岩波現代文庫は各段に「題」をつけてくれているので分かりやすく親しめる。例えば、・・・
  • 字のじょうずな藤原行成さま
■ この段は、百人一首に採られた「夜をこめて」の歌に関する話だけれど、・・・
宮さまの弟君がどうしてもほしいと、初めのお手紙をとっておしまいになり、あとのお手紙は宮さまがとっておしまいになった。行成の君は、字がおじょうずで有名な方だったから。
■ ・・・と。
■ 広げて見ると、小野小町の歌もある。 古今集を見ると、残念ながら、この歌の少し前の
  • うたたねに 恋しき人を 見てしより ゆめてふものは たのみそめてき
■ これらがない。あればよかったのに、・・・





2026年6月14日日曜日

文字、と、ことば

◆漢詩和歌快説講座◆庚申夜、述所懐
贈王山人-丁卯集(許渾集)全文原文及譯文-識典古籍

■ 2026-06-14
■ 日本経済新聞・土曜日・詩歌教養・漢字そぞろ歩き・阿辻哲次、は面白く読んでいる。
■ 今回は、秘宝となった手紙だった。
■ 文字を宝とするのは、例えば、宝石を宝とするより素晴らしい。
■ 三希堂、について知ったのは、「墨スペシャル創刊号・台北・故宮博物館の書」だった。
■ 王義之の書は有名だが、必ずしも、私の好みではない。
■ 好み、ではないが、黄庭堅の書はおもしろい。
■ 中国の書より、日本の書の方がいい。
■ 「季刊・墨スペシャル・王朝かな書道史」に見られる、伝・藤原行成筆・粘葉本和漢朗詠集などいいと思う。人丸の歌など書かれている。
■ これだけでどんな書か想像できないかもしれない。
和漢朗詠集 647 から 652 
ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島がけれゆく 舟をしぞおもふ  人丸
わたのはら 八十島かけて 漕ぎいでぬと 人には告げよ 海女の釣り舟  野
たよりあらば 都へいかで 告げやらむ 今日白河の 関は超えぬと
・・・ 許渾
・・・ 菅
沖なかの えざるときなき 釣舟は 海女や先だつ 魚や先だつ
■ 書は物がなければ分からない。書よりも歌そのものの方が宝だという感じがする。万人が自分のモノとして選び持つコトができる。
■ どの歌を宝とするかは、人それぞれだ。
■ 藤原公任がこれらを選んだ、その心は何か。
■ 二つの漢詩と、どのような関係か。
■ 「わたのはら」は百人一首にある。「ほのぼのと」は私からみれば、「あまざかる」の明石の方がいいと思う。
■ 漢詩は「庚申」に関する詩で、検索したら番号が多少違っていた。また、ひとつは菅原道真の詩だったことに気付いた。
庚申
643 贈王山人 年長毎労推甲子 夜寒初共守庚申  許渾
644 庚申夜所懷 己酉年終冬日少 庚申夜半曉光遲  菅原道真菅丞相


土曜日の水中花

■ 2026-06-14
■ 食卓の向こうで、新聞の「漢字クイズ」をやっている、草冠が見える。
■ これとこれを足せば「花」になる。
■ 「水」はすぐ分かったけど、などとつぶやく。
■ 何文字だ、と訊くと、3文字、という。
■ だったら、「水中花」だろうと、飯を食いながらいった。
■ 「みずによし」という漢字は何か、という塙保己一のことを思い出した。
■ ~クイズ、などという、人を馬鹿にしたモノは嫌いだ。
■ 左の絵と右の絵の違いを9つあげなさい、こんなのが一番嫌いだ。
■ 今回、すぐ分かったのは、こんな頁を書いていたからだ。

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2026年6月12日金曜日

流蛍、ながれとぶ ほたるほとりと うつおんな  遊水

https://tool.hankeidou.jp/santaishi_fulltext/ コピー禁止、で見るだけ。
なんとなく そんなもんだよ はるのかぜ: 流螢
カワセミ、拡大 | なんやかや はるすぎなつの ひかりかな
アオシギが遠く動きがほとんどなかったので、カワセミを撮った。

