日本語はどこから来たのか?世界でも異質すぎる言語の正体|小田真嘉×井戸理恵子
・・・これ面白い。
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日本語はどこから来たのか?世界でも異質すぎる言語の正体|小田真嘉×井戸理恵子
是は心詞かけたる所なきゆえ 追記 2026-03-29、03-30、-31、を
歌は、「心」と「言葉」が評価の基準、に。
たつたがわ、を漢字で書くと川という文字があるだろうだからと言って、river のことではない関取が、昔いたんだgawakawa
分かるかな、この辺が日本語的なのだ・・・・・・その関取がな、ちはや、という花魁を見初めたんだが、関取なんて嫌だと拒否されたならば、妹の、かみよ、でもいい、と交渉したんだがなおねさまがいやなものは、わちきもいやでありんす、とちはや、にふられかみよ、もいうことをきかないかみよも、きかず、だへええ、・・・、???それで、すっかり、世の中が嫌になってな、女断ちをして精進しても、こんなことなら相撲取りなんか、もうやめだ、と故郷に帰ったんだ父親の豆腐屋を引き継ぎ、暮らしていたところ店先に女乞食が来て、なにも食べてないので、せめて、おからでもください、というどこかで見た顔だが、じっとみると、ちはや、だお、お前は千早だな俺を振った、千早じゃないかお前なんかにおからだって、くれてやるものか・・・からくれないにというわけだ、分かるかなえ、?、なに、・・・、そういうことですかいと、話はつづき、拒否された、ちはや、は、とうとう店先の井戸に身を投げてしまうどぼーん、となへええ、そういうことだったんですかぁ、・・・そういうことだ、わかるかな井戸の水に身を投げた、つまりみずくぐるとは、だな漢字で書くと、水潜る、だ。と、ここまで話が進み、いい加減だなあ、と思う人もいるだろう。
しかし、「括り染め」ではないぞ、と、落語家は考えたのだ。エライ!。知ったかぶりをするご隠居さんの、訊かれて応えなければ、威厳が保てない立場に、ときどき、子供の宿題の答えが、分からないこともある身の人としては、親近感さえ感じるので、多少の同情を寄せながらも、いい加減さにあきれ、聞き入るのだろう。まあ、うちに子供はいないけど。
この落語が作られた当時は、手書きの文字の札が一般的で、「千早振る神代もきかす」と書かれたのも多かった。いくつかの文字で書かれているが、最初は、
千早振る
と書かれているのが多い。なので、こんな話を思いついたのだ。そのまま、花魁の名前に変えた話にしただけだが、誰でも思いつくわけではない。零落した公家の手内職のカルタを見て、ろくに解釈もできない貴族たちを、「振る」とはなんだ、それが、みやび、かと疑問をもって、明快に解釈できないにしても、何かがおかしい、という庶民心をネタに、ともに笑いとばそうというところは、噺家もたいしたものである。「いつも忙しいと言って、ちゃんと教えてくれない」と言う子供の言葉を耳に残して、ご隠居さんのところに教えを請いにきたのだから、ちょっとでも疑問に思うことは、ちゃんと確認しておかないといけないのだ。ということで、いよいよ最終段階の「オチ」にいたるのだ。
分かるかな。 ・・・、・・・だいたい、わかったんですがね、最後の、とは、とはなんですかいなに、それぐらいまけとけいやいや、そうはいきません、みそひともじの、ふたもじですから、まけられませんなに、なら、おしえてやろうとは、とは、だなあ、・・・なんですか、とは、とはとは、とは、千早の本名だ。
からぶり さんしん ばったー あうと
空振り三振
ちはやもはや
(人の世にあってはもちろんのこと)不思議なことのあった神代にも聞いたことがない。竜田川にまっ赤な色に紅葉がちりばめ、その下を水がくぐって流れるということは。
歌の心は千早ふるは神といふ枕詞なり。神代には様々の怪しき事共ありしと聞くに、今この竜田川の絵を見れば一面に赤き色の中より青き水がくくると見ゆる、このように怪しき事は神代にもありしとは聞かずといふコトなり。
