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2026年7月22日水曜日

雨乞の 雨之香来山 洗い干す 白いころもに はつなつのかぜ   遊水


■ 2026-07-24
■ 2026-07-22
■ 言葉は最初は音声と手振りなどであったかもしれない。
■ 文字を持つことで音声を記録できるようになった。
■ 記録により、時と空間を超えることが可能になった。
■ 言葉は情報であり、事実の他、心、気持ち、心情、考え想像である。
■ 詩歌は、最初は祈りであったかもしれない。
■ このあたりのことを厳密に論述しようとは思わない。
■ ただ詩歌に関して、日本人の文化、心や事実、環境などを理解したいと思う。
■ 万葉集は日本の最初の歌集だとされている。
■ 歌は、まとまった歌集でなくとも、古事記にもあるし、あるいは、他の書物にも見られることと思う。
■ 日本語は、漢字を取り入れたことで、今日にいたる文化を作り上げた。
■ 最初は「ことば」を表音文字としての漢字で表した。
■ ここで取りあげる、持統天皇の歌がひとつの例だ。

春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山
春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかぐやま

■ 漢字だけで書き写すには手間がかかるので、平安時代には、いわゆる、万葉仮名が考えられ、使われた。漢字、ひらがな、カタカナ、の混合文が日本語の特徴だ。
■ 新古今和歌集では、

春過ぎて夏来にけらししろたへの衣ほすてふあまのかぐ山

■ 百人一首では「衣ほすてふ」としているが、大きく誤解させることになった。原文にない「てふ」にしたことで何か言い伝えでもあったかのようにとらえられた。
■ また、「天之香来山」を「天の香具山」とし、「あめのかぐやま」を「あまのかぐ山」としているところは非常によくない。本質的な理解を妨げることになってしまった。
■ 藤原定家という偏狭な一介の老歌人による無理解が原因だっただった、と指摘したい。
■ 「白妙」「白栲」の違いもある。
■ これらについては、おいおい書くとして、馬場あき子はこんなことを書いている。
「この歌を読みながらふと思うのは「春過ぎて」という初句はなぜ必要だったのか、ということだ。「夏は来ぬ」ではじまっても一向におかしくない。」
■ 歌人らしい指摘で面白いと思った。31文字のうち、5文字を使っているのだから、他に表現もあるだろうともいえる。「春過ぎて」を使わない歌を提示してくれたらよかったと思う。
■ おそらく、当時「初夏」という言葉がなかったのだろう。

はつなつの かぜとなりぬと みほとけは をゆびのうれに ほのしらすらし  八一

■ 会津八一のこんな歌を思い浮かべた。
■ 私は、持統天皇の歌を参考にして歌を作たこともあるので、いろいろ見方もあるかと思う。
 
夏過ぎて 秋は来にけり 枯葉散る ・・・

■ 季節がゆっくり過ぎてゆく感じがある
■ 八一は仏像を見ながら夏が来たようだな、と感じた。持統天皇は、白妙能 衣乾有 と乾燥させている白い衣を見て、そろそろ夏だな、と感じた。八一はただ仏像の姿に思いを寄せたが、持統天皇の気持ちというか歌の心は何だったのか。

〇    〇    〇

■ 「天」が使われている天皇は二人しかいない。天智天皇、天武天皇、そして、持統天皇は天武天皇の妻であり天智天皇の娘だ。これらの名前は奈良時代につけられた。要するに、そのように評価されたということで、持統天皇は親によって作られた国を維持した政治家だった。また、天智天皇の父親の舒明天皇の「国見の歌」として知られる万葉集の二つ目の歌は天乃香具山からの眺望を歌っている。あるいは、孫にあたる持統天皇も一緒に登ったことがあったかもしれない。
国土地理院の地図では、奈良盆地の南東端にある丘は、大和三山と呼ばれ、次のように高さも書かれている。

