2026年9月13日日曜日

世界が広がる大弐三位の歌、と、夢 寝 枕、と蜘蛛の糸


■ 2026-09-13
■ この頁を書いたとき思った。


はるかなる もろこしまでも 行くものは 秋の寝覚めの 心なりけり

■ ただ31文字の歌でいろいろ言おうとせず、一つのことを詠むのがいい。
■ 大弐三位の歌は、まさにそんな感じで、世界が広がる気がする。
■ これを本歌取りした定家の歌はいろいろ言葉がありすぎで、焦点が定まらない。
■ ・・・
■ こんなことに関する歌をもう少し見るとよいかも。
■ 千載歌集をみていると、詞書が多く、百人首などの言葉もみられる。
■ 組題百首
■ ここまで書いて、小説を題にして何か詠めるだろうか、たまたま、「花蓮」に関して歌を読んだので、そんなことを思った。
  • はなはちす ひとすじおとす くものいと 釈迦のすくいも むなしくなりて

2026年9月10日木曜日

はなのかに からだがふっと かるくなる ゆめをうつつに ときをうつりて  遊水




■ 2026-09-10
■ ラベンダーだの、何だの、要するに「香り」だ。

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■ もう一度
  • 花の香に 身体がふっと 軽くなる 夢を現に 時を移りて  遊水

2026年9月9日水曜日

はるかなる いこくのちまで とびゆくは さえたねざめの おもいなるかな  遊水


■ 2026-09-09
■ 藤原定家が、百人一首の大弐三位として、なぜ「ありまやま」の歌を採ったのかは、例えば、なぜ、「もろこし」の歌を採らなかったのか、と考えてもいいかと思う。「もろこし」の歌の方がいいように思うからだ。

ありまやま ゐなのささはら 風吹けば いでそよ人を わすれやはする
はるかなる もろこしまでも 行くものは 秋の寝覚めの 心なりけり

もろともに ゐなの笹原 みち絶えて ただ吹く風の 音に聞けとや  藤原定家
心のみ もろこしまでも うかれつつ 夢路に遠き 月の頃かな  藤原定家
月清み ねられぬ夜しも もろこしの 雲の夢まで みる心ちする  藤原定家

■ もうすこし何とかならなかったものか。まあ、いいか。しかし、・・・
■ 冷静に判断すると、定家の詩的な感性はこの程度だったのか。なさけなくもあるけれど、どちらかと言えば、定家にとっては、「ありまやま」の方がよかったのかもしれない。

  • 遥かなる 異国の地まで 飛び行くは 冴えた寝覚めの 想いなるかな  遊水


2026年9月8日火曜日

あこがれの フランスからも くるひとは いまではおおき ひのもとのくに 2026-09-09 追記


■ 2026-09-08

おれは小石をひろって口にあてながら、

■ なぜ「小石」を拾ったのか。
■ なぜ「口にあて」たのか。
■ やはり「小石」は「恋し」のようだ。
  • 君恋し 小石ひろいて 朔太郎 冷たき石に 口づけにけり
■ こんなことかもしれない。
■ 話変わって、・・・
■ 萩原朔太郎は百人一首の「有馬山~いでそよ人を忘れやはする」を関連付けて読んでいた、と丸谷才一は考えたが、新々百人一首では、
  • 遥かなる もろこしまでも ゆくものは 秋の寝ざめの 心なりける  大弐三位
■ この歌をあげている。
■ 塚本邦雄も、新撰小倉百人一首で、同じ歌を取り上げている。そして、

枕上片時春夢中
行盡江南数千里
これを秋に転じた心であらうか。
秋の寝覚めといえば、・・・恋に哀傷に述懐に、尽きぬ思いを尽くすのはこの時であらう。それらをすべて消して、彼女は頭を上げ、目をみひらいて、清らかな音声で、「はるかなるもろこしまでも行くもの」と歌った。古人も評して「限りなき心」と讃えた。

■ と書いている。一方、丸谷は

「秋の寝ざめ」のアキには「飽き」が秘められてあって、それゆゑ女は男に飽きられたのではないかと不安に思ってゐる。・・・、秋歌と見せかけて実は恋歌なのである。冷え冷えとした秋の夜、夜半の寝ざめに悩みながら女はあれこれと思いつづける。その思いはどこまでもどこまでもはてしない。さながら遠くへだたる・・・

■ 才一は、ねちこい。「はるかなるもろこしまでも行くもの」という調子にはそんなネチ濃さはない。たとえ悩みがあったとしても、しっかり寝たあと、吹っ切れ、冴えている。
■ 遠く異国への憧れは、まあ普通の感情だろうが、大正時代の萩原朔太郎はどうだったのか、確か「フランス」に行けずに背広を買う、といった詩があった。

ふらんすは あまりにとおし 朔太郎 背広を買うて 汽車の旅ゆく
はるかなる フランス・パリへ ゆくものは はるのれっしゃの まどのそとかな 
あこがれの フランスからも くるひとは いまではおおき ひのもとのくに

■ 2026-09-09
■ 朔太郎からはなれ、フランスで思い出す歌人といえば、与謝野晶子かな、・・・
■ たとえば
  • はるかなる フランス・パリへ ゆくものは 与謝野晶子の こころなるかな  遊水
■ 私自身はほとんど海外へ行きたいという気持ちがないので、 自分の歌にできないけれど。