2026年2月24日火曜日

Copilot を使てみた。2026-03-06 追記

■ 2026-03-06
■ 他にも Copilot を使ってみた。
■ うわっつらの感じがするところがある。
■ この時も、例えば、・・・
● 春の風
● 夏の光
● 秋の色
● 冬の音
 (四季のミニ詩歌サイト)
■ これは、見当違い。
■ ただの題名で、「春の風」の中に、他の季節もある。
■ 最初に「なんとなく そんなもんだよ はるのかぜ」にしたものだから、次は「夏」、夏の次は、秋、次は冬、になっただけ。そして長いから、最後の部分を書いただけ。内容を見れば分かる。
■ もともとは「野鳥」のサイトだ。
■ 今でも飽きずに撮っている。
・・・

■ 2026-02-24
■ Windows 11 のインストールの待ち時間に Copilot を使てみた。
■ すぐ返答される。なるほどと思うところがあり、面白い。
■ 外部から見た、ひとつの姿かと思われる。
■ いろいろな「キーワード」で質問すると、全体像が浮かび上がるだろう。


■ 1回目
  1. 橋本遊水 著作
  2. 「瀬音」に学ぶ」 


瀬音」に学ぶというテーマについて、検索結果から得られる最も直接的な情報は、
**橋本遊水本人のブログ記事「橋本遊水・ことのは: 『瀬音』に学ぶ」**です。

この記事は、あなたが以前から関心を寄せている
短歌と俳句の表現の違い
「詩の形」と「詩の心」の関係
を考える上で非常に示唆に富んでいます。


「瀬音」に学ぶ — 橋本遊水の主旨(要点)

1. 美智子皇后の歌集『瀬音』を手本にする理由

橋本遊水は、短歌と俳句の違いを考える際に、
**美智子皇后の歌集『瀬音』**を例に挙げています。
短歌の「心」を抽出し、俳句形式に要約することで、
詩の本質を学ぶ手がかりになるという立場です。


2. 短歌と俳句の違い

記事では、短歌と俳句の違いを次のように整理しています。

● 短歌

  • 心の動き、感情、理知、余韻を丁寧に含む
  • 「らし」などの助動詞で、
    伝聞・推量・共感・願望・理知が混ざり合う
  • 作者の心の揺れがそのまま表現される

● 俳句

  • 17音という制約の中で、
    断定的に、核心だけを提示する
  • 読み手の想像力に委ねる部分が大きい
  • 主要語を決めれば、構成は比較的シンプル

この対比は、あなたがこれまで興味を持ってきた
「詩の形と詩の心」の関係に非常に近い視点です。


3. 短歌を俳句に要約するという学び方

橋本遊水は、短歌の心を俳句形式に要約する例を示しています。

例:

短歌

彼岸花咲ける間の道をゆく
行き極まれば母に会うらし

この歌の核心語は

  • 彼岸花
  • 行き極まる

俳句化すると:

ひがんばな ゆききわまれば ははのこえ

短歌の「らし」が持つ複雑な心理は俳句では断定に変わり、
詩の形が変わることで心の表現も変わる
ということを学ぶための実例になっています。


4. 「瀬音」という題が象徴するもの

美智子皇后の歌集名「瀬音」は、
川の浅瀬を流れる水音を意味し、
日本の詩歌で古くから象徴的に用いられてきた語です。

瀬音は

  • 清らかさ
  • 力強さ
  • 移ろい
  • 心の静けさ
    を同時に含む音であり、
    短歌の世界観を象徴する題としてふさわしいといえます。

まとめ

橋本遊水の「瀬音に学ぶ」は、
短歌の心を俳句に要約することで、詩の本質を学ぶ試みです。

  • 短歌は感情と理知が織り込まれた「心の器」
  • 俳句は核心を断定的に提示する「形の器」
  • 両者を行き来することで、詩の理解が深まる

という視点は、あなたの詩歌への関心と非常に響き合っています。


もしよければ、
あなたが気になっている歌や俳句を一つ挙げていただければ、
橋本遊水の方法にならって「短歌→俳句」あるいは「俳句→短歌」への要約を一緒に試すこともできます。


    ■ 2回目
    1. 橋本遊水・ことのは
    2. 橋本遊水・ことのは 姉妹サイト
    3. 春の風
    4. ブログ “なんとなく そんなもんだよ はるのかぜ”
    一見「文字だけのページ」に見えるが、
    Flipcard 表示のためで、実際には多くの写真が投稿されています。


    ■ 3回目

    1. 橋本遊水・時は今 春夏秋冬 めぐり来て
    2. 姉妹サイト全体の系統図

               【橋本遊水・ことのは】
                   │
      ────────────────────────────────
      │      │       │       │
    【野鳥系】  【俳句・詩歌系】 【季節・随筆系】 【雑記・総合系】
      │      │       │       │
      │      │       │       │
     ▼      ▼       ▼       ▼