152 m 天香久山
199 m 畝傍山
140 m 耳成山

「天香久山」の高さは海抜 152 mだが、近くの道路を基準にすれば、65 m の高さで「天・てん」とは何の関係もない平凡な丘で、山というほど高くない。 第十二代、景行天皇の頃は、「古事記」のヤマトタケルの歌に、比佐迦多能 阿米能迦具夜麻、とあるように、「あめのかぐやま」と呼ばれていた。
■ 持統天皇は「天之香来山」としているが、これをなぜ「あめのかぐやま」とするのか、「あめのかくやま」ではないのか、むしろ国土地理院の「天香久山」の方が「天の香具山」より正しい。ここでも「天」を「あま」と呼んではならない。あくまで「あめ」だ。
■ 日本書紀に、
日本書紀、神代上、第七段の、天照大神が石窟に隠れた場面を見ると、・・・
思兼神、深謀遠慮、遂聚常世之長鳴鳥使互長鳴。亦、以手力雄神、立磐戸之側、而中臣連遠祖天兒屋命・忌部遠祖太玉命、掘天香山之五百箇眞坂樹、而上枝懸八坂瓊之五百箇御統、中枝懸八咫鏡 
とあり、ここでも天香山が見られる。掘天香山之五百箇眞坂樹、このように眞坂樹を掘り起こしている。眞坂樹は榊だろう。古代の人は榊の香りを特別な香りとしてとらえていたようだ。地名とか物の名とかは古ければごく単純に、というか純粋に、具体的な特性を意味している。香りの高い植物であり長寿のものとしては「樟」がある。神社には、樟が植えられていることも多い。日本書紀にあるように、天香山には、榊がたくさん生えていたようで、天照大神が岩戸に隠れたとき、この木が使われた。このようなことから神の木として「榊」文字が作られたと考えられる。
本榊は花の匂いが穏やかで甘い香り、ヒサカキは独特で強い匂いを持つ。
榊の匂いを嗅ぐ、ことの連想から「かぐ」「香具山」と呼ばれる」ようになったのかもしれない。
■ 藤原定家(1162年 - 1241年)が生きた時代は、持統天皇( 645年 - 703年)と、約500年の隔たりがある。この隔たりが持統天皇の気持ちを理解できなくした。定家は持統天皇の歌にある「天之香来山」を見たのだろうか、ただ想像しただけだろうか、あるいは歌としての調子が気になっただけかもしれない。現地に行かず伝聞的に「てふ」としたものだから、何かがあったと思う人も出てきた。昔の人の歌は素朴な現実を歌っている。
「百人一首」という世界から見ている限り、500年前の人の気持ちは分からない。まして、世の中を統治する天皇の考えには思いが至らないのだろう。
■ 飛鳥時代における持統天皇の治世をどの程度知っているのか。
飛鳥時代
奈良時代
平安時代
と過ぎ、定家が百人一首を編纂したのは鎌倉時代になってからだ。
■ 天智天皇の歌は稲の実りの喜びの歌だ。国にとって、農作が重用だった。
■ 日本書紀には持統天皇が「雨乞い」の儀式をしたとある。
■ 稲作にとって天候が重要だが、天気は人の力ではどうしようもない。ただ祈るばかりだ。為政者の持統天皇は、春が過ぎ、夏が近づき天気が気になったと思う。
■ 「天之香来山」は祈りの場、高台だ。そのふもとに民が粗末な白い衣を干しているのを見て、今年は雨乞いをせずに済むかどうか気になった。

民人が 衣洗いて 干したるか 木の間に 白く夏は来にけり  遊水
春過而 
夏来良之 
白妙能 
衣乾有 
天之香来山
■ ここまで書いて、「はつなつ」を思い出した。自分だったら歌にできるのか。

雨乞の 雨之香来山 洗い干す 白いころもに はつなつのかぜ   遊水




2022年6月19日日曜日

天皇はどこに住んでいたか

天皇はどこに住んでいたか

■ 平家物語・巻第五「都遷」の後半は、
 インターネットでは見られないのかな、と思ったが仮名書きモノがあった。
■ 見にくい。
■ 手元の文庫本をざっと見てみよう。
  1. 神武天皇より景行天皇まで一二代は、大和の国郡々に都を建てて、他国には終に遷されず。
  2. 然るを成務天皇元年に近江国に遷って志賀の郡に都を建つ。
  3. 仲哀天皇二年に長門国に遷って、豊浦郡に都を建つ。
  4. 神功皇后、女帝として、異国の軍を鎮めさせたまいて、帰朝の後筑前国三笠郡にて皇子御誕生、やがてその所を産宮とぞ申しける。
  5. その後神功皇后は大和国に遷って、磐余稚桜宮におはします。
  6. 応神天皇は、同じ国軽島明宮に住ませ給ふ。
  7. 仁徳天皇元年に、摂津国難波に遷って、高津宮におはします。
  8. 理中天皇二年に、又、大和に遷って、十市郡丹都を建つ。
  9. 反正天皇元年に、河内国に遷って、柴籬宮に住ませ給ふ。
  10. 允恭天皇四十二年に、また大和国に遷って、飛鳥の飛鳥宮におはします。
  11. 雄略天皇二十二年に、同じ国泊瀬朝倉に宮居し給ふ。
  12. 継体天皇五年に、山城国綴喜に遷って12年、その後乙訓に宮居し給ふ。
  13. 宣化天皇元年に、また大和国に遷って、檜隈入野宮に住ませ給ふ。
  14. 孝徳天皇大化元年に、摂津国長柄に遷って、豊崎宮に住ませ給ふ。
  15. 斉明天皇二年に、また大和国に遷って、岡本宮に住ませ給ふ。
  16. 天智天皇六年に、近江国に遷って、大津宮におはします。
  17. 天武天皇元年に、猶大和国に帰って、岡本南宮に住ませ給ふ。これを浄見原御門と申しき。
  18. 持統文武二代の聖朝は、藤原宮におはします。
  19. 元明天皇より光仁天皇七代は、奈良の都に住ませ給ふ。
  20. 然るを桓武天皇の御宇、延暦三年十月三日の日に奈良の京春日の里より、山城国長岡に遷って、・・・、延暦十三年、長岡京よりこの京に遷されて、
  21. 帝王は三十二代、星霜は三百八十余歳の春秋を送り迎ふ。
■ 平家物語・都遷りは、当時の歴史観だ。
■ 桓武天皇は、宮内庁・天皇系図によれば、50代で、781-806年
■ 平清盛が福原遷都し、
  • 咲き出づる花の都を振り捨てて風ふく原の末ぞあやうき
■ と、歌がある。
■ 安徳天皇が八一代、1180-1185年だ。
■ ・・・
■ 古事記、33代の推古天皇まで記載されている。
■ 日本書紀は、41代の持統天皇まで記載されている。
■ さて、第34代舒明天皇の時は奈良湖があった、
■ 奈良湖が無くなったのはいつかはと思い、ざっと見たが
■ この平家物語の記述では、名前が出てこない天皇もいて、あまり役に立ちそうもない。
■ ただ、漢風諡号で「神」と名のついた天皇に注目するのもひとつの道かもしれないと思う。
 