■ 2026-06-12
■ 昨日、ブログに書いた「流蛍」の俳句を探していたら、アオシギを撮った日だった。
■ その日の頁を見た。
■ アオシギは2度目だった。
■ その後、「流蛍」は三体詩にあったと思い、本を探したが、なかなか見つからない。
■ その途中で、小川洋子・「海」、があったので裏を返すと30円で買ったことが分かる。
■ 「思い出と題名」と私が書いた文字があった。
■ 思い出せないので読んだ。
■ まだ、三体詩は見つからない。そうこうしていると、今度は、上田三四二・物に至るこころ・短歌一生、があり、ぱらぱら読みしていると、古事記の歌が引用されていた。これについてはあとで書こう。
■ ようやく見つけた。村上哲見・三体詩一、これだ。
■ この文庫本の三体詩は1から5まであるが、手元には1しかない。7言絶句の部分だ。
銀燭秋光冷畫屏
輕羅小扇撲流螢
天階夜色涼如水
臥看牽牛織女星
■ 山口誓子の句、「流蛍の自力で水を離れ飛ぶ」はこの詩をもとに作られたと思う。
■ 訳は、「かろやかな羅のちいさなうちわで、すいすいと流れ飛ぶほたるをほとりとうってみる」とある。
■ これって、俳句そのものだ。
ながれとぶ
ほたるほとりと
うってみる
■ 一応、動画も検索してみた。

輕羅小扇撲流螢
ながれとぶ ほたるほとりと うつおんな  遊水

■ 昔は、ふわふわと飛ぶ蛍を、こんな感じで採っていた。


2026年6月7日日曜日

衝撃的な出会いとは


■ 2026-06-07
■ 日本経済新聞・土曜日・短歌
■ 新聞を先に見た妻がザンビアの人の短歌が出てたよ、という。
■ でも、蜜蜂と衝撃的な出会いと何の関係があるのかしらね。
  • ザンビアがどこにあるのか知らないしそんな所に出会いはあるの
■ 短歌にすればこんな感じか。
■ そんなこと言ってないと抗議する妻。
■ 出会いは何との出会いか、人との出会いだけではないでしょ、と私。






2026年6月4日木曜日

前衛、と、題詠、2026-06-07,-08 追記。

■ 2026-06-04
■ 先日、日本経済新聞・夕刊に、馬場あき子の記事があった。
「短歌でいえば、今の歌人は塚本邦雄や葛原妙子のような前衛を自分たちの先祖だと思ってますよね。それもいいけど、・・・根っこのないものは弱いですよ」などとあった。
■ それで、高野公彦編「現代の短歌」を見たが、よく分からなかった。
■ たとえば、最近見た「歌集 ゆふすげ 美智子」では、すべての歌に「題」が付けられている。要するに、題詠だ。
■ 前衛と言われる歌人の歌は、何についての歌なのかが分かれば、あるいは、分かるのかもしれない。
■ なぜ、その歌があるのか、なぜ詠わねばならないのか、何を伝えよう、何を訴えようとしているのか、何が何やら分からん。言葉は伝えるためにある、と思うが、言葉自体を否定しているのか、分からん。
■ 塚本邦雄は、新選・小倉百人一首で、考え方は、まあ分かる。
■ 前衛など意識したことはないけど、馬場のいう「理屈でなく楽しいことを、面白がる者が世の中を前に進めるの」、これはこれでいいけど、彼女の歌に面白さを、あまり感じられないので、どんなもんかと思う。
■ 次の著作を比較すれば、塚本邦雄の方が優れているし、「根っこのないものは弱いですよ」という評は当たらない。根っこは、むしろありすぎだ。
  1. 塚本邦雄・新選・小倉百人一首
  2. 馬場あき子・馬場あき子の「百人一首」
■ ついでながら、塚本は百人一首は凡作ばかりだ、として、いいと思われる歌を上げているが、置き換えて、全体として、百人一首が成り立つのか、個々の歌が必ずしもその人の最高の作でなくても、定家はその歌を取り上げたかったと考えられる。
■ 百人秀歌の柿本人麻呂と入道前太政大臣の歌、要するに、実質的な最初と最後の歌は

  足引きの山鳥の尾のしだりおの
ながながし夜をひとりかもねん

  花さそふあらしの庭の雪ならで
ふり行くものは我身なりけり

■ 定家にとって、どちらも上の句は不要で、下の句を取り上げたかった。と考えればよいだろう。
■ それが彼の気持ちだった。
■ このような意味で「百人秀歌」を研究したらいいだろう。