2026年2月9日月曜日

・・・

■ 2026-02-09
■ 以前、こんな頁を書いた。

心ことばかけたるところなき歌、の解説を75調にしてみた、2026-02-09

「ブル」って何、

■ 2026-02-08、-09
「神代も聞かず」「絶世の」紅葉のように美しい「あなた」を浮かべて竜田川が流れているように、私はあなたを愛し続けているのです。

■ 75調にしてみた。

千早古
神代も聞かず 絶世の
紅葉のように 美しい
あなたを浮かべ 竜田川
流れるように わたくしの
おもう心は  変わらない

千早古
神代も聞かず 絶世の
紅葉のように 美しい
あなたを浮かべ 竜田川
流れるように わたくしは
あなたを愛す これからも

砂時計ひっくり返して春来る、これで俳句になるかどうか知らんけど。

■ 2026-02-08
■ 今日は8日か、・・・
■ 8の文字からの発想。


2026-02-09 日本経済新聞

■ また次回も、ひっくり返して続いてゆくのかもしれない。
■ 「ひっくり返す」の他にいい言葉はないものか。

2026年2月7日土曜日

俳句と色、と「春風」の話

■ 2026-02-07
■ 過去の頁を振り返っていたら、こんなことをしていた。元々は、・・・

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2026年2月6日金曜日

俳句解説風短歌、うふふふふ甘納豆は女学生 合格通知 恋の季節よ

■ 2026-02-06
■ 多田道太郎著「おひるね歳時記」に、次の評がある。

三月の甘納豆のうふふふふ  坪内稔典
一月から十二月まですべての月に「甘納豆」を配し天下を驚倒させた坪内氏であるが、「甘納豆」はやはり三月の新季語と断ず。なぜなら、春の畳の上を甘納豆が数粒「ふふふふ」と笑いころげてているからである。数人の少女のように。

■ 「断ず」るのは、勝手と言えば勝手だけれど、・・・
■ 他の月の「甘納豆」は身の置き場がなくなるが、どうするね、
  • 私たち困った困った甘納豆
■ それに、「数人の少女のように」ころげてしまったっ畳の上の甘納豆、捨てるのか、それとも、拾って食べるのか。汚いよ捨ててしまいな甘納豆。

うふふふふ甘納豆は女学生
恋の季節よ桜満開


2026年2月5日木曜日

「心詞かけたるところなき」歌、在原業平・ちはやふる・・・」

■ 2026-02-05
■ 藤原満基「百人一首抄(応永抄」に「心詞かけたるところなき」と、在原業平の歌を評している。
■ 「完璧な」歌ということか、納得だ。

「神代も聞かず」「絶世の」紅葉のように美しい「あなた」を浮かべて竜田川が流れているように、私はあなたを愛し続けているのです。

■ 二条の后、即ち、藤原高子の顔を見ながら、公には言えない、愛の心を紅葉にたとえて詠んでいる。
■ うまいものだ。

何回か書いてゆくうち「ほんとうの」歌のこころを知りにけるかな


■ 2026-02-05
  • 春過ぎて 夏は来にけり 白栲の 衣干したり 雨之香来山 
  • 夏過ぎて 秋は来にけり 枯葉散る 秋の心は 愁いなりけり
■ 多すぎる 言葉はいつか 消えるだけ