2022年6月23日木曜日

「神」と名のついた天皇だ誰だったのか

「神」と名のついた天皇だ誰だったのか

■ 漢風諡号、例えば、神武天皇という呼び名は
 奈良時代に淡海三船(722~785)に より付けられたとのことで
■ 神武天皇以降の風諡号は、この人が付けたことになる。
■ それはいつ頃のことか、
  • 桓武天皇 在位期間 781から806年
■ 桓武天皇も含めるのかどうかは、まあ、どちらでもいいが、
■ 要するに奈良時代の歴史認識は漢風諡号に現れているといってよい。
■ そこで、
 それまでの「神」と名のついた天皇だ誰だったのか、
  • 神武天皇 1代
  • 崇神天皇 10代
  • 神功皇后
  • 応神天皇 15代
 以上だ。
■ この中で、奈良湖の水を無くしたのは崇神天皇かもしれない。
 ただ、舒明天皇は34代で、この時奈良湖があったとすれば、
 再び湖ができたことになる。
■ 桓武天皇から平安京になり、
■ 平家物語に
  • 帝王は三十二代、星霜は三百八十余歳の春秋を送り迎ふ。
■ となる前は、天皇が住む場所が、あちこちと移動が激しい。
■ 飛鳥時代、奈良時代、
 平城京はいつごろだったか、など考えればよいのかもしれない。
■ 天皇の呼び名は社会的評価が現れているとみてよい。
■ 例えば、
  • 仲哀天皇 14代
■ この「哀」という文字の意味を考えれば、
■ いかにも哀れで、悲しむべき人のようだ。
■ 古事記には、神功皇后と武内宿禰により暗殺されたかのような記述がある。
■ とにかく、このころの天皇の名の字義について調べるとよいと思う。
■ 例えば、
  • 天智天皇 38代
  • 持統天皇 41代
■ この二人の場合は、持統天皇が天智天皇を受け継ぎ世を収めた意味にとれる。

2022年12月12日月曜日

天の香久山、の読み方について

 天の香久山
■ 何度も新幹線に乗り、雑事に追われて時間的精神的にゆとりがなかった。
■ まあ、今は一段落しているので、そっちの方は気にしなくていいような気持ちになっている。
■ で、感じとしては久しぶりに、何か書いてみようかなという気になった。
■ 私にとってはまだすっきりしてなかったことのひとつは、持統天皇の歌だ。
  • 春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山 // 持統天皇 万葉集
■ 日本語は漢字・かな交じり文なので表現が豊だが、・・・
■ 元々漢字はなかったので、最初は当て字だった。
■ 古事記を見れば分かる。
■ どこかに書いたが、日本武尊の歌に
  • 阿米能迦具夜麻
■ このように書かれている。
  • 「あまの」ではなく
  • 「あめの」だ。
■ 「天之香來山」は「あまのかぐやま」ではなく
■ 「あめのかぐやま」と振り仮名するべきものだった。
■ これもどこかに書いたが、リービ英雄「英語で読む万葉集」には「あめ」と振り仮名している。
■ まあ、
  • あめのかぐやま
■ と発音されていたのを「天香久山」としたものだから誤解が定着したものと思われる。
  • 天之香來山 ・・・ あめの香來山
  • 雨の香來山
■ 「雨のにおいがしてくる山」という風に考えれば、
■ あるいは、正解が得られるのではないか。
■ ここで、この歌の時代背景について考えてみよう。
■ 国を支えるものは「米」だった。
■ 稲作、水田、水、という連想が当然出てくる。
■ とすれば、
  • 雨乞い
■ だろう。
■ 古くから雨乞いをした丘だったと仮定して、調べてみるとよいと思われる。
■ この歌で、天香久山は地名として詠まれているが、
■ その地名はこの丘の重要性を示していた。
■ 納得である。

2022年7月31日日曜日

はつなつのかぜ

はつなつのかぜ

■ 昨日はカワセミ が5羽いて、
■ 写真を撮っていたとき、俄雨であやうくびしょ濡れになるところだった。
■ 激しい雨が、しばらく続いたので、木陰にいたが、どうしても濡れてしまった。
■ 今は夏、クマゼミの声が激しい。
■ 夏も春から突然変わるわけではない。
■ 春夏秋冬、季節は365日かけて、ゆっくり移ってゆく。
  • はつなつの かぜとなりぬと みほとけは
  • をゆびのうれに ほのしらすらし  会津八一
■ こうした歌ができればいいな、と思う。
  • 春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山 // 持統天皇 万葉集
■ 先日、2022-07-28、紀伊国屋で、馬場あき子の「百人一首」を買った。
  • 春過ぎて 夏来るらし 白妙の 衣干したり 天の香久山
  • この歌を読みながらふと思うのは、「春過ぎて」と初句はなぜ必要だったのか、ということだ。「夏は来ぬ」ではじまっても一向におかしくはない。もし初句に比重をかけて読むなら、眼前にある鮮やかな光景を目にするにつけても作者の内面的な驚きは、むしろ知らないうちに「春は過ぎて」いたことにあったといえる。
■ こんなことが書かれていた。
■ 立ち読みして、買うの止めようかなと思ったが、他山の石にはなるだろう。
■ 初夏の短歌という意識で作ったことはないので、
■ 私はそのときどうなるか分からない。
■ 会津八一のように
  • はつなつの
■ という言葉を使えばよかったかもしれないが、
■ あるいは、持統天皇の時代には「はつなつ」という言葉はなかったのではないか、と思う。
■ 万葉集を調べてみたらいい。
■ とりあえず、古今集、新古今集。
■ 手元の、古今和歌集をみると「はつなつ」という言葉は、初句、4句には使われていないようだ。
  • 「夏は来ぬ」ではじまっても一向におかしくはない。
■ とするなら、どのようになるのか、作例をあげればいいだろう。
  • むしろ知らないうちに「春は過ぎて」いた
■ のではなくて、
  • 知らないうちに、夏が来ていた、ということだ。
  • 夏来るらし
■ 「らし」は「らしい」「ようだ」
■ いつの間にか夏になっていたようだから、
■ 「春過ぎて」と肯定せざるをえない気持ちだった、ということだろう。
  • [ 歌のこころ ]
■ を見て、馬場あき子は
■ 尾崎雅嘉著「百人一首一夕話」を読んでいないのかと思ったが、
■ 主な参考文献に記載されていた。
■ まあ、いいか。
■ 私が参考にした部分ではなく、別の所を参考にしたようだ。

