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2023年2月20日月曜日

桜の花の咲くころ : うららかな こころまちした はるなのに きもちもしらず はなはちりゆく  遊水

■ この歌はいい歌だ。
■ 好きな歌でもある。
  • ひかりのどけき
  • しずごころなく
■ この言葉遣いがよい。
■ しかし、「久方の」が「光」にかかる枕詞などとして、
■ 本来の意味で解されないのならば、この歌にこだわることはない。
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく  遊水
  • ひさしぶり うららきぶんの はるなのに こころみだして はなはちりゆく
■ 「ひさしぶり」を捨てることもできる。
■ いったん、何もなくして、気持ちを自分なりに表現すればいいのだ。
  • うららかな こころまちした はるなのに きもちもしらず はなはちりゆく  遊水
■ これで、紀友則の歌の心は受け継ぎながら、言葉としては離れることが出来たかと思う。
■ ついでに、・・・
  • うきうきと こころまちした ときなのに きもちもしらず ひとはさりゆく
■ 応用というか、変化だ。
■ 言葉は昔から同じモノではないし、なかった言葉もある。
■ こころを託せる言葉がないとき、新しく言葉を作り出してきた。
■ 昔の人は、言葉を大切にし、なるべく通じるように、
■ いわば論理的に歌を作ってきたと思われる。
■ そうした人の心を歌のなかに読み取らなければならないと思う。
■ 桜についての歌はたくさんあり、それぞれの思いが表れている。
■ 俳句や短歌は、575、あるいは、57577で誰でも作ることができる。
■ 誰でも、自分の心を詠み言葉に託すことができる。
■ 小学生も俳句を作る。
■ 大人になれば、何というか、句や歌の良し悪しを気にするようになるのかもしれない。
■ だから難しい、などという。
■ 自分の言葉を575や57577にするだけなのに
■ 人の評価ではなく、自分の言葉かどうか、自分の心かどうかだ。
■ 歌を読み、歌を作ることで、人々は心を通わし、つながることができる。
 
 

2021年12月12日日曜日

百人一首 33番 久方の 光のどけき 春の日に しず心なく 花の散るらむ // 現代風にして

  • 百人一首 33番 「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」  紀友則

  • ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづごころなく はなちるらむ

■ 現代風の本歌取りにして、もう一度 google 翻訳した。

  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに しずごころなく はなはちるのか  遊水

 

日本語英語、google 翻訳
 

久しぶり

光のどかな春なのに

静心なく花は散るのか

 

long time no see
Even though it's a peaceful spring of light

 

Will the flowers fall without calm?

 

 

■ 「静心なく」は先にあげた方がいいようにも思う。

■ 下記だ。

■ 「心」がある。

■ 日本語で「こころ」がある言葉は幾つもある。

■ XX心、心XX、というように

 

日本語英語、google 翻訳
 

久しぶりに

光がのどかな春の日なのに

静かな心でなく花は散ってしまうのか

 

after a long time
Even though the light is a peaceful spring day

 

Will the flowers fall instead of a quiet heart?

 

 

■ 男心、女心、

■ 子供心、親心

■ 恋心、遊び心、悪戯心、出来心

■ 心持、

■ 心地、

■ 心強い、心細い、心もとない

■ 心意気、

■ 心根、

■ 心配り、心遣い

■ 他、適当に上げたが、辞書を引いたらたくさんあるだろう。

■ 心憎い、これを google 翻訳すると、I hate you  だったが、間違っている。

■ Kokoronikui は、憎らしく思われるほど、言動などがすぐれているさま。

■ The words and deeds are so good that they seem hateful. (google 翻訳

■  「心」に関する言葉はたくさんある。 

■ それはさておき、

■ 英語に秀でて詩心の分かる人が、詩として翻訳してもらいたい。

■ 「玉城周とジェームズ・カーカップ」のように

 


