■ 2026-09-09
■ 藤原定家が、百人一首の大弐三位として、なぜ「ありまやま」の歌を採ったのかは、例えば、なぜ、「もろこし」の歌を採らなかったのか、と考えてもいいかと思う。「もろこし」の歌の方がいいように思うからだ。
ありまやま ゐなのささはら 風吹けば いでそよ人を わすれやはするはるかなるもろこしまでも行くものは秋の寝覚めの心なりけり
もろともに ゐなの笹原 みち絶えて ただ吹く風の 音に聞けとや 藤原定家心のみ もろこしまでも うかれつつ 夢路に遠き 月の頃かな 藤原定家
月清み ねられぬ夜しも もろこしの 雲の夢まで みる心ちする 藤原定家
■ もうすこし何とかならなかったものか。まあ、いいか。
- 遥かなる 異国の地まで 飛び行くは 冴えた寝覚めの 想いなるかな 遊水