    ● 復活・野鳥とホームページ
    ● 遊水・野鳥の世界(資料編/動画)
    ● 野鳥と俳句(野鳥+俳句の複合)

            ● 春の風
            ● 夏の光
            ● 秋の色
            ● 冬の音
            (四季のミニ詩歌サイト)

            ● 時は今 
             春夏秋冬 めぐり来て
            (季節の記録・野鳥・随筆)

                     ● 橋本遊水・あれこれ
                      (雑記・総合・今後の中心サイト)
                     ● ことのは・アーカイブ
                      (過去記事集)

    ■ 4回目

    1. https://web.archive.org/web/20181106021205/http://www.geocities.jp/hashimoto_yuusui/index.htm
    2. 野鳥写真の撮影地の分析 
    3. 「千里南公園と大阪城公園の鳥の出現パターンの比較」


    ■ 5回目
    1. 橋本遊水・ことのは
    2. 漢詩に遊ぶ 2


    金柑の歌、と、人面パン





    ■ 2026-02-24
    ■ チャイナーの動画に金柑の鉢植えが見られた。
    ■ 面白いな。もう一度見てみようかなと思ったら、削除されていた。

    春節の 準備する街 鈴なりの金柑の鉢 並ぶ店先  遊水
    長崎の 金柑みかけ ふと思う 歌集に確か 金柑の歌  遊水

    ■ 「たんころりんの歌」を開いてみた。

    鈴なりの 金柑見掛け ふと思う 時間をかけて 甘く煮詰めば  父
    金柑の 苦味含める 砂糖煮を パンに載せたり 独り昼時  父
    砂糖煮の 甘さの中に ほろ苦い パンに挟んだ 金柑の味  遊水

    ■ ちっちゃいころ お菓子を食べて ない人が そんな歌など 作っちゃうのよ  母

    自家製の 甘露煮として 金柑を 人面パンに のせて食いけり  遊水

    ■ 「人面パン」という言葉、うちでは定着しはじめた。
    ■ そのうち飽きて食べなくなるだろうけど。

    2026年2月15日日曜日

    「THE LONG GOODBYE」と「PLAYBACK」、2026-02-15、-02-17 追記

    ■ 2026-02-14

    橋本遊水・ことのは: 「ロングバケーション」関連、俳句遊び、と プレイバック 2026-01-15 追記 
    橋本遊水・ことのは: playback のつづき

    ■ 清水俊二訳・レイモンド・チャンドラー著「プレイバック」の12章に、こんな言葉がある。「ぼくはここで夢を見たことがある。一年半前のことだ。まだその夢がどこかに残っている。そっとしておきたいんだ。」「その女は金持ちだった。ぼくと結婚するといった。うまくゆくとは思えなった。おそらく、もう会うこともあるまい。だが忘れられないんだ。」と。
    ■ 主人公は、ハードボイルド的な探偵、フィリップ・マーロウ。
    ■ 小説の筋は、仕事をする男の話で、25章に書かれている「しっかりしてなかったら、生きていられない。やさしくなれなかたら、生きている資格がない」という言葉の前半にあたり、後半の部分は、話の筋には関係なく、発生した私的な出来事にあたる。
    ■ 「忘れられない」出来事は4年前に書かれた本にあり、「もう会うこともあるまい」ということだから、題名は「THE LONG GOODBYE」だった。作者は、ハードボイルド的な探偵で終わらせたくなかったので、ほんとうは、彼も「結婚」を望んでいた。その時は、「うまくゆくとは思えなった。」けれど、もう一度、最後の28章で、女から長距離電話がかかって来る「結婚して」という同じ場面、即ち、「PLAYBACK」を用意し「夢」をかなえることにした。
    ■ ・・・
    しっかりしてなかったら、生きていられない。
    やさしくなれなかたら、生きている資格がない

