2025年9月12日金曜日

冷凍短歌、と、新聞記事、秋暑し 一人残りて 富士真奈美、と、42nd STREET、と、MITSUKO


ついでに、Maple Leaf Rag


■ 2025-09-12
■ 2025-09-10
■ ・・・
  • 冷凍の ブルーベリーを パンの上 転がり止めは とろけるチーズ  遊水
■ こんな短歌を作りながらトーストを食べて、朝刊を見ると、・・・
■ 吉行和子の死亡記事と天皇の稲刈りの記事があった。
  • 「ここはどこ 時に空飛ぶ三人組」 岸田今日子、吉行和子、富士真奈美・文春文庫
    • 秋暑し 一人残りて 富士真奈美  遊水
    • ここはどこ 三人組の 旅の本 訃報の後に 開き見るかな  遊水
  • 身ひとつの今が幸せ 俳句のある人生 富士真奈美、光文社・知恵の森文庫
    • 香水やさてと別れを告げにゆく  真奈美・俳号衾去
    • 身ひとつの 今が幸せ 富士真奈美 彼女の本の 頁めくりて  遊水
    • 「タップに俳句」で、42nd STREET の話もあった。 知らなかったので聞いてみた。
    • 「奴のコート」の話では「見覚えのあるレインコート」という歌も思い浮かべた。
  • 夢本編集部編・俳句友だち・一季出版、の最後に吉行和子が「天にものぼる時間」を書き、ふたりを二人を紹介している。
■ 瑞穂の国日本。百人一首の一番は、
  • 秋の田のかりほの庵の苫あらみわが衣では露にぬれつつ  天智天皇
■ もち米の「マンゲツモチ」と、うるち米の「ニホンマサリ」
■ 夏目漱石は稲が米だとは知らなかった話は有名だが、清少納言も田植えを見てあれは何だろう、と枕草子に書いている。島内裕子の本では246段。248段では稲刈り。池田亀鑑の本では226段。
「二二六段 賀茂へまゐる道に」
田植うとて、女のあたらしき折敷のやうなるものを笠に着て、いとおほく立ちて歌をうたふ、折れ伏すやうに、また、なにごとするとも見えで、うしろざまにゆく、いかなるにかあらむ。

■ 苗を植えながら後ろにさがってゆくのが何か分からなかった。

  • 昨日こそ早苗取しかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹く  読人しらず  古今和歌集172
■ 今日も猛暑か、


ついでに
面白い




2025年9月10日水曜日


■ 2025-09-10
■ 冠に関して、二つの頁に書いた。
■ 裕仁の動画を見ると背中にたらす長細い薄布、纓(えい)には菊の紋が付いている。
■ 百人一首の絵にも見られるが、
■ 例えば、弓矢を持っているので在原業平は武官であることが分かる。
■ 冠も違う。










2025年9月9日火曜日

はばかりの関、と、萩の葉の うへはつれなき 夏草も しもはかくこそ 思ひみだるる  遊水


■ 2025-09-08 
■ 藤原実方は藤原行成の冠を叩き落として、「歌枕見て参れ」と陸奥の国に左遷された、京に戻ることはなかった、という逸話があるようだ。

かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを  藤原実方(後拾遺612)
時のまも心は空になるものをいかで過ぐしし昔なるらむ  藤原実方(拾遺850)

世の中いとさわがしき年、とほき人のもとに、萩の青き下葉の黄ばみたるに書きつけて、六月ばかりに
これを見ようへはつれなき夏草も下はかくこそ思ひみだるれ  清少納言(続千載1073)
萩の葉の うへはつれなき 夏草も しもはかくこそ 思ひみだるる  遊水

■ 枕草子・111段 or 114段・関は、がある。
■ 「ただごえの関、と、はばかりの関とでは、ことばからひきだされる連想が大ちがいだ」と、大庭みな子は訳している。
■ 「はばかりの関」という名前はよく知られているのだろうか。
■ 藤原実方に次の歌がある。

