■ 2026-08-22
■ 最初は、カルタ遊びで、解説本を見たのはずっと後だった。
■ 昔、ある時、百人一首も最後から読むのがいいと思った。
■ そして、「ひともをし」が分からなかったが、解説を読んで、一応、理解した。
2021年11月13日土曜日
■ 塚本邦雄は、次のような歌を選んでいる。
み吉野の高嶺の桜散りにけり嵐も白き春のあけぼの
見渡せば山もと霞む水無瀬川ゆうべは秋となに思ひけん
■ 小倉百人一首の歌は、これらを歌より明らかに精神状態が落ち込んでいて、もう少し明るい歌はなかったものかと思うので、なぜ定家はわざわざこんな歌を選んだのかと、好意が感じられず、逆に言えば、悪意が感じられる。
人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに もの思ふ身は 後鳥羽院
■ 端的にいえば、落伍者の歌だ。
- 鎌倉と 戦し敗れ 流刑地の 隠岐の島なる 天の高さよ 遊水
■ 「ひともをし~」の歌自体が悪いわけではない。このような歌を歌いたくなることはある。私も、ある時期のことを思い、つぎの歌にした。
- あのころの あいとねたみと うらぎりの よをおもうゆえ ものおもうみは 遊水
■ 後鳥羽院の歌を知らなければこんな歌は作らなかったかもしれない。
■ 昔の人の歌に、状況は違ったとはいえ同様の心を見出すことがよくある。
■ 歌い継いでゆきたい。それが文化というものだ。