*  *  *

■ 以前こんなことを書いていた。



2025年11月2日日曜日

持統天皇・天之香来山、の続きを書いたあと、鳥見に出た

■ 2025-11-02 
■ 昨日は、持統天皇・天之香来山、の続きを書いたあと、鳥見に出た。
■ いくつかの場面のカワセミを撮った。



2025-11-01  吹田市・千里南公園

■ 今日も天気が良さそうだ。
■ 晴野雨読、だ。



2022年6月5日日曜日

地名のコト、春過ぎて夏きにけらし

■ 洗濯物が干してあるのを見て、衣更えの季節になった。
■ 夏が来たと感じる女の天皇の感性があった。
■ 季節の変わり目を感じるきっかけは人それぞれだろう。
■ たとえば、
  • はるすぎて なつきにけらし しろたえの 日傘くるくる まわし行く人  遊水
■ 上の句と下の句の論理的つながりとでもいうか、
  • 何により、夏が来た、と感じたのか
■ 天皇という最高位にあるものが、染色していない粗末な白い衣服、つまり、
■ 庶民の営みをみて、自らは衣服に困ることのない天皇が、
■ 間接的に、彼らを思いやった歌ととらえることができる。
■ ・・・
■ 歌の中の地名をその由来まで立ち返らなくてもいいものを
■ 「天の」などあるから「angel」などとする英訳がある。
■ まあ、アホだ。
■ ・・・
■ ちょっと現代風に書くと、
  • はるすぎて なつがきたんだ ホラ白の 日傘くるくる まわし行く人
■ 詩的ではないけれど、・・・
■ ・・・

2022年5月24日火曜日

藤原定家のみそぎ

 藤原定家の禊
■ 白洲正子・私の百人一首、に次のような記述がある。
  • 後鳥羽院をはぶくことは、批評家としての定家の自尊心が許さなかったであろうし、
  • 後鳥羽院をえらべば、順徳院を次に置くことが自然の人情であったろう。(中略)
  • お二人を最後に並べたのは選者の深い心づかいから出ていると思う。
■ 定家が百首選んだ時、最後を順徳院の歌にしたのは
  • ももしきや
■ であることから自然だった。
■ これ以外に適当な歌がなかったのかもしれない。
■ そのひとつ前に後鳥羽院を置くことも親子故に普通だったかもしれないが、
  • 深い心づかいから出ている
■ とは思えない。
■ もし、後鳥羽院に対して好感を持っていたとするなら、もっといい歌を選んだはずだ。
■ ひともをし」の歌が彼の代表的歌だとは到底思えない。
■ 隠岐に流された敗者の歌である。
■ 選者としての定家は当然ながら自分の価値判断にしたがって選択したはずだ。
■ いい歌でないのに選んだのは定家にとっては悪い歌ではないからだと思われる。
■ 百人一首は、定家自身の歌を最高位に置くことが念頭にあった、と、
■ 論理的には考えられるからだ。
■ それについては以前書いた。
■ さて、
■ 百人一首 098 従二位家隆 の歌をどうとらえたらよいのかと思っていた。
■ 「みそぎ」という言葉があるので定家は取り上げたのだと思う。
■ 何に関する禊なのか。
■ 要するに、定家は禊で何を洗い流そうとしたのか。
  • 後鳥羽院との関係
■ 百人一首の位置は
  • 定家
  • 家隆
  • 後鳥羽院
■ 家隆の爽やかな感じの歌は、定家のとがった意識を和らげる穏やかな歌だ。
■ 定家は自分にはない、家隆の歌の良さを最高に評価していたとも思われる。
■ 最後に置いておかしくない歌だった。しかし、
■ 最初に天智天皇と持統天皇を置き
■ 最後に後鳥羽院と順徳天皇を置く、という構成上の意味があった。
■ この二人の歌を省略すれば、まさに、
■ 百人一首という歌集の最後を飾る、定家・家隆、ということになる。
 