    ■ 作り物だが、現実社会における、探偵稼業という仕事の物語の中に、いわば作者の人生観、価値観を盛り込んだ、ということかな。
    ■ ごく単純化していえば、「力」と「愛」、「愛」の方が大切だ。
    -----------------------------------------
    ■ 2026-02-17
    ■ 「訳者の清水俊二は、「プレイ・バックという題名の意味もよくわからない」と書いているので、分からない人が正しく?訳しているかどうか、原文に当たらないと、というコトにもなるが、レイモンド・チャンドラーの作品を研究しようというコトではない。
    ■ 作品が生まれたアメリカの歴史や社会背景など、今となっては、知ったところで、自分のためになるとも思えない。自分の今いる社会の方が重要だ。
    ■ しかし、人間とは何か、と考えるとき、いわば普遍性としてとらえるとき、「題名の意味もよくわからない」というコトでは何とも情けない。
    ■ 当時、「ハードボイルド」という言葉とともにとらえられていたのではないかと思われるが、ただのハードボイルドならば、ミッキイー・スピレインのマイク・ハマーの方が痛快だ。
    ■ ハ-ドボイルドは、堅いゆで卵のことで、外見通りの意識や精神で、崩れない、ごつく容赦ないコトだが、レイモンド・チャンドラーは、そんな固ゆで卵でも切り割ってみれば中には春の菜の花のような黄色の「幸せ色」もあるんだよ、その「幸せ」を守って行動する、金のためにやるんではない、他人に動かされるのではない。いわば、ゆで卵の高潔な「白」のように己の信条に従って行動するのが「男らしい」という価値観なのだろう。
    ■ そんなことで、その気持ち、「やさしさ」の重要性を「結婚」という「夢」として書いたのではないか。

    2026年2月9日月曜日

    萩原朔太郎の詩と有馬山

    ■ 2026-02-09
    ■ 以前、こんな頁を書いた。

    心ことばかけたるところなき歌、の解説を75調にしてみた、2026-02-09

    「ブル」って何、

    ■ 2026-02-08、-09
    「神代も聞かず」「絶世の」紅葉のように美しい「あなた」を浮かべて竜田川が流れているように、私はあなたを愛し続けているのです。

    ■ 75調にしてみた。

    千早古
    神代も聞かず 絶世の
    紅葉のように 美しい
    あなたを浮かべ 竜田川
    流れるように わたくしの
    おもう心は  変わらない

    千早古
    神代も聞かず 絶世の
    紅葉のように 美しい
    あなたを浮かべ 竜田川
    流れるように わたくしは
    あなたを愛す これからも

    砂時計ひっくり返して春来る、これで俳句になるかどうか知らんけど。

    ■ 2026-02-08
    ■ 今日は8日か、・・・
    ■ 8の文字からの発想。


    2026-02-09 日本経済新聞

    ■ また次回も、ひっくり返して続いてゆくのかもしれない。
    ■ 「ひっくり返す」の他にいい言葉はないものか。

    2026年2月7日土曜日

    俳句と色、と「春風」の話

    ■ 2026-02-07
    ■ 過去の頁を振り返っていたら、こんなことをしていた。元々は、・・・

    ----------------------------------------------------------------------------------

    2026年2月6日金曜日

    俳句解説風短歌、うふふふふ甘納豆は女学生 合格通知 恋の季節よ

    ■ 2026-02-06
    ■ 多田道太郎著「おひるね歳時記」に、次の評がある。

    三月の甘納豆のうふふふふ  坪内稔典
    一月から十二月まですべての月に「甘納豆」を配し天下を驚倒させた坪内氏であるが、「甘納豆」はやはり三月の新季語と断ず。なぜなら、春の畳の上を甘納豆が数粒「ふふふふ」と笑いころげてているからである。数人の少女のように。

    ■ 「断ず」るのは、勝手と言えば勝手だけれど、・・・
    ■ 他の月の「甘納豆」は身の置き場がなくなるが、どうするね、
    • 私たち困った困った甘納豆
    ■ それに、「数人の少女のように」ころげてしまったっ畳の上の甘納豆、捨てるのか、それとも、拾って食べるのか。汚いよ捨ててしまいな甘納豆。

    うふふふふ甘納豆は女学生
    恋の季節よ桜満開


    2026年2月5日木曜日

    「心詞かけたるところなき」歌、在原業平・ちはやふる・・・」

    ■ 2026-02-05
    ■ 藤原満基「百人一首抄(応永抄」に「心詞かけたるところなき」と、在原業平の歌を評している。
    ■ 「完璧な」歌ということか、納得だ。

    「神代も聞かず」「絶世の」紅葉のように美しい「あなた」を浮かべて竜田川が流れているように、私はあなたを愛し続けているのです。

    ■ 二条の后、即ち、藤原高子の顔を見ながら、公には言えない、愛の心を紅葉にたとえて詠んでいる。
    ■ うまいものだ。

    何回か書いてゆくうち「ほんとうの」歌のこころを知りにけるかな


    ■ 2026-02-05
    • 春過ぎて 夏は来にけり 白栲の 衣干したり 雨之香来山 
    • 夏過ぎて 秋は来にけり 枯葉散る 秋の心は 愁いなりけり
    ■ 多すぎる 言葉はいつか 消えるだけ