2023年2月25日土曜日

「心静かに」から「静心なく」

■ 去年の春、として、
  • うらうらと ひかりのどけき はるのひに こころしずかに はなをめでたり
■ と。
■ これが、どう変化したか、だが、
  1. はなをめでたり
  2. はなをめでたし
■ 1から2に心境が変化した。
  • 「り」と「し」
■ この一文字で、「願望」になる。
■ それが満たされなかったということで、
■ 「心静かに」が「静心なく」と「人の心」から「花の心」にとらえ方がかわった。
■ 擬人法なのだ。
■ つまり、自分は「心静かに」花を楽しみたいのに、花の方が「静心なく」なのだ。
■ この辺が見せどころということだ。
■ 今年は、と期待しながら、日々の天気を気にしていた。
■ 春は案外天候に左右され、花見時を逃してしまうことも多い。
■ だから、久しぶりの天気を喜んだのだった。
■ 「光のどけき春」と状況が気持を浮き立たせている。
■ だが、現実的には、「しかるに」ということで、
■ 「うらうらと」から「ひさしぶりの」「久方ぶりの」として
■ 「ひさかたの」に置き換えられた。
■ これにより、「静心なく」が強調された。
■ この言葉遣いの巧みさというか、うまいものだ。
■ 「ひかりのどけき」だから「うらうら」は必要ない。
■ まあ、そういうこともあり、
  • しずごころなく
  • こころみだして
  • きもちもしらず
■ めでることもなく花は散ってしまった。
■ となるが、逆に
■ 「うららかな」とすれば「ひかりのどけき」は不要で、
■ 「うららかな」と5文字であれば1句目になり次は7文字となるので、1句と2句目が入れ替わり、
■ 「久方の」と気持ちを表現する言葉として「心待ちした」にすることになる。
■ で、
■ 「はるなのに」は「春の日に」とする方がいいかもしれない。

 

2023年2月19日日曜日

対比、と、歌の形、と、桜

■ 先日、和漢朗詠集の歌を取り上げた。
  • いたずらに 過ぐす月日は 多かれど 
  • 花見て暮らす 春ぞ少なき
■ 漢詩にもよくある形だ。
■ それで、何かを書こうと思っていたが、何だったか。
■ 梅だと花の期間は長いように思うので、・・・
■ この花を見て暮らす春の花は、桜かなという気がする。
■ 花見に行こうかなと思っていると雨だったり、もう散ってしまっていたり、
■ 桜は短い感じだ。
■ だから歌も色々あるのだろう。
■ それで、こんな歌も取り上げた。
■ どちらかと言えば対比させるより、すっと、直線的に言う方が好みかもしれない。
■ 桜で思い出した。
■ この歌については何度か書いた。
■ もう少し整理しておいた方がいいかもしれない。
■ また、「ひかりのどかな」でなく、別の表現にすれば、元歌から離れることができる。
■ 例えば、・・・
  • ひさしぶり うららきぶんの はるなのに こころみだして はなはちりゆく
■ まあ、なにか、言葉もあるだろう。

2022年10月12日水曜日

「静心なく」を逆に言えば

 「静心なく」を逆に言えば

■ 今は、秋の渡りの時期だ。
■ 昨日は、ノゴマを期待して行ったが、見られず
  • エゾビタキ
  • コサメビタキ、珍しく、トイレの前の舗装された道や広場に降りて餌を採っていた。
  • キビタキ・メス・タイプ
  • ツツドリ
  • モズ
■ を撮った。エナガが群れて飛んでいた。
■ ツツドリは以前ツツドリの丘でよく見られた。
■ 同じ頃ノゴマも見られる。
■ こうした野鳥撮影に出る前に、百人一首の話などを書いている。
■ 渡り鳥は飛んで行ってしまうけれど、昔の歌は、いつでも見られるので、
■ 秋に春の歌を見ることもある。
■ あるいは、季節が違う方が、より客観的にみることもできるかもしれない。
■ ということで昨日の続きだ。

*  *  *

■ 「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ  紀友則 」
■ 百人一首にこんな歌がある。
■ いい歌だと思う。
■ この歌の心を知るためには、違った視点で見ることも意味があるように思う。
  • しづ心なく
■ これは
  • あわただしく
■ ということであろうし、花が「静心」をもってない、と擬人化的表現だ。
■ 見ている方としては、「しずごころなく」でなく
■ 落ち着いて咲いていて欲しいのだから、
■ 「心が乱されている」と捉えることもできる。
■ だから、
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに 
  • こころみだして はなはちりゆく  遊水
■ こんな歌にしてみた。
■ 立場を逆にしてみたということだ。