2026年2月4日水曜日

日々は過ぎ 季節は巡る 人の世よ 何にしようか 今日の夕餉は

立春 - 検索 画像

■ 2026-02-03
日々は過ぎ 季節は巡る 人の世よ 何にしようか あしたのめしを

「甘納豆は女子大生でしょう」

■ 2026-02-04
■ 今朝の日本経済新聞に、「現代俳句大賞に坪内さん」という記事があった。
■ 昔、句会で、「甘納豆は女子大生でしょう」と言ったら、
■ 佐々木さんに、「先生はそんな人ではない」と言われた。
■ 思いがけない反応に「そんな人」とはどんな人なのか、と思った。
■ 三月はそんな季節なのだ。
■ 若草山の野焼きに発想したようだが、
■ 「たんぽぽの ぽぽのあたりが かじですよ」?、こんなのどうか、に対し
■ 「きわどいですな」と深澤さんが鋭く言った。
■ もちろん、これは「ぼぼ」をさしてのことだ。
■ いつだったか、正岡子規の「柿食えば鐘は鳴るなり法隆寺」は「二句一章」だとか言うから、あの頃は腕時計もないから寺の鐘で時刻を知った。「山のお寺の鐘が鳴る」とか、芭蕉の「鐘は上野か浅草か」、とか「お江戸の本橋七つ発ち」など、俳句は、歴史的背景を知らなければ、理解できない、と言ったら、おこりだした。
■ 正岡子規はユウモアのある人で「腹時計」を句にしただけで、腹が減ったので柿を喰ったら、ちょうど3時のおやつの鐘が鳴った、という句だと思われる。
■ カバは自分で、サイは細君、ジャリは子供、・・・河馬、馬鹿、珍鈍屋、と囃す言葉もあったなあ。
■ いつだったか、「受けを狙った変な句」作る人でしょ、と言われて、まあ、そういうこと、みんなそういう風に思っているのか、と納得した。
■ しかし、抒情的ないい句も作っているのに。

2026年2月2日月曜日

中文>英文>日本文


■ 2026-02-22
■ 以前、・・・
■ こんな歌を作っていた。
■ 今回は、・・・
■ 嵐の音読みは「ラン」、訓読みは「あらし」
■ いつから、あらし、に「嵐」という文字を使うようになったのか。
■ やまおろし、やま・おろし。
やま・おろし
やま・あらし
■ ・・・
■ 漢詩の場合、直接でなく、中文>英文>日本文、このようにした方が意味的には正確になるかも。

煙嵐・・・、mist and haze、霧と靄 Misty haze、かすんだ霧

■ 2026-01-02

浩渺浸雲根,煙嵐出遠村。
鳥歸沙有跡,帆過浪無痕。

望水知柔性,看山欲斷魂。
縱情猶未已,回馬欲黃昏。

google 翻訳

Vast and boundless, it soaks the roots in clouds; 
mist and haze rise from the distant village. Birds return leaving traces on the sand; 
sails pass, leaving no mark on the waves.

Gazing at the water reveals its gentle nature; 
looking at the mountains nearly shatters the soul.
Even lost in pleasure, one cannot cease; 
turning the horse, dusk is about to fall.

広大で果てしなく、雲を通して根を浸し、遠くの村々から霧や靄が立ち上る。
鳥は砂に跡を残して戻り、帆は通り過ぎても波には痕跡を残さない。

水を見つめるとその穏やかな性質がわかり、山を見ると魂が震えそうになる。
楽しみに没頭していてもまだ終わらず、馬を回せば黄昏がもうすぐ訪れる。

Deepl 翻訳

Vast waters soak the cloud-kissed shore,
Misty haze rises from distant villages.
Birds return, leaving tracks in the sand,
Sails pass, leaving no trace upon the waves.

Gazing at the water, I know its gentle nature;
Looking at the mountains, my soul feels torn.
Though my heart still yearns to linger,
I turn my horse as dusk approaches.