2022年7月2日土曜日

虢国夫人遊春図に描かれている楊貴妃

虢国夫人遊春図に描かれている楊貴妃

 
■ 虢国夫人遊春図の虢国夫人はどの人か
■ 多くの人が書いているようだが、
■ これは事実をひとつづつ見てゆけば簡単に分かる。
■ しかし、この図の主題について書かれていないような感じだ。
■ それは、題名が「虢国夫人遊春図」とあるからで、
■ 無理はないかもしれないが、
  • ■ 主題は彼女ではなく、楊貴妃だ。
■ これもすぐ分かる。
■ では、なぜ題名が「虢国夫人遊春図」かという疑問が出てくる。
■ 絵としては寸詰まりのような気がするからだ。
■ 右端にもう少し何かが書かれていたのではないかと思うが
■ これについては今のところ何とも言えない。
■ さて、
■ 楊貴妃の時代は日本で言えばどの時代になるのか。
■ 遣唐使は菅原道真の建議以降中断している。
■ 百人一首で
  • 阿倍仲麻呂の歌は、7番目
  • 菅原道真の歌は、24番
  • ■ 古事記は玄宗皇帝即位の年に作られている。↑
■ 虢国夫人遊春図を見ると髪型などが身分によって決められていたようだが、
■ 日本では天武天皇のころに決められていたようで、
  • 女の40歳以上のものは髪は結い上げてもいいし、結い上げなくてもいい
  • 巫女や神官は神は結い上げなくてもいい
■ などとある。
■ また、
  • 婦女が 男子のように馬に乗るようになったのはこの日からである
■ と日本書紀・巻第29、にある。
■ 要するに馬がたくさんいた、ということになる。
■ そして、
  • そもそも政治の要は軍事である。
  • それゆえ文武官の人々は、務めて武器を使い、乗馬を習え。
  • ・・・
  • もし違反し、馬・武器に不都合なところがあり
  • 装備にかけるところがあれば、親王以下諸臣に至るまで、みな処罰する。
■ とある。
■ いわば皆兵制だ。
■ 唐の時代に関心を寄せるのもいいが、
■ 日本の同時代にも興味深く感じる。

2021年12月15日水曜日

百人一首 2番 持統天皇 白妙能 衣乾有

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------
 たみびとが ころもあらいて ほしたるか このまにしろく なつはきにけり  遊水

 

○ ○ ○

 

  • はるすぎて なつきにけらし しろたえの ころもほすてふ あまのかぐやま  百人一首

  • 春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山  万葉集

  • はるすぎて なつきたるらし しろたえの ころもほしたり 天之香來山  遊水・訓

■ これが無難な訓読みではなかろうか。

■ 少し現代風にして、google 翻訳してみよう。

 

日本語英語、google 翻訳
 
  • 春が過ぎて
    夏が来たようだ
    (なぜなら)
    白い服を干している
    天之香具山

 
  • Spring has passed
    It looks like summer has come
    (because)
    Drying white clothes
    Mt. Amanoka

 

■ 「天之香具山 」を固有名詞として書いたつもりだが「Mt. Amanoka」と訳された。

■ 「Amano-kagu-yama Hill 」 にするのが適当。

  • リービ英雄著「英語で読む万葉集」2024-11-19、岩波新書には

  • 春が過ぎて夏が来たらしい。白い布の衣が乾してある、天(あめ)の香久山。

■ とある。

 

日本語リービ英雄著「英語で読む万葉集」
 
  • 春過ぎて

  • 夏来たるらし

  • 白妙の

  • 衣乾したり

  • 天の香具山

 
  • Spring has passed,
  • and summer seems to have arrived ;
  • garments of white cloth
  •                            hang to dry
  • on heavenly Kagu Hill.

 

■ 彼は現地で見たので山でなく丘と捉えている。

■ 海抜 152 m だが、近くの道路を基準にみれば、65 m 故、それが普通の感覚だろう。

■ しかし、次のような捉え方が出来ていないようだ。

■ 白洲正子著「私の百人い首」昭和51年12月15日、新潮選書

  • 私がこの歌からうけるものは、

  • 春雨がからっと晴れあがった翌朝、

  • 洗濯物を干した時のあの気持ちよさで、

  • むつかしい理屈は無用である。

■ 衣替えの時期になり、今まで着ていた冬服を脱ぎ、洗濯し干すという光景を見て、

■ 女性の天皇が庶民の生活を思いやっている。

■ この際、リービ英雄・訳について少し指摘するなら

■ おそらく「春過ぎて」の「て」を意識したのだろうけれど、

■ 春の次には夏が来るのは当然なので、and は不要、

■ 尾崎雅嘉著「百人一首一夕話」

  • 白妙と書く妙の字は仮字にて、万葉には多く白栲と書けり。

■ garments of white cloth と説明的に書かなくても、「白妙の」は単に white clothes でよい。

■ 現代のように化学染料がない時代だ。

■ 当時、染色がどのていど普及していたかを考えると理解できるだろう。

 

日本語  尾崎雅嘉著「百人一首一夕話 」英語、google 翻訳
 

民百姓共の白き着物が天の香具山のあたりに干してあるのがよく見ゆるという事にて、・・・

白妙とはただ白き色という事にて、ほかの色に染めぬ先の着物の色は皆白き故、・・・

 

It's easy to see that the white kimono of the people's peasants is dried around Mt. Amanoka, so ...

Shirotae is just a white color, and the color of the kimono that is not dyed in other colors is all white, so ...

 

 

 

 

 

 

2025年11月10日月曜日

百人一首に遊ぶ、書き直し、と、山茱萸

■ 2025-11-10
■ 「持統天皇・天之香来山」を一応、書いたので、次は「誰も知ってる知らない歌」にしようかなと、思っている。
■ 以前、こんな句を作った。
  • 人生は 読み書きソロバン 衣食住
■ そして、その後に、・・・
  • 喜怒哀楽を ことばにすれば
■ 句から歌にできるかな、と思ったが、なんか難しい。
■ 和歌、短歌には、「寂しさ」「淋しさ」を歌ったものも多い、次回は、そんな歌をとり上げようか、・・・



2025-11-10  吹田市・交番裏



2025年11月7日金曜日

立冬だけれど、初夏の話、と、昨日のカワセミ

■ 2025-11-07
■ 今日は立冬だが、秋に乗り切れてなく、紅葉・カワセミを撮ろうとしている。
■ そして、「はつなつ」の風、について書こうと思っている。
■ 会津八一の言語感覚はすぐれている。