2022年10月11日火曜日

ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく

静心なく花の散るらむ
  • 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ  紀友則
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに しずごころなく はなはちるのか  遊水
■ 桜の時期は、いつもいい天気とは限らず、雨であったり、強い風が吹くこともある。
■ 今年、2022年の春も、まだ見られるかなと思っていたが、強い風に桜の花は散ってしまった。
■ せっかくの ひかりのどかな はるだから きょうもさかりと さいていてくれ  遊水
■ そんな紀友則の心だ。
■ 馬場あき子著「百人一首」には次のようにある。
  • [歌の心]
  • 空から降るはるかな春のひかり、
  • うらうらとのどかに心をやわらげる明るい空間。
  • そんな日にさくらよ、静かにとどまる心もなく散りいそいでゆくのか。
■ そして、
  • 「古今和歌集」の「春歌下」の巻はほとんど桜が散る歌で埋まっている。
  • 人々は花が作のを待ち、ついで散るのを惜しむ思いに、さまざまな感慨を加えていった。
  • この友則の歌もそうした歌群の中にあるが、ひときわ沈静な気分をたたえて、
  • 友則の「いま」の心情を静かに伝えている。
■ こんなふうにあるが、こうした解説は何なんだろう。
■ なにが「ひときわ沈静な気分」なのだろうか。
■ よくわからん。
  • ひさしぶり ひかりのどかな はるなのに こころみだして はなはちりゆく  遊水
■ とりあえず、文庫本の「古今和歌集」を開いてみた。
■ 番号がふってある。69~134だ。
■ 藤の歌が3つ、山吹の歌が5つある。
■ 友則の歌がやはり一番かと思うが、
  • 残りなく ちるぞめでたき 桜花 有りて世の中 はては憂ければ
  • うつせみの 世にも似たるか 桜花 さくとみしまに かつちりにけり
  • 春さめの ふるは涙か さくら花 ちるををしまぬ 人しなければ
■ 

2023年2月27日月曜日

大伴家持、二十五日に作る歌一首、と・・・

■ まず万葉集・原文を見てみよう。
  • [歌番号]19/4292
  • [題詞]廿五日作歌一首

    [原文]宇良々々尓 照流春日尓 比婆理安我里 情悲毛 比<登>里志於母倍婆

    [訓読]うらうらに照れる春日にひばり上がり心悲しも独し思へば

    [仮名]うらうらに てれるはるひに ひばりあがり こころかなしも ひとりしおもへば

    [左注]春日遅々鶬鶊正啼 悽惆之意非歌難撥耳 仍作此歌式展締緒 但此巻中不稱 作者名字徒録年月所處縁起者 皆大伴宿祢家持裁作歌詞也

    [校異]等 -> 登 [元][類][文][紀]

    [事項]天平勝宝5年2月25日 年紀 作者:大伴家持 悲嘆 春愁 動物 孤独

    [訓異]うらうらに[寛],

    てれるはるひに[寛],

    ひばりあがり,[寛]ひはりあかり,

    こころかなしも[寛],

    ひとりしおもへば,[寛]ひとりしおもへは,

■ 「に」が続いている。
  • うらうらに
  • てれるはるびに
■ 「に」が二度使われるのは煩わしい。現代語的に言えば
  • うらうらと
■ という感じだ。
  • うらうらに、照れる
■ このような言葉遣いから
  • うららかな
■ という表現がこの頃なかったのかもしれないと思う。
■ というのも
  • うららかな、であれば、てれる、につながらず、
  • うららかな 春
■ となるだろう。
■ さて、先に次の歌を作った。
■ 何を言おうとしているのか、というと、紀友則の歌
  • ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづごころなく はなのちるらむ
■ 並べてみると分かるが、「ひさかたの」は「ひかり」にかかる言葉ではない。
■ 春にかかる。
■ つまり「久方の春」である。
■ ひさかたという言葉が多く使われるようになり枕詞として分類されたようだ。
■ 誰が最初に使ったのか。
■ 元々は、枕詞であったとは考えられない。
■ ついでながら、以前こんな歌を作った。
  • うららかな みそらにひばり なきのぼる そのうたかなし ひとりしおもえば
■ 歌手・美空ひばりを織り込んでみたのだ。
■ ということで、・・・
■ 美空の唄を聞いてみよう。