広大な水は雲に抱かれた岸辺を濡らし
遠くの村々からはもやの霞が立ち上る
鳥は戻り砂に足跡を残し
帆は過ぎ去り波に痕跡を残さず

水を見つめればその穏やかな性質を知り
山を見上げれば魂が引き裂かれる
心はまだ留まりたいと切望するものの
夕暮れが迫る中、私は馬を返す

2026年2月1日日曜日

ことのはの 意味を確かめ ひらき見る 白川静 嵐の文字を  遊水 2026-02-01 追記

浩渺浸雲根,煙嵐出遠村。鳥歸沙有跡,帆過浪無痕。

望水知柔性,看山欲斷魂。縱情猶未已,回馬欲黃昏。


■ 2026-01-31
■ 藤原定家はその人の代表的な歌として選んだ。
■ その歌を正しく読み取ることは非常に意味あることだ。

2026年1月30日金曜日

気になる些細なこと、を考える。かまめ


■ 2026-01-30
  • すずめ
  • つばめ
  • かまめ
■ カマメ」はいつごろ使われていた言葉か。
■ 「マルタの鷹」は「鷹」なのか。
■ 鎌

ちょっと、漢字にしてみれば、枕詞ってなんですか

■ 2026-01-30
■ ひさかたの ひかりのどけき ・・・
■ 久方、久方ぶり、久しぶり
■ 枕詞なら、意味的に「ひさかたの」は要らないはずだけど、

画像で分かる日本語


■ 2026-01-30
■ スマホ、su-ma-ho
■ ガラケー、

ほんとうの愛を忘れた人々


■ 2026-01-30
■ 野鳥撮影、鴛鴦。
いとをしい
いとおしい
いとしい

2026年1月29日木曜日

気になる些細な事、片目のジャック、と、砂に書いたラブレター



■ 2026-01-29
■ 気になる些細な事、は色々あった。
■ 例えば、「s」
  1. 「片目のジャック」「One-eyed Jacks]
  2. 「砂に書いたラブレター」「Love Letters in the Sand」
■ 片目のジャック、「s」なければ、2面性という本当の意味が分からない。
■ 気になる映画や、歌は何度も繰り返し、見たり聞いたりする。

2026年1月28日水曜日

そっとてを ひらいてみせる ほたるかな ほらねと少女 微笑みながら  遊水

■ 2026-01-28
■ 世の中には、おかしなことがたくさんある。
■ ひとつは、言葉の意味、に関すること。
■ 言葉は、基本的に重要だが、多くの人が使うため、おかしなこともある。
  1. そっとてを ひらいてみせる ほたるかな  遊水
  2. ほらねと少女 微笑みながら
■ 俳句は短いものだから誤解しやすい。
■ このように、俳句に下の句をつけると、「少女」と書いているのだから、だれも「手を開いた」のが成人男性の私だとは思わない。
■ しかし、下の句をつけないと、多くの人は誤解したままだろう。
■ 「そっと手を ひらいてみせる」しぐさには「やさしさが」ある。それを感じ取れるかどうかだけれども、「見せる」という言葉で、句を作った人が見せていると反射的に思ってしまうのだろう。見せられた私が、見せてくれた少女のことを詠んでいる。
■ この例は、些細なことだけれど、俺が、私が、と主張する人には分からない。
■ 詩歌は、人の立場に立って作ることも、当然、ある。小説と同じだ。
■ 俳句や、短歌を詠むのは、やはり、伝えたい何かだけれど、分かってもらえなければ意味はない。それは散文でも同じだ。
■ それで、議論などせず、せめて明日の私に分かるように書いておこう。
■ あしたには、もう一人の私が出てくるかもしれない。
■ 対象が、百人一首の歌だとしたら、千年前の人の心を、理解したことになろ。
■ 例えば、持統天皇の歌。
■ 多くの解説書は、理解してないように思われる。
■ 他にもたくさんある。
■ 小倉百人一首自体に関する解説も、おかしいのが多い。


2026年1月22日木曜日

忘れてしまうから、ちょいメモ 2026-01-24 追記 母への思い出



■ 2026-01-26


■ 2026-01-25
■ こんな頁を作っていたのを発見した。忘れていたのだ。
■ 10年も昔のことだ。
■ この時の句は、君はまっすぐ僕の目を : 詩の形と詩の心、にも載せていることも忘れていたコトにも気づいた。
■ この本の書き込みを見ると、句を作たのは、2006-05-06 のことだから、20年も前のことだ。覚えていることの方が少ないとも言える。なので、ときどき振り返って見られるように何かを書いておくといい。
■ リンクが切れている頁は「復活・野鳥とホームページ」に戻らなくてはならない。めんどうだ。


■ 2026-01-22
■ 先日、二つのことに関連して書いた。
  1. Tennessee Waltz 
  2. Playback
■ なぜだったか忘れるで書いておく。
■ どちらも「俳句は要約である」という言葉があたまにあった。
■ もう一つは、母への想いにも関連する。
■ 以上のこととは無関係だが、もうひとつ。

2026年1月20日火曜日

散文の言葉、と、詩の言葉

■ 2026-01-20
■ google 翻訳して分かったことは、
  1. 俳句を詩だと理解してない。
  2. 日本語の「てにをは」が分かっていないようだ。
■ もう一度、

