2026年1月29日木曜日

気になる些細な事、片目のジャック、と、砂に書いたラブレター



■ 2026-01-29
■ 気になる些細な事、は色々あった。
■ 例えば、「s」
  1. 「片目のジャック」「One-eyed Jacks]
  2. 「砂に書いたラブレター」「Love Letters in the Sand」
■ 片目のジャック、「s」なければ、2面性という本当の意味が分からない。
■ 気になる映画や、歌は何度も繰り返し、見たり聞いたりする。

2026年1月28日水曜日

そっとてを ひらいてみせる ほたるかな ほらねと少女 微笑みながら  遊水

■ 2026-01-28
■ 世の中には、おかしなことがたくさんある。
■ ひとつは、言葉の意味、に関すること。
■ 言葉は、基本的に重要だが、多くの人が使うため、おかしなこともある。
  1. そっとてを ひらいてみせる ほたるかな  遊水
  2. ほらねと少女 微笑みながら
■ 俳句は短いものだから誤解しやすい。
■ このように、俳句に下の句をつけると、「少女」と書いているのだから、だれも「手を開いた」のが成人男性の私だとは思わない。
■ しかし、下の句をつけないと、多くの人は誤解したままだろう。
■ 「そっと手を ひらいてみせる」しぐさには「やさしさが」ある。それを感じ取れるかどうかだけれども、「見せる」という言葉で、句を作った人が見せていると反射的に思ってしまうのだろう。見せられた私が、見せてくれた少女のことを詠んでいる。
■ この例は、些細なことだけれど、俺が、私が、と主張する人には分からない。
■ 詩歌は、人の立場に立って作ることも、当然、ある。小説と同じだ。
■ 俳句や、短歌を詠むのは、やはり、伝えたい何かだけれど、分かってもらえなければ意味はない。それは散文でも同じだ。
■ それで、議論などせず、せめて明日の私に分かるように書いておこう。
■ あしたには、もう一人の私が出てくるかもしれない。
■ 対象が、百人一首の歌だとしたら、千年前の人の心を、理解したことになろ。
■ 例えば、持統天皇の歌。
■ 多くの解説書は、理解してないように思われる。
■ 他にもたくさんある。
■ 小倉百人一首自体に関する解説も、おかしいのが多い。


2026年1月22日木曜日

忘れてしまうから、ちょいメモ 2026-01-24 追記 母への思い出



■ 2026-01-26


■ 2026-01-25
■ こんな頁を作っていたのを発見した。忘れていたのだ。
■ 10年も昔のことだ。
■ この時の句は、君はまっすぐ僕の目を : 詩の形と詩の心、にも載せていることも忘れていたコトにも気づいた。
■ この本の書き込みを見ると、句を作たのは、2006-05-06 のことだから、20年も前のことだ。覚えていることの方が少ないとも言える。なので、ときどき振り返って見られるように何かを書いておくといい。
■ リンクが切れている頁は「復活・野鳥とホームページ」に戻らなくてはならない。めんどうだ。


■ 2026-01-22
■ 先日、二つのことに関連して書いた。
  1. Tennessee Waltz 
  2. Playback
■ なぜだったか忘れるで書いておく。
■ どちらも「俳句は要約である」という言葉があたまにあった。
■ もう一つは、母への想いにも関連する。
■ 以上のこととは無関係だが、もうひとつ。

2026年1月20日火曜日

散文の言葉、と、詩の言葉

■ 2026-01-20
■ google 翻訳して分かったことは、
  1. 俳句を詩だと理解してない。
  2. 日本語の「てにをは」が分かっていないようだ。
■ もう一度、

友達に 恋人盗られ ワルツの夜
My lover was taken by a friend.
A waltz night

■ 日本語の場合、575は俳句形式だと認識され、散文ではないと判断される。
  • ともだちに こいびととられ ワルツのよ
■ 従って、語数が限られることもあり、単語を並べ、文、または、文章にしない。
■ 言葉の関連性を説明せず、言外の意味として、読み手の想像、感受性にまかせる。
■ 詩は論理ではなく、感性だからだ。
■ 分かる人には、わかる。分からない人には、分からない、という状況も発生する。
■ 主体、客体の区別は、どちらの側からの認識かによる。
■ 客観的視点により認識できれば、能動的、受動的、の別は表現の違いだと判断できる。
■ 主語は、それが特定できる場合、省略し表現しない。

Tennessee Waltz :
私の友達が
私の恋人を盗った
あのワルツの夜
 
友達が
恋人を盗った
ワルツの夜

Tennessee Waltz:
My friend
stole my lover
waltz night
 
■ 「友達」という言葉は複数に用いられる。
■ なので、「恋人を 友に盗られて ワルツの夜  遊水」とした方がよいのかもしれない。■ ・・・

2026年1月19日月曜日

playback のつづき

■ 2026-01-19
■ 訳者の清水俊二は、「プレイ・バックという題名の意味もよくわからない」と書いている。
■ なぜ分からないのかな。

Raymond Chandler Playback (1958)

25
"How can such a hard man be so gentle?" she asked wonderingly.
"If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive."

「どうしてそんなに厳しい男がこんなに優しくなれるの?」と彼女は不思議そうに尋ねた。
「もし硬くなかったら、生きていなかった。もし優しくなれないなら、生きる資格もない。」

28
"I'll come, darling. I'll come. Hold me in your arms. Hold me close in your arms. I don't want to own you. Nobody ever will. I just want to love you."

黛ジュン「恋のハレルヤ」
もえる想いを あなたに ぶっっけた だけなの
I don't want to own you. 
I just want to love you.

■ 先にも書いたが、・・・