■ 塚本邦雄は、定家の上げた歌を否定して、大江千里の歌として、新撰・小倉百人一首、と、王朝百首にそれぞれ次の歌を取り上げている。
照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものはなし 大江千里
ほととぎす 五月待たずぞ 鳴きにける はかなく春を 過ぐし来ぬれば
■ 個々の歌の好みは、人それぞれだ。なので、否定されたからといって、それがどうした、ということだ。
月見れば 千々にものこそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 大江千里
■ 分かりやすくていいじゃないか。白楽天の「~ 秋来只為一人長」を元にしたからと言って、漢詩臭くはなく、万人の思いをよくとらえている。
■ 私は、歌自体でなく、百人一首の歌の並びが気になる。この歌の次は、「菅家」すなわち菅原道真の歌だ。
■ なぜ道真の歌がここにあるのか。
■ おそらく「漢詩」にからめてだと思われるが、なにか不自然だ。
■ ここで「百人秀歌」の並びを見てみよう。漢詩関連の歌が並んでいる。
27 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらん28 人はいさ 心も知らず 故郷は 花ぞ昔の 香ににほひける29 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪30 月見れば 千々にものこそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど
■ 「人はいさ~」の歌は、島津忠夫の解説などに惑わされず、定家は、唐の詩人劉希夷の詩「代悲白頭翁」の詩の一部を連想したと考えてよい。
年年歳歳花相似歳歳年年人不同
■ これを、私なりに歌にすれば、とりあえず、こんなところか。
- 巡りくる 季節は今も 変わらねど 道行く人に 知る顔もなく