友達に 恋人盗られ ワルツの夜
My lover was taken by a friend.
A waltz night

■ 日本語の場合、575は俳句形式だと認識され、散文ではないと判断される。
  • ともだちに こいびととられ ワルツのよ
■ 従って、語数が限られることもあり、単語を並べ、文、または、文章にしない。
■ 言葉の関連性を説明せず、言外の意味として、読み手の想像、感受性にまかせる。
■ 詩は論理ではなく、感性だからだ。
■ 分かる人には、わかる。分からない人には、分からない、という状況も発生する。
■ 主体、客体の区別は、どちらの側からの認識かによる。
■ 客観的視点により認識できれば、能動的、受動的、の別は表現の違いだと判断できる。
■ 主語は、それが特定できる場合、省略し表現しない。

Tennessee Waltz :
私の友達が
私の恋人を盗った
あのワルツの夜
 
友達が
恋人を盗った
ワルツの夜

Tennessee Waltz:
My friend
stole my lover
waltz night
 
■ 「友達」という言葉は複数に用いられる。
■ なので、「恋人を 友に盗られて ワルツの夜  遊水」とした方がよいのかもしれない。■ ・・・

2026年1月19日月曜日

playback のつづき

■ 2026-01-19
■ 訳者の清水俊二は、「プレイ・バックという題名の意味もよくわからない」と書いている。
■ なぜ分からないのかな。

Raymond Chandler Playback (1958)

25
"How can such a hard man be so gentle?" she asked wonderingly.
"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."

「どうしてそんなに厳しい男がこんなに優しくなれるの?」と彼女は不思議そうに尋ねた。
「もし硬くなかったら、生きていなかった。もし優しくなれないなら、生きる資格もない。」

28
"I'll come, darling. I'll come. Hold me in your arms. Hold me close in your arms. I don't want to own you. Nobody ever will. I just want to love you."

黛ジュン「恋のハレルヤ」
もえる想いを あなたに ぶっっけた だけなの
I don't want to own you. 
I just want to love you.

■ 先にも書いたが、・・・


言葉、語順

More  Doris Day
Tennessee Waltz  Anne Murray


■ 2026-01-19
■ 語順

朝顔に釣瓶とられてもらひ水  加賀千代女

友達に
恋人盗られ
ワルツの夜

恋人を
友に盗られて
ワルツの夜

■ 語順によって微妙に意味合いが違う。
■ 仮に、詠み手が、男と女、どちらかだとすると、「友達に」の方が男で、「恋人を」の方が女、だろう。
■ Tennessee Waltz では、「友達に」の方だ。
  • My friend stole my sweetheart from me.
■ 友情が壊れるからだ。
■ 「朝顔に」と形は似ている。朝顔の句は「朝顔に」しかない。
■ 理屈っぽい句は、俳句的ではないが、俳句に分類することはない。
■ 朝顔は朝早く咲き、すぐしぼむので、加賀千代女の句は成り立つ。
■ 咲いている少しの時間の朝顔を愛でればいいのだ。
■ 生活には水の方が重要なので、花が過ぎれば当然、釣瓶から蔓は外される。
■ 要するに、その時、どちらに重点があるかだろう。

2026年1月18日日曜日

無季俳句、友達に 恋人盗られ ワルツの夜、Tennessee Waltz : My friend stole my lover waltz night、男の歌、女の歌



■ 2026-01-18 追記
■ 実のところ、Changing Partners は今知った。
■ ・・・などと書いたが、ホントかどうか確かめてみると、あった。忘れていただけだ。
■ Tennessee Waltz は、やはり男が歌う歌で、この歌詞の方は女の歌だ。
■ Tennessee Waltz で him を her に I introduced her と変えただけでは、やはり無理があった。
■ だって、My friend stole my sweetheart from me.と歌うが、sweetheart って男ですか。
■ やはり女性をさす言葉でしょ。
■ それでも her でいいというなら、レズビアンの歌になる。
■ 日本では、男の歌も女も歌う。
■ Tennessee Waltz を元々の男の歌として、うんうん分かるなあ、その気持ち、と女も歌ったらいいと思う。
■ 歌詞としてはいいのだから。
・・・
■ 2026-01-18
■ 日本には四季があるので、共通認識として季語を用いると、5・7・5の17文字で表しても背景がわかる。愛や恋も共通認識としてあるので、無季であってもかまわない。「俳句」という分類用語にこだわることはない。次の句は理解されるかもしれない。

