ラベル ホタル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ホタル の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年1月28日水曜日

そっとてを ひらいてみせる ほたるかな ほらねと少女 微笑みながら  遊水

■ 2026-01-28
■ 世の中には、おかしなことがたくさんある。
■ ひとつは、言葉の意味、に関すること。
■ 言葉は、基本的に重要だが、多くの人が使うため、おかしなこともある。
  1. そっとてを ひらいてみせる ほたるかな  遊水
  2. ほらねと少女 微笑みながら
■ 俳句は短いものだから誤解しやすい。
■ このように、俳句に下の句をつけると、「少女」と書いているのだから、だれも「手を開いた」のが成人男性の私だとは思わない。
■ しかし、下の句をつけないと、多くの人は誤解したままだろう。
■ 「そっと手を ひらいてみせる」しぐさには「やさしさが」ある。それを感じ取れるかどうかだけれども、「見せる」という言葉で、句を作った人が見せていると反射的に思ってしまうのだろう。見せられた私が、見せてくれた少女のことを詠んでいる。
■ この例は、些細なことだけれど、俺が、私が、と主張する人には分からない。
■ 詩歌は、人の立場に立って作ることも、当然、ある。小説と同じだ。
■ 俳句や、短歌を詠むのは、やはり、伝えたい何かだけれど、分かってもらえなければ意味はない。それは散文でも同じだ。
■ それで、議論などせず、せめて明日の私に分かるように書いておこう。
■ あしたには、もう一人の私が出てくるかもしれない。
■ 対象が、百人一首の歌だとしたら、千年前の人の心を、理解したことになろ。
■ 例えば、持統天皇の歌。
■ 多くの解説書は、理解してないように思われる。
■ 他にもたくさんある。
■ 小倉百人一首自体に関する解説も、おかしいのが多い。


2017年3月1日水曜日

俳句と短歌、微笑む少女


■ 2017-03-07
■ こんな頁が閲覧されていた。
■ 関連頁として追記した。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
そっとてを ひらいてみせる ホタルかな あそこにいたと ほほえみながら



■ こんな頁が閲覧されていた。
■ これは、「短歌と俳句の表現の違いを考える。」、ということだった。
■ 読み返していて、ふっと、思った。
■ ・・・
■ 以前、こんな句を作った。
  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
■ これはこれで、俳句としてある。
■ だが、自分が意味するコトが、必ずしも、うまく伝わらなかったようだ。
■ そこで、これを短歌的にすると、・・・
  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • あそこにいたの ほほえむしょうじょ
■ 少し変えて、・・・
  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • しょうじょほほえみ あそそこにいたの
■ 「かな」と切れ字があるので、後に続けにくいけれど、・・・
■ こんな風にすると、伝わるのかもしれない。

2017-03-02


■ もう少し書いておこう。
  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • あそこにいたと 少女は笑みて

  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • あそこにいたと そのこは笑みて
■ 少女という言葉に拘ることはない。
  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • あそこにいたと あなたはえみて

  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • あそこにいたと われにほほえむ

  • そっとてを ひらいてみせる ホタルかな
  • あそこにいたと ほほえみながら
■ これでも、開いて見せたのは、作者の私ではないのが分かるかもしれない。

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
そっとてを ひらいてみせる ホタルかな あそこにいたと ほほえみながら



■ 元の俳句はそのままにして、短歌にするのは無理があるにしても、・・・
■ このようにすれば、いいのかもしれない。