はつなつのかぜとなりぬと
みほとけは
おゆびのうれに
ほのしらすらし

■ この「はつなつのかぜとなりぬと」は、持統天皇の次の歌の最初の部分と同じ意味だ。

春過而 夏来良之 
白妙能 
衣乾有 
天之香来山

■ 先日より書いているのだけれど、もう少しかかる。
■ というのも、野鳥撮影には、待ちの時間があるからだ。
■ なかなか、紅葉のところに止まらないが、手摺のすぐ横の、ここにはよく止まる。



2025-11-06  吹田市・千里南公園


2023年7月3日月曜日

「天」という文字の意味、持統天皇の歌に関連して

■ 2023-07-03
■ 今後 AI が普及してくると、言葉の壁がなくなるのかもしれないが、
■ 例えば、中国文字と漢字の違い、同じ文字だが、使われ方が必ずしも同じではない。
■ ところが、概念としては、同じ場合もある。

yesterday today tomorrow
 
昨日 今日 明日
Kinō kyō ashita

昨天 今天 明天
Zuótiān jīntiān míngtiān

■ 日本語で「日」、中国語で「天」
■ この例に限れば、「天」という概念は「日」すなわち「太陽」だという感じだ。
■ 人工知能がどこまで進化するかわからないけれど、・・・
■ 意味的に追求されればよくなるかもしれないが、
■ 急速に進化すると変な方向に進むかもしれない。
■ 英語は世界的にはよく普及しているが、言葉的には普及が早すぎた。
■ いわば未完成の言語だ。
■ ここにあげた例でも分かるだろう。
■ 次に、・・・

天気
天然
Tenki ten'nen

weather natural 

天氣 自然的
Tiānqì zìrán de 
 
weather Nature
 
天 Tiān >> sky >> 天空 Tiānkōng 

空 Sora

■ この例では「天」は直接的には「太陽」ではない。
■ 天・あま・あめ・雨、天の恵み的、自然の捉え方がある。
■ 現時点で google 翻訳は完璧ではないようだが、
■ キリスト教的 heave や angel などとは無関係だ。

2026年1月28日水曜日

そっとてを ひらいてみせる ほたるかな ほらねと少女 微笑みながら  遊水

■ 2026-01-28
■ 世の中には、おかしなことがたくさんある。
■ ひとつは、言葉の意味、に関すること。
■ 言葉は、基本的に重要だが、多くの人が使うため、おかしなこともある。
  1. そっとてを ひらいてみせる ほたるかな  遊水
  2. ほらねと少女 微笑みながら
■ 俳句は短いものだから誤解しやすい。
■ このように、俳句に下の句をつけると、「少女」と書いているのだから、だれも「手を開いた」のが成人男性の私だとは思わない。
■ しかし、下の句をつけないと、多くの人は誤解したままだろう。
■ 「そっと手を ひらいてみせる」しぐさには「やさしさが」ある。それを感じ取れるかどうかだけれども、「見せる」という言葉で、句を作った人が見せていると反射的に思ってしまうのだろう。見せられた私が、見せてくれた少女のことを詠んでいる。
■ この例は、些細なことだけれど、俺が、私が、と主張する人には分からない。
■ 詩歌は、人の立場に立って作ることも、当然、ある。小説と同じだ。
■ 俳句や、短歌を詠むのは、やはり、伝えたい何かだけれど、分かってもらえなければ意味はない。それは散文でも同じだ。
■ それで、議論などせず、せめて明日の私に分かるように書いておこう。
■ あしたには、もう一人の私が出てくるかもしれない。
■ 対象が、百人一首の歌だとしたら、千年前の人の心を、理解したことになろ。
■ 例えば、持統天皇の歌。
■ 多くの解説書は、理解してないように思われる。
■ 他にもたくさんある。
■ 小倉百人一首自体に関する解説も、おかしいのが多い。


2019年10月25日金曜日

四季の移り変わり、メモ

英訳・百人一首
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持統天皇
  • [原文]春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山 万葉集1巻の28番歌
  • [訓読]春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
  • [仮名]はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかぐやま 
■ この歌について、もう少し考えてみよう。

 つづく





  1. 春 から 夏  白栲の衣干
  2. 夏 から 秋  風の音
  3. 秋 から 冬  初雪、初霜
  4. 冬 から 春  鶯
■ 四季の移り変わりを詠んでいる歌は、・・・
  • 秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる(古今169)藤原敏行



  • [歌番号]10/1824 
  • [題詞](詠鳥) 
  • [原文]冬隠 春去来之 足比木乃 山二文野二文 鴬鳴裳 
  • [訓読]冬こもり春さり来ればあしひきの山にも野にも鴬鳴くも 
  • [仮名]ふゆこもり はるさりくれば あしひきの やまにものにも うぐひすなくも 
  • [歌番号]10/1884  よみ人知らず・万葉集
  • [題詞]歎舊 
  • [原文]寒過 暖来者 年月者 雖新有 人者舊去 
  • [訓読]冬過ぎて春し来れば年月は新たなれども人は古りゆく 
  • [仮名]ふゆすぎて はるしきたれば としつきは あらたなれども ひとはふりゆく 