友達に
恋人盗られ
ワルツの夜

■ 試みに、google翻訳してみよう。

My lover was taken by a friend
A waltz night

■ この句はTennessee Waltz を聴きながら作ったので、

Tennessee Waltz
友達に
恋人盗られ
ワルツの夜

Tennessee Waltz
My lover stolen
By a friend
On a waltzing night

■ ・・・

Tennessee Waltz:
友達に
恋人盗られ
ワルツの夜

Tennessee Waltz:
A friend steals my lover,
On a waltz-filled night

■ ・・・
Tennessee Waltz:

友達に
恋人盗られ
ワルツの夜

Tennessee Waltz:

A friend steals my lover,
On a waltz-filled night

■ 英語というのは不便な言語で例えば次のように言葉を言い換え、補ってはじめて理解されるようだが、これを見れば、逆に Tennessee Waltz という歌はこのような歌であることも分かるともいえる。

 Tennessee Waltz:
私の友達が
私の恋人を盗った
あのワルツの夜

Tennessee Waltz:
My friend
stole my lover
On that waltz night

■ ・・・

  Tennessee Waltz :
私の友達が
私の恋人を盗った
あのワルツの夜
 
友達が
恋人を盗った
ワルツの夜

Tennessee Waltz:
My friend
stole my lover
that waltz night

My friend
stole my lover
waltz night

2026年1月15日木曜日

朝起きて音がなければ雪である雪見障子を開けて確かむ  遊水

■ 2026-01-15
■ はや15日だ。
■ さて今年 どれを選ぼか 歌会始、
■ 題は「明」。
  • どのうたを えらべばいいか ひとつづつ うたかいはじめ しんぶんのきじ
  • メダル掛け笑顔明るき選手らに手話で伝える祝ひのことば  皇后・雅子
■ 以前、こんな句を作っていた。下の句をつけてみた。
  • 朝起きて音がなければ雪である  遊水
  • 雪見障子を開けて確かむ
  • 静かなり一夜で変はる北の町障子戸越しの雪明りかな  新潟県 鈴木好行
■ 「雪明りかな」に共通の思いがある。なので選んだ。

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買い物をしたくなったら春である
新聞が重くなったら夏である
ふるさとが恋しくなれば秋である
朝起きて音がなければ雪である

ほんとなの。おババ微笑み日向ぼこ


君はまっすぐ僕の目を
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2026年1月11日日曜日

「ロングバケーション」関連、俳句遊び、と プレイバック 2026-01-15 追記 


■ 2026-01-11
■ 今朝の、日本経済新聞に、北川悦吏子「やりたいことと、やるべきこと」が書かれていた。
■ 北川悦吏子は「ロングバケーション」で記憶にある。
■ というのも、こんな頁を書いていたからだ。
■ リンクが切れていたので、もう一度検索してみた。↑
■ まあ、どこかにそんな場面もあるだろう。
■ 次々リンクを辿ってゆくと、また切れる。
■ そこまで行くには、別の道筋が必要だ。

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★  俳句遊び、どんな色  ★



■ ついでながら、最初「ロング」でブログ内検索をした。
■ 他のものも出てくる。
■ ・・・こっちの方が話としては面白い。
■ 「長いお別れ」を再読した。
長いお別れThe Long Goodbye, 1953年)、清水俊二訳、ハヤカワ・ミステリ文庫
ロング・グッドバイ、村上春樹訳、早川書房
プレイバック(Playback, 1958年)、清水俊二訳、ハヤカワ・ミステリ文庫
■ ・・・
1953   The long goodbye
1958   Playback
■ 「The long goodbye」、で、・・・
■ リンダ・ローリングはパリに行き、フィリップ・マーローは彼女と分かれた。
■ そして、その時の気持ちは、・・・
To say goodbye to die a little.
■ こんな感じだった。
■ そして、次の小説では、・・・
■ パリから電話がかかってきて、リンダ・ローリングが帰ってくるという。
「Playback」
■ 訳者の清水俊二は、「プレイ・バックという題名の意味もよくわからない」と書いている。
さよならで、死んだかもしれない。
久しぶりで、その心が蘇るのだ。
こんにちわで、新しく生まれる、と言った方がいいかもしれない。
■ もう一度やり直すということで、分かりやすい気がする。
      • "This is Linda. Linda Loring. You remember. me, don't you, darling?"
      • "How could I forget?"