歌人
竜田川の秋、紅葉はからくれないの千入の色だ。川一面の散りもみじは、流れのままに広がり、時に細りもして絞りの染めの美しさ。川がもみじの絞り染めとは、神代の古事にさえ聞いてはおらぬ。
語注 「ちはやふる」・・・勢いが激しいの意で、「神」の枕詞。
詩人
聞いたこと ないぞちはやぶる 神々の時代にだってこの龍田川の川のみずが真っ赤な紅葉で唐の紅色に括り染めされるなんてことは
小説家
竜田川の水の面まるで紅のしぼり染め紅葉の錦の唐くれない神代にもこんな美しさがあったとは聞いたこともないなんとみごとな美しさ
世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
世の中にたえて桜のなかりせば人の心はのどけからまし
世の中に クレオパトラの なかりせば 男の心 のどけからまし 遊水
周知のとおり、二条の后が入内される前、業平との間には熱烈な恋愛関係があった。入内された後までも、業平は后のことを忘れることが出来なかったらしいから、題詠にことよせてて、自分の情熱を水くぐる紅葉の紅にたとえとのかもしれない。
・・・次の二首は、私が愛唱して止まぬ歌である。初めの歌は、高子と会った後、彼女はどこかに連れ去られ、一年ばかり経って、彼女が住んでいたところを訪ねた。折しも月が出て、梅の花が匂っていたので、懐旧の情たえがたく、板敷きに伏して一夜を明かした。そのときに詠んだ歌である。
月やあらぬ春はむかしの春ならぬわが身一つはもとの身にして世のなかにたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
おもかげのかすめる月ぞやどりける春や昔の袖の涙に 藤原俊成女 新古今集 恋二
在原業平が思っていた神代は、千早古だから、千年の昔で、今から、ざっと二千年まえになる。今と同じように紅葉が美しかったと考えて無理はない。紅葉は日本の自然現象であって、千年経とうが、二千年経とうが、気候は多少変動するにしても、 昔から今までの二千年で、基本的には変わらない。
このような観点から、「千早古」の歌を見直すのもいいんじゃないの、ということになる。「水くくる」これを「くくり染め」だと解釈したのは、賀茂真淵だそうだが、これはごく普通にみて疑問。賀茂真淵は、頭でっかちの、奇をてらう癖があったような人で、人と違うことをいい、他人の注意を引くかのようだ。糸で括った部分は染まらず、白く残る。どんな形で残るのかは、絞り染めした布を見れば分かる。到底、紅葉の葉には見えない。又「から紅」に染めるということは、全体としては赤い布になる。赤い川に白い紅葉、ということになる。赤いのは紅葉でしょ。それが白なら、何、これ、ということだ。
そして、一番重要なのは、作者の在原業平の気持ちはどうだったのか。歌は心だ。古今和歌集・巻第五・秋歌下の「そせい」の歌の前の詞書にある状況だった。
二条の后の東宮のみやす所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
このように屏風絵を見て二人が詠んだ。その屏風の持ち主は、「二条の后」、即ち、業平が恋した、というか、愛した女だった。その人に贈る歌に、自分の心を託さないはずはない。恋をしたことのある、知性ある人ならその心境はよく分かるだろう。川が真っ赤に染まるほどに浮いた一面の紅葉は、当然、二条の后、即ち、藤原高子で、彼女への思いを、その真紅の紅葉の下を流れる川に託した、と解するのがごく常識的のように思われる。出だしを、「千早古 神世も聞かず」、このように漢字で書けば、なんら問題はなかったのに、皆さんは困惑したようだ。
とにかく、業平は、いままで歴史上もないほどの美しい紅葉だ、と思ったのだ。業平の時代にはなかったが、今は、絶世の美女、という言葉がある、。「絶世」を言い換えれば「神世も聞かず」となる。逆に「神世も聞かず」は「絶世」だ。その美しい紅葉のようなあなた。