2022年1月2日日曜日

万葉の 歌を枕に 千年の 時空を超えて 遊ぶ日もあり

■ とりあえず、いままでのところだ
■ また、そのうち追加しよう。
  1. 万葉の 歌を枕に 千年の 時空を超えて 遊ぶ日もあり // 遊水
  2. ことのはの ひとつひとつに こめられし うたのこころを しるぞたのしき // 遊水
  3. うたえらぶ ひとのこころに おもいよせ わがうたにかえ かきならべたり // 遊水
  4.  
  5. 春過而 夏來良之 白妙能 衣乾有 天之香來山 // 持統天皇 万葉集
  6. はるすぎて なつきたるらし しろたえの ころもほしたり あまのかぐやま
  7. たみびとが ころもあらいて ほしたるか このまにしろく なつはきにけり // 遊水
  8.  
  9. 東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡 // 柿本人麻呂
  10. ひんがしの のにかぎろひの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ
  11. ひんがしの ののかぎろいの たつところ かえりみすれば つきにしわたる // 遊水
  12.  
  13. 田兒之浦從 打出而見者 眞白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留 // 山部赤人
  14. たごのうらゆ うちいでてみれば ましろにぞ ふじのたかねに ゆきはふりける    
  15. みぎわまで こまうちかけて みかえれば ましろにふじは たちにけるかな // 遊水
  16.  
  17. 青丹吉 寧樂 京師者 咲花乃 薫如 今盛有 // 小野老
  18. あをによし ならのみやこは さくはなの にほうがごとく いまさかりなり
  19. いにしえの ならのみやこの やえざくら きょうここのえに においぬるかな // 伊勢大輔
  20.  
  21. 天離 夷之長道従 戀来者 自明門 倭嶋所見 // 柿本人麻呂
  22. あまざかる ひなのながじゆ こひくれば あかしのとより やまとしまみゆ // 柿本人麻呂
  23.  
  24. であいとは かくなるものと しりながら こころなやみて あひにけるとは // 遊水
  25. あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり // 藤原敦忠
  26.  
  27. くろかみの みだれもしらず うちふせば まずかきやりし ひとぞこひしき // 和泉式部
  28. うたたねに こひしきひとを みてしより ゆめてふものは たのみそめてき // 小野小町
  29.  
  30. たちばなの にほふあたりの うたたねは ゆめもむかしの そでのかぞする // 藤原俊成の女
  31.  
  32. ゆめかとよ みしおもかげも ちぎりしも  わすれずながら うつつならねば // 俊成女
  33. さかるひの 夜々のおもかげ かきくらし ゆきとふりぬる としのくれかな // 遊水
  34.  
  35. あふまでの おもひはことの かずならで わかれぞこひの はじめなりける // 寂蓮
  36. たまのをよ こころとこころ むすぶいと しのびきれずに おもいきるかな // 遊水
  37.  
  38. かへりこぬ むかしをいまと おもひねの ゆめのまくらに にほふたちばな // 式子内親王
  39. かのひとと ともにつかいし このまくら かおをうずめて おもいねるかな // 遊水
  40.  
  41. こちふかば にほひおこせる うめのはな ひとはゆくとも はなはかわらず // 遊水
  42.  
  43. はなかおる きせつとなれば ことしまた なつかしみつつ おもいおこせり // 遊水
  44. あなたから てがみがとどき はるとなる まどをみがいて あしたをまとう  // 遊水
  45.   
  46. きみにより おもいならひぬ よのなかの ひとはこれをや こひといふらむ // 在原業平
  47.  
  48. つかのまの であいもあるさ それだけで わかれゆくこと むかしもいまも // 遊水
  49. さよならの ことばはじかに つたえたい それもかなわず はなればなれに // 遊水
  50.  
  51. わかれても ともだちだから いいでしょう たまにはおさけ さみしいよるに // 遊水
  52. いいへんじ わたしがしないと いうけれど そういうあなた だれとねてるの  // 遊水
  53.  
  54. なつのよる ふっとこころに はやりうた おもいだしつつ ねむりゆくかな  // 遊水
  55. よるにうた ききつつかみに かきつける ことばはいつも しつれんのうた // 遊水
  56.  
  57. コーヒーを ともにのもうよ あくるあさ むなしくあけて ひとりのみけり // 遊水
  58. きょうもまた あなたはそれを うたうのか きのうのよるの こゆびがいたい // 遊水
  59.  
  60. かむことも あいのひとつや かすみそう // 遊水
  61. たいおんの ちがいかんじる ふゆのよる // 遊水
  62. なんとなく そんなもんだよ はるのかぜ // 遊水
  63.  
  64. きのうきょう そしてあしたと いうけれど きのうはずっと とおくかなたに // 遊水
  65. おもいでは とおいむかしの ことなれど いまものこれり こころのすみに // 遊水
  66.  
  67. あふみのうみ ゆふなみちどり ながなけば こころもしぬに いにしえおもほゆ // 柿本人麻呂
  68.  
  69. さざなみや しがのみやこは あれにしを むかしながらの やまざくらかな // 平忠度
  70. いにしえの ながらのてらの やまざくら ちるひとはなほ あわれなりけり // 遊水
  71.  
  72. みよしのの よしののやまの やまざくら さくらふぶきと なりにけるかも // 遊水
  73. むすめらの はなやぎすぎる はなふぶき かげあゆまする しきいしのみち  // 遊水
  74.  
  75. ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづこころなく はなのちるらむ // 紀友則
  76. ひさしぶり ひかりのどかな はるなれど しづこころなく はなはちりゆく // 遊水
  77.  
  78. ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる  藤原実定
  79.  
  80. わがやどの いささむらたけ ふくかぜの おとのかそけき このゆうべかも // 大伴家持