      • "I'll come, darling. I'll come. Hold me in your arms. Hold me close in your arms. I don't want to own you. Nobody ever will. I just want to love you."
      • "I'll be here. I always am."
      • "Hold me in your arms."
      • The air was full of music.

The French have a phrase for it. The bastards have a phrase for everything and they are always right.

To say goodbye is to die a little.

 51

   Edmond Haraucourt
Partir, c'est mourir un peu,
C'est mourir à ce qu'on aime :
On laisse un peu de soi-même
En toute heure et dans tout lieu.

   google 翻訳

To leave is to die a little,
It is to die to what one loves:
One leaves a little of oneself
At all times and in every place.


去ることは、少し死ぬことだ。
愛するものから死ぬことでもある。
私たちは少しずつ自分自身を残す。
いつでもどこでも。

探偵・Philip Marlowe、と、「恋のハレルヤ」の話

 ■ なかにし礼作詞、「恋のハレルヤ」をもう一度聞いてみよう。
■ この歌に関して、作詞者は、・・・
  • 戦争体験を恋愛に置き換えて歌にした。
  • 恋のハレルヤ
  • 何事も恋愛に置き換えて表現すると明快になのです。
■ こんなことを言っている。
■ この頁の写真の新聞記事だ。
■ さて、ここで、・・
■ 先日、再読した、「長いお別れ」をちょっと振り返ってみよう。
■ 探偵フィリップ・マーローでおなじみのレイモンド・チャンドラーは、・・・
■ ハードボイルド作家の代表で、文学的文体だと評されている。
  • 何がハード・ボイルドで
  • 何が文学的なのか、
■ 以前、私は分からなかった。
■ だから、レイモンドチャンドラーの作品が、何か印象的でなく、・・・
■ 記憶に残らないモノだった。
■ 今回、・・・
■ 分からなかったのは、分からなかった私に問題があったのではなく、・・・
■ 清水俊二の翻訳にあることがはっきりした。
■ 原文を見て、分かった
  • さよなら、って何
  • この頁に書いた。
  • To say goodbye to die a little.
  • この言葉はフランスの詩の・・・
  • Partir, c’est mourir un peu.
  • これを英語にしたものだった。
■ ところで、・・・
  • さよなら、と、こんにちわ
  • "I'll come, darling.
  • I'll come.
  • Hold me in your arms.
  • Hold me close in your arms.
  • I don't want to own you.
  • Nobody ever will.
  • I just want to love you."
■ このセリフは、上にあげた、・・・
  • もえる想いを あなたに ぶっっけた だけなの
■ これによく似ているな、と思った。
■ チャンドラーの作品は、他の人も翻訳するようになった。
■ 読み直すのもいいかもしれないが、・・・

■ 阿木燿子著「プレイバックPARTⅢ」に、Ⅰ、Ⅱ、の歌詞もある。
■ 「赤いポルシェ」が出てくるのは「プレイバックPARTⅡ」だ。
■ 何頁か進んだら、俳句が一つ余白にあった。あれれ、
  • 駆けてゆく 君の向こうに 夏の海  遊水 2006-05-06
■ なるほど、このとき作ったんだったか、懐かしい。
■ この句はどこかにあるはずだ。
■ playback 的に検索してみよう。これだ。



2026年1月9日金曜日

夏暑し 秋吹く風の なきごとく 和泉式部の 恋の日々かな  遊水

・2025年の夏は、記録的な暑さであり、日本の平均気温は平年より2.36℃高く、1898年の統計開始以来、最も高い夏となりました。
・平安時代の夏は暑かったとされています。具体的には、気温が30度を超える真夏日が多かったとされ、現代に匹敵する暑さだったと考えられています
・平安時代の建物は、夏を基準に設計されていました。特に、寝殿造りはその特徴を示しており、夏の強い日差しを遮り、湿気を防ぐ工夫が施されています。