竜田川、即ち、私の上に浮かんでいる。言い換えれば川は紅葉の下を流れている。当然、「括る」ではない。「潜る」という表現になる。もみじ、は色々な木や草で見られる現象で、木の種類や場所によって、黄色や赤に変化する。例えば、蔵王のような場所では黄色だ。あるいは、銀杏の場合も黄色だ。紅葉というように「くれない」という文字を使っている葉が赤くなる木が一般的な「もみじ」だ。色づきに一番影響するのは気象条件だ。急激に冷えこんだり、谷川の霧の発生具合など、温度や湿度、あるいは日照条件が紅葉に影響する。植物学的、化学現象的な説明は専門家が解明していることだろう。どのような条件で赤くなるかはインターネットで検索すれば出てくるだろう。地形とか気象条件に基本的な変化がなければ、毎年同じ場所で発生する日本列島における、自然現象だととらえてよい。千年、二千年の昔、即ち、在原業平が言う、神代の昔から変わることはない、従って、「神代も聞かず」という珍しい現象ではない。しかし、業平は、「神代も聞かず」と思ったのだ。このこと自体を否定してもしようがない。業平は思ったのだ。
繰り返すようだが、もう一度書いてみよう。この屏風の絵について歌を詠め、と言われて見ると、描かれているのは、紅葉と川だ。屏風絵の紅葉を美しい、と、即ち、画家を褒めたところで、何の意味も面白くもない。画家の技量を褒めているわけではない。
この頃の歌は、単に自然の景を読むのではなく、詠み人の心を詠み込んでいる。ただきれいだ、などと済ますようでは、恋愛などできない。神代は、業平からみて千年の昔のことだ、古い時代の遠い昔のこと。長い歴史の中でも、特に、この紅葉は美しい。こんなに美しい紅葉の話は聞いたこともないと、表現したかったわけだ。美しい紅葉は、美しい人、を表している。一面に美しい紅葉を浮かべる川は昔からずっと変わりなく流れ続けている。私の心もこの流れのように変わりない。あなたのことを思っている。と、まあ、こんな感じで業平は歌に詠んだのだろう。
現代では、普通の人は、絶世、という言葉から、絶世の美女、を思い浮かべるだろう。から紅、即ち、真紅の紅葉は女性。もちろん、あなたのことです、と公の場では言葉には出せないものの、在原業平は藤原高子の顔を見ながら、ちはやふる・・・と詠んだのだった。わかるかな、歌は心だ。こころを歌に詠む、それが当時の歌を評価する基準になる。まあ、「絶世の」などと作り変えなくても、単に、表記を変えるだけで済むことだ。
現代の人は、おそらく、こんな歌は詠めないだろう。それを定家は取り上げた。伊勢物語にある歌をそのまま取り上げただけだが、定家は評価した。なぜ評価したのか現代人には分からなくなった。学者が変な解釈をしたのが一因だろう。人は、素直にその解釈を信じたのだ。歯の浮くような、おべんちゃら、を、いけしゃあしゃあ、と、顔だけは真剣そうに言うのが業平だ。しかし、歌としては、これはこれで、ヨオ・デケテル、と言っていい。
伝藤原満基筆「百人一首抄(応永抄)」に「是は心詞かけたる所なきゆへに入らるる也。これを以此百首のおもむきをも見侍るべきにぞ」とある、と、島津忠夫が引用している。しかし、まあ、ただ書いただけのようだが、
要するに、この「ちはやふる」の歌は、心も言葉も欠けた所がない。即ち、完璧で、この歌で百人一首の全体像が把握できる、としている。千年、二千年昔、即ち、在原業平がいう神代の昔から紅葉は変わることはない。現代的にいうならば「絶世の」即ち、この世で一番ということを業平は表現している。「からくれない」の色の美しさをいい、間接的に、誰よりも、あなたは美しい、との誉め言葉として詠んだ。そして、いつまでも流れ続けている川のように、私はあなたのことを思っている、と。こうしたことを読み取っていたので、昔は評価され、選ばれ、伊勢物語に記録され、定家によって取り上げられた。