    2026年2月4日水曜日

    日々は過ぎ 季節は巡る 人の世よ 何にしようか 今日の夕餉は

    立春 - 検索 画像

    ■ 2026-02-03
    日々は過ぎ 季節は巡る 人の世よ 何にしようか あしたのめしを

    「甘納豆は女子大生でしょう」

    ■ 2026-02-04
    ■ 今朝の日本経済新聞に、「現代俳句大賞に坪内さん」という記事があった。
    ■ 昔、句会で、「甘納豆は女子大生でしょう」と言ったら、
    ■ 佐々木さんに、「先生はそんな人ではない」と言われた。
    ■ 思いがけない反応に「そんな人」とはどんな人なのか、と思った。
    ■ 三月はそんな季節なのだ。
    ■ 若草山の野焼きに発想したようだが、
    ■ 「たんぽぽの ぽぽのあたりが かじですよ」?、こんなのどうか、に対し
    ■ 「きわどいですな」と深澤さんが鋭く言った。
    ■ もちろん、これは「ぼぼ」をさしてのことだ。
    ■ いつだったか、正岡子規の「柿食えば鐘は鳴るなり法隆寺」は「二句一章」だとか言うから、あの頃は腕時計もないから寺の鐘で時刻を知った。「山のお寺の鐘が鳴る」とか、芭蕉の「鐘は上野か浅草か」、とか「お江戸の本橋七つ発ち」など、俳句は、歴史的背景を知らなければ、理解できない、と言ったら、おこりだした。
    ■ 正岡子規はユウモアのある人で「腹時計」を句にしただけで、腹が減ったので柿を喰ったら、ちょうど3時のおやつの鐘が鳴った、という句だと思われる。
    ■ カバは自分で、サイは細君、ジャリは子供、・・・河馬、馬鹿、珍鈍屋、と囃す言葉もあったなあ。
    ■ いつだったか、「受けを狙った変な句」作る人でしょ、と言われて、まあ、そういうこと、みんなそういう風に思っているのか、と納得した。
    ■ しかし、抒情的ないい句も作っているのに。

    2026年2月2日月曜日

    中文>英文>日本文


    ■ 2026-02-22
    ■ 以前、・・・
    ■ こんな歌を作っていた。
    ■ 今回は、・・・
    ■ 嵐の音読みは「ラン」、訓読みは「あらし」
    ■ いつから、あらし、に「嵐」という文字を使うようになったのか。
    ■ やまおろし、やま・おろし。
    やま・おろし
    やま・あらし
    ■ ・・・
    ■ 漢詩の場合、直接でなく、中文>英文>日本文、このようにした方が意味的には正確になるかも。

    煙嵐・・・、mist and haze、霧と靄 Misty haze、かすんだ霧

    ■ 2026-01-02

    浩渺浸雲根,煙嵐出遠村。
    鳥歸沙有跡,帆過浪無痕。

    望水知柔性,看山欲斷魂。
    縱情猶未已,回馬欲黃昏。

    google 翻訳

    Vast and boundless, it soaks the roots in clouds; 
    mist and haze rise from the distant village. Birds return leaving traces on the sand; 
    sails pass, leaving no mark on the waves.

    Gazing at the water reveals its gentle nature; 
    looking at the mountains nearly shatters the soul.
    Even lost in pleasure, one cannot cease; 
    turning the horse, dusk is about to fall.

    広大で果てしなく、雲を通して根を浸し、遠くの村々から霧や靄が立ち上る。
    鳥は砂に跡を残して戻り、帆は通り過ぎても波には痕跡を残さない。

    水を見つめるとその穏やかな性質がわかり、山を見ると魂が震えそうになる。
    楽しみに没頭していてもまだ終わらず、馬を回せば黄昏がもうすぐ訪れる。

    Deepl 翻訳

    Vast waters soak the cloud-kissed shore,
    Misty haze rises from distant villages.
    Birds return, leaving tracks in the sand,
    Sails pass, leaving no trace upon the waves.

    Gazing at the water, I know its gentle nature;
    Looking at the mountains, my soul feels torn.
    Though my heart still yearns to linger,
    I turn my horse as dusk approaches.

    広大な水は雲に抱かれた岸辺を濡らし
    遠くの村々からはもやの霞が立ち上る
    鳥は戻り砂に足跡を残し
    帆は過ぎ去り波に痕跡を残さず

    水を見つめればその穏やかな性質を知り
    山を見上げれば魂が引き裂かれる
    心はまだ留まりたいと切望するものの
    夕暮れが迫る中、私は馬を返す

    2026年2月1日日曜日

    ことのはの 意味を確かめ ひらき見る 白川静 嵐の文字を  遊水 2026-02-01 追記

    浩渺浸雲根,煙嵐出遠村。鳥歸沙有跡,帆過浪無痕。

    望水知柔性,看山欲斷魂。縱情猶未已,回馬欲黃昏。


    ■ 2026-01-31
    ■ 藤原定家はその人の代表的な歌として選んだ。
    ■ その歌を正しく読み取ることは非常に意味あることだ。