■ 2026-01-09
■ 2025年の夏は暑かった。
夏暑し秋吹く風のなきごとく  遊水
■ この頁と合わせ見ると、次の歌もあり得るのか、・・・

夏暑し秋吹く風のなきごとく 
和泉式部の 恋の日々かな  遊水

■ インターネットで質問形式で検索してみた。↑

2026年1月7日水曜日

和泉式部と紫式部

■ 和泉式部の歌をいくつか拾ってみよう。

  秋吹くは いかなる色の 風なれば 身にしむばかり 人のこひしき
  黒髪の みだれもしらず うちふせば まずかきやりし 人ぞこひしき
  あらざらむ この世のほかの おもひでに いまひとたびの 逢ふこともがな
  くらきより くらき道にぞ いりぬべき はるかに照らせ 山の端の月
  すてはてんと おもふざへこそ かなしけれ 君になれにし 我とおもへば
  世の中に こひてふ色は なけれども 深く身にしむ ものぞありける
  ものおもへば 沢のほたるも 我が身より あくがれいずる 魂かとぞ見る

■ 最初の歌と、最後の歌を取り上げる。

  秋吹くは いかなる色の 風なれば 身にしむばかり 人のこひしき
  母逝きて いつしかときは すぎゆきて 身にしむ色の 秋風ぞ吹く  遊水

  ものおもへば 沢のほたるも 我が身より あくがれいずる 魂かとぞ見る
  声はせで 身をのみこがす 蛍こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ  玉鬘

■ 紫式部は清少納言や和泉式部について辛口の評があるのはよく知られている。玉鬘は源氏物語の架空の人物なので、作者は紫式部である。紫式部は和泉式部のこの歌は知っていたと思われるが、どうだろう。「思ひなるらめ」と書くところに物語とする紫式部の立位置があるのかと思う。
■ ついでながら、都都逸にも作られている。
 
  恋に焦がれてなく蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす

2026年1月6日火曜日

冬なのに 蛍の話 いいですか 短歌と俳句 俳句と短歌

■ 2026-01-06
■ 今の季節は冬だけれど、冬の話を書くわけではない。夏の話を書くわけでもない。
■ 思いついたとき書いておかないと忘れてしまう。
  • そっとてを ひらいてみせる ほたるかな  遊水
■ 「やさしいね」と言った人がいたけれど、ほとんどの人は、私が手を開いたと読んだようだ。
■ 「そっとてを ひらいてみせる」のは、おっさんの行動ではない。

ことのはの ひとつひとつに こめられし 
うたのこころを しるぞたのしき  遊水

■ 俳句では、言い得たと思っても、そうは思ってくれないことも多い。
■ 短歌の場合、言い切れなくても、楽に伝えられる。

そっとてを ひらいてみせる ほたるかな 
ほらねと少女 ほほえみながら  遊水

■ こんな歌にしなくても、分かってくれる人もいるのだから、それでいいと思う。
■ 言葉に表れた「ほんとうのこと」とは何かが私の関心事だ。

2026年1月4日日曜日

あらたまの俳句形式遊水句、詩を作る心が雪に目を覚ます

■ 2026-01-04

橋本 遊水著「詩の形と詩の心 ・君はまっすぐ僕の目を」より
詩を作る心が雪に目を覚ます
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2008-02-10    10:32:16

吹田市・コガモの池

2023年9月1日金曜日





■ ついでに、雪の句


2026年1月3日土曜日

くびてくび あしくびぬくめ ふゆのひび  遊水


■ 2026-01-03
■ 雪国で、布でぐるぐるまきにした湯たんぽを差し入れてくれたことを思い出す。
■ 新製品なのか、「まるでこたつ おやすみスイッチ」
■ なるほど。
■ なぜ、こんな話しになったのか、俳句をひとつ、と思ったからだ。
  • 首手首 足首温め 冬の日々  遊水
■ 新春だからと言って、・・・
■ 俳句なぞ無理して作ることもなく日々の暮らしをそのままに書く。
  • もの忘れ 湯たんぽどこに しまったか
  • 足先で 湯たんぽ探す 冬の朝 
  • 朝方に 湯たんぽ探す 足の先
■ 季重なりでも、かまわずに書いていい。