  81. うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば // (美空ひばり)
  82.  
  83. きみまつと わがこいひおれば わがやどの  すだれうごかし あきのかぜふく // 額田王
  84. あききぬと めにはさやかに みえねども かぜのおとにぞ おどろかれぬる // 藤原敏行
  85.  
  86. つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど // 大江千里
  87. かのひとは かなしいこころ うたにする わがみひとりの あきにあらぬと // 遊水
  88.  
  89. さみしさに やどをたちいで ながむれば いづくもおなじ あきのゆふぐれ // 良暹法師
  90. さみしさに うめだのまちに でてみれど ひとごみのなか しるひともなく // 遊水
  91. みやこへは さんりのみちの ゆきかえり いずこもおなじ あきのゆうぐれ // 遊水
  92.  
  93. うずらなく ふしみのさとの なごりいま ちめいにのこる ふかくさのあき // 遊水
  94. ゆうされば のべのあきかぜ みにしみて うずらなくなり ふかくさのさと // 藤原俊成
  95. なつされば そとのあそびも あきのかぜ さびしさよせる ひとさりしはま // 遊水
  96.  
  97. あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも // 阿部仲麿 
  98. なげけとて つきやはものを おもはする かこちかおなる わがなみだかな // 西行
  99.  
  100. あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに よしののさとに ふれるしらゆき // 坂上是則
  101. まよなかの ましろきしもか げっこうか おもいおこすは ふるさとのやま // 遊水
  102.  
  103. めざめてにわの つきあかり // 遊水
  104. しもがおりたと まちがえて
  105. やはりつきかと あおぎみた
  106. ふっとこころに ふるさとよ
  107.  
  108. 牀前看月光 疑是地上霜
  109. 擧頭望山月 低頭思故鄕  靜夜思 // 李白  // 
  110.  
  111. かのときに わがとらざりし わかされの かたへのみちは いづこゆきけむ // 美智子
  112. わかれみち むこうのみちは どんなあき ふとたちどまる ときぞかなしき // 遊水
  113.  
  114. ふみゆきて ゆけばかえらぬ そのみちを かえりみすれば ゆきにうもれて // 遊水
  115.  
  116. なげけとて ときはながれて ゆくならば このひだまりに ふゆのひとひを // 遊水
  117. おおすぎる ことばは いつか きえるだけ こころにのこる うたはあるのか // 遊水
  118.  
  119. 名寸隅乃|船瀬従所見|淡路嶋|松<帆>乃浦尓|朝名藝尓|玉藻苅管|暮菜寸二藻塩焼乍海末通女|有跡者雖聞|見尓将去|餘四能無者|大夫之情者梨荷手弱女乃念多和美手|俳徊|吾者衣戀流船梶雄名三 // 万葉集
  120.  
  121. 吾者衣戀流|船梶雄名三  
  122. われは ? こふる ふなかじをなみ
  123. ゆらのとを わたるふなびと かじをたえ ゆくへもしらぬ こひのみちかな // 曽禰好忠
  124.  
  125. まんようの ことばひろえば よみがえる こぬひとをまつ おとめごころに // 遊水
  126. こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに やくやもしおの みもこがれつつ // 藤原定家
  127.  
  128. あさなぎに たまもかりつつ はまおとめ われのみそめし かのひとはたれ // 遊水
  129. もしおやき こころこがして こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎろかも // 遊水
  130.  
  131. 鎌倉と 戦し敗れ 流刑地の 隠岐の島なる 天の高さよ // 遊水
  132. かまくらと いくさしやぶれ るけいちの おきのしまなる てんのたかさよ // 遊水
  133.  
  134. ひともおし ひともうらめし あじきなく よをおもふゆえ ものおもふみは // 後鳥羽天皇
  135. あのころの あいとねたみと うらぎりの よをおもうゆえ ものおもうみは // 遊水
  136.  
  137. わすれろと いえないけれど よのなかの わすれることの やさしさおもう // 遊水
  138. ゆるやかに こころのこおり とけてゆく グラスのなかの こおりのように // 遊水
  139.  
  140. かぜそよぐ ならのおがわの ゆうぐれは みそぎぞなつの しるしなりける // 藤原家隆 
  141. あらそいの あとのみたまを しずめんと ならにはおおき ほとけなるかな // 遊水
  142.  
  143. みぎのてを やさしくそっと さしのべて くだらかんのん たちにけるかも // 遊水
  144. みぎのての ゆびをほのかに ほほによせ よのひとおもう みほとけのかお // 遊水
  145.  
  146. いきてゆく ことのやさしさ むずかしさ いしかわたくぼく じっとてをみる // 遊水
  147. かのひびが せいしゅんなのか すなはまに いまはしずかに よせるなみかな // 遊水
  148.  
  149. かにかくに むかしのうたを こいおもう ときのながれの きしべにたちて // 遊水
  150. とうかいの こじまのいその なみのおと なみだあふれて とどめかねつも // 遊水
  151.  
  152. こいおもう よしいいさむも たくぼくも それぞれのとち それぞれのかわ // 遊水
  153. いのちなき すなのかなしさ さらさらと にぎれどすぐに こぼれおちゆく // 遊水
  154.  
  155. わかきひの ははのしゃしんの アルバムを ひらきみるての しばしとまりて // 遊水
  156. ゆくかわの ながれはたえず しゅんじゅうの うつろうときの さみしかりけり // 遊水  
  157.  
  158. さびしさや ときはかなたに すぎてゆく ただせみがなく とおいひのなつ // 遊水
  159. いきいそぐ ことなくわれは よにいきて うつらうつらと くまぜみのこえ // 遊水
  160.  
  161. へいぼんに すぎさるひびの はやいこと きょうもきのうと かわることなく // 遊水
  162. ふっくらと これはおいしい たきかげん しんまいですよと つまのこえする // 遊水
  163.