やすらはで思ひたちにし東路に ありけるものを はばかりの関  藤原実方(後拾遺1136)

■ 二人に関係はいかに。

2025年9月8日月曜日

加冠の儀の短歌、いにしえの 古式ゆかしき 儀式あり はさみの音の みみにのこりて  遊水 2025-09-09

悠仁親王成年式 加冠の儀 動画

■ 2025-09-09
■ 2025-09-08
■ 昨日、加冠の儀の動画を見た。
■ 「懸緒を顎で結び、緒の余った両端を切り落とす」
■ 1980年・昭和55年2月23日にも行われた。
  • 音さやに懸緒載られし子の立てばはろけく遠しかの如月は  美智子// 歌集・瀬音


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こまやかに みそひともじに うたいたる そのみこころを てほんとなして  遊水
いにしえの 古式ゆかしき 儀式あり はさみの音の みみにのこりて  遊水 
日の本に ひとみなひとし 筆とりて 思いのままの うたを詠むかな   遊水


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2025年9月7日日曜日

「つねに文おこする人」は「頭の中将」・藤原斉信のような気がする。

■ 2025-09-07
■ 「B・島内裕子・清少納言枕草子・ちくま学芸書房」を買ったのは、2025-08-29のことだった。
■ 枕草子・下を、いちおう最後まで見た。
■ 島内裕子の本では、上にあるので、そっちの方はまだ見てないが、
■ 先に、大庭みな子・現代訳・枕草子を読んでいたので、なんとなく、同じ話なのかな、と思われる段があった。
■ 底本が違うし、大庭みな子の本は、全ての段は無いので「A・池田亀鑑・枕草子・岩波文庫」の段の番号になるが、
■ 清少納言の「つねに文おこする人」は「頭の中将」即ち、藤原斉信で、親密にしていた相手だったようだ。A、B の順に段を記す。
  1. 枕草子 293  276  つねに文おこする人の、  
  2. 枕草子   82     87  頭の中将の、すずろなるそら言を聞きて、・・・ 
■ 大庭みな子が「つねに文おこする人」の段も現代語訳していたら、どんな風だったろうか、と思う。
■ 清少納言はいつも男を突っぱねていたかのような印象をもっていたとしたら、それは間違いのようだ。


百人一首と百人秀歌の並び


■ 2025-09-07
■ こんなことを書いた。

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■ 阿倍仲麻呂の歌は百人一首では、7番目にある。
■ 小野篁の歌は、11番だ。
■ なぜ離れているのか。
■ というのも、万葉秀歌では、6番と7番に続けてある。
■ この方が分かりやすい。

■ 遣唐使関連だからだ。
■ 百人一首の清少納言の歌は、62番目にある。
  • 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ  清少納言
■ この歌は藤原行成とのやりとりの際の歌だ。
■ しかし、行成は書はうまかったようだが歌は下手だった。
■ 前後は、

61 いにしへの奈良の都の・・・  伊勢大輔
63 今はただ思ひ絶えなんとばかりを・・・  左京大夫道雅

■ 関連性が低い。
■ 鎖は前後とのつながりだ。百人一首も同じ、関連性は何かを考えた方がよい。
■ 百人秀歌では、

59番 藤原公任
60番 清少納言

■ と並んでいる。
■ この関係性は何か。
■ 和漢朗詠集・香炉峯の雪、の関係かな、とも思う。
■ 清少納言の話としてこれも有名だ。
■ 百人一首と百人秀歌の並びをよく見るといい。
■ どちらが後に作られて、どちらが定家の意図に沿っているかが考えられる。

2025年9月1日月曜日

瀬音の歌はドイツ語に翻訳されている

■ 2025-09-01

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■ 先日、本を見せたとき 
■  どこで区切って読むんですかね、と訊かれた。
■ で、区切ってみた。

かの時に 我がとらざりし 分去れの 片への道は いづこ行きけむ  美智子 // 瀬音
わかれみち むこうのみちは どんなあき  遊水

■ この瀬音の歌はドイツ語に翻訳されている。